星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 4

 

 

 

「アクア……」

「えっと、君は……」

「あっ、あの子じゃない? 重曹を舐める天才子役!」

 

 相も変わらず失礼な子、私は10秒で泣ける天才子役だと一瞬だけ考えたけど、それはもうどうでもよかった。

 

「アクアっ!」

 

 足が勝手に動く。両手を伸ばす。指先が学生服の胸元を掴む。

 ああ、夢じゃない。幻じゃない。アイツは、ここに居る。私の、目の前に。

 

「おいっ」

「アクア……アクア……っ」

 

 そこから先は、言葉にならなかった。私は額をアイツの身体に預けたまま、しばしの間、微塵の嗚咽を漏らし続けた。

 

「なんか私、お邪魔みたいだから先に帰るね」

「ちょっと待て、ルビー!」

「ごゆっくり~」

 

 離れていく足音と気配。アクアは大きく溜息をつき、吐息が私の首筋をくすぐった。思わず顔を上げると、視界一杯にアイツの顔が映し出される。息が止まり、頬が熱くなる。

 ――綺麗。格好良いとか可愛いとかではなく、そんな彫刻や芸術じみた感想が浮かび上がった。

 

「お前さ、いい加減泣き止めよ」

「泣いてないわよ……っ」

 

 アクアがポケットからハンカチを取り出す。青みの濃い紫、(すみれ)色。そのまま、私の目尻をそっと撫でていく。懐かしい感触に、12年前と同じ行為に酔いしれる。

 ああ……、それは逆効果だっての……。この男はいつもいつも、私の中を搔き乱す。

 

「思い出した。昔共演した、確か、有馬――」

「そう、有馬かな! 今度は忘れないでよ! もう!」

 

 

 

「あんたドコ中!?」

「ヤンキー女子かよ」

「ねえ、これからカラオケでも行かない!?」

「行かねぇって」

「じゃあ……私の家に来る?」

「お前、もうちょっと危機感もてよ」

「それは、そうだけど……」

 

 12年越しに再会したばかりの男の子を、男子中学生を家に連れ込む。字面からしていかにもアウトだったが、ここで引くわけにはいかない。そんな私の思惑とは裏腹に、アクアはスタスタと歩みを進めていく。

 

「だって、次はいつ会えるか判らないし……」

「はぁ……付いて来るのは勝手だけど、邪魔するなよ」

「どこに行くの?」

 

 アクアの雰囲気が一瞬にして変わる。その表情は、今までに見たことがないほどに真剣味を帯びていた。

 

「……墓参りだ」

 

 

 

 辿り着いたのは墓地。目の前の墓石には、星野家乃墓、と刻まれている。つまり――

 

「アクアの、ご先祖様のお墓?」

「……母親の墓だよ」

 

 息を吞む。

 アクアの、男子中学生の母親ならば、まだ若かったろうに……。事故か病気で亡くなったのだろうか。

 彼の手元には、先ほど学校で私の涙を拭ってくれたハンカチが握られていた。少しくすんだ、ヴァイオレットの手巾。その端っこには「Iolite(アイオライト)」の刺繍が縫い付けられている。私が持ったままの「Aquamarine」のハンカチと同じシリーズものだと容易に想像がついた。それだけでなく、あのハンカチに対して並々ならぬ想いが込められていることも。

 

「ねえ、そのハンカチって……」

「母親の、形見だ」

 

 ……やっぱり、そうなんだ。

 アクアも、過去に縛られている。私は子役時代の想い出に。彼は亡くした母親の面影に。このハンカチは、失った輝かしい記憶であると同時に、私たちを縛る呪いでもある。

 私も、ポーチから「Aquamarine」のハンカチを取り出す。この12年間、私を支えてくれたもの。でもこれは、アクアから奪っていたもの。だから――。

 

「有馬、それって……」

「ごめん。ずっと、借りてたままで。遅くなったけど、返すね」

 

 風が吹き抜ける。

 冬の昼下がり、遠からず日は暮れ、夜になる。昇った日は必ず沈むように、借りたものは返さなくてはいけない。それが道理というものだ。この手の震えも、きっと寒さのせいなんだ。

 

「何でお前、泣いてるんだよ」

「え……?」

 

 知らず、私の頬を雫が伝っていた。悲しいわけじゃない。悔しいわけじゃない。苦しいわけでもない。

 ただ――切なかった。自らの一部が、分かたれて遥か遠くに行ってしまうような気がして。

 

「お前は、本当に泣き虫なんだな」

「そんな、だって、違う」

「違わないだろ。鼻声で言っても説得力ないぞ」

 

 またもや、菫色のハンカチで目尻を拭われる。

 おかしい。今日の私は、まるで制御がきかない。それもこれも、目の前の男のせいだ。アクアはいつも、いつでも、私の中を搔き乱す。

 

「返さなくていい。そのハンカチはお前にやる」

「え、でも……」

「俺には、これがあるから」

 

「Iolite」を掲げながら、何でもないように言う。でもきっと、「Aquamarine」は彼の母親から贈られたのだろう。そうそう他人に明け渡していいようなものではない筈だが……。

 

「それに……」

「それに?」

 

 鸚鵡(おうむ)返しをする私から視線を逸らし、ほんの少しだけ照れくさそうにして、

 

「思い出したんだ、有馬と共演した日のことを。あの夜、大事なハンカチをお前に持っていかれたことに気付いてな、叱られるのを覚悟で母親に有馬のことを話した。

 ――そしたら、母親は笑って俺を褒めたんだ。よくやったね、替わりにこれをあげる、ってな」

 

 手元の「Iolite」を眺め、懐かしむ目でアクアは語る。

 羨ましかった。私が売れっ子だった時はお母さんと良好な関係を築けていたけど、落ち目になるにつれ、彼女は次第に母親としての役目を放棄していった。別居している今はもう、好きなのか嫌いなのかも、判らない。

 

「良いお母さんだったのね……」

「……どうかな。シングルマザーで社会常識もあまり無かったし、友達も居なければ家事も苦手。子どもにアクアマリンなんてキラキラネームを名付けるし、俺とルビーをよく間違えるダメな母親だったけれど、それでも――」

 

 風が吹き抜けていく。

 アクアの述懐は段々と消えゆくように小さくなり、最後の方はほとんど呟きに近かった。だがこの上なく感情が込められたそれは、中空に溶けることなく確かに私の鼓膜を震わせた。

 

 

 

「生きていて、ほしかった……」

 

 

 

 消える。アクアが消えてしまう。理屈抜きでそう直感した。

 一瞬だけ迷ったけれど、気合いで躊躇(ためら)いを吹き飛ばして、強引にアクアの手を掴んだ。私の右手と、アクアの左手が重なり合う。放っておくと、そのまま線香花火のように居なくなってしまいそうだったから。

 

「有馬……」

 

 風が、止まる。

 消えそうだったアクアのオーラが揺らぎ、息を吹き返す。静寂の中、一つに交わるお互いの視線。

 どちらからともなく、眼差しを墓石に向ける。この中に、アクアの母親が眠っている。話を聞く限り、色々と不器用で足りない所も多い人だったのだろうけれど、それでも子どもたちを愛していたのは間違いないはずだ。

 重ねた手と、それぞれの反対の手には母から子へと託された贈り物。宝石に勝るとも劣らない、絆の形見。

 ずっと大事にしようと、改めて私は固く誓う。自分と、アクアと、彼の母親に。

 

 

 

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