星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 明けましておめでとうございます。
 アクミヤをくっつけて完結させるつもりだった1年前、そこから少しずつ書き進めて、ようやく今ガチ編中盤。
 原作も実写ドラマも完結し、残る展開はアニメ3期くらいですが、熱意の続く限り書いていきますので、どうかお付き合いください。


Emerald 17

 

 

 

「あの女、私のアクアを傷物にしてくれちゃって……!」

「それ、先輩がどの口で言うかなぁ?」

「全くね。アクアの身体に一番傷をつけているのは、間違いなく貴女なのだけど」

「私は少なくとも、芸能人の顔に手は出しませんよ。傷つけるのは外から見えない所だけですから」

 

 有馬かなの視線がアクアの背後に向けられる。つい先日、アクアとの逢瀬の最中に彼の背中を引っ掻いてできた爪痕を思い返しているのだろう。その瞳の輝きや表情が、次第に姫川愛梨に似てきているのは気のせいだろうか。

 

「かなさん。何度も言っていることだけど、そもそも人の義息子に爪痕を残すのは控えてくれないかしら」

「わざとじゃないですよ。善処しますね、()()()

 

 このやりとりも慣れたものだ。斉藤ミヤコは溜息を吐きながらもそれ以上追及するのは止めにして、救急箱から道具を取り出し、アクアの頬の傷口を消毒する。撮影現場で応急処置はされていたのだが、念のためだ。彼の身体は自分が管理しておきたいという斉藤ミヤコの本心が現れた行動である。

 

「アクア、貴方は女の子と関わるたびに顔を怪我して帰ってくるわよね」

「ミヤコ、人聞きの悪いことを言うなよ」

 

 小学生時代、斉藤ミヤコの名誉を守ろうとして、クラスメートと喧嘩した時。

 中学生時代、女子から告白された際に「君より妹の方が大事だ」と真顔で返し、相手が激怒して平手を受けた時。

 数ヶ月前、有馬かなの為に「今日は甘口で」の最終回を盛り上げようと、わざと殴られにいった時。

 

 そして、今回。

 怪我じたいは事故という話だが、よくよく経緯を聞いてみると番組内で上手くいかないことに焦った黒川あかねの行動によるものらしい。その後、アクアの機転により最悪だった現場の空気は事なきを得たようだが……。

 順番は逆とはいえ、またアクアが女の子を助け、怪我をして帰ってきたというのは紛れもない事実である。

 

「アイの遺言みたいなものだから、貴方が目の前で困っている女の子を助けるのは咎めないし、止めないけど……でも、それが原因で貴方が傷付くのは、やっぱり複雑ね」

「心配かけてごめんな、ミヤコ。その点は悪いと思ってるよ」

 

 星野アクアの根幹にある「Iolite」(アイオライト)のハンカチと、そこに込められた想い出。少年の本心では重荷だった復讐心とは違い、アイのその教えは今も彼の中に息づいている。

 

「本当に悪いと思ってる?」

「勿論だ」

「だったら――」

 

 治療が終わり、斉藤ミヤコは道具一式を片付けると、アクアに対して唐突に背中を向けた。

 

「私を、安心させてくれないかしら」

「……貴女の望むままに(As you wish)

 

 好きな男から抱き締められるとき、正面からと背後からのどちらがいいかという女性向けのアンケートがあった。

 その結果は、ほぼ五分五分である。ちなみに有馬かなは前者、斉藤ミヤコは後者である。

 妙齢の美女の背後から腕を首に回し、優しく包み込むように抱き締める。俗に言うあすなろ抱き――月9ドラマで最も有名な伝説の男優(キム○ク)、その出世作となった作品名からそう命名された愛情表現である。斉藤ミヤコも港区女子の例に漏れず、月曜9時からの時間帯は仕事のスケジュールが許す限り、テレビに張り付いていたものだ。

 

「ちゃんと、私の所に帰ってくるのよ」

「判ってる。ここが俺たちの家なんだから」

 

『必ず、ここに帰ってきなさい。私たちはもう、家族なんだから』

『……ありがとう、ミヤコ』

 

 彼女に復讐心を見透かされたあの日、二人の関係が変わったあの日に交わされた約束を。

 それは既に誓いへと変わり、彼らを結びつける絆となっていた。

 

「社長。何度も言ってますけど、人の前でイチャイチャするのは控えてもらえませんか」

「あら、失礼。()()()()()()、かなさん。でも、これはあくまでも家族の触れ合いなのよ」

「便利な言葉ですね家族って! もうっ!! どこからどう見ても恋人の触れ合いなんですけど!」

 

 アクアはミヤコと指同士を絡め合わせ、彼女の耳元に唇が触れている状態である。それはもはや、色男が想い人の女に愛を囁きかけているようにしか見えなかった。金紗の少年と妙齢の美女、ドラマから抜け出してきたかの如く絵になり過ぎる二人に対し、深紅の少女は胸焼けがする面持ちであった。

