鉄獣戦線遠征記   作:久本誠一

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VS『聖女』-戦場4

「……さて、と。これで終わり、で終わってくれりゃ御の字だったんだがな?」

「無駄口を叩く暇はないぞ、ルガル」

 

 敵は退けたが、シュライグ達の目には欠片も油断はない。その理由がまさに目の前、たった今打ち倒したクエリティスの残骸と謎の剣士の死体が、この場所に出てきた時と同じ異形の影にほどけて別の形に寄り集まっていくからだ。どういう仕組みかはわからないが、どうやら次の手があるらしい。

 

「そーだそーだ。無駄口は駄目だよルガル」

「おいキット、お前さっき自称してた肩書きもっぺん言ってみろ」

「え、『ウルトラスーパー美少女メカニック、アーンドスーパーパイロットのキットちゃん』だけど……?」

「どの口で当惑してんだお前、しかもそれでどうすりゃ何この人急に当たり前のこと聞いてきてるの、怖……みたいな空気が出せるんだよ」

「あ、それと『地獄帰りの不死鳥、撃鉄竜リンドブルム』ね」

「しかもそっちはちょっと変わってんじゃねーかちゃんと覚えとけよ」

 

 しかしそんな渦中にあっても、決して暗くなりすぎはしないのもまた鉄獣戦線である。フラクトール達、森の奥に消えたきりまるで出てこないフェリジットの安否、行方不明の『歌わず』……不確定要素は多いが、嘆くばかりではどうやっても現実は変わらない。それは彼らがその身に宿した鉄の牙と爪と翼、そして鉄獣戦線の魂で掴みに行くものだ。

 もっとも彼らが今なお軽口を忘れず居られるのは、この場にキットがいることも大きい。フェリジットとキットの姉妹はともすれば現実に押し潰されて暗くなりがちな場の空気を切り替える術にそれぞれ別方向で長けており、その才にはシュライグ達もこれまで幾度も世話になってきていた。現に今この瞬間も、一難去った次の一難を前にしているにも関わらずこうして少し空気が緩む。

 

「ルガル、キット。お喋りは終わりらしい、来るぞ!」

 

 だが、そんな一時もすぐに終わりを迎える。集まった影がまた人型を編み、足先から形を成していく。それは、先のフルルドリスに続きまたしても彼らの知る姿を模したもの。

 

「エクレシア……?いや」

 

 呟いたシュライグが直後に自らの言葉を否定したのは、最後に出来上がったその顔を見たからだ。その背格好は確かに彼らの知る、ドラグマを追放された天真爛漫な聖女でありかけがえのない仲間のひとりであるエクレシアそのもの。だが彼らの知るエクレシアと、目の前の女は違う。そして皮肉なことに、この女にも彼らは見覚えがあった。

 あれはゴルゴンダでの決戦の少し前、かの深淵の獣が闇より出でてドラグマ跡地の空を我が物顔に闊歩し始めたころ。その中央で目の前の女と同じ壊れた笑みを浮かべていたのが、まさにこの女。人体を寄せ集めたようなおぞましい造形の竜を常に片時も離さずに従え、聖痕の力を自在に操る穢れた聖女。

 その名を、キットが引き取り口にする。

 

「……カルテシア」

 

 白に対する赫の聖女が、耳まで避けるような笑みを顔面に張り付け躍る。手にした杖が周囲の空間を引き裂くと、次元を隔てた深淵に眠っていた竜どもの残兵が目を覚ます。

 

「ドルイドヴルム……!キット、援護するから頼む!」

「わかってる、ルガル!」

 

 その穴を通って生まれ落ちたのは深淵の獣の中でも、死と壊滅の縛鎖を操る1体。その厄介さを知るルガルが真っ先に反応して銃弾を叩きこむと、それに反応したキットもその呪われた翼が広がる前にと即座にコックピットにかじりつく。入力に反応したリンドブルムの翼が開き、その両翼の下側にそれぞれバランサーも兼ねて配置された小型電磁砲がスプライト由来の超高密度電磁エネルギー弾を弾き出した。狙いはドルイドヴルム本体、そしてその真上に開いた深淵への出入り口、あわよくばカルテシアの似姿も。ルガルの実弾が飛行する隙を与えず生まれたての竜をその場に釘付けにし、圧倒的破壊力を持つが出がやや遅いロマン砲をその隙に当てに行く。息の合った連携は完全に決まり、着弾による閃光と轟音が収まった時には次元の穴も最初から存在しなかったように消えていた。

