星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Agate 4

 

 

 

 スピーカーから聞こえてくる、星野アクアの声。黒川あかねへと、時に淡々と諭し、時に激しく叫ぶ彼の語りは、雨音混じりであっても耳に、脳に、心に強く深く響いてくるものだった。

 斉藤ミヤコは俯いて涙ぐんでおり、星野ルビーが彼女の頭をかき抱いて慰めている。喜怒哀楽の激しいルビーをミヤコが諫めたり慰めることは多々あれど、その逆は滅多にないケースだ。アクアがミヤコへの愛情を隠さなくなったこと、ミヤコが己の弱さを押し込めなくなったこと。そして、ルビーが幼少時からこの二人が寄り添っていたのを見続けていたからこその、それぞれの感情が現れた行動。何よりも尊い、お互いを想い支え合う家族の姿が、そこにはあった。

 

(――でも。気になるのは、アクア君の過去)

 

 天河メノウ/姫川愛梨は抱き合う彼女らを見ながら、湧き上がる違和感について思いを巡らせる。

 以前から、星野アクアと話している時、会話の節々から時折頭を覗かせる小さな違和感。ジェネレーションギャップと言えばそれまでだが、彼は10代の若者と壮年の、両方の知識と価値観を持ち合わせているように思える。世の多くの人間は、自分が生まれる前の作品のことなど深く知ろうとしない。役者であれば古い作品を知っていても不思議ではないが、それにしては彼の語り口は「昔、好きだった作品」について得意気に話しているようであり。

 

 先程の会話についても、そう。あれは、たかだか十数年しか生きていない、それも死から最もかけ離れた平和ボケした現代の高校生から出てくる台詞ではない。もっと人生経験を積み、人間社会の艱難辛苦を味わい、生と死の残酷さを日常的に思い知らされなければ言えないことだ。

 

(だとすれば、やはり……彼も転生者なの? 会話の内容からして、医療関係者という線が妥当かしら。多分だけど、彼の前世はわたしやミヤコさんとそう変わらない時代を生きていたように思えるわね)

 

 漆黒の少女が星野アクアの前世に辿り着くのは、或いは星野ルビーよりも早いのかもしれない――。

 

「……メノウ。悪いけど、今すぐ私を家まで送ってってくれる?」

「それは構いませんが、急にどうしたんですか」

 

 黙ってスピーカーからの会話内容を聞いていた有馬かなは、何かを決意したような表情をしており、焦ったようにスマートフォンに文字列をタップしている。

 

「今の黒川あかねは、アクアが一押しすれば簡単に倒れる状態よ。このままアイツらを二人っきりにしておいたら、今夜何が起こっても不思議じゃないわ。ここまで来て、あの女に横から掻っ攫われるなんてこと――絶対にさせないんだから」

「アクアさんのこと、信じていないんですか?」

「アクアの心は信用してるわよ。でも、アイツの下半身はまるで信用出来ないわね」

 

 以前、斉藤ミヤコが言ったことと同じ台詞を発する有馬かな。女二人で両手に花状態の、やりたい盛りの10代の男子高校生。そこに精神的に弱ったうら若い少女、それも好きな男が身体を張って助けてくれたというシチュエーションが合わされば、確かに何が起こっても不思議ではない。望むにしろ望まざるにしろ、若い男女がイチャコラすればデキる時はデキてしまうというのは、星野アイと神木ヒカルが身を以て証明してくれている。

 

「アクアったら、私が嫌とか止めてとか言うと、寧ろ余計に愉しそうに責め立ててきて、暫く足腰立たなくされるのよ!? そんなヤツを信用出来るわけないじゃない!」

「――かなさん。自覚があるのか判りませんが、愚痴の振りして惚気るのは止めて下さいね?」

「ほら、時は金なりよ! 早く早く早く(ハリーハリーハリー)!」

「はいはい……」

 

 

 

 

 

 

「アクアくん、ここは……?」

「見ての通りだが」

 

 とある一軒家、その表札には「有馬」とある。星野アクアが訪れる「有馬」という家など、黒川あかねには心当たりが一つしかなかった。

 

