星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Agate 2

 

 

 

 とりあえずは浮気の追及は一区切りがつき、それぞれが各々の仕事や余暇に戻っていく。

 斉藤ミヤコは、再び厳しい顔でPCのディスプレイと向き合い、

 星野アクアは、そんな彼女にコーヒーを差し入れつつ、ミヤコの抱えている業務のサポートに回り、

 有馬かなは、テーブルに置かれた結婚情報誌(ゼク○ィ)をぱらぱらと(めく)り、

 天河メノウ/姫川愛梨は、鞄から取り出した文庫本を読み始め、

 そして星野ルビーはといえば、ソファの隣で読書している漆黒の少女の大腿部に頭を乗せて寛いでいた。

 その様子を横目で眺めながら、随分とあの女に懐いたものだとアクアは思う。金紗の少女が、自分の頭を預け無防備な状態を晒す相手など、星野家の人間やミヤコくらいのものであった。

 

 それに、斉藤ミヤコにしても時折、漆黒の少女に酒の晩酌をさせ、主にアクアと有馬かなに対する愚痴を吐き出していた。彼らの内情を知っている人間が限られているのだから仕方がないのだが、愚痴とは不満であり弱みであり、おいそれと外部に漏らすわけにはいかない情報の塊である。それを聞かされているというのは即ち、少なからず信頼の関係性が存在するということだ。

 

 有馬かなに至っては言わずもがな。女優として、人生の先達としての師弟関係である。アクアへの長年の想いが見事に成就したのはひとえに天河メノウ/姫川愛梨のおかげであり、彼女の恋愛観・倫理観・精神論が有馬かなにとっての大きな指針となっている。

 加えて、有馬かなはつい昨年まで親しい友人が居なかった。そんな彼女に遠慮なく物申して、的確にアドバイスすることが出来る彼女は、深紅の少女にとっては貴重な気の置けない友人となっていたのだ。

 

 気付けば。苺プロの女性陣、アクアの周りの女たちは皆、漆黒の少女の影響下にある事態が出来上がっていた。この事実に、金紗の少年は背筋が薄ら寒くなる気持ちを禁じ得ない。

 例えるなら、茂みの向こうに何かが潜んでいて、こちらが隙を見せる瞬間を伺っているかのような。それは果たして、牙を持つ猛獣なのか、さもなくば毒を持つ(さそり)か蛇か。

 

 もし、この少女が三人を人質に取り脅迫してきたなら、さしものアクアとて両手を上げるしかない。その結果、自分が犬畜生に堕とされようとも。

 寧ろ、この身を好きにさせるくらいで三人を守れるならば安いものだ。大切な女たちが犠牲になるよりも、その方がずっといい。

 

 ふと、前世で読んだとある戦記ものの本を思い出す。敗戦国が終戦の代価として、美しい王女を敵国に差し出さなければならないというシーン。彼女は国の存続の為にも、気丈にも己の責務を果たそうとしていたが、敵国に赴く前夜に涙を零し、心情を吐露していた。

 守らねばならなかった自国の領土は荒らされ、多くの兵のみならず民までもが犠牲となり。よりにもよって我が国を蹂躙した連中に、この身を捧げなければならないという屈辱。これから待ち受ける苦難と絶望、それでも逃げ出すことは許されないという使命感を。

 あの姫君もきっと、こんな気持ちだったのだろうか……。

 

 そんな少年の煩悶もどこ吹く風、双子の妹は自分が潜在的な人質候補だとは露知らず、暢気にも年下の少女の膝枕を堪能していた。

 

「メノウちゃん、もっと身体に肉付けた方がいいんじゃない?」

「お断りします。肉を付けるのは簡単ですが、一度付いた肉を削ぎ落とすのは本当に大変なんですよ。貴女も20年後にはそれを思い知ることになるでしょうね」

 

 キーボードを叩いていた斉藤ミヤコの手が止まり、表情が一段と曇った。周りには彼女の半分も生きていない10代の少女ばかり。ミヤコとて決して太っているわけではないのだが、若い女たちに比べて肉の量が一回り以上に多いのは否めない事実である。