 

「よしっ!」

 

 コックピットから大きく身を乗り出し、ぐっとガッツポーズをとるキット。だがカルテシアの壊れた笑みは眼前で深淵の獣に繋がる次元の裂け目を消滅させられてもなお曇ることはなく、次の魔力がその杖から放たれる。ドルイドヴルムは最初から囮だった……そう気が付いたときには、一手遅かった。小型電磁砲は一度放つとしばらく冷却が必要となるため、同じ手はもう使えない。カルテシアが無作為に見える動きで地面を突くと、そこに漆黒の魔法陣が開く。光すらも通さないその穴の向こうから現世の光に誘われて大地へ浮上してきたのは、先ほどとは別の個体名を与えられた深淵の獣。

 

「サロニール」

 

 それきり閉じた魔方陣を放置して、カルテシアはさらに躍る。歌うように捧げるように、現世の全てを見えない何かに献上せんとするかのように。そして目覚めたサロニールと踊り続けるカルテシアの体が、またも例の影によって足先からすっぽりと包みこまれ肥大していく。数秒の時を経て全ての影がその中心で育った新たなる姿に吸収されつくし、そこには元の姿とは似ても似つかぬ新たな生命が立っていた。

 片や全長数メートルにも及ぶ大剣を軽々と握る、その剣と同じくらい巨大な鎧姿の竜人。そしてもう片方は、隣の竜人に勝るとも及ばぬ恵まれた体躯を持つ真紅の体を持つ純粋な竜。胸部には巨大な宝玉を、後頭部とその背にはそれぞれサイズの異なる黄金の輪を背負い、その右目には眼帯を模したような意匠を持つその姿は、鉄獣戦線の彼らが過去に見たことのある竜種とは全く別の体系から現れた存在であることが一目見ただけで本能的に理解できた。先ほど討った白銀の剣士と同様ここに本来いるはずのない、いてはならないような存在。

 そして最初に動いたのは、その異界の竜だった。その神秘的な力を秘めた瞳に魔力が宿り、背にした方の輪に瞬く間にエネルギーが凝縮される。

 

「ぐわっ!」

「キャンっ!?」

 

 そして響いた悲鳴の主は、ルガルとキット。竜の戦場への登場から早々に放たれた眩い光の同時攻撃は歴戦の猛者をもってしてもなお反応することすら許さず貫き、悲鳴さえも追いつかないほどの早さでそのまま両者を吹き飛ばしていた。既に先の戦いで立っていられることだけでも奇跡、体力の限界寸前だったルガルの巨体は叩きつけられた大木をなぎ倒して仰向けに倒れ伏したままわずかに胸元が上下する以外ピクリとも動かなくなり、それでも辛うじて防御したらしい右の銃剣がその主の生命と引き換えに無残に焼け焦げた姿を曝していた。

 そしてその横で、小型電磁砲発射後の排熱の隙を突かれて同じく大地に叩きつけられたリンドブルムの両目から光が失われていく。その光が完全に消えるとほぼ同時に、その機体から漏れ出て暴走したエネルギーがその全身を真紅の炎に包み始めた。

 

「……っ!」

 

 リンドブルムはその足元から広がりつつある激しい炎が塗装を溶かし、衝撃で歪んだ装甲は剥がれ落ちていき、このままではいつ爆発するかもわからない。そうなればコックピットで伸びているキットとフェリジットはおろか、よほど当たり所が悪かったのかすぐ隣で完全に気絶しているルガルまでもが危ない。獣人とて生物の範疇、生身で焼かれればただでは済まないことはシュライグとてその身をもってよく理解している。

 必要なのは、彼らの迅速な救出。しかし、眼前の脅威がそれを許さない。もし彼がほんのわずかにでも対峙する竜たちから目を離せば、あるいは意識を逸らせば、いかに凶鳥の名を持つ彼でさえもその瞬間に敗北するのは目に見えている。両者の放つプレッシャーはそれほどまでに強者のそれであり、一対一ならばまだしも数の上でも不利を取った状態ではどうやっても敗北は必至。そう、戦士としての彼の勘は冷酷な確信をもって告げている。

