星の子どもたち   作:パーペチュアル

98 / 121
Sapphire 7

 

 

 

 二十数年前。当時学生だった姫川愛梨は神木ヒカルの父親「旦那様」に、(しとね)で花を散らされた。芸能の世界で上を目指して駆け上がりたいという未熟な少女が、権力者の男に後ろ盾になってもらうという見返りとして、その若い身体を捧げ、尽くす。古の昔から、至極ありふれた話だ。

 その数年後。女としても芸能人としても隆盛を極めた姫川愛梨は、旦那様の息子、神木ヒカルを手籠めにした。父親にされたことを、彼の息子にやり返す。だが恨みや復讐などではなく、そのように仕込まれ刷り込まれた結果であり技術の実践であり、或いは一種の愛情表現でもあった。

 

 

 

 同じく、二十数年前。まだ斉藤の姓になる前の、10代の女子高生だったミヤコは、親友の少女の手によって純潔を奪われた。役者を志す彼女の練習に付き合っている最中、盛り上がった妙な雰囲気に流されるまま、強く抵抗することも出来なかった結果だ。

 局部から血を流しベッドの上で四肢を投げ出しているミヤコを見下ろしながら、親友の少女は強い罪悪感に苛まれると同時に、心の奥底で仄暗い優越感と征服感が沸き上がるのを抑えられなかった。結果的に、この出来事は彼女にとって芸事の肥やしとなり、その暫く後に行われたオーディションに合格する契機となる。

 

 

 

 時は流れ、今より数ヶ月前。自分と星野アクアの間に割り込まんとしてくる有馬かなに危機感を覚えた斉藤ミヤコは、若い高校生カップルの初夜に乱入した。酒の酔いや火照り、姫川愛梨の(そそのか)しという理由はあれど、最後の一押しとなったのは「星野アクアの一番は私だ」という意志表示であり、決意表明である。女がその人生で磨き続けてきた技術を惜しみなく投入して、自分の娘でもおかしくない年頃の少女に遠慮なく注ぎ込む。その行為は見事功を奏し、その後長きに渡って有馬かなに大きな影響を及ぼすことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 消えずに残っている柔らかい感触と、温かさを通り越した熱さと、甘酸っぱい林檎の味と。それを確かめるように唇を撫でた黒川あかねは、幾分か正気を取り戻すや否や猛然と抗議した。

 

「な、何するの!?」

「何って、キスしたのよ。アンタだって女優を続けるなら、いずれキスシーンやそれ以上も求められるわ。これも予行練習とでも思っておけばいいんじゃない?」

「そんな、勝手なこと……!」

「逆に、光栄に思いなさい。この有馬かなが初めてのキスの相手だなんて、世界中でアンタひとりだけよ」

「か、かなちゃんが、初めて……。――って、そうじゃなくて!」

 

 戸惑いと怒りに少しの喜色を滲ませながら、黒川あかねは納得がいかない様子で突っかかっていく。初めてのキスなんて何というかもっとこう……ムードとか流れとかあるだろうに。夕焼けの観覧車とか、夜景を見ながらのディナーとか、あとは――青空の屋上、とか。こんな、不意打ちで心の準備もしていないうちに初めてを奪われるなんて、どうしても納得がいかなかった。

 

「かなちゃんでも、やっていいことと悪いことがあるよ! いくら女同士だからって……!」

「アンタって本当に、ごちゃごちゃと五月蠅いわねぇ。どうやったらその口を閉じることが出来るのかしら。

 ――あ、そうだ。いいことを思いついたわ」

 

 深紅の少女は身を翻し、先程、避妊用ゴムの箱が乗っていたキャビネットを空けると、中から()()を取り出した。

 

「そ、()()って、もしかして……」

 

 瞬間、黒川あかねに危機感が走った。頭で考えたのではない。生物として、女としての本能が自動的に判断を下したのだ。

 ()()がどういうもので、どういった用途に使うものなのかを、誰に説明されずとも理解しかけていた。

 

