「アクたん、あかねのこと何とかしてよぉ~」
「何とかって言われてもな……」
MEMちょの訴えに困惑しつつも、アクアは彼女の気持ちが判らないでもなかった。
『何があった!?』
『黒川あかねってこんなキャラだったっけ』
『アクアを見る目が、恋する乙女からゴミを見る目に変わっとる』
『あの目つきで踏まれたい』
『ヘンタイは巣にお帰りどうぞ』
『きっと、アクアが番組外で強引に迫って押し倒したとかじゃない?』
『やべーぞレ○プだ!』
『それ映せよ! 恋愛ごっこはもう十分、ウチらは修羅場が見たいんよ』
『まああれだけ露骨に好意を出されてたら、ヤレそうだと勘違いするのも無理はない』
『口説いてる時に他の女の存在がバレたとかありそう』
『アクアってやっぱり彼女とか居るのかな』
『居るやろ。めっちゃイケメンだし特に笑顔がヤバい。あんなん男でも掘れるわ』
『おい待て、それは誤字なのか』
『でも、恋愛リアリティショーって彼氏彼女持ちは参加出来ないんじゃなかったっけ』
『それはあくまで建前。過去の参加者でも、実は恋人持ちだったやつが何人も居るらしいよ』
『この番組、異性がほっとかないレベルの美男美女ばっかだしね』
『美形揃いなのは、プロデューサーの趣味だって噂があるけど』
『仕事を斡旋する代わりに、裏で手出してたりしてるのかもね。昔、そんな事件があった記憶が』
『……嫌な事件だったね』
SNSの反応の通り、黒川あかねのアクアに対する態度が大きく変化していたのだ。例えるなら、娘と付き合っている男が実は女癖が悪いことを知った母親が、警戒心を隠し切れない態度を取るイメージであろうか。
理由は明白だ。先日のミュージカル観劇後、有馬かなに散々煽られ、挑発されたこと。
黒川あかねにとって、片想いしていたアクア――恐らくは初恋の相手だった金紗の少年が、因縁浅からぬ少女、有馬かなと懇ろな関係だったと知った時の衝撃。想像するしかないが、10代半ばの多感な女子高生からすれば、天地がひっくり返るほどにショックだったろう。
アクア個人としては彼女に嫌われても別に構わなかったのだが、他の今ガチメンバーや番組側からすれば非常にやりにくいこと甚だしい。今まで仲の良いメンバー同士で和気藹々とやっていたところに、急に和を乱す存在が出てきてしまったのだ。場の雰囲気が悪くなるのは時間の問題であり、アクアと黒川あかね以外の四人は居心地の悪さに戸惑いを隠せなかった。
これを解決するには、単純なやり方では、二つ。
一つは、異分子の排除。もう一つは、浮いた存在を共通の敵と定め、他メンバーの更なる結束を図るやり方だ。
だがアクアも含め、誰もそんな方法は望んでいなかった。番組側としても、修羅場は寧ろ歓迎するところだが、虐めの温床になるのは本意ではない。少なくとも、この時までは。
「俺が話しかけようとしても、あかねにはあからさまに避けられるんだ。逆に、俺が絡みに行く方が
――恋愛は頭でやるものじゃない、心でやるものだ。
以前、アクアがあかねに贈ったアドバイスだが、今の彼女はそれを悪い方向に実践してしまっていた。あの時のあかねは自分が何をしていいのか判らず、アクアの言葉を素直に聞いてくれたのでやりやすかった。だが今のように少年と話をすること自体を避けられてしまっては、最早アクアに出来ることなどそうそう無かった。
「うーん……。アクたん、あかねがああなっちゃったのに心当たりないの?」
「……ねぇよ?」
「やっぱりアクたんのせいなんだね。なら、男の子として責任取ってよ!」
「私も混ぜろー! 女誑しのアクアを懲らしめろー!」
(やめろMEM、ゆき。カメラはこっちを向いてるんだぞ)
背中をポカポカと叩かれながら、敢えて払いのけようとはしない。女の子に思わせぶりな態度を何度も取ってきたアクアと、それを咎める女子二人の構図は番組的にも大いに絵になり、SNSでも軽くバズった。
逆に、黒川あかねの評判は少しずつ、しかし確実に下降線を辿りつつあった。そのSNSでの評判を見ながら蒼玉の少女は、次第に焦りと憤りを己の中に溜め込んでいく。
(どうして、女性関係にだらしないアクアくんがこんなに持て囃されて、私の方が責められるんだろう……?)
