星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Carbuncle 7

 

 

 

「アクア、黒川あかねの所に行くの?」

「ああ、そうだ。止めるなよ、かな。止めても行くからな。――それよりも、盗み聞きしてたなんてはしたないぞ」

 

 部屋を出ると、有馬かなが廊下の壁に寄りかかって腕を組んでいた。こっそりと話を聞いていたことを咎めるも、彼女は少しも悪びれもせず、寧ろ当然と言わんばかりに真剣な表情である。

 

「私だって、ミヤコさんのことが気になって仕方がなかったんだもの。それに前も言ったでしょ、私だけ仲間外れなんて嫌よ。もう私たちは、家族も同然なんでしょう?」

「……そうだったな、すまん」

「私としては、アクアの方が気になるんだけど。アンタがあかねの為に無茶する義理なんてあるの?」

「無いな」

「じゃあ、何でそこまでするのよ」

「あかねの今の状況は、ミヤコの為にはならない。なら、何が何でも打開する必要がある。あかねに()()()()()()があったら、それこそミヤコのトラウマを再び抉るだろう。だから、そうならない為に今すぐ動くんだ。手遅れになる前に」

「結局、ミヤコさんの為ってことね。……はぁ、それなら仕方ないわ、私としても将来的に、ミヤコさんには私のお義母さんになって欲しいっていう気持ちは本当だしね」

「そこは疑ってないが……それだけじゃないだろうに。何か、他にも言いたいことがあるんだろう?」

「まあ、ね。黒川あかねとも、それなりに付き合いは長いから。

 ――アクア。私はね、あの子に嫉妬してた。私と入れ替わるように頭角を現して、天才と持て囃されて、周りから称賛されてるあの子が憎たらしかった。同い年で同じ女優業やってる人間として、ちょっとは堕ちて来いって気持ちもあったわ。それどころか、あのままリタイアしてくれたら芸能界で席が一つ空くだろうって思いさえした」

「……」

 

 深紅の少女の述懐。春先までなら見せようとしなかった、彼女の醜い本心。強がりで、見栄っ張りで、プライドの高い有馬かなという少女にはおよそ似つかわしくない言葉。

 

「でもそれって結局、ネットで黒川あかねを叩いてる連中と同じだって気付いたの。実力じゃ敵わないから、その地位や名声が妬ましいからって足を引っ張って、あることないこと誹謗中傷を流して、高みから引きずり降ろそうとする連中。自分の努力不足を棚に上げて、相手の非につけこんで正義を振りかざす連中。暇つぶしの為に、ただ騒ぎたい為に、成人式や渋谷のハロウィンで暴れまわるのと同じことをネットの中でやってる連中。

 ――私は、そんな奴らとは同じになりたくない。そうなってしまったら、自分にも周りにも誇れる女優には二度となれなくなっちゃうから。私の目指すものはそうじゃない。あの子から天才の称号を奪い返して、もっと凄い女優になりたい。私はもっともっと上を目指したいの」

「かな……」

「だから、アクア。あの子を助けてあげて。きっと今、あの子は泣いてると思うから」

「――判った。必ず、助ける」

 

 ……綺麗になった。星野アクアが抱いた、今の有馬かなへの率直な印象。

 まだ寒さの厳しい季節に再会した時の、現状に足掻いていた彼女。

 高校に入学してから間もない日の夕暮れの中、家族会議をひかえて思い詰めていた少年を叱咤した彼女。

 春の終わりにさしかかった日の夜、恋愛事に臆病だったにも関わらず一歩を踏み出し少年を受け入れてくれた彼女。

 そして、初夏の日々。男女の関係として、自分の下で、時には自分の上で乱れ、悦びを与え合った彼女。

 この数ヶ月で有馬かなは、少女から女への歩みを確実に一歩ずつ進めている。以前の彼女なら自分の事で精一杯で、他者への気遣いを見せることなど無かっただろうに――。

 

