「ああ、それともう一つ言っておくことがあった。――黒川にも気を付けろ」
「もう女の揉め事はお腹一杯なんだが……」
「いいから聞いておけ。以前、黒川に相談されたんだよ。恋愛リアリティショーで目立つにはどうすればいいか、ってな」
「……何て答えたんだ?」
「そりゃもう、三角関係の修羅場に決まってる。
姫川大輝はさも当然の事のように即答した。月9主演男優が口にすると、言葉の説得力が段違いである。
三角関係――星野アクアと、斉藤ミヤコと、有馬かな。金紗の少年は今自分に降りかかっている状況を思い浮かべて、果たしてそれは娯楽たり得るのだろうかと考える。天河メノウ/姫川愛梨にとってはこの上ない観察対象だと愉しんでいる様子だが、星野ルビーからすれば呆れと諦めが半々といった塩梅である。この二人だけではサンプルが少なすぎて評価出来るような関係ではなく、寧ろこれ以上サンプルが増えるようでは関係が崩壊しかねないだろう。有馬かなは兎も角、斉藤ミヤコとの関係は世に許されるものではないからだ。
「今にして思えば、俺もお前らの出てる恋愛リアリティショーを見ておけば良かったかもしれん。そうしたらもっと早くお前に辿り着いて、有馬に引っ掻き回されることも無かったかもな。
……いや、そうすると俺はお袋と会えなかったことになるのか。やっぱりあれで最善だったんだよ。運命だと割り切って諦めろ」
「他人事だと思って……」
「言っただろう、
そう言って薄く笑みを浮かべる姫川大輝は、どこか晴れ晴れとしているように見えた。長年に渡って抱いていた疑問に決着が着き、生まれ変わりとはいえ慕っていた母親と再会することが叶ったのだ。人生の転機、新たな一歩を踏み出すには相応しい出来事だろう。春先に星野アクアの復讐劇が終わり、義理の母親と付き合うことになったのと同じようなものだろうと想像する。
だとするならば。もしかして――、
「なあ、姫川さん。本当に、あの女に気があるのか?」
(……また、会えるか?)
漆黒の少女を前にして、神妙な様子で相手の都合を伺っていた黒髪の青年。色気のある雰囲気は感じられなかったが、肉体的にはもはや実の母子ではない二人である。彼女の女子中学生という立場や年齢がややネックだが、自分と斉藤ミヤコに比べればまだ、倫理的には大分マシと言えなくもない。
「そんなんじゃないさ。――ほら、あれを見ろよ」
「ワイン、か?」
姫川大輝が顎をしゃくって示された先を見てみると、そこには壁の棚、その一角に鎮座している葡萄酒色をした瓶があった。
「俺が生まれた年に醸造されたワインだよ。お袋とは俺が
今度は俺が待つ番だ、あの女が二十歳になるまでお預けにしとくよ」
「そうか……」
アイと、酒を酌み交わす。星野アクアがもう叶えられない、ささやかな願い。自分は本当に、彼女に何もしてやれなかったのだなと後悔の念が胸をよぎる。
だからその分も上乗せして、斉藤ミヤコに尽くそう。姫川母子にならって、自分が産まれた年に醸造されたワインを、彼女の次の誕生日にプレゼントするのもいいかもしれないな、と考える。有馬かなに対しては……自分たちが初めて会ったあの年のワインがいいだろう。
――こうして。金紗の少年はまた、女誑しの技術を磨いていくのだった。
☆
星野アクアは巨乳好きである。
幼少期に斉藤ミヤコに復讐の意志を見破られ、彼女が唯一の心の拠り所となり。彼女と時折入浴を共にするようになり、彼女の腕に抱かれて眠ることも珍しくなくなって。本当に辛い時には、彼女の胸の中で涙を流さずとも声を押し殺しながら、静かに泣いた。
斉藤ミヤコと交際するようになってからは言わずもがな。本能の赴くまま揉みしだいたり吸い付いたりアクアのマリンを研磨したりと、肉体的にも精神的にも少年を夢中にさせてやまなかったのだ。十数年に渡って斉藤ミヤコに身も心も焼かれ続けた星野アクアは(ルビーもだが)、すっかり彼女の双丘の
恋愛リアリティショーの、とある撮影日の休憩時間。
アクアは同じく巨乳好きの熊野ノブユキと、ある意味で至極高校生らしい会話をしていた。
「アッくん、このグラビア見てくれよ。高1でこのおっぱいとかヤバくね? Gカップだってよ」
「どれどれ……。ん? この子、俺の妹の友達だぞ」
「マジかよ! そういや、アッくんは陽東高校の1年だっけか」
「全く、世間は狭いよな」
「なあ、この子紹介してくれない?」
「いくら何でも、他所の事務所の子を紹介は出来ないぞ」
「そっか……、それじゃ仕方ないよな……」
「ああ、そういえばこの子とお茶したことあるぞ。それも入学式の放課後に」
