鉄獣戦線遠征記   作:久本誠一

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またデュエルパートが続きます。
実際ストーリー部分とデュエルパート、どちらかに絞った方がいいのだろうか?とも思ったりする今日この頃。


VS『薔薇の巫女』-戦場1

「鉄獣戦線の皆様、本日はこの突然の頼みを引き受けてくださったこと、改めて感謝いたします」

「いや、礼を言うのは俺たちの方だ。貴重な機会に招いてもらい、一晩の宿まで恵んでもらった」

 

 快晴の空の下で薔薇の巫女と凶鳥が向かい合い、まず巫女が一礼しシュライグもそれに礼で答える。シュライグの背後にはルガル、フェリジットを始めとした鉄獣戦線のフルメンバーが控えているが、どう見てもただの人間でしかない巫女の側には誰もいない。いや、いないのは味方だけではない。神事と聞いて想像していた観客も、昨晩世話になった神官たちも。

 

「それはいいけど、お客さんとかそっちのお偉いさんとかはいないの?」

「はい。これはあくまで、私共の神に見せるための儀ですので。街ではまた別の祭りが開かれておりますゆえ、よろしければ後でそちらの方にもお立ち寄りください」

 

 皆を代表してフェリジットが放った疑問に、巫女は微笑んで返す。まだ微妙に言いたいことが伝わっていない気がしたが、このまま闘ると依頼人本人が言うのであればあえてこちらが難癖付けることもないかとひとまず納得することにして愛用の狙撃用銃剣に弾を詰め、ぐいとゴーグルを装着する。

 

「何か、開始の合図などは?」

「そちらの大時計が鐘を鳴らした時に」

 

 戦場として与えられた純白の広間の端に、薔薇模様の細工が施された時計がある。シュライグも最初からその存在が気にはなっていたがなるほどその為のものだったかと得心し、正午の鐘が鳴るまでに残り数分ほどであることを確認して武器を構える。今回の戦いはこの土地独自の神事ではあるがだからといってわざと負けろと言う話は聞いていないし、元より彼にそのつもりもない。むしろ先日の吸血鬼戦では互いに力を温存しての表面上の衝突だけで終わらせたことで心のどこかに不完全燃焼な部分もあったのか、未知の戦いに彼らしくもなく心がうずいていることさえ自覚していた。

 白薔薇の回廊には過去の遠征の道中で何度か訪れたことはあったものの、幸いこれまでこの地での戦闘に発展したことはない。そのため、彼女たちに関しては植物と竜を操るというドラグマ周辺では未知なる戦闘スタイルを取るということ程度しか彼の知識にはない。

 ……先の大戦では、己の力がまだ未熟であることを痛感させられた。誰にも口にしたことはないが今でも時々、ゴルゴンダでの最後の死闘において全身に散っていった仲間のバンダナを巻き付けてなお戦場に立つ仲間たちの姿を彼は夢に見る。その度に生まれつき無いはずの片翼が、癒えたはずの傷跡が痛む。自分がもっと強ければ、その数を減らすことができたかもしれない。過ぎていった過去をただ悔やむことに意味はないが、そこから未来を見つめる行為には意義がある。

 闘志が湧き上がってくる間隔。全身に充足する力。万全の状態を自覚した時、鐘が鳴った。

 

「では、参ります!」

 

 その言葉と同時に、いきなり地鳴りが響く。戦士としての勘で何かを察知して瞬間的に頭上の大空へ飛び立とうとしたシュライグだが、その反射速度をもってしてなお一瞬だけ遅かった。

 

「何……!?」

 

 大理石の床の下からするすると伸びた無数の茨、それぞれが複雑に絡み合い明らかに異様な速度で育ちゆくそれが、まるでシュライグの足を添え木と認識したかのように絡みとっていく。いくつもの小ぶりな薔薇の花がそのブーツを、ズボンを足元から順に彩り、碌な反応もできないうちにその胸から下がほぼ呑み込まれ動きを封じられてしまう。多少本気で力を入れて動こうとするも、大理石を破って生えてくるその生命力の前には並大抵の力では千切れもしない。それどころか無数の棘が力を入れるたびに足と言わず腰と言わずあちこちに突き刺さり、たまりかねて一度力づくでの脱出は諦めた。

 

「……これはどういうことか、ご説明願いたい」

「どう、と申されましても。音に聞こえた鉄獣戦線のリーダー、凶鳥シュライグ。その評判は遠く離れたこの地にもよく届いておりますゆえ、真っ先に動きを封じさせていただきました。この奇襲が二度、三度と通じるとは私も思っておりませんが、それゆえにその一度だけは決して外さないと魔力を込めました」

「あらー……ま、何?似合ってるわよ、リーダー、ええ……キット、アンタこの前ゴルゴンダでホールから映写機拾ってなかった?これ、録画できる?」

「ごっめんリズねえちゃん、あれアルちゃん(アルバス)エクエク(エクレシア)に渡しちゃった。なんとかスケッチするしかないかもだけど、あたし図面専門で有機物描くの苦手だからー……」

「んー、でも惜しいわね。誰が何言ってもお洒落なんてとんと興味示さなかったリーダーのこんな格好、残さなかったら鉄獣戦線の恥よ……そうだ、ちょっとこっちおいで『歌わず』ちゃん!確かアンタ、絵描くの上手かったわよね?」

「!?」

 

 きゃいきゃいと楽しそうに、というか明らかに笑いを堪えながらな、色とりどりの薔薇だらけになった自分の下半身を指さしつつ行われる山猫姉妹たちのほぼ丸聞こえな密談を後ろに聞き流す。会話内容はどんどん勘弁してくれと言いたくなる方向へ突き進んでいたが、目の前の相手への対応を今はすべきだと判断してしぶしぶ背後からは意識を引き剥がした。