 斉藤ミヤコのように、40歳前後の女性は性欲のピークを迎えていることが多い。

 その上に、最愛の少年と結ばれたという達成感、彼を自分のモノにしたという征服感、未成年の義理の息子に手を出しているという罪悪感、夫というものがありながら倫理に背いて若い男と不倫しているという背徳感が積み上げられ、彼女の性生活(ヰタ・セクスアリス)は人生において頂点を極めた。それも、同居している星野ルビーがドン引きするレベルでだ。不倫中の人妻の性欲など、時としてやりたい盛りの男子中高生のそれをも凌駕する。文字通りの発情期、彼女のような人種は愛する男の為なら何だって、する。

 

 そこに割り込んだのが、有馬かな。当然ながら、斉藤ミヤコが少年に構ってもらえる時間は大幅に減少した。

 決してアクアは手を抜いているわけではない。時間が短くなった分、むしろ密度は上昇していると言えるだろう。だが、本来自分が享受するはずだった彼の愛を、若い女に少なからず確実に奪われてしまっている。

 ちっとも面白くない。まるで満たされない。どうにも我慢がならない。

 どうすればいい? どうすれば、この渇きを癒し飢えを満たすことが……?

 ――そこで。斉藤ミヤコは特注で()()を作らせ、有馬かなに見せつけたのだ。

 

 

 

『「ええ、アクアのと同じカタチのものよ」』

 

 

 

 星野アクアの逸物を象った張形――通称、マリンちゃん(命名・斉藤ミヤコ)。本来、ミヤコが自らを慰めるつもりで作った()()を有馬かなに対して使い、容赦なく責め立てて、深紅の少女のミヤコに対するトラウマをさらに深くした。

 結果。負けっぱなしではいられないと、有馬かなも同じものを作らせるに至ったわけだ。つくづく愛が重い女たちである。

 

 閑話休題。有馬かなはポケットに手を入れ、夕食前に黒川あかねから突き返された避妊用ゴムを指先で摘まむと、口に咥えて片手で器用に封を破って中身を取り出す。表と裏を確認し、先端の空気を抜いて亀頭にあてがい被せていく。雁首をするすると通り越し、そのまま竿の根元まであっという間に到達した。斉藤ミヤコは避妊については薬に頼っているが、有馬かなは毎回欠かさずに避妊用ゴムを使用している為、ゴムの扱いにかけては妙齢の美女よりも深紅の少女の方が明らかに格上であった。

 

「そ、それ……どうするつもり、なの……?」

「どれだけ口で言っても聞かないなら、身体へ直に判らせなきゃ。あんまり聞き分けが悪いようだと、アンタの初めての相手はこのマリンちゃんになるわよ?」

「か、かなちゃん……た、助けて……」

「ふふ……、どうしようかなー?」

 

 

 

 歴史は繰り返す。

「旦那様」が、少女だった姫川愛梨の花を散らしたように。

 女優として大成した姫川愛梨が、幼い神木ヒカルを手籠めにしたように。

 役者を目指していた親友の少女が、女子高生だったミヤコの純潔を奪ったように。

 不倫の味を知り、若い女に危機感を募らせた斉藤ミヤコが、有馬かなの初夜に割って入り、その美と色香を彼女に刻み込んだように。

 今、この時も。深紅と蒼玉が交錯し、新しい色彩が生み出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目だよ……! すぐそこで、アクアくんが寝てるのに……!」

「心配しなくても、アクアは一度寝たらそうそう起きないから大丈夫よ」

「で、でも……!」

「何なら、アンタの()()()()()姿をアクアに見てもらったら? 

 ――いいこと、本気で好きになった男には、はしたない姿を見せてこそなのよ。そういった所も含めて男を惚れさせないと、男女関係なんて上手くいく筈がないわ」

 

 

 

「だめ、かなちゃん……! 下着が汚れちゃう……!」

「私のお母さんの下着でしょ、それ。どうせお母さんはもう(ウチ)には帰ってこないんだし、そもそもその下着は私の子役時代の稼ぎで買ったものよ。だから遠慮なく汚しちゃって構わないわ。予備はまだまだ沢山あるんだから」

「そんな……」

 

 

 

「かなちゃん、ダメ……! そんなところ……汚い、よ……!」

「何よアンタ、さっきお風呂に入ったばかりでしょう。それとも、黒川あかねは大事な場所もちゃんと洗えない女なの?」

「そんな、こと……ない……、んっ……!」

 

 

 

