星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Emerald 15

 

 

 

 ――家族会議の翌日、午後。

 

 4月の上旬から下旬へと移り変わろうとしている時期。

 温暖化が進んでいる現在、平野部での桜はそのほとんどが散ってしまった季節に。

 星野アクアは実母である星野アイの墓前に立っていた。復讐の結末を報せる為に。

 

 一昨日の夕方。家族会議の前日にもここに来ていて、深紅の少女から叱咤激励を受けていた自分。

 昨日の夜。斉藤ミヤコに復讐を止められ、生きる気力を失くし、地面にへたり込んでいた自分。

 本日の朝。高校を欠席して、つい数時間前に義理の母親と男女の関係になった自分。

 それらの事柄を、アイの墓前に向けて報告していた。いや、少年が語る内容はもう既に半分以上が泣き言も同然であった。

 なんと未練がましく、情けない男なのだろうか。

 

「ごめん、ごめんな……アイ」

 

 復讐を、果たせなかった。

 実の父親を、自分の力で探し当てることが出来なかった。それどころか、向こうの方から名乗り出てきて機先を制されてしまった。

 神木ヒカルの罪を、暴けなかった。それだけならまだしも、奴にも幾何(いくばく)かの理があると心の何処かで思ってしまった。

 アイとの約束を、守れなかった。

 この十数年間、その為だけに生きてきたというのに。

 

 なのに自分は、別の女と幸せになろうとしている。

 悲しい過去を、振り切ろうとしている。

 そんな自分がどうしようもなく、後ろめたくて――。

 

 

 

「やっぱり、ここに居たのね」

「ミヤコ……」

 

 

 

 いつの間にか少年の背後には、彼の義母にして上司、そして最愛の女性である斉藤ミヤコが立っていた。

 こうしてみれば、(しとね)を共にしたばかりの女を置きざりにして、いくら母親とはいえ別の女のところに赴いているという事実に気付き、星野アクアは更に罪悪感が上乗せされる。

 だが、ミヤコはそんなアクアの後ろめたい感情を斟酌せず、前に出て少年に並び立つと、星野アイの墓前に真っ直ぐに向き合った。

 

「――アイ。とりあえず、あの事件は一区切りが付いたわ」

「……」

「まだまだ色々と大変だけど、私が何とかしてみせるから」

「……」

「この子とルビーは、私が守るから」

「……」

「私が、ちゃんと育てるから」

「……」

「それが、貴女の望みなんでしょう?」

「……」

「だから、ゆっくりとお休み……アイ」

 

 手を合わせ、静かに目を閉じる斉藤ミヤコ。

 風がそよぎ、木々の枝葉を揺るがせ、木漏れ日が二人の上で波間を作る。春の午後、彼らの他に人気の無い墓地で、少年と女は星の少女の墓前でそっと佇み揺蕩(たゆた)っていた。

 

「ミヤコ、俺は……」

「こっちに来なさい」

「いや、俺は――」

「いいから来なさい」

 

 もともと手を伸ばせば届く距離だったが、そこから半歩踏み込んで近付くと、有無を言わせぬ力で引き寄せられ、抱き締められる。

 前世も含め、最も嗅ぎ慣れた自分のもの以外の匂い。優しく、心が安らぎ温かくなる匂い。

 ――母親の,匂い。

 

 アイが刺され亡くなったあの新居を、セキュリティよりも夜景の光を選んだという斉藤ミヤコは、昨日の夜にその罪と闇をアクアに告解した。放っておけば罪悪感で消えて無くなりそうな彼女を繋ぎ止める為、決して離さない為にアクアは、強引に彼女を引き寄せ、力の限りに抱き締めた。その時の彼女は儚げで小さく、華奢な女性だったのはよく覚えている。

 でも今は。精神的に弱った息子と、彼を慰め包み込む母とで、昨日とは立場が逆転していた。

 

「全部、判ってるから。そうやって気持ちを抑えつけて、忘れることも自分を曲げることも出来なくて。傷つきながら、アイの為だと頑張ってきたんでしょう? いつもみたいに、ずっと。不器用で優しい、私の自慢の……息子」

「ミヤ、コ……」

「でも、駄目よ」

「え……?」

「過去ばかりを振り返る時間はもう、終わり。貴方には未来があるわ。夢から覚めたら、布団から起き上がって、顔を洗って、朝御飯を食べて、制服に着替えて、学校に行かなくちゃいけないの。それが――今の貴方がやらなければいけないことよ」

「そう、だな……」

「帰ってきたら、また私が慰めてあげるから。だから……今は、一生に一度しかない高校生活を楽しみなさい。もう二度と戻らないこの時間を、大切にしなさい」

「うん……」

 

 遠くから聞こえる喧噪や排気音は、風と木々のざわめきに掻き消され、ここが東京であることを忘れさせてしまう。同時に、少年には自分たち以外の誰も彼もが消えてしまったような……世界が、自分たち二人だけになってしまったような錯覚を覚えた。

 

「ミヤコ……。母親って、何だろうな?」

「そうね……。昨日言ったことだけど――子どもを助けて、子どもが道を誤ったならそれを叱って過ちを正すのが、母親よ」

 

 

 

『何でさりなが亡くなるかもしれないって時に、あいつの両親は顔を出さないんだ!』

『お二人とも都心部で働いている方なので、すぐには……』

『それでも本当に親なのか!? 母親ってのは――』

『そんなのは幻想だ。そういう親も居る。……吐いて捨てる程』

 

 

 

 どこまでも残酷な現実の上に、嘘と綺麗事を塗り固めたこの世界の中で。

 この女性(ひと)と巡り会えたことに、精一杯の感謝と愛を。

 

 ――こうして。

 やっと、星野アクアは。

 無力で何も出来なかった、アイを守れなかった自分自身を、(ゆる)すことが出来た。

 

 

 

「ありがとう……ミヤコ(母さん)

「どういたしまして、アクア」

 

 

 

 彼女と出会えた偶然と必然と運命と、星の巡りにただただ、心の底から感謝して。

 自分と彼女が生きているこの世界を、愛することが出来るようになったのだ――。

 

 

 




 原作が完結しました。
 お労しいミヤコへのフォローもさしてあるわけでもなく、色々と物足りないので今ガチの流れをぶった切ってでも書きました。

 次回もミヤコ回の予定です。


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