 

「何が目的だ……!離れろ!」

 

 彼らしくもなく表情が歪み、焦りが口調も荒くする。この時、ルガルが気を失って彼のそんな姿を見ていなかったのは幸いだったろう。鉄獣戦線の中でも特に古参、はじまりの3人である彼らくらいしか知らない、群れを追われたばかりの片翼の少年。わかりにくいなりに今よりもずっと感情的で、己のそれにすぐ振り回されて、肉体的にも精神的にも吹けば飛ぶような未熟な存在。当の本人は気付いてすらいないだろうが、爆発した癇癪はそんな当時の彼とさえ被って見えるものだった。

 そして、それを聞いていたのが彼女だったこともまた幸いだった。いまだ朦朧としていた始まりの3人のもうひとりの意識が、遠い昔によく聞いた少年を彷彿とさせる悲痛な叫びに呼び起こされる。目を開けばそこにあるのは血まみれの己の全身……いや大丈夫、これはそのほとんどが既に乾いているうえに返り血だ。自身の体から出たものは、この腹部に巻いた包帯で止めている。ここはどこ?残念ながら病院のベッド、あるいは救護隊による簡易病床ですらない。さほど柔らかくもない椅子に座らされ、周りは妙に狭く暑い。いや熱い、そう、熱いんだ。下からいくらでもせり上がってくる熱気のせいで、ブーツの中はもう汗だくだ。ようやく安定してきた思考と視界の中で次に見えたものは、目の前にもう同じような形で並べられた椅子の上で突っ伏している我が妹。また研究中に寝落ちでもしたのだろうか、これだけ熱ければ布団をかけてやる必要は……。

 そこまで考えたところで、まどろんでいた意識が急速に覚醒しだす。最後に見た景色の記憶が、甦る。

 手負いの状態で遭遇した、消えたはずの大量のデスピア。それをシュライグ達から引き離すよう木の影や枝の上を走りつつ、幾度も引いた引き金の感触と火薬の匂い。手持ちの弾を完全に撃ちつくしてからは最終手段として持ち歩いている護身用のナイフと普段めったに使わない狙撃に特化させた銃剣の刃を武器に、なおも続けた大立ち回り。それでもなおも襲い来る数の暴力を横から突然薙ぎ払ったビームと、自分の名を叫ぶ妹の声。

 

「キット!」

 

 勢いよく立ち上がった拍子に、腹部に嫌な感覚が走る。次いでほぼ間髪おかず、その場所に襲い来る激痛。おそらくは応急手当てしただけの傷口が開いたのだろうが、そんなものをいちいち気にしている暇はない。むしろその痛みで意識はさらにはっきりとし、視界が一気に開けたことで自分の置かれた状況も見えてきた。

 まず何があったかはわからないが自分と妹は今現在蒸し焼きになりかかっており、燃え盛る足元の機体の傍では馬鹿でかい狼の獣人にして同胞、ルガルも腹を出すように倒れている。そして前を向けば、一目見ただけで明らかに凄まじい強者であることが容易に見て取れる竜人と異形の竜、そしてこちらに背を向けそれと単身対峙するシュライグ。だがその背中はいつも皆に見せているものと異なりなぜかひどく頼りなく不安定で、明らかに気もそぞろといった様子で引け腰になっている。

 ……なるほど、そういうことか。少し体を動かすとそれだけでまた腹部に激痛が走るが、それで動きを鈍らせるほどやわな女に育った覚えはない。ここに座らされる際に一緒に回収してもらったのだろう、すぐ横に立てかけてあった愛銃を肩に下げ、前の座席へと手を伸ばしてキットの首根っこを引っ掴む。さあ、ここからが重労働だ。気合を込めて一気に立ち上がり、熱気だけでなく立ち昇り始めた嫌な臭いのする煙に顔をしかめながらコックピットに足を掛ける。目標はルガルのすぐ横……だが、その前に。

 

「シュライグ!」

「!」

 

