Gemstone/ジェムストーン
宝石の原石、天然石のこと。
Gemstone 1
――B小町の東京ドーム公演、その少し前。
『鏑木さん、
『開口一番でいきなりだね、神木くん。で、誰と誰のを?』
『勿論、僕とアイですよ』
『……君たち、別れたんじゃなかったのかい』
『まあ、色々とありまして。帰国したらプロポーズするつもりです』
『結婚も決まっていないのに仲人を頼むだなんて、いささか気が早すぎるんじゃないのかな』
『鏑木さんはお忙しいでしょうから、先に話だけでも通しておこうかと。それに、婚約指輪を買ったばかりなので、つい逸ってしまったものでして』
『知っていると思うが、アイくんは今度、東京ドームでライブの予定だ。今が人気絶頂のアイドルにプロポーズするだなんてバレたら、彼女のファンに刺されると思うよ』
『ここだけの話、アイはドーム公演が終わったら引退するつもりみたいですよ。だからこそ、僕も踏ん切りがついたんですけどね』
『……それは初耳だね。まあ、話は判ったよ。でも、何だって僕に頼むんだい?』
『今更、何を言ってるんですか。僕とアイを引き合わせたのは貴方でしょうに』
『それはそうだけど、愛のキューピッドなんて僕の柄じゃないからね』
………………。
…………。
……。
結局、その約束は果たされることはなかった。
言葉に宿る霊力と書いて、言霊。鏑木勝也は非科学的なことはあまり信じていなかったが、何気なく口にした「ファンに刺される」という文言がまさか現実になるとは、この時の彼は思いもしなかったのだ。
刺された相手が神木ヒカルではなく、アイだったことも含めて。
鏑木勝也も参列した、アイの葬式。悲嘆に暮れながらも気丈に前を向いていた、苺プロの社長夫人。涙を堪えきれずに嗚咽を漏らし続ける、B小町の面々。葬式場を囲むマスコミと、アイとB小町のファンの群れ。
その中に、神木ヒカルの姿は終ぞ見つけられなかった。
現実を受け止められなかったのだろう。プロポーズしようとしていた最愛の女性が、人生の絶頂を目前にしてこの世を去ったのだ。まだ二十歳にもなっていない若者には辛すぎる試練。鏑木勝也でさえ、湧き上がる後悔の念を抑えられなかったのだから。
自分がもう少し彼らを気にかけていれば、また違った未来もあったのではないか、と。
それから、十数年後。
自身がプロデューサーを務めるドラマ「今日は甘口で」。主演の有馬かなが、ゴネて降りた役者の代わりに一人の少年を連れてきた。
アクア。見れば見るほど、神木ヒカルによく似ている少年。金紗の髪も、整った面貌も、どこか陰のある雰囲気も。
彼はアイと同じ苺プロの所属で、高校入学を控えた15歳の少年だ。彼が生まれた頃、苺プロはどうだったかと記憶を辿る。
――アイが、一年ほど活動を休止していた時期。
「君、苺プロの子だっけ。どことなくアイくんと似た顔つきしてるよね」
「! ……そう、ですか?」
金紗の少年は気まずそうに顔を逸らした。何か隠したいものを心の裡に秘めているように。
その後の会話でも、彼はアイの過去話に異様な食いつきを見せており、疑惑は確信へと変わる。
――アクアくんは、彼らの子どもだ。
それから暫くして、4月の半ばになった頃。恋愛リアリティショーが始まって少しした後。
金紗の少年の雰囲気が、以前とは大きく変化していたのだ。鏑木勝也は預かり知らぬことだが、苺プロにおいて神木ヒカルも交えた家族会議が行われ、星野アクアが斉藤ミヤコと付き合い始めた時期である。
「アクアくん、何かあったのかい? こう言うのもおかしいけど君、いい顔してるよ」
「色々あって、それが全部スッキリしましたから」
そう言い残して去っていく若者の背中を見て、鏑木勝也は思う。つい先日までは子どもに毛の生えたようなもの、ただのヒヨッコだったのに、今はまるで巣立ちした若鳥の様だと。
その更に一ヶ月ほど後。
偶然、有馬かなと話す機会があったのだが、彼女の雰囲気もまた変化していた。子役の延長でしかなかった有馬かなが、一気に大人の顔になっていたことに驚いたものだ。
恋は人を変えるという。
この感覚はかつて味わったことがある。ただの田舎娘だったアイを劇団ララライに連れていってからの、彼女の変化。アイが、神木ヒカルと交際を始めてからのことだ。
同時に、脳裏を駆ける先日の記憶。今日あまの打ち上げにおいて、彼らと原作者の吉祥寺頼子が会話していた時に、有馬かなの涙をハンカチで拭っていたアクアの姿を。
――アクアくんと有馬かなくんは交際しているのではないか?