「さっきから、あれも駄目これも駄目って、ホントうるさいわねぇ。アンタ、今の自分の立場が判ってるの?」

「うぅ……」

「本当に嫌なら、私を突き飛ばせばいいじゃない。アンタの方が身体が大きいんだから、本気で抵抗すれば私なんて簡単にはねのけられるでしょう?」

「それは……」

 

 

 

 黒川あかねへと次々と襲い来る、未知の感覚。不快か、と問われれば正直、判らない。

 彼女とて、初心で世間知らずではあっても、無知ではない。人並みには――否、人並み以上に()()()()()()には興味があった。彼女の能力や気質からしても、妄想の度合いはかなり(たくま)しい方だ。足りないのは経験と、他人との境界線から一歩を踏み出す勇気であった。

 その境界をあっさりと踏み越えて迫られたことはなく、しかもその相手が()()有馬かなときた。演劇以外では他人と深く付き合ってこなかった黒川あかねにとって初めての経験、受け入れるべきか抗うべきかも判らぬまま、ただただ流されるのみであった。

 

 その結果。

 有馬かなの下で、黒川あかねが泣いている。鳴いている。啼いている。

 果たしてそれは歓喜なのか、悲哀なのか、本人でさえ判然としない。

 

 ただ、確かなことは。

 夜が更けて日付が変わる頃には、蒼玉の少女はもはや抵抗する素振りも見せなくなっており。

 絡み合う指と、舌と、唾液と、息遣いと、体温と、それ以外の別の何かで満ち満ちていて。

 かつての姫川愛梨が、斉藤ミヤコが、有馬かなが。

 そして、今この時。黒川あかねが、ただの少女ではなくなったという事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、黒川あかね」

「……なぁに、かなちゃん」

「アンタさ、アクアのどこが好きなの?」

「……いつも、私が困ってる時に助けてくれるところ、かな。ヒーローというか、お伽噺の王子様みたいで」

「駄目ね、それじゃ30点。赤点追試確定だわ」

「ふぅん……。なら、かなちゃんだったら何て答えるの?」

「全部よ」

「えっ?」

「だから、()()よ。私は、アクアの全部が好き。――これが、100点満点花丸の回答よ」

「むぅ……」

 

 少なくとも、斉藤ミヤコだったらそう答えるだろう、という確信があった。それどころかあの人なら、120点の回答を出してきそうな予感すらあった。

 星野アクアにとって斉藤ミヤコは、実母の星野アイよりも、ともすれば実妹の星野ルビーよりも多くの時間を共に過ごしていて、良いところも悪いところも知られている相手。他の誰よりも自分を曝け出して、尽くし尽くされている女性。

 そしてそれは恐らく、斉藤ミヤコからしても同じことが言えるだろう。彼女にとって金紗の少年は、唯一無二の奇跡的な男性なのだ。

 そんな強敵と張り合うなら、これくらい堂々と言ってのけなくては勝負にすらならない。

 たとえ、恋に恋しているだけだとしても、愛に溺れているだけだとしても、情に流されているだけだとしても。惚れた男への気持ちに迷いや疑いを持つようでは、何も始まらない。恋敵を相手にして意地を張れないようでは、女の名折れというものだ。

 以前、天河メノウ/姫川愛梨が言っていたではないか。恋は戦争、愛は生存競争なのだ、と。

 

「……ねぇ、かなちゃん」

「……なによ、黒川あかね」

「どうして……こんなことをしたの?」

「別に、ただの気紛れ――と言いたいとこだけど、こういうのもストレス発散の手段ってことよ。効果あったでしょ?」

「それは……否定しないけど」

 

 天河メノウ/姫川愛梨に、色々と相談に乗ってもらったり。

 星野ルビーと女子会をして、愚痴を聞いてもらったり。

 斉藤ミヤコに抱き締められて、その母性に魅せられたり。

 そして……星野アクアに抱いてもらったり。

 

 現在の有馬かなは、そうやって日々のストレスを解消している。大切な人たちとの触れ合いに比べれば、大抵の悩みなど取るに足るものではなく、それがどんな悩みだったか忘れてしまう程にどうでもよくなるものだ。つい数時間前までこの世の終わりみたいな顔をしていた黒川あかねが、今は恋と人間関係に悩む、どこにでも居る女子高生の表情をしているように。

 無論、ストレス解消だけが理由ではないのだが。

 

「んむっ」

「痛ッ……! いっ、あ……ッ」

「ふふ……」

 