 図体ばかりすっかり大きくなってもまだまだ未熟な弟分に、喝を入れてやらねばならないだろう。どう見てもしんどいあの相手、他人を気にしていい局面ではないというのに。それでも感心なことに視線は敵から外さないままビクリと肩を震わせた彼に、かつて出会った時のことを思い出しながら炎の音にも負けずに叫ぶ。

 

「こっちはアタシ、アンタはそっち!いいわね!」

 

 もっと発破をかけるように叫ぶつもりだったが、喉から出た声色は自分の思っていたよりずっと優しいものだった。アタシも甘ちゃんだなあと小さく笑い、負傷と重量を感じさせないしなやかな動きでひらりと宙に舞う。足音ひとつ立てずに着地、走り去る道中でルガルの首根っこも掴んで……重い!

 

「アンタもアンタよ、こんな手間かけさせるなんて珍しいわねもう……!」

 

 露出した彼女の二の腕に、ぐっと筋肉が浮く。片腕にはキットをぶら下げたままというハンデを背負いながら、もう片手だけで自分の体よりも二回りも大きく筋肉質なルガルを強引に引きずって森の奥へと飛び込んだ。あの敵が何者で自分が最前線を離れている間に何が起きたのかは知らないが、ただでさえ手負いで弾丸も尽きた自分はもはやこの戦場で戦力とはならない。それでも、シュライグが存分に戦える環境を作ることはできる。

 

「……頼んだわよ、リーダー」

 

 呟き、最後に一度だけ振り返った際見えた彼の、顔は向けないまま無言でこちらに親指を立てて見せていたその姿を思い出す。炎に照らされた鋼鉄の凶鳥に、自分の声は確かに届いていた。

 そんなシュライグに、今度は竜の武人が一歩を踏み出す。大剣が空気を、地面を当たる前からその風圧だけで割り、一撃一撃が山をも砕くほどの剛撃が残像すら見えるほどの早さで迫る。

 

「はっ!」

 

 だが、もはやシュライグにも先ほどまでの迷いはない。裂帛の気合と共に受けるどころか捉えることすら困難なそれを回避し、引きずられていく最中で持ち主の手から離れたルガルの銃剣の片割れを拾う。躊躇なく引かれた引き金から飛び出た弾丸はそのどちらにも精々掠り傷を付けるのがやっと、しかしそれで十分だった。狙い通り、敵対の意思を認めた2体の竜が当面の目標をフェリジットの追跡ではなく眼前のシュライグに固定する。

 そして彼が次に手を伸ばしたのは、リンドブルムの残骸。その歪に剥がれた装甲から覗く燃え盛る内部機構へと躊躇なく手を突っ込み、その心臓部とも言うべきそれを掴んで躊躇なく引きちぎった。迫る追撃をまたも回避して自身の武器は右手に持ち替えつつ、手にしたばかりの武器というにはあまりにも武骨な存在を自らの左腕に装着。鋼鉄製の片翼にプラズマが走り、その機械部分を動かすために身に着けている左腕の機構と今しがた装着したそれが共鳴を開始する。

 問題なく、動く。撃鉄竜自身の巨体を制御するためにもその一部が使われていたエネルギーを、シュライグ自身の膂力で担保することによりその全てを火力へ。この火力があれば、攻撃が通る。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、わたしたちのターンを始めるわ。次なる『聖女』……カルテシアを通常召喚」

 

 赫の聖女カルテシア 攻1500

 

「そしてわたしたちの墓地から、クエム(わたし)のカードを除外して、手札から深淵の獣(ビーステッド)ドルイドヴルムを特殊召喚」

 

 深淵の獣ドルイドヴルム 攻2500

 

「最初にひとつ言っておくわね。このドルイドヴルムの固有能力は、あなたはあの大戦では見ていないでしょうけれど、フィールドから墓地に送られた際に相手フィールドの特殊召喚されたモンスター1体を墓地に送る力。そのルガルもリンドブルムも、今ならどちらも選べるわね」

「……!」

 

 露骨な誘導とも取れる言葉だが、それでも少女はノータイムでそれに乗った。まずルガルの効果である、相手ターンにフリーチェーンで墓地の仲間を蘇生する能力を起動。これで壁を増やしてこのターンを耐え凌ぐのも、無論一つの手ではある。