 

 揉めると理解していながらも、義母の望みには応えずにはいられない星野アクアと。

 恋敵に一泡吹かせたことで、至極ご満悦の斉藤ミヤコと。

 先程の己の発言が、見事にブーメランで返されてしまった有馬かなと。

 またこの展開かと、すっかり彼らの三角関係に慣れてしまった星野ルビーと。

 彼らの居る事務所の壁には、ついこの前までは無かった姫川大輝のサイン色紙が飾られていた。アクアが月9主演男優の自宅にお呼ばれされることになったと聞いたミヤコが、菓子折りと一緒に色紙を持たせたのである。

 

  今日も今日とて、苺プロは騒がしくも平和であった。

 

  

 

  その平和が崩れるのは、もう少し先。アクアの頬が傷付けられた一件がオンエアされた後のことだ。

 

 

 

 

 

 

 ――二十数年前。まだ、星野アクアと星野ルビーが生まれてもいなかった時代。

 ――斉藤ミヤコが、斉藤の姓になる前の話。

 

 

 

「ミヤちゃん、進路のこと考えてる?」

「まだ私たち高1でしょ。そんなに焦ってどうするのよ」

「逆だよ、()()高1なんだよ。そろそろ将来をちゃんと考えないと駄目だからね」

「将来、ねぇ……。なんか今イチ実感が湧かないんだけど」

「またそんなこと言って……。あと4年でわたしたちも成人になるんだし、何ならもう今でも結婚も出来る歳なんだよ」

「結婚なんて、それこそ実感が湧かないわよ。……あ~あ、何処かにレオ様みたいな金髪碧眼で細身のイケメン王子様が居ないかなぁ……。そうしたら、いつでも家庭に入ってあげるんだけど」

「ミヤちゃん、現実を見ようよ。ね?」

「そういう貴女は、何か夢でもあるの?」

「ふっふっふ……。聞いて驚け、わたしの夢は何と――女優になることです!」

「無理ね。貴女の方こそ、現実を見なさい」

「いきなり否定しないでよ! 今度、わたしだってオーディションを受けるんだから!」

「無理無理、あんなの一握りの選ばれた人間だけしか受からないわよ。貴女は顔はいいけど、胸が明らかに足りてないから絶対に落とされるわね」

「むっかー! 自分が巨乳だからって見下してくれちゃって!」

「あんまり良いものでもないわよ? 肩は凝るし、体育で走る時に揺れて痛いし、ブラをしょっちゅう買い換えないといけないし……。何よりも、街を歩く度に男どもの視線が煩わしいのよね」

「出た出た、これが持つ者と持たざる者の確執ってやつ? マジむかつく! マジむかつく!」

「そんなこと言ってると、ノート見せてあげないわよ」

「じょ、冗談に決まってるじゃん! お願いします、神様仏様ミヤコ様~! わたしたち、親友だよね? ね!?」

「はいはい……。でもね、最低限の勉強も出来ないようじゃ、女優は務まらないと思うわよ。この前の試験だって、赤点ギリギリだったんでしょう?」

「うっ、それは……そうだけど!」

「でも――」

「?」

「あのスポットライトの光に憧れる気持ちは、まあ……判らなくもないわね」

「でしょでしょ! ――あ、いいこと思いついた」

「私はオーディションなんて受けないわよ」

「ええっ、なんでよ!?」

「見世物にされるのなんて御免だわ。そもそも貴女、何で女優になりたいだなんて思ったのよ」

「それはね……この雑誌の特集を見てよ。この人、わたしたちと歳がそう変わらないのに凄くない?」

「えーっと……姫川、愛梨。新人女優賞を受賞、ねぇ……。何この澄ました女、援助交際か枕でもやってるんじゃないの」

「ミヤちゃん、いくら何でも失礼だよ!」

 

 

 

 ――そんな、少女たちがそう遠くない未来へ思いを馳せる、何処にでもある放課後の一幕。

 

 

 

 ――結論から言うならば、ミヤコの親友であった少女はオーディションに合格し。

 

 

 

 ――高校2年生へと進級した際、進路調査では「東京に行って女優になる」と書いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それが気に入らなかったクラスメートの女子たち、悪い大人と付き合っているという噂があった彼女らから執拗な虐めを受け、肉体的にも精神的にも追い詰められていき。

 

 

 

 ――虐めの巻き添えになるのを恐れたミヤコは、彼女を積極的には助けなかった。公の場では見て見ぬ振りをして。

 

 

 

 ――ついには、少女は校舎の屋上から身を投げて自殺した。

 

 

 

 ――親友を見殺しにしたのも同然の事実は、彼女の心に暗い(わだかま)りを残すこととなる。

 

 

 

 ――ミヤコは卒業後、逃げるように地元を離れ、東京へと上京した。

 

 

 

 ――親友の代わりに、芸能界へと身を投じた。

 

 

 

