星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Ruby 6

 

 

 

 時間は少々巻き戻り、舞台「雨に唄えば」の鑑賞から数日後。

 

 

 

「何やってんだ、こいつは……」

「お静かにお願いしますね、アクアさん」

 

 事務所のテーブルに広げられた教科書とノートに、飲み物と茶菓子。ソファに座って雑誌を読んでいる天河メノウ/姫川愛梨と、彼女の大腿部に頭を乗せてムニャムニャと微睡んでいる星野ルビー。おおかた、勉強を教わっている途中で、疲れて一休みしている間に眠くなって――という流れだろう。

 

 テーブルの向こうのデスクでは斉藤ミヤコが難しい顔をしてディスプレイを睨んでおり、その対面に座っている有馬かなは「よくわかる大江戸四十八手」なる本を大真面目に読んでいる。女子高生が読む本じゃないだろうと思いながらも、その内容は他人事ではないことを考えると、あえて水を差すような真似はしなかった。実は結構期待しているアクアなのである。

 

 それにしても、その本の表紙をわざと体面に座っている斉藤ミヤコに見せるような位置取りをしている辺り、挑発の仕方も次第に巧妙になっている。加えて、天河メノウ/姫川愛梨が手に持つ雑誌は結婚情報誌(ゼク○ィ)であり、自分の半分も生きていない女子中高生らが己の夢と欲に忠実である現状。ミヤコが厳しい顔をしているのはモニターに映る内容のせいではなく、勉強熱心な若い恋敵(ライバル)に焦りを隠せないからなのかもしれない。

 

 人間というものは、大人になれば、社会に出れば、家庭を持てば、それだけ(しがらみ)が増える。芸能事務所の社長ともなれば尚更だ。斉藤ミヤコは星野アクアのことを第一に考えているが、常に彼のことだけを考えているわけにもいかず、アクアに割ける時間も限られている。

 

 翻って、有馬かなは未成年。女優という肩書はあれど、社会的にはまだ守られる立場だ。現状はさしたる仕事もなく、学業も優秀な彼女はほぼ全ての時間を使って自分磨きに専念している状況である。

 今までのような演技や歌唱のレッスンに置き換わり、アクアとの交際やミヤコの教育、姫川愛梨の指導によって人間性の向上に努め、有馬かなという個人の在り方にまで踏み込んで教えを受けている最中だ。

 その効果は覿面(てきめん)、ブレイクスルーと呼ぶに相応しい成長。一皮剥けた彼女の魅力は、斉藤ミヤコとの女としての戦力差を急速に縮めている。

 

「じゃ、揃ったから始めましょうか」

「何をだよ、かな」

 

 有馬かなは手元の本をテーブルに置き、役者が集ったと話を切り出した。

 

「当然――アンタと、そこの女のことよ」

 

 指を差された漆黒の少女は読んでいた雑誌を閉じると、先程有馬かなが置いた本の上に重ねる。二冊の本、四十八手(情交)と結婚。どちらが先か、どちらが上か。これから始まる詰問の内容を暗示しているようで、場の緊張が知らず高まっていく。

 経緯はどうあれ、アクアは付き合っている女をほっぽり出して、人気のない場所で別の女と一緒に居た。腕にしがみ付かれても、それを解こうとはしていなかった。とどめに、嘘か真か「あの夜が忘れられない」という聞き捨てならない台詞。

 有馬かなは斉藤ミヤコに相談しその結果、二人を呼び出して尋問しましょう、という話になったのだ。

 

「その件は、前に説明した筈だが」

「そうね、言い訳ならベッドの上で聞かせてもらったわ。でも、素面(しらふ)で改めて話してくれる? ミヤコさんも交えてね」

 

 酒の場やベッドの上での言葉ほど、信用ならないものは多くない。男はさして好きでもない女に君が一番だと(うそぶ)き、女は大して感じていないのに凄く気持ちいいと男を煽てる。相手をノセてその気にさせようという魂胆、ある意味では気配りと言えなくもないが、どのみち嘘であることには変わりない。

 

「かなさんから概要は聞いているわ。私も興味あるわね、アクア。

 ――それにしても残念だわ、アクアの口からではなく、かなさんから報告を受けて発覚するなんて。これじゃまるで、浮気されてるみたいよね?」

「……判った。ちゃんと説明するから落ち着いてくれ」

 

 そもそも、アクアとミヤコの関係自体が浮気というか不倫なのだが、それは兎も角として。

 成る程、斉藤ミヤコの機嫌が悪そうだったのはこういうことだったのかと、金紗の少年は得心がいった。こんなことになるなら面倒でもきちんと説明すべきだったと後悔するも、後の祭り。

 