 だが、少女はあくまでも仲間を全て守りたかった。先ほどクエムに読み合いで上を行った成功体験が、その判断を後押しする。

 

「……!」

 

 それにチェーンして発動する、リンドブルムとの連携技。融合、シンクロ、エクシーズ、リンクのいずれかの特性を持つモンスターが発動した効果を無効とし、さらに相手フィールドのモンスターをその手札へと返す力。相手を受動的に待つだけでなく、こうしてルガルと並び立つことで能動的に使用することすら可能な強力無比のバウンス。

 ここでカルテシアを戻すことも当然可能だったが、少女が選んだのはドルイドヴルム。ドルイドヴルムの打点はルガルを上回りリンドブルムと互角、その戦闘破壊を防ぐ鉄獣の邂逅はすでに墓地にない。すでに召喚権はカルテシアに消費され、自身の効果による特殊召喚は1ターンに1度のみ。

 

「……」

 

 そこまでを計算に入れた、少女必死の皆を守るための一手。しかしクエムの美貌はその人形のような表情を崩さず、その見えていた一手が彼女の予想通りであったということを暗に示していた。

 

「なら、闇の誘惑を発動。カードを2枚引いて、闇属性のドルイドヴルムをゲームから除外……結果的にだけど、今のは悪手だったわね。わたしの墓地のフルルドリスを除外して、深淵の獣サロニールを特殊召喚」

 

 深淵の獣サロニール 攻2500

 

 一難去って、また一難。ドルイドヴルムとは異なり盤面に直接干渉する術こそ持たない深淵の獣だが、素材として使う分には何ら変わりがない。だが、それよりもまずクエムが指さしたのは自らの墓地。

 

「墓地の烙印の剣の効果を発動。このカードを除外して、除外されているクエム(わたし)のカードを手札に戻すわ。そして次に、カルテシアの効果を発動。すなわち手札か場のモンスターを使用しての融合召喚、その素材に選ぶのは手札のクエム(わたし)。そして同じく手札のモンスター……オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」

 

 手札から表にされる、回収されたばかりのクエムと明らかに異彩を放つドラゴンのカード。カード枠自体が半分緑となっているそれはまたしても未知なる存在、クエム言うところの異世界の勇者なのだろう。そして警戒する少女の前に、その融合モンスターが姿を現す。

 

「召喚条件はオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと、魔法使い族。これこそが秘術振るいし摩天の竜……ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」

 

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 攻3000

 

「さあ、まだ続けるわよ?レベル6のサロニールに、レベル4チューナーのカルテシアをチューニング。彼は『聖女』ではないけれど、さっきあなたは過去に繋げた『ホール』の力を逆利用してわたしもそのデッキに入れた覚えがない、過去に散ったリンドブルムの記憶を蘇らせた。なら、わたしにも同じことができる道理はあるわよね?と言っても、あなたたちと彼に直接の面識はないでしょうけど。これまでこのデュエルで使ったのと同じ魂のない抜け殻だけど、その能力は本物よ」

 

 またも歌うように呟きながら、エクストラデッキから更なるカードをその指で摘まみ上げるクエム。

 

「相剣大公-承影」

 

 相剣大公-承影 攻3000→3700 守3000→3700

 鉄獣戦線 銀弾のルガル 攻2300→1600

 撃鉄竜リンドブルム 攻2500→1800 守2000→1300

 

「……!?」

 

 そして現れたモンスター。少女はその姿がかつて相剣の霊峰でその総大将を務め、身内の凶刃を相手に最後まで一歩も引かず最後の瞬間まで戦い抜いた稀代の傑物であることを知らない。だがその存在を、そしてルガルとリンドブルムが急速に弱体化していくことはわかった。

 

「承影の永続効果により自身の攻守は互いの除外されたカード1枚につき100、そして相手モンスター全ての攻守も同じだけダウンすることになる。わたしが除外したカードはドルイドヴルム、フルルドリス、烙印の剣の3枚だけれど、あなたはルガルを出すためにまず3体、さらにそのルガルを守るため鉄獣の邂逅を除外した。ゆえにその数値は、700」

 

