星の子どもたち   作:パーペチュアル

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お待たせしました。
「Sapphire 4」の続きとなります。


Sapphire 5

 

 

 

『今求められているものは、よりカゲキなもの』

 

 

 

 ――頑張らないと……。

 

 

 

『そりゃ、ゆきからノブを奪う悪女ムーブだよ』

 

 

 

 ――どうにかして、目立たないと……。

 

 

 

『三角関係の修羅場に決まってる。(はた)から眺める修羅場ほど面白いものは無い、視聴者が求めるものはそれだ』

 

 

 

 ――結果を、残さないと……。

 

 

 

『恋愛は頭でやるものじゃない、心でやるものだ』

 

 

 

 ――戦わないと。

 ――ゆきちゃんと、かなちゃんと、アクアくんと。

 ――だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったん撮影止めます!」

 

 黒川あかねが我に返った時には、彼女の前には頬に傷をつけられた金紗の少年が居て。

 

「わた、そんなつもりじゃ……、ちが……」

 

 その血色の赤は、人間の本能に危機感を訴えかける鮮やかな色は、蒼玉の少女を更なる動揺と混乱へと(いざな)っていく。

 おいおいおい……と呆れ戸惑う、男性スタッフ。

 芸能人の顔にそれはちょっと――と呟く、女性スタッフ。

 彼らの、一つ一つは大したことのない声の集合体は、巨大なうねりとなって黒川あかねの精神を圧し潰していく。

 

「わたし、は……!」

 

 もう少しの間そのままだったら、彼女は恐慌のあまりにここから逃げ出していたか。そうでなくとも、目と耳を塞いで崩れ落ちていただろう。

 

「……」

 

 そんな中で。この事態の焦点、黒川あかねとは対極に居る金紗の少年は、不気味なほどに静かだった。

 先程まで頬に当てていた手を眼前に持っていき、そこに付着した己の血をじっと眺め。

 

「……」

 

 その異様な雰囲気に、場の喧騒があっという間に収束していき、全員が固唾を飲んで注視する中、

 星野アクアは、口を開いた。その両目に、最愛の母と最愛の女の光を輝かせて――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃあこりゃぁあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が、止まる。

 数拍ののち、多くの番組スタッフたちとMEMちょが噴き出した。

 誰も彼もが、黒川あかねの犯した粗相など、頭の端から消え去っていた。

 

 

 

 世にテレビドラマは多々あれど、その中でも特に人気の根強いジャンルの一つが、刑事ドラマである。

 数十年前もの昔。昭和時代で最も人気だった刑事ドラマの、最も有名なシーンにて。ジーパンがトレードマークのその刑事はヤクザの銃撃戦に介入したものの、助けた相手から腹部を撃たれてしまい。自分の身に起きたことが受け入れられなかったその男が発した台詞である。

 

 まだ、ミームという言葉が無かった時代。その台詞は多くの視聴者に絶大なインパクトを与え、当時の子どもたちがこぞって物真似をしたのは有名な話だ。何せ、物真似をする為にわざと怪我をして出血した子どもが英雄扱いされたという逸話もあるくらいなのだから、その影響力は推して知るべしである。

 当時はネットや携帯電話がなく、テレビが娯楽の圧倒的中心であり。最高視聴率が40%超というこの作品は、時代を超えて今なお多くの人々に爪痕を残している。

 

 番組スタッフらは流石に専門家だけあってその作品の事を知悉していたし、MEMちょは人気Youtuberとしてミームに詳しいおかげで、アクアが何をしているかが理解出来ていた。対照的に、ゆきやノブユキといった他の若い今ガチメンバーは、何が可笑しいのかさっぱり判らずに戸惑った様子を見せている。

 人気キャラクターの死亡という悲劇的なシーンであるにも関わらず、あまりに真似され当てこすられた結果、シリアスな笑いへと変じてしまった場面。だからこそ、緊張が高まり爆発寸前だった先程までの空気が弛緩し、解きほぐされたのだ。

 

(アクアくん、いくら何でも古すぎるよ……!)