 ――だが、仕事をこなす度に彼女の影が脳裏にちらつき、今一つ精彩を欠くことが多く。

 

 

 

 ――それは、ミヤコが芸能人として大成しなかった理由の一つでもある。

 

 

 

 

 

 

『今ガチから早く消えろ』

『失望しました。フォロー外します』

『凄い勢いでフォロー減ってて草』

『王子の顔を傷物にした罪は万死に値する』

『生きてて恥ずかしくないの?』

『映す価値無し』

『生きてる価値無し』

『親の顔が見てみたい』

『こんな地雷女の母親なんて教育もまともにできないBBAだろ』

『………………』

『…………』

『……』

 

 

 

 星野アクアが出演している恋愛リアリティーショー、その視聴者の反応はあっという間に塗り替えられていた。黒川あかねへの非難一色に染め上げられた惨状に、苺プロの面々に天河メノウ/姫川愛梨を加えた5人の居るこの空間は、苦々しい雰囲気に包まれている。

 

「黒川あかね、バチボコに燃えてるわね~。まぁ、あの内容なら当然なんだけど」

「先輩さ、私の男を傷付けた報いが――って思ってない?」

「思ってないわよそんなこと!」

「ホントに?」

「……実は、ちょっとだけ。でも、この事態は敵ながら同情するわね。下手すれば再起不能よ、あの子」

「そうなの?」

「ここ最近、黒川あかねは番組の空気を悪くしていた。単なる視聴者の私がそう感じてるくらいなんだから、共演者や番組スタッフからすれば腫れ物扱いだったでしょうね。そんな相手が明確なミスを犯したんだもの、そりゃあもうあちこちから袋叩きが起こるのは目に見えているわ」

 

 かつて、子役の頂点へ駆け上がり天狗になっていた、有馬かなのように。

 映画「雨に唄えば」において、己の高慢さを改めずに周囲の人間の尽くを敵に回した、スター女優のように。

 他の役者やスタッフに嫌われたら、仕事なんてあっという間になくなる――深紅の少女が、アクアと五反田監督から教わったことだ。彼女自身、己の凋落にともない周囲の掌返しを目の当たりにして、その言葉の意味を痛いほどに実感した。

 嫉妬と称賛が嘲笑と落胆へと変化し、やがて無関心へと成り下がる。家の床に転がっているゴミ袋が増えていき、実母の作る料理が簡素化し、やがてインスタントやウーバー頼みになり。ついには父と母と娘、家族がバラバラになってしまったのだ。

 

 有馬かなは、かろうじて耐えられた。積み重ねた役者根性が、高いプライドが、アクアにもう一度会いたいという気持ちがあったから、ここまで来れた。紆余曲折あって少年と再会し男女の関係になり、彼の周囲の人間とも良い関係を構築出来ている。今にしてみれば、ここ数年の苦難はある種の試練だったのだと納得するくらいに、現状は恵まれている。

 だが――、

 

「黒川あかねはきっと、耐えられないでしょうね。

 

 ――共演者やスタッフは兎も角として、SNSの向こう側の連中は加減を知らない。悪質な記者が次から次へと湧いて出てくるようなものよ。面白半分に過去をほじくり返し、歪んだ正義感で学校や職場にクレームを入れて、叩く相手を社会的に村八分にするの。生真面目で真っ直ぐな人間ほど、受けるダメージは大きくなる。黒川あかねは正にそれよ」

 

 天河メノウ/姫川愛梨の手に握られているスマートフォン、そこには今ガチの公式掲示板の中で黒川あかねによる弁明と謝罪文が映っており、その直後から彼女を叩く書き込みが爆発的に増加した。

 批判意見の中には芯を食ったものもあるが、感情的・衝動的に書き込まれたものが殆どだ。根も葉もない噂や妄想交じりのものも少なくなく、人格批判のみならず対象の親や教師のせいだと矛先を広げる輩すら、居る。

 そんなもの無視すればいいのにと有馬かなは考えているが、生真面目が服を着て歩いているようなあの女ならきっと、可能な限り全ての感想に目を通しているのだろう。その書き込み一つ一つが、黒川あかねの積み上げた自信や自尊心を削り取っていく。そうして広げられた傷痕は、残酷にも彼女の将来を閉ざしていくのだ。

 

「どうにも、ならないのかな……」

「アクア、アンタはどう考えてるの?」

 

 そこまで静かに話を聞いていた少年は、眉間に皺を寄せて黙考していたが、これだという打開策が思いつかず溜息を吐いた。

 

「被害者の俺があかねを擁護したとして、この炎上が収まると思うか?」

「まあ、無理でしょうね。火に油を注ぐだけだと思うわ」

「だろうな……。炎上対策は完全無視が一番なんだが、それであかねの名誉が回復するわけじゃない。このままだと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ミヤちゃん、

 ……助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこからか、彼女の声が聞こえたような気がして。

 斉藤ミヤコの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

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