 700。全体弱体化としては、あまりにも重い数字。数の上では互いのフィールドは二対二の同数だが、対峙する両者の間にはあまりにも大きな差ができていた。

 

「バトルフェイズ。これも凌ぎ切れなかったら、鉄獣戦線は気の毒だけれどこれでおしまい。それでも少なくともこの『ホール』だけはエネルギーを消費したことで塞げるようになるから、その後で世界がどうなるかはこれまで通り静観に回らせてもらうわ。まずはルーンアイズで、リンドブルムに攻撃」

 

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 攻3000→撃鉄竜リンドブルム 攻1800(破壊)

 『歌わず』 LP1350→150

 

「……!」

 

 残りライフを一気に風前の灯火にまで持っていく、あまりにも重い一撃。もう後がない少女に、更なる絶望の言葉が叩きつけられる。

 

「そしてここで、ルーンアイズの効果を適用。このカードの融合素材にレベル4以下の魔法使い族が使用されているならば、このカードは1度のバトルフェイズ中にモンスターへ2回の攻撃が可能となるわ」

「……」

 

 伏せカード2枚、そのうち片方にわずかに視線を落とす。実のところこれがあれば、あと一撃は耐えることができる。だがルーンアイズがもう一度動くというならば、残る攻撃回数は2。最後の最後に残った希望は、この補充部隊のみ。1200ダメージを受けたことで、今の少女はまた1枚を追加でドローする権利を得た。この引きで可能性を引き当てね命を繋がねば、その先にあるものは……唇を噛む。デッキトップにかけた指が、震える。目を固く瞑り、元の群れを追われたあの時にもう信じることを止めたはずの神にさえも懸命に祈りを捧げた。私の不敬をこの命で償えるというのならばそれでもかまいません、喜んですべてを捧げましょう。だからどうか、どうか。

 

「さあ、引いてみなさい」

 

 クエムの静かな声からは少女を急かすような響きは感じられず、あくまで傍観に徹するというその姿勢が感じられる。これは鉄獣戦線を救出する為にクエムが始めたゲームだが、そのチャンスを掴むことに失敗したのならそれはそれ、もう救済はないという意思の表れ。二度目の機会は、訪れない。

 命運を分けるカードに触れたまま、なかなか動けない少女。だがその小さな手の上に、そっと重ねられるより大きな手が見えた。

 

「……!」

 

 その上にひとつ、さらにひとつと様々な手が輪を描くように積み重なっていく。そっと上を見ると、そこには紛れもない鉄獣戦線の仲間たちの笑顔があった。

 

「……!」

 

 しかし瞬きひとつするほどの時間で、自分以外の手はすべて消え去っていて影も形もなく。今見えたものは、夢か幻覚だったのだろうか?だが少女の手の甲には、今も最初に振れたシュライグのぬくもりとごつごつした感触が残っている。確かに感じた実体は、きっと夢ではない。私には、最後まで仲間がいる。

 怖くないと言えば嘘になるが、それでも迷いは吹っ切れた。勢いをつけて引い抜いたカードが、表を向く。

 

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 攻3000→鉄獣戦線 銀弾のルガル 攻1600(破壊)

 

「クリボー、ね。それも、私が入れた覚えのないカード。面白いわ、本当に」

 

 引き抜くとほぼ同時に墓地へと送られたそれは、手札から捨てることで戦闘ダメージをただ1度だけ0にできる防御札。クエムの言を信じるならばこのカードもリンドブルムと同じく存在しなかったものが突然出てきたことになるが、それは少女にはどうでもよかった。

 

「……!」

 

 そして反撃の牙が、伏せられたカードが表を向く。

 

「更に間髪入れずの鉄獣の抗戦(トライブリゲード・リボルト)……それが、本来の防御札だったわけ」

 

 賞賛の微笑みに頷きで答え、最後の反抗を始める。鉄獣の抗戦の効果は、戦いの終盤になればなるほどに光る。すなわち墓地及び除外されている特定種族を任意の数だけ一斉に特殊召喚し、それらすべての力を結集させることで行われる一連のリンク召喚。少女がこれまで描いた物語は、もう十二分にその下準備を済ませている。

 