 

 彼らを後方から見ていた鏑木勝也は、そう考えながらも口元から溢れそうな笑みを漏らすまいと必死だった。

 プロデューサーというこの場で一番上の立場かつ、最年長でもある鏑木からしても、いささか以上に古いネタである。彼とてリアルタイムでそのドラマを観ていた世代ではないが、本当に良いものは時代を選ばない。若い頃に目上との雑談で、飲みの席で、幾度も聞き及び会話が弾んだものだ。

 

 それに――「王子」「女誑し」「二枚目半」といった印象をわざと演出していたアクアが初めて見せた、生々しく泥臭い演技。「今日は甘口で」におけるストーカー役といい、彼は存外に多くの引き出しを持っているとみえる。

 

 あっという間に、その場の空気が塗り替えられていた。金紗の少年、その演技の一幕によって。

 笑い声の喧騒が次第に収まっていく中、満足そうに周りを見渡していた少年は眼前の少女に向き直り、口火を切った。

 

「あかね、貸し一つだぞ」

「え……?」

「だから、貸し一つだ。この場を丸く収めてやったんだから感謝しろよ」

「えっと、その……」

「なんだよ?」

「貸し借りとか、したことが無かったから……。その、よく判らなくて……」

「だったら、こう言いかえようか。――何か一つ、俺の言うことを聞いてもらおう」

 

 唐突に始まった盤外のドラマに、その場の全員が口を閉じ、固唾を飲んで二人を見守る。カメラマンはこっそりと機材を構え直し、MEMちょは面白くなりそうな気配を感じてスマートフォンのスリープを解除した。

 

「えっと……」

「いいだろ?」

「……うん、わかった。私に出来ることなら、何でもするから」

 

 少し。ほんの少しだけ、場の雰囲気がざわめいた。何故かMEMちょがガッツポーズをとっていた。

 

「……あかね。女の子がそう軽々しく『何でもする』だなんて言うな」

「?」

「女が男に『何でもする』って言うのはな、男が女に対して『責任を取る』ってのと同じくらい重い言葉なんだぞ。ある意味ではな」

 

 その場に居た妻帯者と思しき男性スタッフらが小さく頷き、首肯を返す。それを見た黒川あかねは、自分はとんでもないことを口走ってしまったのではないかと思い直す。

 そういえば昔、クラスメートが教室に持ち込んでいた少女漫画雑誌において、そんな場面があったような気がする。不良たちに無理矢理連れ去られそうだった時に、気になっていたイケメン男子に助けられた女主人公。そのお礼に何でもする、と不用意に言ってしまったヒロインに対し、イケメン男子は俺の女になれと強引に迫る。危ないところを助けてもらった手前、きっぱりと断ることも出来ず、二人の唇が近付いたところで次号へ持ち越しとなってしまった。

 あの後、二人は一体どうなったのだろうか……?

 

「それじゃ早速、言うことを聞いてもらおうか。――あかね、アンコールだ」

「……えっ?」

「もう一曲いかがですか、お嬢さん」

 

 思考の沼に沈んでいた蒼玉の少女に、差し出される少年の掌。姿勢を正し、もう片方の手を背中側の腰に添えている彼の様子はさながら、王子や貴族の青年が舞踏会において、淑女を踊りへと誘っているかのようで。

 これは、あの時。初めて参加した恋愛リアリティーショー、どうしたらいいのか判らず困っていた時。ハンカチに忍ばされた伝言メモによって屋上に連れ出され、青空の下で二人踊っていたあの時の、続きだ。

 

(あかねって、悪い男に引っかかりそうだよね)

 

 以前、劇団ララライの先輩に言われたこと。そんな筈はない、自分はそんなのに引っかからないと内心で反発したことを思い出す。

 相手が悪い男だと判っていて、警戒していて。それでも尚、その男の甘言と誘惑に乗るというのなら、それは。

 例えるなら、その女はオレオレ詐欺に引っかかるくらいにお人好しだということ。見え透いた嘘つきの犯罪者に、いとも容易く騙されてしまう愚か者だということだ。

 