 

「そもそも、極限の造形美を追求したこの身体の、一体何が不満なんですか」

「この膝枕、固くて寝心地が良くないんだもん。メノウちゃんの身体って観賞用には最適だけど、抱き心地は物足りないかな」

「だったら、わたしではなくミヤコさんにお願いして下さい。あれほど抱き心地が良さそうな極上の女体はそうそうありませんよ。――ですよね? アクアさん」

「初めてお前と意見が一致したな。それには全くもって同意する――痛ッ!」

「かなさん、八つ当たりはアクアさんが可哀そうですよ。それに、ミヤコさんの抱き心地は貴女だってよく知っているでしょうに」

「それはそうだけど……! もうちょっとデリカシーってものがあるでしょ!」

「貴女たち、私の身体で議論するのは止めてもらえるかしら? それと、騒がしくして仕事の邪魔をするなら他所へ行って頂戴」

 

 額に青筋を立てた家主に、一同は揃って声量を抑える。先程の半分程度の声音でこそこそと会話を再開し、それはそれで気になる斉藤ミヤコなのであった。

 

「何ていうか……メノウちゃんの匂いって懐かしい感じがするんだよね。例えるなら、お母さんって感じでさ」

「失敬ですね、私は処女ですよ。というか、初潮もまだ来ていませんし」

「まだ中学生だもんね。私も去年だったよ。先輩は?」

「私は小学校高学年の頃ね。ミヤコさんは?」

「確か……10か11歳の時だったかしら」

 

 見目麗しい女性陣の生々しい話題が始まり、アクアは急速に居心地が悪くなる。こっそり退避しようかと扉に足を向けた所で、八つの瞳が少年の方に向けられる。お前の精通はいつだったんだ、と無言の問いかけを込めながら。

 

「アクアの精通なら11歳の時よ。私と一緒にお風呂に入るのを止めた直後だったかしらね」

「ミヤコ、あっさりバラすなよ……。というか、何でそんなことを知ってるんだ? 誰にも話したことは無いんだが」

「その時期から、こっそり隠れて下着を洗うようになったでしょう? 私の目は誤魔化せないわよ」

 

「アクアのことを最も知っているのはこの私だ」と余裕の笑みを浮かべる斉藤ミヤコと、彼らを半眼で睨み付ける有馬かな。この辺りはやはり、一つ屋根の下で一緒に暮らすアドバンテージと、共に積み重ねた歳月の長さがものを言う。

 

 アクアが小学校高学年の頃、ミヤコの裸身に少年の中の男がとうとう反応してしまった時。

 もしあの時、後先考えずに斉藤ミヤコの魅力に溺れていたならば、今頃はこの家の家族構成は変わっていたのかもしれないな……と少年が空想に浸っていた所に、漆黒の少女はとんでもない爆弾を落としてきた。

 

 

 

「まあ、そういう訳でアクアさん――今ならわたしの身体は、避妊しなくても構いませんよ?」

 

 

 

 全員の身体が固まり、斉藤ミヤコと有馬かなから怒気にも似たオーラが立ち上る。意訳するならば「この小娘、抜け駆けするつもり!? 私たちが小さくないお金と労力を払って避妊に気を遣っているのに、何てことを言うのよ」というところだろうか。

 避妊しなくてもいい(NS)、とは女から男に対する最高の殺し文句の一つである。様々なリスクに頭を悩ませる男の煩悶をふっ飛ばし、ただの獣に変えてしまう魔法の台詞と言っても過言ではないだろう。

 斉藤ミヤコに言われていたなら、誘いに乗っていたかもしれない。

 有馬かなから言われていたなら、ちょっとは迷っていたかもしれない。

 だがしかし、この恐ろしい少女からの甘言に応じるほど、星野アクアは考えなしではない。それに、好きでもない女を抱く程に飢えている訳ではないのだ。

 

