戦闘力皆無の一般モブ目線、それも回想縛りだけで描写をやりきれる自信がなかったのです当時は。
あと純粋に他の視点も欲しかった。この辺は私の書き分け能力の問題ですね。
VS『帝国』-戦場1
5月4日の朝が来た。各自荷物を持って楽しそうに集まってくる仲間たちと全員分の食料などを積み込んだ荷車を見て、シュライグの心に小さく荒廃の風が吹いた。先の大戦で失ったものは多く、大きい。鉄獣戦線全員総出での遠征だというのに、その人数がたったこれだけとは。とっくに理解していたはずの現実を改めて突き付けられ、極力さりげない動きでその光景から背を向ける。
ここにいる皆も自分と同じ現実を受け止めているというのに、その大将たる自分がここで辛そうな顔を見せるわけにはいかない。リーダーとして間違っても今感じたものを表情に出すわけにはいかないし、それを見られるなどもってのほかだ。
ただ、ほんのちょっぴりだけそれができている自信がなかった。彼は今この瞬間だけ、千の戦場を縦横無尽に飛び回る『凶鳥』でも鉄獣戦線の誰よりも強く優しく頼れるリーダーでもなく、生まれながらの片翼を疎まれ群れから追放された、小さく哀れな捨てられ鳥だった。それでもすぐにリーダーとしての顔に戻るべく、広げた片翼の影で呼吸を整える。まだ、自分の不審な動きは誰からも気づかれていない。今のうちに……。
その背中に、不意打ちで衝撃が走った。小さくむせ返りながら振り返ると、銀の毛をした大柄な人狼が笑いながらこちらを見下ろしていて。
「おうシュライグ、小便でも我慢してんのか?」
戦場ではフルフェイスマスクに覆われているため、仲間内以外では決して見ることのないその素顔で冗談めかして笑う。お見通しだったかと弱々しく笑い返すシュライグの顔をじっくりと見て、ようやく背中に回していた手を引っ込めた。
「ま、そう気張るなよ。それが無理ならちょっと休んどけ、挨拶なら俺かフェリジットで適当に済ませといてやる」
「……いや、俺がやろう」
戦友にして親友の気遣いには感謝しつつも、もう大丈夫だと背筋を伸ばす。そうかと頷いてスッと下がったルガルの微笑みを視界の端で捉えつつ、自分の言葉を待つ鉄獣戦線の総員を前に息を吸った。もう大丈夫だ、その言葉に嘘はない。これは紛れもない現実だが、それでも真っすぐ胸を張って受け止める。それができないほど、彼らは弱くない。
「皆。今回の遠征は、決して遊びではない」
箸が転がっただけでも響き渡りそうなほど、しんと静まり返った広場。それだけ、皆が集中して聞いているのだ。多かれ少なかれ欠陥を持ち群れにいられなかった彼らに、今一度生きる意味を与えた男の言葉を。あえて真面目な顔で声を張った彼の言葉とその意味が彼らの間に行き渡ったのを一望できるその表情から確認し……ふっ、と、表情を緩めた。
「だが、必要以上に気を張る必要もない。いうなれば、旅行のようなものだと思ってくれればいい。羽目を外しすぎるのは問題だが、そうでない範囲でこの旅が皆のいい記憶になってくれればと願う」
短いが俺からの話はこれで終わりだと頭を下げて、一瞬の間。わあっと、拠点前の広場は拍手の音で溢れていた。ナーベルやフラクトールを始めとするこれからの行き先について既に目星の立っているであろう古参メンバーも、今回記録係に任命した『歌わず』の小鳥を始めとする、まだ何をしに行くのか詳しく知らない新参寄りのメンバーも。皆が今回の遠征に対し自分の言葉がいい方向に働いたことを確認し、小さく口元を綻ばせた。
「では、出発しよう」
くるり背を向け、先陣を切って歩き出す。爽やかな風が吹き抜ける中、鉄獣戦線は誰かがくちずさんだ陽気な歌などを背後に聞きながら移動を開始した。
「……シュライグ」
「どうした、フラクトール?」
得物である巨大なクロスボウをその背にくくり付けた半人半馬が、たてがみでもあり髪でもある自慢の金髪を後ろになびかせて蹄の音と共にそっと寄ってくる。付き合いの長い歴戦の戦士の表情からは何を考えているのかはうかがい知れないが、無駄口をあまり叩かないこの戦士がわざわざ自分から話しかけてきたということは、それなりの用があるのだろう。
「……『帝国』だが。俺とナーベルで斥候に出るか?どうせまた、仕掛けてくるだろう」
「いや、いい。あの近辺は彼女たちの縄張り、下手に手を打つとかえって危険だ」
「あーあ、またあっちが仕掛けてくるの待ちなのね。性に合わないわ」
自身の身の丈ほどもある愛用の狙撃用銃剣を軽々と担ぐフェリジットが、つまらなさそうに耳を垂らして会話に加わってくる。難色を示された自分の意見に対する思わぬ援軍にも一切揺らぐことなくシュライグを見つめるフラクトールだが、こればかりは彼も判断を変えるつもりはない。