 蒼玉の少女、その首筋には犬歯の食い込んだ痕、歯型が残っており。

 見る者が見れば、それはキスマークと思われても仕方のないものだった。

 

「かなちゃん、なに、を……」

「この傷が治ったら、ここに来なさい。その時はまた、可愛がってあげるから」

「……っ!!」

 

 結局、有馬かなは黒川あかねの純潔を奪うことまではしなかった。

 そこまでしてしまうと、この執念深い少女のことだ、今までよりも遥かに因縁を付けてきて鬱陶しいだろうと思ったからだ。自分が事あるごとにアクアに対し、「私の処女を奪った責任を取ってよ」と持ち出しているように。

 

 それでも。深紅の少女の思惑通り、彼女の行為は黒川あかねに対して確かな爪痕となり、大きなアドバンテージを得ることになった。それは「私にだって出来る」という確かな自信となって、有馬かなの斉藤ミヤコに対する劣等感、彼女には敵わないという刷り込みをいくらかは払拭することに成功していた。

 

 ――なお、結果論ではあるが。

 もしこの夜、有馬かなが黒川あかねの純潔を奪っていたなら。蒼玉の少女の、星野アクアへの恋心を完全に断ち切ることが出来ていた。その場合は有馬かなの危惧した通り、明後日の方向に目覚めてしまった黒川あかねに付き纏われる事態になっていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……かな、ちゃん?」

 

 触れ合っていた温もりがすり抜けていき、空気が動く気配で黒川あかねは目を覚ます。全身に纏わりつく疲労感と倦怠感、病み上がりで身体が重い状態に似ているが、不快ではない。だが、流した汗と涙と涎と鼻水とそれ以外の液体が混ざり合って、それらが渇いた後のべたべたした感触と匂いは如何ともしがたく。もう一度お風呂を貸してもらおうと、そう思ったところで。

 

 

 

 黒川あかねはその光景を、一生涯忘れないだろう。

 

 

 

 深紅の少女はベランダに立ち、その裸身を陽光の下に惜しみなく曝け出して。

 半透明のカーテンが風でたなびき、ヴェールとなって彼女を(あで)やかに、しとやかに包み込む。

 ――青空の花嫁。何となく、そんなフレーズが黒川あかねの頭をよぎった。

 

 嵐は過ぎ去り、日の本のさらに東へと進んで。やがて、この星の大気へと溶けて消えた。

 淀んだ空気も、民草の悪意も、少女の苦悩も、一切合切を(あまね)く綺麗に洗い流して。

 初夏の蒸し暑かった熱気のかわりに、雨上がりの爽やかな風が流れ込んできて、胸の上まで伸びた深紅の髪をそよがせた。

 澄み切った空気が青空の中で一面に広がり、昨夜は顔も見えなかった太陽と、その光を受けてひっそりと輝く月の姿を覗かせている。

 

 だが。それらを全て重ねてもなお、掻き消されることのない存在――有馬かなが、そこに居た。

 そのかんばせに浮かぶのは果たして喜びなのか、憂いなのか、黒川あかねには判らなかったが。

 

 

 

「――あら、起きたの。黒川あかね」

「か、かなちゃん!? えと、その……」

「ああ、昨日はいい運動になったわね。アンタもそう思わない?」

「そ、そうだね。……えっとね、かなちゃん。汗を流したいから、もう一度お風呂を借りてもいいかな」

「それは別に構わないけど、折角だから私の背中を流してくれない?」

「え、ええっ!? そんなのって……!」

「今更、何を恥ずかしがってるのよ。日付が変わる頃には、アンタだって随分と積極的になってたじゃないの」

「うぅ……。私、もう何処にもお嫁に行けない……」

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行くわよ。お風呂に入ったら近くのカフェで朝食にしましょ。あそこのモーニングがお気に入りなのよね、私」

「う、うん……。楽しみ……」

 

 有馬かなに手を取られ、浴室へと続く廊下に連れ出された黒川あかね。

 深紅と蒼玉の少女は陽光と青空に見送られ、二人は新しい一日を始めるべく、その先へと続く道を歩いていく。

 

 

 




アクアは夜明け前に起きて、並んで眠る裸の二人を見ると、お邪魔虫にならぬよう静かに有馬宅を後にしました。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。