「……お前の欲求不満を俺にぶつけるな。そんなに親子丼が欲しいなら、俺じゃなくて姫川大輝を誘えよ。お前が声を掛ければホイホイと乗ってくるかもしれないぞ」

「――嫌よ。流石にわたしでも、息子の大輝ちゃんを男としては見れないわ」

「そもそも神木とはどうなんだよ。あいつはお前のことをどう思ってるんだ?」

「そこよ。モーションを掛けてはいるんだけど、一向に進展が無いのよね。犯罪者になりたくない、ってモラリストぶって」

女子中学生(JC)じゃあね……」

 

 20年前の姫川愛梨と神木ヒカルの関係も十分以上にアウトだったが、現在、成人男性となった神木ヒカルと天河メノウではさらに拍車をかけて倫理に反している。成人女性と未成年男子の関係よりも、成人男性が未成年女子と関係を持つことの方が遥かに問題視され話題になり、罪が大きくなる傾向にある。

 時代が進み技術が発達し、法やコンプライアンスはより厳しくなり、性交同意年齢は13歳から16歳に引き上げられた。大人が16歳未満の子どもに手を出せば、相手の同意の有無に関わらず罪に問われるように法改正されたのだ。

 ただし例外はあり、同世代間の男女――5歳以下の年齢差であれば()()()()処罰されない。従って、姫川愛梨と斉藤ミヤコは犯罪者の誹りを免れないが、有馬かなはそうではないということである。

 

 だが。彼女らに、そんな常識が通用する筈もなく――、

 

「ヒカル君ったら、わたしが16歳になったら真面目に考えるよって言って、のらりくらり躱すのよ。酷いでしょう!?」

「うっ……」

 

 星野アクア/雨宮吾郎は古傷が痛むように胸を抑え、星野ルビー/天童寺さりなは勢いよく身を起こして憤慨した。

 

「男の人っていつもそうだよね…! 女の子の純情を何だと思ってるのかな!? お兄ちゃんもそう思わない?」

「いや、その件に限っては神木が正しいと思うぞ……」

 

 まさか、神木ヒカルを擁護する日が来るとは夢にも思わなかった星野アクアである。

 意気投合する少女二人を尻目に気が重くなっている少年は、何故星野ルビーがそこまで食い気味になっているのかという違和感に気付かなかった。その正体が判明するのは、まだ先の話である。

 

「それで、アクアさん。返事を聞かせて下さいますか?」

「全く、お前も大概しつこい女だな」

「欲しいものは諦めない主義なものでして」

「お前が欲しいのは男じゃなくて愛玩動物(ペット)だろう」

「そんなの、両方欲しいに決まっているじゃないですか」

 

 つくづく強欲な女である。

 アクアは思う。この少女の前世、姫川愛梨を敢えて悪く言うならば――今付き合っている男がパッとせず、かつて手酷く振った男が成功した途端、寄りを戻そうとしているハイエナみたいな女――という所だろう。アクアのみならず、男はそういう風に都合良く立ち位置を変える女を強く嫌うものだ。

 だがしかし、彼女の行いは決して間違ってはいない。男女関係なく、強き者、優れた者に擦り寄るのは生存戦略として寧ろ真っ当なものだ。より高みを目指すのは生物として当然の行動である。そうせざるを得なかった、という事情は判らなくもない。

 

 それでも。親に見捨てられた天童寺さりなや老人たちの死を看取るしかなかった前世での無力感、どうにもならない不条理を思い起こさせて、釈然としない気持ちは拭えなかった。いくら世界が残酷であり、綺麗事では回らないとしても。

 

 それに、アクアとて他人の事はとやかく言えない人間だ。斉藤ミヤコの母親としての顔と、女としての顔。どちらが欠けても嫌だったし、さらには斉藤ミヤコと有馬かなのどちらも失いたくはない。金紗の少年には、目の前の少女に石を投げる権利などありはしないのだ。

 

 様々な思惑があったとしても、天河メノウ/姫川愛梨が神木ヒカルを誰よりも愛し、強く強く欲しているのは間違いない。人が人を愛するのに、横から難癖を付けるなどという無粋な真似はしたくなかった。星野アクアにしたって、今はもう愛に生きる男なのだから。

 その点で論ずるなら、是が非でも己の愛欲を満たさんとする漆黒の少女に共感してしまう。他の何を犠牲にしてでも、他の何を差し置いてでも愛を成就せんと邁進する彼女に、畏敬の念すら抱いてしまう。

