薔薇の挑戦状
5月5日
今日は朝から一日中移動でした。遮光カーテンに包まれた広間でまだ眠そうなヴァンプさんたちとお別れの挨拶をした後、晴れたお日様の下を歩いていました。皆さんが楽しそうに歌を歌っており私もそれを聞いているだけで楽しくなったのですが、私は参加できなかったのが少し残念です。
特に困ったことは何も起きなかったのですが、休憩の際にはルガルさんとケラスさんが昨日は情けない所を見せたから、とずっと訓練していたので、手の空いていた皆でそれを見ていました。このお二人の組手はどちらも鉄獣戦線が誇る戦士だけのことはあってとても迫力があり、見ているわたしなんてその余波だけで吹き飛ばされそうなぐらいです。その勝敗でトトカルチョしていたナーベルさんの言によると純粋なパワーだけならケラスさんの方が上で、しかしスタミナと身軽さではルガルさんの方が上を行くそうですが、私にはそんなところまで見ている余裕はなかったのでナーベルさんも凄いなあと思いました。
・ヤバい!口止め忘れてた!(ナーベル)
・アンタねえ……明日も同じ訓練やるならナーベルが混ぜて貰いたがってたって言っとくわね(フェリジット)
・あの二人と!?素手で!?ご勘弁ください姐さん!(ナーベル)
・あたしメカモズの調整してたから見れなかったんだよね~、それで?今回はどっち勝ったの?(キット)
・アンタもアンタで我が妹ながら図面ばっかじゃなくて空気読みなさい(フェリジット)
5月6日の朝。この日は、出発前にシュライグから全体に向けての通達が行われた。
「このペースで行けば今夜には到着する地だが。ここは独自の宗教のもと、薔薇が大切なシンボルとして扱われている。あちこちに薔薇が植えられているが、くれぐれも毟ったりしないように頼む」
「何年前だったっけなぁ……ケラスがいきなりくしゃみしてバランス崩してずっこけた時に生垣に顔突っ込んでなあ?裁判沙汰になるわ俺たち全員で頭下げて回るわ、とんでもないことになったんだよなあ……」
「ぐわっはっは!あったのうそんなことも、懐かしいもんだわい。あの時は世話かけたもんじゃ、お主らも気を付けるんじゃぞ」
遠い目をして横で当時の苦労を偲び返すルガルと疲れた目で頷くフェリジットに対し、手を打って呵々大笑する張本人。「周りが苦労した」という一点の説得力だけはやたらとある光景に同情の視線が集まるも、シュライグが咳払いしてまた注意を引き戻す。
「それと、先ほどあちらの統治者から連絡が来た。どうやら、俺たちが来ることをヴァンプから先回りして聞いていたらしい」
「あらそうなの。あの薔薇巫女が何の用って?何かの依頼かしら?」
やや興味を惹かれたらしいフェリジットの言葉に、シュライグが手にした手紙に目を落とす。
「ああ、そんなところだ。なんでもこれから数年の一度の神事を行うらしいが、その神事というのが白薔薇に包まれた回廊で選ばれた戦士たちの戦いを見せるというものらしい。それで、せっかくだから鉄獣戦線でこれに出ないかという誘いだ」
「ほーん、あそこの神官ってことは要するに龍遣いだろ?あんま相手したことないタイプではあるな。んで、報酬は出るって?」
「ああ、ここ最近減っていた物資の補填分には申し分ないな。それだけ大切な神事なんだろう。そんなわけで俺としてはこの依頼を受けようと思うが、どうだろうか?」
ルガルの問いかけに答えつつ、ぐるりと面々の顔を見渡すシュライグ。無論これはあくまでお願いであり、嫌だというのならば無理に参加させるつもりはない。しかし居並ぶ面々の顔つきは誰も皆明るいやる気に満ちており、それを確認した彼は頷いた。
「わかった、ならそのように伝えに行こう。総員、また武器の手入れをしておくように」
そしてまた、鉄獣戦線は歩き出す。次の目的地、
5月6日
今日もずっと移動の日でしたが、日が沈むころに綺麗な街に着きました。
そこはどの建物も染みひとつない白い大理石で作られていて、松明の炎に照らされるその姿はとても幻想的な雰囲気です。朝にも少しお話していましたがシュライグさんたちはここの人にも馴染みがあるようで、門番さんも私たちが鉄獣戦線だと名乗るとすんなり武器を持ったまま通してくれました。
街に入るとそのまま私たちは真っすぐやはり大理石でできた回廊に向かい、そこで巫女と神官だという優しそうな、白い服の人たちに挨拶をします。そこで気が付いたのですが、この街の人たちは私たちが獣人だからといって白い目で見てきません。私がカナリヤなのに口をきけないことを知っても、やはり何もしてきません。フェリジットさんに聞いてみたところ、ここの町の人は偶像ではなく実際に会うことのできる龍を信仰しているから、そういうものへの忌避感はドラグマより多少薄いそうです。なんだかうまくピンと来ない話ですが、そういうものなのでしょう。
今晩は神殿にお泊りして、薔薇のいい香りがするお風呂を浴びました。一緒の女湯に入ったフェリジットさんやキットさんはとろけるような顔をしていたので、きっと私もそんな表情だったと思います。
その後で食事も出していただきましたが、男湯の方も薔薇がたっぷりだったらしくお花の香りと一緒にやってきたルガルさんは何度も鼻をひくひくさせながら凄く複雑な顔をしていました。メニューはこれもサラダから始まり全品に薔薇がたくさん入っており、巫女さんと神官さんはこれは食べられる品種なんだと言っていましたが、私は鉄獣戦線に拾われるまで花でも草でも毟って食べて命を繋いでいたので正直食べられない花、というものがまずあることに驚きでした。ですがその薔薇は確かに、昔の記憶よりずっと美味しかったです。美味しいものを皆さんと一緒に食べられて、改めて今の幸せを噛みしめました。
ちなみに食後には薔薇の形をしたマドレーヌと、薔薇の紅茶まで出していただきました。
明日はいよいよ神事です。勝負といっても勝敗を重視するものではなく、私はただ見ていることしかできませんが、盛り上がることを祈っています。
・こんな境遇も、ここに入るような子じゃよくある話よね。むしろ生き延びれただけ上澄みよ……認めたくないわね(フェリジット)
・いつの時代も変わらないな。だが、そうして集まった俺たちの絆は血よりも濃い。何かあったら、遠慮なく誰にでも相談してくれ(シュライグ)
・うむ。迷惑だのなんだのと、そんなことを考えて恐れるでないわい。身内に掛ける迷惑は迷惑のうちになんぞ入らないからの(ケラス)
・これはツッコミ待ちなのか、普通にいいこと言ってるのか……?(ルガル)