 ――でも。

 

「はい……、喜んで」

 

 抗えない魅力に、引き寄せられる。

 逃れられない重力に、絡め取られる。

 身構えた心と身体が、解きほぐされていく。

 

 星野アイから受け継いだ光。人を騙す眼、嘘を真実だと思わせる力。そこに、斉藤ミヤコから仕込まれた知識と技術が上乗せされた。

 元港区女子を、子育てをしながら芸能事務所を切り盛りする女傑をも虜にする力が加わって。さらには復讐という重い枷が取り払われ、もっと先へ、もっと上へと進化したのだ。

 

 ――この(ひと)と一緒なら堕ちてもいいと、女に思わせる力。男として、最高の資質。

 斉藤ミヤコと有馬かなを夢中にさせてやまない、類稀なる素養。

 

(かなちゃんもきっと、こんな感じでアクアくんに篭絡されたのかな……)

 

 今はほんの僅かだが、その力は黒川あかねにも侵食を始めている。

 彼を警戒し抱いていた嫌悪感が、完全に消えたわけではない。だがそれを明らかに上回る魅力に、蒼玉の少女は酔い始めている。

 

 男ならかつては誰しもが強さに憧れ、ヒーロー願望を持っていたのと同じように。

 女ならかつては誰しもが抱いていた、王子に手を差し伸べられるお姫様(プリンセス)の願望。

 その欲求を満たしうる金紗の少年は、女にとって劇薬も同然だ。それが、男性経験どころか恋愛経験も無い初心な少女なら尚更に。

 

 つい先刻までアクアに対し冷たい視線を向け、接触を避けていた黒川あかね。だが今の彼女は吹っ切れたように、前と同じかそれ以上に恋する乙女の顔をしていた。

 ここ最近、番組内に漂っていた淀んだ空気が綺麗さっぱり消え去っていて。初夏の陽光が差し込む教室で踊る少年と少女と、周りで囃し立てる友人たちと、彼らを取り囲み若い男女を応援する大人たちと。

 

 

 

 その様子は公開されるや否や、かつてない勢いで拡散され、番組始まって以来の視聴者数を叩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とは、ならなかった。

 

 

 

「鏑木さん、いかが致しましょう」

 

 撮影が終了し、次回の方針を決める打ち合わせにおいて、ディレクターは2つの案を提出した。

 現状維持のA案と、テコ入れをするB案。

 鏑木勝也は咥えていた煙草の煙を吐き出し、先端を灰皿に擦りつけて口火を切る。

 

「ディレクター、君をテレビ屋として育てたのは誰だったかな」

「……鏑木さんです」

「そうだね。うん、その通りだ。

 ――では聞こう。テレビ屋として、どっちの方が売れる? 数字になる? どっちの方が面白いと思うんだい? 君の率直な意見が聞きたいな」

「B案、でしょうね」

 

 今年35歳になるディレクターは即答した。この業界に飛び込んで10年以上、何が売れるか、何が数字になるか、何がウケるかということなど、当の昔に鏑木から叩き込まれている。その判断を誤ったりはしなかった。

 

「僕は時代劇が好きでね。戦国時代や江戸時代もいいけど、やっぱり幕末が一番かな。特にイチオシなのは毛利敬親(たかちか)だね。知ってるかい?」

「……いえ、寡聞にして」

「まあ、維新三傑に比べると知名度はいま一つだから、知らないのも仕方ないかな。

 江戸幕府を打倒したのは薩摩藩と、もう一つの勢力――長州藩。毛利敬親はその第13代藩主だよ。彼は部下の進言に対しあれこれと煩いことは言わず、『そうせい』と幾度も返していたことから、そうせい候と呼ばれていたそうだよ」