「はぁっ!? アッくん手ぇ早すぎだろ!」
「ただのお近付きの印だよ。妹と友達になってくれたからな」
本当の所は5人の身目麗しい女子生徒たちに囲まれて、実妹が主導して女性関係を問い詰められていたとか。その中の一人は
少し離れた場所で、男子高校生らの馬鹿話を黒川あかねは冷めた目で観察していた。
(男の人はケダモノだっていう話は、やっぱり本当なんだ……)
番組内では、鷲見ゆきとのカップリングが主軸となっている熊野ノブユキは、女性に興味津々であることを隠そうともせず。
普段は物静かで何を考えているのか今ひとつ判りにくい森本ケンゴは時々、視線が女性陣の胸元に向けられていて。
黒川あかねが所属する劇団ララライの看板役者である姫川大輝は、実は夜の店が好きで足繫く通っているというのは、劇団内では公然の秘密だ。
そして……アクア。番組に馴染めなかったあかねに手を差し伸べ、空回りして空気と化していた彼女を番組の中心近くにまで引っ張り上げた人物。黒川あかねはそのことに感謝し、胸が高鳴る初めての感覚に戸惑った。アクあかという単語が生まれるほどに、番組内での事だとはいえども、上手くいっていた。その筈だったのだ。
なのに、
『私、アクアと寝たの――』
耳元で囁かれた、有馬かなの言葉。それがどういう意味か判らないほど、黒川あかねは子どもではなかった。
『アクアを狙うのは番組内だけにしておきなさい。本気になる前に、傷つく前に手を引きなさい。今のアンタじゃ、万に一つも勝ち目は無いわよ』
だが、止めろと言われてすんなり引き下がれる程、大人でもなかった。
『だってアンタ、なーんにも知らないんだもの。アクアのどこを責めると感じるのか、ほくろが何処にどれだけあるのか、お尻の穴の皺の数とか、ぜーんぜん――知らないわよね?』
黒川あかねは彼の事をまだ、何も知らない。何も、判ってない。
でも、有馬かなは知っていると言外に語っていた。嘘やハッタリかもしれないが、女優としての直感が、幼少時から有馬かなを見続けていた経験は、彼女の台詞が嘘偽りなき真実だと叫んでいた。
『アクアが欲しいなら、アクアの醜い所や辛い過去を受け止めなくてはいけないってこと。アクアの上辺しか知らない、綺麗な所しか見ていないアンタじゃ無理、だから諦めろって言ってるのよ』
有馬かなは知っているのだろう。彼の醜い所を、彼の辛い過去を、恐らくは身体の隅々までもを。
『……ああ、
あの後、二人は一体何処へ行ったのだろうか。そこで一体、何をしたのだろうか。……考えたくもない。
『じゃあね、黒川あかね。いずれまた、板の上で会いましょ』
頬に口付けられる、湿った温かい感触。濡れて水の雫を滴らせる、深紅の髪。唇がかたどる、三日月の蠱惑的な微笑み。
(かなちゃん! かなちゃん! 有馬かな……!!)
負けた、と思い知らされた。ぐうの音が出ない程に、完敗だった。
決して見下していたつもりはなかった。だが、天才子役から落ちぶれていく有馬かなに対し、黒川あかねは舞台の上では天才役者と持ち上げられ、劇団ララライの若きエースと持て囃され、知らず知らずのうちに慢心していたのかもしれない。
久しぶりに味わった。悔しい、という感情を。負けたくない、という意地を。
なぜ負けた? どうして勝てなかった?
それは、やはり――。
(アクアくん……)
あの、金紗の少年。黒川あかねが恋愛リアリティショーで目立てるように計らってくれた恩義はあるが、今はそれ以上に嫌悪感が上回っていた。
有馬かなは変わった。変えられてしまった。あんなに妖艶な、まるで人妻の不倫女と見紛うような雰囲気が出せる子じゃなかったのに!
黒川あかねが芸能界に身を投じて、幾度も聞かされてきた言葉の一つ。男で身を崩す女優なんていくらでも居る、という話を思い出した。
きっと、有馬かなは
(アクアくんは一体、何が目的なの?)
子役の頂点だった有馬かな、その彼氏というステータス?
彼女が子役時代に稼ぎ出した、有り余るほどの財産?
それとも……都合の良い女として?
「何とかしなきゃ……」
このままでは有馬かなは、骨の髄までしゃぶり尽くされてしまう。憧れだったあの深紅の少女が、いずれ春を
その推測というより妄想は的外れにも程があるのだが、有馬かなが少年に骨抜きにされているのは本当のことであり、深紅の少女が夜の女顔負けの知識と技術を身に付けつつあるのは事実である。
「助けなきゃ……」
巨乳の馬鹿話で盛り上がっている男子高校生ら、彼らを冷めた目で観察している黒川あかねは、彼女を心配そうに見つめる鷲見ゆきとMEMちょの視線に気付くことはなかった。