「駄目だ」
『帝国』の支配者たる『彼女』は、おそらく近いうちにちょっかいを仕掛けてくるだろう。シュライグ自身それは承知していたし、『彼女』の性格から考えればむしろそうしてこない方が異常事態だ。
だが、それはあくまで『彼女』にとって親しみを込めた挨拶の範疇。血の気が多いのだかないのだかわからない『彼女』にとっては、人間より頑丈な体を持ち戦闘経験と血塗られた武装を持つ自分たち鉄獣戦線の獣人は格好の遊び相手なのだ。彼自身が口にした通りこの地は古来より『彼女』の縄張りであり、そこを通らせてもらう以上ある程度はその傍迷惑な挨拶にも付き合う義理がある。
それに彼自身、久々に相まみえる『彼女』との戦闘に多少なりとも心躍る部分があることは認めざるを得なかった。自分たちを異教と断じ、生き延びるために血で血を洗わざるを得なかったドラグマ。異形の姿に堕ち、狂気の目的のために蠢いたデスピア。深淵の空より孵りし魔物、
「あー……ちょっーといいかなお三方ー?」
そこに割って入ったのは巨大スパナのような形状をした特製の武器を片手に、ツナギの袖部分を腰で結んだ格好の猫耳女子。鷹匠よろしく空いた片腕に止まらせた機械仕掛けの鳥、デカモズの両目がピカピカと光っている。
「お取込み中悪いんだけどさ、メカモズに反応が来てるよ。始まったんじゃない?」
「方角は?」
「北北東十八メートル先、でっかい瘤が付いてる木の右側の枝」
始まったとあらば、もう無駄口は叩かない。先頭を行く彼らが足を止めたことで、追随していた馬車も動きを止めた。街道の真ん中、時刻は太陽がまだ天頂を過ぎたかどうか。想定よりもはるかに早い時間での会敵だが、ここが既に『帝国』である以上『彼女』ならばやりかねない。仕掛けてくるというのであれば、こちらもそれに応えるまでだ。
「総員、戦闘態勢に入れ!」
シュライグの一声で、鉄獣戦線は動き出す。和気あいあいとした獣人の一行から、怜悧な黒鉄と硝煙の煙で牙を、爪を、翼を、嘴を砥ぐ戦闘集団への切り替わりには、瞬きするほどの間すら必要としなかった。
「ぐわっはっはっは!挨拶代わりじゃ、儂が出よう!」
頑丈な馬車は簡易的な拠点に変わり、その中から一際巨大な銃剣というよりももはや鉄塊と称する方が相応しいほどに巨大な得物を軽々と担いだ猛牛が飛び出した。返事も待たずにメカモズから受信、共有された相手の位置情報をゴーグルに投影し、先ほどキットが指し示した大木へとその鉄塊の先端を向ける。
「遠からん者は我に聞け、近くば寄って目にも見よ!儂こそは鉄獣戦線にその名轟く突撃兵、ケラス!武勲が欲しければかかってくるがよい!」
「ちょ、ちょっと」
そこでようやく我に返ったフェリジットが何か言いかけたが、すでに移動中だけで暇を持て余しておりようやく体を動かす大義名分を得た猛牛の耳には届かない。
「動かぬならば、こちらから行くぞ!影に帰れ、小童が!」
引き金、射出、着弾、轟音、爆発炎上。引き留めようと腕を伸ばしかけたまま固まるフェリジットに目を細めて炎を見つめるシュライグ、早くも頭痛がしてきたのかそっとこめかみに手を当てるルガルと三者三様の反応を見せる中、久しぶりに派手な一発を打てて満足したのかのしのしとケラスが帰ってくる。
「うむ、すっきりしたわい」
「すっきりしたわい、じゃないっ!どうすんのよバカ牛、こんなとこで実弾使って!」
「うむ。あいにく模擬弾がなかったのでな」
「この辺の木や草に燃え広がりでもしたらこっちもただじゃすまないのよ!?今すぐ消火、終わるまで帰ってこない!」
「む、むぅ。相も変わらず山猫は牛使いが荒いのう」
「……」
金色の目に怒りを湛え無言で銃を構えたあたりで抵抗を止め、大人しく引き返していったケラスにメカモズのうち一機が追随する。その爪に掴まれた弾丸をその動体視力で認め、今回はフェリジットと同意見だったルガルもほっと息を吐いた。弾丸全体に施された水色のコーティングは、射出命中と共に中身にたっぷり詰まった消火剤を撒き散らす特別製である証。戦争中ともあれば火責めや放火は切っても切り離せず、新兵装の開発にも危険は常に隣りあわせ。多発する必要が生んだ、キット特製の逸品だ。
……というかアイツ、銃だけ持ってどうするつもりだったんだ?という疑問は、心の中にそっとしまっておいた。