 鉄獣戦線 ナーベル 攻0

 鉄獣戦線 ケラス 攻1200

 鉄獣戦線 フラクトール 攻1900

 鉄獣戦線 キット 攻700

 鉄獣戦線 銀弾のルガル 攻2300

 

 鉄獣戦線、集結……崩壊寸前の盤面に、彼らが帰ってきた。そしてその想いを受け継ぐのは、あの男を置いて他にはいない。仇なす敵には絶望と死を暗示し、背中を預けた仲間には勝利と栄光を想起させるあの羽音。片翼の凶鳥にして、最強のリーダーの見せる限界を超えたさらなる姿。

 

「……!」

 

 その召喚条件は、合計3体以上もの特定種族。その攻撃力は、彼のみが仲間内で唯一到達した孤高の数値である3000の、更にひと回り上。そのリンク数は―――――5。

 

 鉄獣式強襲機動兵装改(トライブリゲードアームズ)“BucephalusII”(ブーケファルスツー) 攻3500→3100

 相剣大公-承影 攻3700→3400 守3700→3400

 

「リンク5のシュライグ。ゴルゴンダ以来ね、その姿は……見事なものだ」

「……?」

 

 最後の一瞬だけ雰囲気がわずかに変わった気がして、少女の目がクエムに向く。しかしその時には既に先ほどまでのクエムに戻っていて、気のせいだったかと思い直す。一方でクエム自身もほんの一瞬、ただ一言ぶんだけ自身を構成する自我の表面にその主導権を得るほどに浮かび出て、また混ざり合った『聖女』の魂の奥底に沈んでいった彼女に対し小さく誰にも見えない笑みを浮かべていた。

 

「しかも鉄獣の抗戦で除外されていたあなたのモンスターを呼び戻したことでその枚数が減り、必然的に承影の効果も弱まる、と。でも、それを差し引いてもまだこちらの方が攻撃力は上」

「……!」

 

 冷静な言葉。どこか揶揄うような響きを持ったその指摘も、少女には織り込み済みだ。その指先が示したのは、ルガル。

 

「そうね。ルガルが場を離れたならば、わたしのモンスター全ての攻撃力はあなたの場に存在する種族の分だけダウンする。今はシュライグひとりだけど、それでも300」

 

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 攻3000→2700

 相剣大公-承影 攻3400→3100

 

 シュライグと承影の攻撃力が、並ぶ。ルガルの効果はこのターンの終了とともに切れるが、それでもこの300ポイントの示す意味は途方もなく大きい。一見すると孤高の戦士でありながら、その実はそもそもの展開からアフターケアに至るまで全てを仲間たちの手に支えられ。それがシュライグという男であり、少女がこよなく愛し誇りを持つ鉄獣戦線という集団の本質だった。

 

「ターンエンド、するわ」

 

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 攻2700→3000

 相剣大公-承影 攻3100→3400

 

 相打ちを取りに行ったとして、結果は同じ。ならば動かず待ち構えようと、クエムの攻めがついに終わる。しかしここまでの展開で手札を使い果たし非公開情報も持たないクエムに、もはや見えている以上の打つ手はない。ならば少女には、もはやドローカードさえも必要ない。

 シュライグが、動く。その鉄塊とも形容すべき武装にプラズマが走り、凄まじいはずの重量をまるで感じさせないようなスピードで地を駆ける。

 

 鉄獣式強襲機動兵装改“BucephalusII” 攻3100→相剣大公-承影 攻3400

 

「……!」

 

 そして、その効果が起動される。すなわち戦闘を行う攻撃宣言時、自分自身すら巻き込んでしまうものの相手フィールド全てを範囲とする無差別除外。凝縮したエネルギーが集中し、その左腕が敵へとまとめて突き出され、全てを無に帰す白い光が、弾けた。承影が、摩天の竜が、そしてシュライグ自身までもが、さらに範囲と光量を激しくしていく光の中に皆等しく消えていく。防御なぞ、意味がない。耐性なぞ、存在しないに等しい。

 しかしそんな全てを無に帰す光も、やがてはエネルギーが尽きて消えていく時が来る。フェリジットが、フラクトール達が、それぞれの場所から祈るように見つめたその先で。鬱屈と茂っていた木々は根こそぎ消え、地面には半球状のクレーターが穿たれ……その奥底に脈動する、産まれたての『ホール』。

