「はぁ……」
星野ルビーはもう、人前で堂々と
ただ、己の愛に真っ直ぐな彼らが、眩しかった。自らの愛を見付け、成就しようと迷わず突き進む彼女たちが、羨ましかったのだ。
だが、彼女とは裏腹に天河メノウ/姫川愛梨は愉快そうに、そしてほんの少しの不愉快さを交えて返答する。
「まさか、
――でもね、アクア君。女優にとって席とは有る無しではなく、掴み取るものであり、奪い取るものなのよ。女優はたった一つの『役柄』という席を巡って、演技力やお金、コネや事務所の力といった様々な要素を積み上げて、その頂点の座を奪い合う。ヒカル君やかなさんには、何度も繰り返し言い聞かせたことだけどね」
有馬かなの表情が曇り、色惚けていた様子が一瞬にして鳴りを潜める。
結局のところ、芸能界は椅子取りゲーム。事務所のリソースも、時間も、割り当てられている放送枠も、何もかもが有限である以上それは覆しようのない、残酷な現実。
大衆が食べたくなる果実となるまでに育つには、全ての枝葉に届かせるには栄養がまるで足りない。剪定を繰り返し蟲に食われないよう保護し、多大な努力を払ってこそ、客が金と時間をつぎ込むに足る果実が実るのだ。
「勿論、これは女優に限った話ではないわ。役者も、競馬も、首相も大統領も、生命ですら、本当に大事なものは勝者の席が一つしか用意されていないものなの。
命とは、何億もの精子がたった一つの卵子を巡って、文字通り存在をかけて勝ち残った結果。わたしも貴方も、この世に居る全ての人間は生まれ出るより前に過酷な生存競争を潜り抜けている。わたしたちは皆、何億もの可能性を踏み台にして、たった一つの席に座っているのよ。……ああ、アクア君とルビーさんは席が二つだったわね」
その場の人間全てが、知らず知らずのうちに拳に力が入っていた。普段は忘れていた、無意識に目を背けていた残酷な真実を、否応なしに直視させられる。
「決して、ここに居ることが当たり前と思ってはいけない。その両腕に抱えている宝物を手放したくないのなら、常に危機感を持ちなさい。恵まれた立場に甘んじてしまえば、人間はそのまま停滞して衰えていくだけよ」
「Make it count.(今を大切に)――だろう?」
「ええ、まさにその通りよ。判ってるじゃないの」
斉藤ミヤコの希望でタイタニックごっこをする為に、何度も観て覚えてしまった主人公ジャックの言葉であり、彼の人生の旨。橋の下で野宿することもある貧しい青年が、世間知らずの令嬢の心と価値観を揺るがした、最初の一歩。
漆黒の少女としては、彼らにもっと上を目指して欲しい。もっともっと先を見据えて欲しいのだ。
星野アクアが、両手に美女と美少女を抱えて浮かれるのは理解出来るが、だからといって安寧に浸り慢心するなど言語道断。今後とも彼女たちを捕まえておきたいのならば、それに足る男としての器量を見せ続けなければならない。
彼女たちがそう簡単に少年を見限るとは考えにくいが、人の心は移ろうものであり、この世に不滅のものなど在りはしない。
有馬かなに対しても、想い人と幸せになってもらいたい気持ちはあるが、子作りとなると話は別だ。今もし妊娠すれば、芸能活動は当分の間は不可能となり、再び頂点を目指す道は遥かに遠のいてしまう。
女の最大の武器の一つにして、星野アクアの最大の弱点――母性。有馬かなが斉藤ミヤコに対し、最も及ばない領分でもある。いずれは彼女にも身に付けてもらうつもりだが、それはまだまだ先の予定だ。
幸い、有馬かなは面倒見のいい気質であり、母性との相性は悪くない。今度、事務所の子役たちの面倒をみさせて、母性の前身となる素養――包容力を磨かせようか、などと考える。今、彼女が養うべきなのは女優の知識や技術ではなく、女子力や人間力だ。
斉藤ミヤコには逆に、早く彼の
彼らの危機感を煽っているのはその為である。人間は生命が脅かされなくなると必然的に危機感が薄れ、逆に命の危機に瀕すると種を残そうと本能が刺激されるものだ。
精子も卵子も、高齢出産とされる30代後半には著しい劣化が始まる。女性であれば妊娠しにくくなり、受精卵の染色体異常の危険性が跳ね上がる。具体的には、流産の可能性は20代であれば15%程度と言われているが、斉藤ミヤコのように40歳前後になると3割にも達するのだ。体力や新陳代謝・回復力の低下とあわせ、高齢出産は危険とされる
平均初婚年齢が30歳を上回った現代においては、女性が第一子を身篭った時点で既に高齢出産の域に達しているということも珍しくない。その結果子どもに恵まれなかったり流産したり、果ては夫婦関係が破綻したりと悲劇に見舞われる話もよく聞く。
彼らにはそうなって欲しくない。あるべきだった、姫川愛梨が掴み損ねた夢を見させて欲しいのだ。
斉藤ミヤコは美しい外見とは裏腹に、その中身は確実に老いが始まっている。彼らには手遅れになる前に決着を着けてもらいたいものだが、男女の仲や家族計画に対し、必要以上に横槍を入れるのも
姫川愛梨はそれをよく知っていた。彼女が神木ヒカルの父親――旦那様から愛人として求められたのも、彼ら夫婦の仲が良くなかったのも、ひいては夫婦が死ぬことになった遠因はそこに在るのだから。
「それじゃ、今日の講義はここまで。ちょうどいい時間だからご飯にしましょうか。今日はわたしが腕によりを掛けて作ってあげるわ。
――かなさん、手伝ってくれるかしら」
「あ、はい」
ぱたぱたとスリッパを鳴らし、台所に向かっていく女子中高生たち。エプロンを付け、手際よく料理の段取りを進めていくその後姿を見ながら、星野アクアは釈然としない気持ちを拭えなかった。
身目麗しいうら若い少女二人による手料理。それも片方からは関係を迫られていて、もう片方とは互いの身体の隅々まで知り合っている仲という、世の男たちから刺されても仕方がない状況だというのに。いやだからこそ、少年の心は晴れないままだ。
そこで――、
☆
「あの女を何とかしてくれよ、
「キッショ、俺の事を兄さんとか呼ぶな」
金紗の少年は黒髪の青年、腹違いの兄である姫川大輝に悩みの種をぶん投げたのだった。
連載開始当初、姫川愛梨が重曹ちゃんの師匠になったりおばあちゃん枠になるとは筆者も想定していませんでした。
もはや第二の主人公と言っていい彼女ですが、恋愛リアリティショーが終わったらカミキともども深堀りしていこうと思います。