「まあ、黒川あかねが泣き虫なのは今に限ったことじゃないけどね。口喧嘩で言い負かす度、涙目になって私を睨んでくるものだから、それが可愛くてついつい調子に乗っちゃうのよ」

「おい、折角の良い話だったのに全部台無しだぞ。それに、泣き虫なのはお前だって他人の事言えないだろ」

「私が泣き虫なのはアンタの前だけよ。女の涙はそんなに安いものじゃないわ」

 

 ……やはり、有馬かなは有馬かなだった。以前よりもずっと大人びたとはいえ、性格の悪さはそうそう簡単に治るものではないようだ。だがその反面、こうした憎まれ口こそが彼女なのだと安心する気持ちもどこかにあった。

 

「あ、それとアクア。あの子を助けに行くのは止めないけど、絶対に惚れさせちゃ駄目よ」

「前から言ってるけど、俺があかねを口説くのは番組内だけで、プライベートで付き合おうとは思ってない。そもそも俺じゃなくてあかねに言うべきだと思うが」

「判ってないわね。女の子が精神的に弱ってる時に、金髪のイケメンに優しくされたり助けられたりしたら、女の子は勘違いしちゃうものなのよ。私やミヤコさんがそうだったようにね」

「そうなのか?」

「ええ、間違いないわね。――アンタたちもそう思わない?」

 

 振り向かずに背後へと声を掛ける有馬かな。廊下の向こうの陰からこっそりとこちらの様子を伺っている二人、金紗と漆黒の少女である。

 

「そうだね……。お兄ちゃんがハンカチで涙を拭ってあげた女の子が何人、私のところに恋愛相談を持ち掛けてきたか知ってる?」

「いいや、知らないな」

「私も10人から先は数えてないから、正確な数は判らないけどさ。お兄ちゃんがあちこちで女の子を引っかけてくるのは勘弁してほしかったけど、泣いている女の子を助けてあげてっていうのはママの遺言みたいなものだから、止めるに止められなかったんだよね……」

 

 遠い目をして、小中学生時代を振り返る星野ルビー。アクミヤ推しだった彼女は恋愛相談に来る女の子らに対し諦めるように諭し、それでもアクアに告白しに行く女子生徒は一定数は居た。そして例外なく玉砕し、中にはルビーへ恨み節をぶつけてくる子も出てきたものだ。

 

「アクアさん、金髪で細身の王子様系イケメンが嫌いな女の子は居ないんですよ。男の人だって皆、星野アイや不知火フリルみたいな黒髪ロングの美少女はお好きでしょう?」

 

 それは遠回しに天河メノウ/姫川愛梨(おまえ)のことも言っているのか、と穿ってしまう。アクアはこの少女の髪を結んでいる姿しか見たことはないが、解けば確かに彼女たちに近い長さになるだろうと想像がつく。

 漆黒の少女はそう遠くないうちに芸能界に舞い戻ると聞いているが、その時こそ彼女は髪を解き、眼鏡を外し、仮面を脱ぎ捨てるのだろう。或いは希代の名女優らしく、別の仮面を纏うのだろうか――。

 

 と、その時。アクアの懐に入れていたスマートフォンが振動する。取り出して画面を確認してみると、MEMちょからの着信だった。

 

『ごめんねアクたん、こんな時間に! でもあかねが大変なの!!』

「何があった!? というかお前、今外に居るのか!?」

 

 通話越しに聞こえる、風が吹き抜け雨の打ち付ける音。ちょうど関東地方に来ている台風によって、気象庁はとうに大雨強風警報を発令している。問うまでもなく、外出するには危険すぎる状況。

 

『ご飯買ってくる、って書き込みがあったきり、あかねと音信不通なの! 今あかねの家の前に居るけど、全然帰ってこないし……!』

「この台風の中、何やってんだあいつは……! MEM、とりあえずお前は避難しろ。あかねはこっちで何とかする。それと、マナー違反だが非常事態だ、あかねの住所をこっちに送っといてくれ」