 ただ、その矛先をこちらに向けるのは勘弁願いたいだけで。

 

 だから彼女を糾弾しようとして、喉元まで言葉が出かかった所で、止めた。

 法に照らせば、最愛の女である斉藤ミヤコは紛れもなく犯罪者。その弱みを握っているこの少女を、ただ単に拒絶するだけというのは得策ではない。

 その代わりに必要なのは――。

 

「ミヤコ、かな。その場所でいいから立ってくれるか」

「「?」」

 

 訝しげにしながらも、アクアの言う通りに立ち上がる女二人。

 少年は彼女らの間に立つと、漆黒の少女に向き直って両手を(かざ)す。その動作に、まさか降参するつもりか? と一同が思ったその時。

 

「天河、俺の腕は何本に見える?」

「……? 二本、ですよね」

「そう、二本だ。この通り――」

 

 アクアは両腕を伸ばし、斉藤ミヤコと有馬かなの腰に回すと一気に引き寄せる。すると一秒後そこには、両手に女を抱きかかえる男が屹立していた。

 

 

 

「女を二人抱きしめたら、この身体は満員なんだ。俺の中に、お前の座る席は無いんだよ」

「「「「……」」」」

 

 

 

 場を沈黙が支配する。ちょっと気障(キザ)すぎたかと後悔するも、星野アクアの嘘偽りなき本心には違いなかった。

 やがて、その無音の空隙を打ち破ったのは、

 

「ふふっ……あははっ……。本当に、貴方は――」

 

 可愛いわね、と言おうとして止めた姫川愛梨/天河メノウである。

 彼女の求めるものは愛と、愉悦。星野アクアら三人のカップルが愉しませてくれる存在である限り、彼らは少女にとって推しであり、最大限の援助を惜しむつもりはなかった。

 

「アクア……」

 

 斉藤ミヤコは恍惚に浸っていた。自分が彼に仕込んだ、女を無理矢理にでも抱き寄せ恋敵に失せろと宣言する所作。こればかりは自分とアクアの二人だけでは出来なかった、横恋慕してくる恋敵が居なければ成立しなかったシーンである。

 また一つ夢が叶えられて、ひどくご満悦の斉藤ミヤコであった。昔好きだった物語の一幕を再現してくれて、もう何度目になるか判らないくらいに少年に惚れ直してしまう。

 彼の腕にしがみつき、左肩に頭を乗せて。潤んだ瞳と、赤く染まった頬と、熱っぽい吐息と、引き寄せられる心――。

 

 

 

 一見気障ながらも格好良い、イケメンのみに許された行為に、有馬かなもまた嬉しさを隠せなかった。

 つい数ヶ月前、「今日は甘口で」のドラマにおいて、主人公がヒロインの盾になってストーカー(横恋慕男)を撃退するシーン。それをアクアが再現してくれて、斉藤ミヤコと同じく熱に浮かされている所である。少女漫画のベタながらも主人公がきっちりと決める場面が好きなあたり、斉藤ミヤコと根は同じ趣味嗜好なのだ。

 

「ちょっとアクア、他の人の前で盛るのは止めてよ! 恥ずかしいでしょ!」

 

 ただし、彼女ほどに理性を捨てきれなかった。

 アクアに抱きしめられた腕、その先の掌は、有馬かなの尻を鷲掴みにしている。視線を動かせば、反対側の手もまた斉藤ミヤコの尻に埋まっている。これではまるで、三人で致している(二輪車)時みたいではないか――。

 

 だがそれもやむなし。

 どれだけ時代が移ろうとも、どれだけ場所が変わっても。

 男という生き物は、女の尻乳太腿(ふともも)には勝てないのだから。

 

 

 




本作のアクアはミヤコの教育により、彼女の好みに改造されています。
復讐も終わったので、彼は既に愛に生きる男へと変わりました。


ちょっとずつ涼しくなって、体調も戻ってきました。
最近の投稿が遅れ気味なので、もう少し巻いていきたいと思います。


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