「もう、大丈夫よね?」
「ああ。一杯、元気をもらったからな。それにしても――」
「?」
「……ミヤコって、いい女だよな」
「なあに、今更気付いたの?」
「そんなの、ずっと昔から知ってたさ。でも、俺が言いたいのはそうじゃなくて……思い知らされたんだよ。今日の、午前中に」
ほんの、数時間前に。義理の母子という垣根を越えて、男女の関係へと足を踏み入れた星野アクアと斉藤ミヤコ。10代半ばの少年と40歳前後の女性という、人間が最も性欲のピークを迎えている二人。それも積年の想いが叶って、長年に渡って積み上げられてきた障害が取り払われ、文字通り
「ああ、そういえば。アクアに言っておきたいことがあるのだけど」
「……なんだよ」
「ふふ、それはね――
アクアのが、垂れてきちゃった」
「……。そ、そうか……」
己の肢体をかき抱き、妙齢の美女は服の上から下腹部に掌を添えている。その奥のさらに奥で、自分の放ったものが蠢いているのかと想像すると、金紗の少年はどうにも形容しがたい気分になってしまう。達成感と征服感と罪悪感がない交ぜになったような感覚、避妊を怠らなかった前世では終ぞ味わうことの無かったものだ。
星野アクアは今日、避妊していなかった。
斉藤ミヤコもまた、避妊していなかった。
二人は初めてを迎えた時、学校だの避妊だの芸能界だの、一片たりとも頭の片隅にすら浮かばなかったのだ。ただ、お互いを求める熱情と劣情に突き動かされるだけで。
つまり――、
「全く……、アクアったらゴムも着けずに、私の
「うっ……」
彼女と直に触れ合いたい。何物にも邪魔されたくない。彼女の胎内で果ててしまいたい。彼女の胎内を自分で満たしたい。彼女の全てを支配したい――。そんな、男として最も根源的な欲求の命ずるままに、少年は己の体力が尽きるまでただひたすらに精を吐き出した。その全てを斉藤ミヤコは包み込み、受け入れ、愛を交わし合った。これに勝る歓びなど、何処にもある筈もない。
「言うべきか言わずにいるべきか迷ったけど、やっぱり言っておくことにするわ。
――アクア。責任、取れるの? もしデキちゃったら、どうするの?」
……ああ。結局、自分は父親と同じことをしている。姫川愛梨に置き去りにされ途方に暮れているところを、星野アイという新たな光を見つけた神木ヒカル。血の繋がった両親の性生活や避妊の状況など知らないし知りたくもないが、その結果として自分とルビーがこの世に生を受けたのならば――つまりは、そういうことなのだろう。
「そんなの、決まってるさ。昨日言っただろ、ミヤコが抱えてるものを、俺も一緒に背負うからって」
でも。星野アクアは、両親のようにはならない。
「これは、俺だけの問題じゃない。ミヤコだけの問題でもない。俺たち二人が背負うべきことなんだ」
なればこそ。星野アクアは、両親とは違う道を行く。彼女と、一緒に。
「だから……ミヤコ、俺と結婚――」
「駄目よ」
世界が、止まった。
人工的な喧騒と排気音と、自然の環境音が相乗するどころか寧ろ、互いに打ち消し合って奇妙な静寂を作り出していた。
「それ以上は、言っては駄目」
「……何でだよ。ミヤコも言ってたじゃないか、『私を
少年の口先に突き付けるように添えられている、彼女の人差し指。細く尖ったネイルの先端が、アクアの唇を傷つけない程度に圧迫していた。
「そうね。でも――それはまだ先の話よ。さっきの続きは、貴方が成人したらまた改めて聞かせて頂戴」
「どうして、今じゃ駄目なんだ? 早いか遅いかの違いしかないだろ!?」
「今聞いたら……決意が揺らいでしまいそうだから」
「何の、決意だよ」
「私は貴方を、神木さんの二の舞にはしない。貴方の両親の悲劇を、繰り返させるわけにはいかないの」
「俺はあいつとは違う。それに、俺だってミヤコをアイの二の舞にするつもりはない。絶対に、させない」
「私だって同じ気持ちよ。でもね、子どもが子どもを作るのはとても大変なことなのよ。貴方とルビーの時だって、壱護と私のバックアップが無ければ、アイは間違いなく潰れていたでしょうね」
「それ、は……」
かつて、三世代家族が当たり前であり女性の社会進出が少なかった時代は、母親に圧し掛かる育児の負担は家族間で分散されていた。そういった理由もあり、1898年(明治31年)に17歳未満の男子、15歳未満の女子の結婚が禁止されるまでは、女性は10代のうちに結婚するのが珍しくなかった。当時の価値観では、妊娠出産育児こそが女性にとって至上の役割とされていたからだ。