「かなちゃんの、家?」

「そうだ。あかねを(ウチ)に連れてこいって、かなからさっき連絡があったからな」

 

 窓を見てみると、家の中の電気は付いているようだ。メールの文面の中に「色々と準備しておくから、ゆっくり来て」との一文があったのは、彼女が先回りする為だろう。

 もう何度も訪れた家、勝手知ったる足取りで玄関口に行くと、予想通り鍵が掛かっていた。一部では終わった芸能人扱いされているとはいえ、子役時代に一世を風靡した有馬かなという名前は、日本中に広く浸透している。厄介なファンやマスコミ対策の為に、基本的に鍵を開けっぱなしにしない、という半ば真実半ば照れ隠しの理由で渡されていた合鍵――付き合いだして数日後に手渡された――を取り出し、いつものように開錠した、のだが。

 

「どうして、かなちゃんの家の鍵をアクアくんが持ってるの……?」

「……気にするな」

 

 そういう仲だから、としか言いようがないが、それを説明する義理も無い。台風の雨風よりも冷たい空気を背後に感じながら、アクアは逃げるように扉を開けると家の中に身体を滑り込ませる。

 それにしても、斉藤ミヤコという最愛の女性がありながら(義理の母子、未成年略取、人妻と不倫)、有馬かなという知名度自体は非常に高い元天才子役の少女を愛人にし、しかも彼女の自宅に別の女を連れ込み、更には己の所属する事務所の稼ぎ頭をアッシー(送り迎え役)にするという所業。

 冷静になって振り返ってみれば、これはスリーアウトと言っても過言ではない。刺されないように気を付けろという姫川大輝やぴえヨンの言葉を思い出し、冗談抜きで防刃ベストを買っておこうかと考えたところで、玄関前で気まずそうに立ち尽くしている黒川あかねの姿が目に入る。自分の事はさておき、今最も目途を立てないといけないのは彼女の処遇だ。

 

「ほら、さっさと入れよ」

「お、お邪魔します……(か、かなちゃんの家……!)」

 

 玄関の扉を閉めると、途端に小さくなる台風の奏でる音。代わりに聞こえてくるのは、廊下の奥から漏れ出てくるTVの音声。関東地方を襲う台風が――という、ニュースキャスターのアナウンスだ。

 そこに覆いかぶさるようにして、ぱたぱた、とフローリングの床を鳴らすスリッパの小気味良い音。ややあって現れたのは当然ながら、この建屋の家主と言っても差し支えない深紅の少女であり。そんな彼女の纏う衣装はサイハイソックスにホットパンツ、薄手のカーディガンの上には、猫の模様がプリントされたエプロンを着けている。

 

 

 

()()()()()()()、アクア。それから、」

 

 

 

 その様は、さながら――。

 

 

 

「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」

 

 

 

 黒川あかねは、鼻血が出そうになった。

 

『男は度胸、女は愛嬌よ、かなさん。これくらい当たり前にやれないと、アクアを悦ばせることは出来ないわよ』

 

 有馬かなが星野アクアと付き合い始めたばかりの頃は、やっぱり無理なものは無理、と恥ずかしがって言えなかった台詞。

 斉藤ミヤコに対抗心を燃やし、一つ一つ知識と技術と経験を上乗せし積み重ね、今では完全に手中に収めていた。

 金紗の少年より頭一つ以上小さい体躯を逆に活かし、少し身体を屈めてより低い位置から上目遣いで、ともすれば子どもがおねだりするかのように、意中の男子の心を的確に射抜いてみせる。こればかりはさしもの斉藤ミヤコといえど、そう簡単に再現出来るものではない。

 斉藤ミヤコのただの物真似や後追いではなく、有馬かな独自のアレンジが加えられているそれは、星野アクアに対して大きな破壊力を内包しており。そしてそれ以上のダメージを、黒川あかねに与えていた。

 

(かなちゃん! かなちゃん! ()()有馬かな!!)

 

 

 




 次回、有馬かな VS 黒川あかね 再び。


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