 とは言っても結局、アクアのすることは同じだ。先日の一件の一部始終を、順を追って説明していくだけだ。少年に(やま)しい所は――全く無いわけではないが、それでもこの女子中学生を()()()にするつもりは毛頭ないのだと、一人目と二人目の女たちに誠心誠意、必死に説明する。

 

「……ふぅん、前と同じね」

「当然だろう。これ以上何を説明しろってんだよ」

「今度はアンタの番よ、メノウ。――アクアのこと、どう思ってるの? 貴女の本当の気持ちを聞かせてくれるかしら」

 

 全員の視線が漆黒の少女に集中し、件の彼女は静かにティーカップをテーブルに置いた。

 これは、4月の時の再演だ。あの時は有馬かなが、アクアに対しどう思っているのか問い詰められる立場だった。だが今は女としての覚悟を決めて、その一歩を踏み出し、こうして逆に真意を問い返す立場に居る。それを聞く権利が、彼女にはある。

 黒川あかねより判りにくいが、この少女も星野アクアに対し好意にも似た特別な感情を抱いているのは明白。ならば、それを(つまび)らかにしなくてはならない。有馬かなと星野アクア、そして斉藤ミヤコは男女の関係なのだから。そこに割って入るというならば――、

 

 

 

「好きですよ。欲しい、と思っています」

 

 

 

 答えは、これ以上なく簡潔で、誤解しようもなく真っ直ぐだった。

 

「……やっぱり、そうなのね」

「へー……、ふーん……、へー……」

「でも、わたしの気持ちは貴女たちとは少し違います。わたしはアクアさんを独り占めしたいとは思っていませんし、結婚や子どもはまだ考えていませんよ。時々貸してもらえれば十分です」

「『まだ』って何よ! さっきまでゼ○シィ読んでた女が結婚を考えてないって、全然説得力無いんだけど!」

「嘘じゃありませんよ。

 

 ――アクア君には、前世でやり残したことに協力して欲しいのよね」

 

「結婚」・「子ども」というワードが飛び出して、場の空気が明らかに震えた。特に、斉藤ミヤコは女としてのタイムリミットが近付いている為、医者から余命の告知を受ける患者のような様相である。

 

「俺に一体、何をさせるつもりなんだよ――いや、やっぱりいい。聞きたくない」

 

 反射的に聞き返して、だがそれはやはり失策であり、聞かずにスルーすべきだったと気付くも後の祭り。

 漆黒の少女は我が意を得たりとばかりに、外見に似合わぬ淫靡な欲求を堂々と言い放った。

 

「わたしはね、ヒカル君とアクア君の親子丼を食べてみたいのよ」

「はぁ!?」

「……それって、()()()()意味?」

「ええ、()()()()意味よ」

「姫川さん、本気なの?」

「勿論よ。前世では旦那様が亡くなってしまって食べ損ねたんだもの。今度こそ、この千載一遇の機会は逃したくないわ」

「……やっぱり、(ろく)でもない内容だったな」

 

 その時。少女の眼鏡の奥で、闇の光が強く瞬いた。滲み出る静かな怒気が、空間を確実に侵食していく。

 

「今、(ろく)でもないと言いましたか」

「言ったな」

「アクア君、貴方だって同じでしょう。ミヤコさんとかなさんとの二股、両手に花、三角関係。もはや彼女たちはその辺の親子よりもずっと濃密な関係よ。貴方にとって何よりも大事なその関係を『(ろく)でもない』と評されたら――どう思う?」

「キレるだろうな」

「でしょう?」

 

 斉藤ミヤコと有馬かな。上司と部下であり、恋敵であり竿姉妹でもあり、様々な知識や技術を教え教えられる関係である。

 時に語らい、時に対立し、時に手を組んでアクアを責め立て、唇を重ね、肌を合わせ、互いの体液を混ぜ合わせることもある間柄。

 有馬かなが潜在意識下で欲していた、母性を備え与えてくれる存在。最初は冗談や挑発だった「お母様」という呼びかけが、いつの日か本当の関係になって欲しいと、心の奥底で願ってしまう女性、それが斉藤ミヤコだった。

 

 その関係性の深さはもはや、育児放棄に近い実の母親を遥かに凌駕している。「血の繋がった母親が、自分には関心が無い」という子どもにとって残酷な事実はもう、今の有馬かなにはさしたる痛手ではない。

 

 深紅の少女にとって、斉藤ミヤコは姫川愛梨と並んで限りなく母親に近しい人であり。

 そして、斉藤ミヤコにとっても有馬かなは既に、限りなく娘に近い少女なのである。

 

「貴方こそ、ミヤコさんとかなさんの母子丼を堪能している癖に、どの口がそれを言うのかしらね。わたしの望みを碌でもないと切って捨てるなら、まずは貴方がその(ただ)れた関係を清算してからになさいな」

「嫌だね」

 