 

「……!」

 

 ここだ、これこそが元凶であり、この瞬間こそが最大の好機だ。戦場にいない少女の目には、『ホール』が見えない。クエムの話を聞いていない他の鉄獣戦線には、今この場で何が起きているのかを理解できない。それでも、少女とシュライグは同時に同じ直感を得た。クレーターの真上に、渦を巻く風に乗って集まった闇が球体として凝縮する。少女の手が、最後に伏せられていたカードにかかる。

 

「……!」

「闇次元の開放……そう、それを持っていたのね」

 

 クエムがどこか満足そうにそのカードの名を口にすると同時に、上空ではその闇を内側から突き破って消えたはずのシュライグが帰還した。そのまま左腕の超巨大兵装、その切っ先を『ホール』へと向ける。そこに再び充填されたエネルギーは、比類なき威力こそあるもののほぼ自爆技に等しい先の一撃とは異なり、制御され指向性を持った超高火力での一点集中。

 

「闇次元の開放は除外された自分の闇属性モンスターを特殊召喚し、さらにバトルフェイズ中に呼ばれたモンスターはそのまま攻撃宣言を行うことができる」

「……!」

 

 鉄獣式強襲機動兵装改“BucephalusII” 攻3500→クエム(直接攻撃)

 クエム LP3300→0

 

 少女の声なき叫びと、シュライグの放った最大の一撃がシンクロする。膨大なエネルギーを全て叩きこまれた『ホール』はほんの一瞬だけそれを全て吸い込んだのち……飽和したエネルギーが、『ホール』自体の持つそれと対消滅を始めていく。徐々に薄れて消えていく『ホール』を見送り完全にクレーターの底が見えるようになった終えた瞬間、ふとシュライグは自身の後頭部に暖かなものを感じた。空中に留まったままそちらの方に視線を向け、思わず目を細める。

 長い長い夜が、今やっと終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

「さて、と。楽しかったわ」

 

 椅子から立ち上がるクエムに、慌てて少女が手を伸ばす。どこかに行こうとする彼女に、お礼の言葉を伝えたかった。皆さんを助けてくれた人なんだと、仲間たちに伝えたかった。しかしその全てを、くるり少女へと振り返ったクエムが自身の唇に人差し指を当てるジェスチャーで止める。

 

「さようなら、名もなき小鳥さん。空間の異常はもう終わったから、シュライグ達にはすぐに会えるわ。もう、道に迷うこともないでしょう。わたしたちは、また世界を見に行くの。あなたたちの道とその旅路が交差するかどうかは、まだわからないけれど。でも少なくとも、今はその時じゃないわ」

 

 止めようとしても、無駄だろう。それを察知した少女はならばと自分も椅子から立ち上がり、心からの感謝を込めてクエムに頭を下げる。それで、言いたいことは伝わったらしい。クスクスと小さな笑い声を最後に残し、不思議な女性の姿は森の奥へと消えていった。

 そして少女がやっと頭を上げた時、まるでそれを待っていたかのように朝焼けの森に大きな声が響く。

 

「あーっ、目標発見目標発見!みんなー、居たぜーっ、『歌わず』だぁーっ!」

 

 ぱっとその声へと振り返ると、双眼鏡を手にしたナーベルが手を振っているのが遠くに見えた。シュライグ、ルガル、フェリジット、フラクトール、ケラス、キット……そして他にもたくさんの、鉄獣戦線の仲間たち。その姿が視界に入った瞬間、ぐにゃりと少女の視界全体が滲む。せっかくまた会えた彼らの姿がよく見えないのは悲しいので慌てて服で目頭をぬぐうが、拭いても拭いても服の方が濡れていくばかりで全然視界が元に戻らない。

 少女は、まだ知らない。この数秒後、ようやく再会して飛び込んできた仲間たちの手によってすっかりもみくちゃにされてしまうことを。拭いても拭いても溢れる涙といくら笑ってもこみ上げてくる笑みに、今よりもさらに自分の顔面がぐしゃぐしゃになってしまうことを。




最終決戦これにて終了。次はほんの小さなオマケ、エピローグです。
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