星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 3

 

 

 

「今日は甘口で」。有名な少女漫画で、私も単行本を全巻揃えている。ちょうどこの家の本棚にあったはずだ。

 鏑木プロデューサーにオーディションを受けさせてほしいとの旨を返信すると、夕食を手早く済ませ、二階の自室に上がる。幾多の賞状やトロフィーが並び、その横の本棚に目当てのものは変わらず存在していた。

 第1巻を手に取ってみる。背表紙に少し埃が溜まっており、ふっと息を吹きかけると宙に舞った。

 

 ――懐かしいな。

 

 私にまだ仕事があった頃、この漫画はちょうど連載中で、よく稽古の息抜きに読んでいたものだ。将来、この漫画がドラマ化することがあれば、是非ヒロイン役をやってみたいと夢想しながら。

 そのチャンスが今、目の前にある。いつオーディションになってもいいように、仕事半分、懐かしさ半分の気持ちで本読みを進めた。

 その日、本当に久しぶりに、わくわくした気分で夜更かしした。

 

 結論から言えば、オーディションに合格し、見事ヒロイン役を射止めることが出来た。連絡を受けたときは小躍りしてスマホを取り落としてしまったくらいだ。

 今日あまは少女漫画を代表する作品の一つで、男性の読者も少なくないと聞く。潜在的な視聴者はそれなりの数が見込めるし、ドラマの出来次第で新たな顧客層の獲得や、さらなるメディア展開も期待出来る。

 ここからだ。この作品を契機として、女優・有馬かなの第二幕を始めよう、と。

 この時は真剣に、そう思っていたのだ。

 

 

 

 だが、現実は甘くない。

 ひどい棒読みで、ろくに演技の練習をしていないと一目で判るモデル上がりのキャスト。

 そいつらをねじ込む為に追加された原作に居ないオリキャラは、作品の蛇足にしかなっておらず。

 そのせいで、ただでさえ余裕のない構成がさらに圧縮され、筋書きはカットの連続でストーリーも支離滅裂。

 そして何よりの問題点は、それらを改善しようとする意志が、スタッフからまるで感じられなかったこと。

 これではもはや、自分が何をどうしようと、面白くなりようがなかった。

 それでも、現場の座長として最善を尽くす。大根モデルどもからなるべくいい演技を引き出そうと、心にもないおべっかを口にし、無理やりに笑顔を貼り付け、わざと演技を抑えて連中の下手さが浮かないよう苦心する。

 

 そうして出来上がったシロモノは、多くの原作ファンを落胆させ、1話切りの嵐となって「今日あま」というコンテンツそのものに泥を浴びせた。あまりに酷いメディアミックスは、派生作品のみならず、時に原作の価値すら貶めてしまう。

 2話、3話と回を重ねても評価は地を這ったままで、もはや視聴者はよほどの物好きか、出来の酷さを叩いてネタにする連中しか残っていなかった。

 結果、私の評価は上がるどころか逆に、経歴に傷をつけることになってしまった。ただでさえ落ち目の有馬かなにとって、最後のとどめになりかねない程に。

 

 

 

「なんで、こうなったんだろ……」

 

 重い足取りで通学路をとぼとぼと歩く。冷たい風が身を切り、乾燥した空気が肌を蝕んでくる。

 気付けば、季節は冬。世の高校も受験シーズンを迎えていた。それは陽東高校も例外ではなく、今日は受験生の面接日だった。

 さっきからすれ違う、学生服とセーラー服の少年少女たち。流石に陽東を受けるだけあって美形が多く、表情も希望に満ちあふれている。今の私とは正反対だ。

 本当なら今日は受験のため、在校生は休校だったのだが、忘れ物のポーチを取りにわざわざ登校したのだ。

 気分が沈んだ時、いつもあのハンカチが傍らにあった。傷みが大きくなってきた為、本来の用途では使わなくなったものの、お守り代わりにポーチの中に忍ばせていた。

 もうすぐ、私も2年生。この1年、あの駄作ドラマに出たくらいで、芸能でプラスになる出来事は皆無だった。新入生が入ってくれば、私が目立つ可能性はさらに減るだろう。

 何せ、来年度はあの不知火フリルが入学してくるという噂だ。中学生にして月9ドラマに出演し、大ヒットを記録。歌も踊りも演技も出来る完璧超人の美少女。むしろ学校側が諸手を上げて歓迎する人材に違いない。

 

 それに比べて、私は……。

 

「どうだった?」

「多分平気。そっちは?」

「問題ない。落ちるとしたら名前のせいだろうな」

「あはは、確かに」

 

 人気の少ない通路を歩いていく。遠くからかすかに聞こえる喧噪。緊張と浮ついた空気。ゆっくりと色彩を失っていく世界。

 

「……助けて、アクア」

 

 無意識に、誰にも聞こえない声量で呟いていた。近くに人が居ることも気付かずに。

 

「本名、アクアマリンだもんね」

「……っ!?」

 

 声のした方に振り向く。まず目に入ったのはセーラー服に身を包んだ金髪の少女。あの時、控室で駄々をこねていた女の子を、そのまま10歳ほど大きくしたような。

 その隣に居たのは――。

 

「アク、ア?」

 

 少女と同じ金紗の髪。

 緑がかった蒼く輝く瞳。

 浮世離れした、余人を引き付けるオーラ。

 

「星野、アクア?」

 

 体格や服装は変わっている。でも、変わってない。本当に大事なものは、変わってない。

 やっと、

 やっと……、

 止まっていた私の時間が、動き出した。

 

 

 

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