……クエム。わたしは、クエム。わたしたちは、クエム。もう何度も太陽と月を見てきた気もするし、光の届かないところにずっといた気もする。そして、そのどれも正しい記憶。わたしの体にはいくつもの記憶があり、そのどれもが混じり合っている。そこに共通するのはただひとつ、わたしたちは全て『聖女』と呼ばれる存在で、各々が不思議な力を持っていたこと。
足を互い違いに動かせば、前に進むことができる。それはわたしたち皆が知っているけれど、こうやってその動きを繰り返してどこに向かっているのかは、わたし自身わからない。もしかしたら他の『聖女』ならばわかるのかもしれないけれど、今こうしてこの目から外を見ているわたしにはやはりわからない。
前置きが、長くなった。目的も知らず歩き続ける私が使っている力は、ふたつ。まず、200と83番目の『聖女』。とうに肉体を持たない彼女が持っていた能力、それは世界の俯瞰、とでも呼ぶべきものだろうか。この聖女の能力を使えば、起きていることをまるでゲームの盤面か何かのように当てはめて見ることができる。そして、100と14番目の『聖女』。わたしですら全容を把握できてはいない『ホール』の向こう側、さらに遠くにいるどこかの誰か……つまり、これを聞くことのできたあなたに語り掛ける能力。お返事を聞くことはできないから、本当にただわたしとわたしたちがお喋りするだけになってしまうけれど。
あなたがどんな人なのか、今わたしたちの話を聞く暇があるのかもわからないけれど。せっかくだから、今のどこかで起きている話を、聞いてほしい。
この『聖女』の力によれば、この世界全ての戦いはターン制。互いに初期手札と命を表す数字をもって、それが尽きるまでカードを引きながら戦う。『聖女』の中には武闘派で戦場に直接出るやんちゃな子もいたようだけど、こうやって当てはめることができるのは誰も知らなかったはず。誰にも知られることなく、ただ一代限りで消えていった200と83番目の彼女だけが見ることのできた世界。
まず、最初に動き出したのはこの『帝国』の支配者さん。ドラグマの記録でもいつからそこにいたのか、細かい記録がはっきりとしていない不思議な『彼女』たちは、まず手札から二枚のカードを伏せてひっそりとターンを譲り渡したわ。
ターンプレイヤー:『帝国』
1,スタンバイフェイズ、メインフェイズ
2,カードを2枚セット、ターンエンド
ターンプレイヤー:鉄獣戦線
1,ドロー、スタンバイフェイズ、メインフェイズ
2,永続魔法、
3,『帝国』、セットされたリトル・オポジション発動。(1)効果によりデッキよりヴァンパイアの使い魔特殊召喚
ヴァンパイアの使い魔 攻500
4,リトル・オポジションの(1)によりデッキより鉄獣戦線 ケラス特殊召喚
鉄獣戦線 ケラス 攻1200
この永続魔法は、馬車を自分たちの戦線にしたことの表れ。それで『帝国』側が発動したリトル・オポジション?罠カード?ちょっと待ってね、ええと……簡単に言えば、お互いにレベルの低いモンスターを同じ縦の列に特殊召喚できる、だそうよ。『帝国』側は影みたいに真っ黒な蝙蝠を、鉄獣戦線からは自分から飛び出たケラスがこの効果で出た、扱いになったみたい。
あくまでもこの『聖女』の能力は起きていることをカード1枚1枚に当てはめる力だから、もしあなたがこのゲームを知っているのならよくわからない動きに見えるかもしれないけど、ご了承ちょうだいね。
4,『帝国』、ヴァンパイアの使い魔の(1)効果発動。500LPをコストにデッキからヴァンパイア・レディ手札に
『帝国』 LP4000→3500
特殊召喚をトリガーにヴァンパイアを呼び出す使い魔の効果で、『帝国』……ヴァンパイアの彼女たちは後続を手に。さて、使い魔じゃない本物の吸血鬼に補足された鉄獣戦線の取る行動は、どんなものかしらね。
5,バトルフェイズ。鉄獣戦線 ケラスでヴァンパイアの使い魔に攻撃
鉄獣戦線 ケラス 攻1200→ヴァンパイアの使い魔 攻500(破壊)
『帝国』 LP3500→2800
何もせずに、即攻撃。巧遅より拙速を尊ぶ、なんて言葉もあるけれど、実際これはかなり勿体ない。もっとも、外から俯瞰で見ているわたしたちがどう言っても、ね。現場の判断としてみるならば、全くの間違いとも言い切れないかも。わたしたちにも、そういう覚えはある。
6,メインフェイズ2、鉄獣の戦線の(1)効果発動。手札の虚栄の大猿をコストに
手札交換カード。獣族の虚栄の大猿を送ることで、それとは種族の違うトライブリゲードの1体を手札に。今回はメカモズにケラスの後を追わせたから、同型種のメルクーリエが選ばれたことになったみたい。
少なくとも、言えることはひとつ。お互いにこんなもの、ほんの挨拶程度に過ぎない。本当の戦いは、むしろこれから始まる。