『え!? ちょっと、アクた――』

 

 通話を切り、アクアはやれやれと溜息を吐いた。事態は思ったよりもさらに早く推移している。全く、女優って人種は思い込みが強くて極端な連中ばかりだな、と少年は独りごちた。

 

「そういうわけだ。ちょっと出てくるよ」

「アクア。本音を言わせてもらうならアンタを止めたいわ。この状況じゃ、ミイラ取りがミイラになりかねないもの。でもミヤコさんの為なんだから、今のアンタには何を言ったって無駄なんでしょう?」

「すまんな、埋め合わせはまた今度に」

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」

「ああ、行ってくる」

「どうか、お気をつけて」

 

 漆黒の少女がレインコートを差し出してきて、少年はひとつ頷いて素直に受け取った。普段ならそっぽを向いていたところだが、今は一分一秒を争う。余計な意地を張っている場合ではない。

 

「――アクア」

「ミヤコ……」

 

 振り向けばそこには、少年の上司にして義母、そして最愛の人である女、斉藤ミヤコが佇んでいた。先程よりは幾分かは顔色が良くなってはいるが、普段よりも雰囲気が弱々しくなっているのは隠せていない。

 

「必ず、帰って来なさい」

「ああ、行ってくるよ」

 

 それでも、彼女の美しさは少しも損なわれておらず。寧ろ、その儚さが常時とは異なる彩りを醸し出していた。

 

「それと、アクア。丁度さっき協力してくれる人捕まえた所だから、久しぶりにこき使ってあげて。――じゃ、あとはお願い」

「おまかせ!」

「えっ、誰!?」

「あ! 師匠だ!!」

「は? もしかしてぴえヨンの中身!?」

 

 そこに現れたのは、ビキニパンツとヒヨコの被り物――ではなく。私服の上からでも判る筋骨隆々の体躯に黒髪の頭部が乗った、成人の男であった。

 

「アクア君、急ぎなんだろう? ボクが送ってくよ」

「忙しいところすみません、ぴえヨンさん。特急でお願いします」

 

 昔、まだ苺プロの経営が苦しかった小学生時代を思い出す。台風の接近に伴い授業が中断となり、多忙のミヤコに代わってぴえヨンがアクアとルビーの迎えに来てくれた一幕。双子にとって、彼はずっと昔から頼れる兄貴分であった。

 

「アクア」

「何だよ、かな。話は後にして――」

 

 振り向くと、唇に柔らかい感触。香水と彼女の体臭が混ざった、芳しい匂い。ここ最近ですっかりお馴染みとなった行為に酔いしれそうになるも、彼女の方からすっと唇が離れていき、一抹の名残惜しさを感じてしまう。

 

「景気づけよ。さっさと終わらせて、真っ直ぐに私のところへ帰って来なさい。いいわね?」

「……了解」

 

 人差し指を突き付けてくる有馬かなは、可愛さと美しさを兼ね備えた比類なき少女へと成長していた。

 呆れた視線、愉しそうな視線、氷のような視線がアクアを射抜き、それらを振り切るように少年は玄関口へと歩を進める。

 

「モテる男は大変だね、アクア君。刺されないように気を付けるんだよ」

「その言葉、ついこの前にも聞いたばかりですよ」

 

 ぴえヨンといい、姫川大輝といい、二人の兄貴分から同じ心配をかけられるとは、自分には女難の相でも出ているのだろうか。

 だが、悪くない。星野アクアが築き上げた、彼女たちとの愛情と信頼関係がもたらすものなら、この身で全て受け止めてみせる。

 彼女たちを、彼女たちの幸せを、彼女たちの笑顔を守る為にも。黒川あかねを死なせるわけにはいかない。決して。

 

(あかね。お前は死ぬにはまだ、早すぎる)

 

 金紗の少年は扉を開け、己の未来を切り拓く為に、嵐の中へその一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

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