「歴史は繰り返す」という言葉がある。
うら若い少女と、彼女の一つ年下の金紗の少年。交際を始めてから、雰囲気が大きく変わった二人。
若い男女の恋愛交際、大いに結構。だが、あの悲劇だけは繰り返させるわけにはいかない。
鏑木勝也は常識も道徳も持ち合わせた、それでいて打算と損得勘定にも長けた、大人として社会人として非常に優秀な男である。若いカップルを応援したい気持ちと共に、彼らで稼がせてもらいたい気持ちもある。可能性のある有望な彼らが失われてしまっては業界としても損失であり、個人的にも後味が悪い。
だから、自分の手の届く範囲で彼らを応援してやろうと考えており、何か二人に回せる仕事があれば優先的に紹介しようと思っていた。良い仕事をしてくれればそれだけ自分の実績にもなり、彼らが有名になってくれれば投資の利益はさらに見込める。
特に、有馬かな。
アイは何も知らない田舎娘から地下アイドルになり、その業界で頂点にまで上り詰めた。有馬かなは子役の頂点から転げ落ちた少女ではあるが、彼女とアクアとの関係は恐らく、アイと神木ヒカルと同じようなもの。であるならば、跳ねる可能性は十分にあると直感する。
――僕の期待を裏切らないでくれよ、若いお二人さん。
さらに月日が経過して。
鏑木勝也がプロデューサーを務める番組「恋愛リアリティショー」。
番組が切っ掛けで黒川あかねが炎上する事態となり、撮影に参加出来ない状態にまで追い込まれているのは鏑木自身も気になってはいる。だが炎上の矛先を番組に向けられることだけは避けねばならないと、成り行きを静観するようディレクターに指示していた。
彼はプロデューサーとして、番組に関わる100人以上の仕事を守らなくてはいけない立場であり、その結果若手の有望な女優が芸能界から身を引くことになったとしても、それでも選択を間違えるわけにはいかなかったのだ。
ただ一人。金紗の少年だけが、その体制に反旗を翻した。
黒川あかねは自殺する寸前まで追い込まれたのだ。だから、彼女に付きまとう悪印象を払拭する為の動画を制作する、と。
「――というわけで、番組の映像データをこちらに渡して下さい」
その話し合いの参加者は、五人。
番組側からはディレクターと、プロデューサーの鏑木勝也。
相対する側は、番組の出演者である苺プロ所属のアクアと、
「鏑木、俺からも頼む。ウチの若手をこんな所で潰させるわけにはいかないんでな」
劇団ララライ代表、金田一敏郎。
「まさか、金ちゃんが首を突っ込んでくるとは思わなかったよ。どういう風の吹き回しだい?」
「
――おい、お前も何か言えよ」
そして、最後の一人。
「鏑木さん。若い女の子を見殺しにするのは後味が悪いものです。貴方だって、それは知っているでしょう?」
「……そうだね。本当に……その通りだ」
神木ヒカル。
髪を後頭部でラフに纏め、柔和な笑顔を絶やさずにいる。
だがその裏側に秘められた悲劇と絶望を、鏑木勝也はよく知っていた。
(自分がもう少し彼らを気にかけていれば、また違った未来もあったのではないか、と)
あの時の後悔を、鏑木勝也は忘れたことはない。
彼にとって打算や損得勘定は非常に大事なものだが、それだけでは世の中は回らないことも知っている。
最後の最後にモノをいうのはコネ、人と人との繋がりであり、言葉と心なのである。
彼らと話し合いながら、鏑木勝也は上層部に何と言い訳しようかと考える。彼らを納得させる為にも、この番組は必ず成功させなくてはいけない。失敗すれば自分の首が吹き飛ぶのだ、プロデューサーとはそういう仕事なのである。
(アイくん、神木くん。君たちの子どもは随分と手間を掛けさせてくれるね)
アクアにはその手間以上の功績を立ててもらわなくてはいけない。自分の投資が無駄にならないよう、彼を適切に推していかなくてはいけない。それもまた、プロデューサーの仕事である。