その答えは至極単純。
彼らの参加している番組は恋愛リアリティショーであり、この場においては誠実さなど如何ほどの価値もなく。
大衆は常に人気者の味方であり、人気者に楯突く異分子は敵に他ならないからだ。
敵は叩け、叩きのめせ。それは古今東西、変わらぬ人間の本質である。本能と言ってもいい。
☆
「マネージャー、レッスン室の鍵を――」
「お前はクビになりてぇのか!? あぁ!?」
黒川あかねが自主練を終えて、鍵を返却しようとした所に聞こえてくる男の怒声。慌てて扉の影に身を潜めこっそりと様子を伺ってみれば、憤懣遣る方無いといった様子の社長と、その前で縮こまっているマネージャーの姿があった。あかね自身、社長の怒鳴り声を聞いたことは何度かあるが、今の声量はその中で最も大きいものだった。
「最近、あかねの出てる恋愛リアリティーショーが人気だって話だから観てみたら、何だこれは!? あかねが番組の空気を悪くしてるじゃねぇか!!」
「で、ですが社長……」
「以前のアーカイブも観たが、折角アクアのおかげで人気が出たってのにあかねと来たら、今はあからさまにアクアのことを避けてやがる! 何考えてんだアイツは……! 見た目と演技だけが取り柄の不器用な女なんだから、番組を回してるアクアと鷲見ゆきに絡んでいかなきゃ話にならねぇだろうが!?」
「社長、それはいくら何でも言い過ぎかと……!」
「あぁ!? だったら結果で示してみろよ! あの二人に絡まずに、爪痕残して人気が出せるってんならな!!」
「そ、それは……」
――無理だ。部屋の扉越しに事務所の社長とマネージャーのやりとりを聞いていたあかねにも、それくらいのことは理解出来た。
男子全員に粉をかけつつも、ノブユキと良い雰囲気になっている、鷲見ゆき。
女子たちに八方美人な態度を見せながら、誰が本命なのかそれとも、全員口説くつもりなのかを窺わせない。アクア。
今、番組の中心になっている二人に匹敵する位に目立つなど、とてもじゃないがやってのける自信が湧かなかった。
スクールカーストにおいてその頂点に立つ
現代においては、差別や弾圧を無くし全員が尊重されるべきというDEI――多様性・公平性・包括性が推し進められているが、その反面社会は寧ろ、より混沌となり収拾がつかなくなっているのは、皮肉と言うべきか。全員が平等だと、集団は身動きが取れないのだ。「船頭多くして船山に上る」の悪い実例である。
軍隊や警察では未だに縦割り構造が強く、階級社会が徹底されているのはこうした事情が背景にある。序列があった集団の方が、秩序が保てるのは野生の獣たちと変わらないのだ。
(何で……私だけが……。頑張って、爪痕……残さなきゃ……)
――こうして。恋愛リアリティーショーの中に、明らかな階層が形成されようとしていた。
「いったん撮影止めます!」
紙や草葉でさえ、人間の皮膚を裂くことがある。ましてや、人肌よりずっと硬い付け爪ならば、言わずもがな。
黒川あかねが鷲見ゆきに施してもらったネイルチップ、その先端は色鮮やかな血色の赤で彩られていて。
「わた、そんなつもりじゃ……、ちが……」
それをネットは、許さない。
人間社会は、往々にして見下す存在があった方が安定する。その対象は「敵」と言い換えてもいい。異なる立場、異なる思想を持つ複数の人間や集団を団結させるには、
空中分解の兆しがあった恋愛リアリティーショーを軌道修正する為に、番組スタッフたちは決断を下した。
黒川あかねを、演出によって悪役に仕立て上げることで、番組を存続させる。ディレクターが提案し、鏑木プロデューサーもそれを了承した。
一人を犠牲にして、全体を生かす。決して間違ってはいない大人の論理。社会人として、営利団体として、それは至極正しい運営側の判断である。皆が全員幸せに仲良く生きていける程、この世界は甘くないのだ。
だが。当事者たちにとってはそうではない。未成年の子どもたちにとっては、そうではなかった。
「――でも、このままってのは気分悪いよな」
反逆の狼煙が、上がる。
最終回間近の原作において、ミヤコのお労しさがストップ高です。
というわけでもないのですが、近いうちにまたミヤコの話を書こうと思います。
原作ではとことん報われないミヤコにスポットライトを当て、彼女を幸せにしようと書き始めた本作ですが、もう暫しの間お付き合い下さい。