「……」

「当時、長州藩が倒幕に傾いて薩摩藩と同盟を結んだ折も、その行動を黙認して掣肘するようなことは控えていた。結果として彼らは明治維新を成し遂げ新しい時代を切り拓き、近代日本の礎を築いたんだ。彼が部下のやることにいちいちケチをつけるような人物であったなら、歴史は変わっていたかもしれないね」

「あの、鏑木さん……」

「ああ、ごめんごめん。話が逸れちゃったかな。つまり僕の言いたいことはだね、『よきにはからえ(お前に任せる)』ってことさ。いやあ、部下が有能だと助かるよ。君を育てた僕も鼻が高いね」

「はは……」

「じゃ、後はよろしく頼むよ」

 

 そう言って、鏑木勝也は立ち上がると会議室を出ていった。この後にはお偉いさんとの会食が控えているのだ。

 そこで話題になるのは視聴者数が右肩下がりの恋愛リアリティーショーについてだろう。番組も後半、このまま回復の兆しを見せずに終わってしまえば、鏑木の今後の進退に影響する可能性が無きにしも非ずなのだ。何としてでも挽回する必要がある。

 

(――すまないね。あかねくん、アクアくん)

 

 その為に、黒川あかねには悪役になってもらう。若い男子、それも新進気鋭のイケメン俳優の顔を傷つけた。演出によってこれを誇張し、次回への引きとする。恐らく、いや間違いなくこの流れは話題となり、ヘイトは彼女へと集まる筈だ。

 アクアは、番組の悪い空気を以前のように戻そうと奮闘していたが、残念ながらその努力も徒労となる。黒川あかねの態度が改善されたとしても、甘酸っぱい青春群像劇に対し視聴者はもう食傷気味なのだ。数字が上昇するほどの効果は見込めないだろう。

 もっと強烈なインパクトが、視聴者に爪痕を残すカンフル剤が必要なのだ。問題はそれが放送出来る内容なのか、コンプライアンス違反にならないか、上層部の意向に反していないかである。

 

 組織というものは、上に行けば行くほど政治力が求められる。

 この件について、鏑木勝也はディレクターに対し、ああしろこうしろという具体的な指示は出していない。それはつまり、万が一何か問題が発生した際には、現場の責任、彼らの独断だと言い張ることが出来るということ。いざという時の逃げ道を用意しておくのは、社会人として当然のことだと言ってもいい。

 

 どこの組織も、中間管理職というのはとてもとても苦労する。上層部の無茶ぶりを聞かねばならず、出来ないと言ってしまえば今後の出世は絶たれてしまう。それだけではなく、他のライバルたちに首を挿げ替えられるなんてことになりかねない。

 それに加えて、現場の人間の尻拭いや日々発生するトラブルとも戦わばならず、上下から板挟みになってしまうのは避けられない立場なのだ。

 

 だとしても、彼は働かなくてはならない。金を稼がなくてはならない。金があるからといって幸せとは限らないが、金がないのは確実に不孝にしかならない。彼には嫁と娘を、家族を背負い食わせていく義務がある。誰にも責めることの出来ない、最大最強の理由(言い訳)だ。

 

「ふぅ……」

 

 そこまで考えて、鏑木勝也は大きく溜息を吐いた。

 若い頃、芸能界に夢見ていたあの頃。田舎から出てきたばかりの少女と道端に座り込んでファーストフードを食べながら、お互いの夢や目標を語りあっていたあの頃。

 今の自分は果たして、あの頃の自分がなりたかった自分になれているだろうか?

 自分なりに出来ることを、最善を尽くしてきたつもりである。叶わなかったことも多々あるが、それでもその穴埋めは十分以上にしてきたと自負している。

 だが――。

 

「さて、行くか……」

 

 思考を断ち切り、タクシーを捕まえる。お偉いさんより後に現着するなど言語道断、今の自分は接待する立場なのだから。

 若い頃、芸能界に夢見ていたあの頃。新人アイドルと共に見上げていた東京の夜空。少ないながらもあの時は見えていた星々は、今は曇の群れに阻まれ見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その後、鏑木勝也が予想した通りに。

 黒川あかねは、炎上した。

 

 

 

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