――余談だが。結婚が可能な年齢は終戦後の民法改正で男子が18歳、女子が16歳と1歳ずつ引き上げられ、これは令和の時代に入るまで続いた。価値観や社会情勢の変化、国連からの要望もあり、現在では男女ともども18歳で統一という運びになったのである。
時代が下るにつれて核家族化が進み、女性の就労が一般的となり、母親への負担がより大きくなった。それがシングルマザーともなれば、ありとあらゆる負担が母親に一極集中する。アクア曰く、星野アイは母親としては相当駄目な部類ではあるが、アイでなくとも幼い子ども二人を抱えながら仕事をして家計を支えるというのは想像を絶する労苦であろうことは言うまでもなく。彼女を責めることは、出来ない。
「勿論、
「……」
「だから……貴方が未成年のうちは、貴方の子どもを産んであげることは出来ないの。判ってくれるわね?」
「ミヤコ……」
お互いが、お互いのことを想う。考える。
だからこそ、すれ違ってしまうことも……ある。
アクアの口先に伸ばされていたミヤコの指が戻っていき、代わりに差し出される手と、その上に乗っているのは――一粒の錠剤だった。
「これは?」
「アフターピルよ」
ドクン、と。アクアの心臓が、ひときわ大きく高鳴った。
「芸能界で生きていれば、不埒な男たちから手籠めにされることも十分に有り得るわ。もしもの時の為にと常備しておいたものだけど、まさか――赤子の頃から面倒を見ている貴方相手に使うとは、夢にも思わなかったわ」
「それは、そうだろうな……」
「今度、ルビーやかなさんにも渡しておかないといけないわね。私たちのような芸能界に関わる女には、いつ何が襲い掛かってくるか判らないもの」
両者とも、身目麗しい女子高生だ。考えたくはないが、
それを未然に防ぐのが彼女らの上司でありマネージャーでもあるミヤコの仕事ではあるのだが、弱小事務所の女社長など権力者からすれば内心で見下されても致し方ない立場だ。どうしたって手の届かない領域は、ある。
「納得がいかないようね」
「……判ってる。ミヤコの言ってることは、正しいことだって。
俺はまだ、社会的には子どもだ。責任を取れるような立場じゃないし、選挙権も無ければ車の免許も無いようなガキが女を守ると言ったところで、子どもの戯言だと鼻で
「……」
前世の自分は選挙権も車の免許も保持しており、酒も煙草も賭博も許されていて、職業は医者で資産も十分にあった。何よりも、結婚が可能な年齢だった。誰に憚ることなく、惚れた女に求婚することが出来たのだ。
翻って今の自分にはまだ、何も無い。血筋や容姿には恵まれているが、それだけでは彼女を娶るには全然足りない。こんなにも、前世の自分が羨ましいと思ったのは初めてだ。
――だから、何だ。
「それでも、俺は言うよ」
――そんな理屈、知ったことか。
「俺は、ミヤコが好きなんだ。ミヤコのことが、どうしようもなく欲しいんだ」
「アクア……」
「こんなにも誰かのことを大切に想えるなんて、生まれて初めてのことだから……俺はこの気持ちに、嘘は付きたくない」
雨宮吾郎は、人を愛したことがなかった。
前世で付き合っていた女性たちは、心の底から本気で好きだったかと問われれば否であり。
星野アイは推しの相手で、天童寺さりなは患者であり庇護の対象だった。
雨宮吾郎/星野愛久愛海は生まれて初めて、愛を知ったのだ。
その愛を教えてくれたこの女性を、全力で愛したいと渇望しているのだ。
「だったら……アクアが決めて」
「ミヤコ?」
彼女から手渡される錠剤。
生まれてくるかもしれない子どもを、新しい命を生まれる前から断ち切ってしまうかもしれない、薬。
人間が社会という概念を得て以降、好き勝手に生殖行動を取ることが好ましくないとされる状況は増える一方である。この水の惑星の上に、人類が今もなお繁殖し続け資源を食い潰している現状では、尚更に。
種の存続という、生物の最も根幹に位置する原則に反している、その業を凝縮した結晶の、一粒。
「今朝、私の全部を貴方にあげるって言ったのを覚えてる?」
「ああ、勿論だ。凄く……嬉しかった」
「あの言葉は、紛れもなく私の本心よ。だから……この薬を使うか使わないかは、貴方が決めて」
指先でつまんだそのアフターピルが、持っていることを忘れそうな程に軽い錠剤が。
金紗の少年にとっては、途方もなく重いような錯覚を
アクミヤの家族計画話です。
ミヤコ回は次で一区切りの予定です。
あと、こっそりとタグを追加しました。