 即答だった。

 女誑しと蔑まれようと、「クズ男」「女の敵」だと双子の妹に罵倒されようとも。

 星野アクアは、彼女たちを手放す気は毛頭無かった。

 

 

 

「ミヤコも、かなも、俺の女だ。誰が何と言おうと、手放す気は無いよ」

 

 

 

 斉藤ミヤコが小さく安堵の溜息を漏らし、有馬かなは大きく胸を撫で下ろす。それぞれに三者三様の異なる思惑はあれど、全員がこの関係を受け入れており、それなりに気に入っているのは共通の認識であった。

 

「ですよねー。こんなにも貴方に尽くしてくれる良い女たちを手放すなんて、男の風上にも置けないわよねぇ?」

「……悪かった。碌でもないと言ったことは取り消させてくれ」

「安心したよ、お兄ちゃん。ここで二人のどちらかを捨てるとか言ってたら、心の底から軽蔑してたよ」

 

 ぱちり、と。天河メノウ/姫川愛梨の大腿部の上で、星野ルビーが双眸を見開いた。左目の星の光が、アクアの心の奥底を窺うように揺らめいている。

 

「ルビー、起きてたのか。……いつからだ?」

「お兄ちゃんがメノウちゃんとの逢引きについて、必死に言い訳してる所からだね」

「ほとんど最初からじゃないか……。もしかしてお前ら、俺を試したのか」

「さて、どうでしょうね」

「浮気性のお兄ちゃんと、本音でお話ししたかっただけだよ」

 

 そういえば、前にもこんなことがあったな……と、金紗の少年は数ヶ月前を回想する。陽東高校への入学式の放課後、喫茶店で女性陣に囲まれ問い詰められた時だ。

 

 あの時から随分と変わったものだ。十年以上にも及ぶ停滞が一気に動き出し、あれよあれよという間に復讐劇に決着が着いてしまった。

 結局のところ復讐は果たせず、それどころか復讐心すら無意味なものだったと思い知らされ、絶望の淵に沈み込んだ。だが、今になってみればあれで正しかったのだろう。こんなにも良い女たちが、自分の為に尽くしてくれるのだから。

 

「ところでルビー。今更だが、俺が二股掛けてることについては何も言わないのか?」

「まあ、本当は思うところはあるけど。ミヤコさんも先輩も、春先に比べてすっごく綺麗になって、とっても幸せそうなんだもの。同じ女として、その幸せを取り上げるような真似は出来ないよ」

「……そうか」

「でもね、お兄ちゃん。その代わり、二人を泣かせたら駄目だよ」

「悪いが、それは約束出来ない」

「はぁ? ここは約束する、って格好良く決める所だと思うんだけど」

「守れない約束はしないさ。……多分、俺はこの先何度も、二人を泣かせることがあると思う。でも――」

 

 彼女たちに応え、報いる為にも。世間の常識や倫理からすれば間違っているこの関係を、胸を張って押し通さねばならない。

 少年を育て、守り、絶望から救ってくれた、斉藤ミヤコの為に。

 十数年も少年を想い続け、今も自身を磨き続けている、有馬かなの為に。

 

 

 

「代わりに約束する。その度に、俺が涙を拭ってみせるから」

 

 

 

 金紗の少年は懐からハンカチを取り出す。産みの母親から贈られた、菫青色の「Iolite(アイオライト)」。

 彼に応えるように、金紗の少女は身を起こすと、同じくポケットからハンカチを取り出した。

 その手に握られているのは紅玉色の「Ruby(ルビー)」。少年と同じく、母親から贈られた宝物。

 

 

 

 Ruby/ルビー。

 

 世に幾多の数ある宝石の中でも、特に希少性や価値の高さを持つ四大宝石。その一角にして、宝石の女王とも呼ばれている。

 モース硬度は9とダイヤモンドに次ぐ硬さを持ち、その強さと鮮やかな赤色の美しさを兼ね備えた、長い歴史を持つ宝石。

 語源は、ラテン語の赤を意味する「rubeus(ルベウス)」から来ているとされる。

 その宝石言葉は「情熱」、「勇気」、「勝利」、

 そして……「純愛」。

 

 

 

 二人の手に持つハンカチが触れ合う。

 母親から贈られた手巾を通して交わされる約束は、双子にとって特別な意味を持つ、何よりも重い誓約なのだ。

 

「約束だよ、お兄ちゃん」

「ああ、任せろ」

 

 そして……双子をこの世に産み落としてくれた人、

 

 

 

「「――アイ()に誓って」」

 

 

 

 その光景は、どこか結婚の儀式のようでいて。

 金紗の少年にとっては、二人の恋人が実の妹に嫉妬するという奇妙な事態になり、話がまたややこしくなるのだった。

 

 

 




 お待たせしました。前回から間が空いてしまって申し訳ありません。
 何話か挿んでから今ガチの炎上と解決になるかと思います。


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