 無論、自分の足元は務めて視界に入れないようにしつつ。

 

「その拘束も、いつまで保つかあまり自信がありません。ですがそれまでの間に、この勝負終わらせてみせましょう!」

「その言葉、我々鉄獣戦線への挑戦と受け取って構わないか?」

 

 釘を刺しながらも、同時に頭の中では冷静に分析する。先ほどの感触からすると現状でもかなり無理すれば抜け出せなくもないが、この茨自体に何らかの魔力がかかっているのであれば時間経過で多少は状況が好転する可能性も高い。異郷の地だけにまだ見ぬ戦術を数多く持つであろう相手に無理をするリスクとここであえての速攻を仕掛けるメリットを天秤にかけ、すぐにその結論を出す。

 今ここで、自分が無理に動く必要は薄い。ただし、このまま観客として指を咥えてこの勝負を最後まで見続けているつもりもない。ほんのわずかにでもこの茨が緩んだら、その時こそこの戦場に直接出る。そんな腹を決め、薔薇の巫女の観察に注視する。咄嗟に回避し損ねた、自分が不覚を取ったというのもある。あちらが自分に対し最大級の警戒をしていた結果がこの状態というのならば、それはそれで構わない。

 ただ、戦場に二度目はない。

 

「青薔薇に潜みし竜の精よ、我らに力をお貸しください……ブルーローズ・ドラゴン!そして種よこの大地より芽吹きなさい、イービル・ソーン!」

 

 そして、改めて神事が始まる。薔薇の巫女が朗々たる声で宣言すると周囲に咲く純白の薔薇のうち一輪の花弁がみるみる青く染まり、その花を鱗とし茨を尾とする小竜へと姿を変える。さらに巫女が懐からひと粒の種を地面に放ると、みるみる根を張り芽が伸びて、凄まじい勢いで棘をびっしり生やした暗い色の実を重そうに垂らすところにまで育ち切った。

 

「薔薇の竜と、特殊な植物……なるほど、前評判通りの素晴らしい技術だ」

「ありがとうございます。ところで、そちらのイービル・ソーンですが」

 

 生物の変形といえば先の大戦でデスピアの尖兵をこの世に現した際にも目にしてきたが、当然あれとはわけが違う。あんなものと比べるのは、眼前の彼女たちに対するこの上ない侮辱でしかない。素直な気持ちで口にした賞賛の言葉に薔薇の巫女も笑顔で答え、たった今芽吹くどころか実をつけたイービル・ソーンの方を指し示す。

 

「……そろそろ、熟す頃合いですよ?」

 

 まるでその言葉を待っていたかのように、イービル・ソーンの実が空気を入れた風船のように大きく膨らむ。内側からのエネルギーにその実の皮が拮抗していたのは、ほんのわずかな間だけだった。

 

「何!?」

 

 反射的に上半身だけで防御態勢を取るシュライグの武装に、内側から文字通りに爆ぜたイービル・ソーンの棘と種が襲い掛かる。体に直接突き刺さることはなかったものの、戦闘用のコートや手袋に突き刺さる……この手の植物が子孫を残すためによくやる『引っ付く』ではなく文字通り深々と『突き刺さった』、それを見て、こんなものも武器になるのかと一周回って感心すら抱く。

 そしてまだ自分がほんの小鳥だった頃、一夜の飢えさえ凌げればそれでいいと必死になってぼろきれのようになった自らの衣服に付いた名も知らぬ雑草の種に噛り付いた、そんな日々の記憶も遠く蘇る。あの時とは、随分と様々なことが異なっている。俺も変わりはしたが、こいつらも随分変わったものだ。

 

「生物兵器……?んー、機械だけじゃなくてこれからはああいうのもアリなのかなぁ……?リーダー、それと巫女のおねーさんも、終わったらちょっとそれ見せてもらっていい?あの時間差爆発の仕組みだけでも科学的に再現して、今後の兵器に応用出来たら……」

「研究熱心はいいけど、後にしときなさいよ。今は集中」

「あ痛っ!リズねーちゃんひどい!」

 

 そして主に大砂海を活動の拠点としていたキットには、今目の前で起きたことは特に見慣れず刺激的な光景に見えたようだ。仮にも戦闘中であることを頭から吹き飛ばして技術者の顔になり思考に閉じこもりかけた彼女を、そんな妹の悪癖への対処には慣れているフェリジットが小気味よく頭をはたいて現実に引き戻す。

 そんなやり取りを後ろに聞いてあの姉妹は昔から相変わらずだと仮面の下で苦笑するシュライグの足元で、またしても飛び散ったイービル・ソーンの種ふたつが早くも芽吹き始める。やはり早回しを見るかのような勢いで身を付けたものの、今度の株はどちらも最初のひとつよりもやや実が小さく、その勢いもない。

 

「ご安心ください。イービル・ソーンは種を残すごとに、その破裂力を失っていきます。今芽吹いた第二世代は、もう今お見せしたような殺傷力はないでしょう……ですが。お行きなさい、ブルーローズ・ドラゴン」

 

 巫女の周りをくるくると弧を描いて飛びまわっていた青き薔薇の竜が、その声に応えて芽吹いたばかりのイービル・ソーンへと飛ぶ。反射的に撃ち落とせるか速度や位置の関係を脳内で検討しかけたものの、ついここから何をするのかとの好奇心が勝ってあえて手を出さず後ろに飛んで距離を取った。いくら勝負とはいえ神事である以上はあまり妨害を張り続けるのも見栄えが悪いだろうという、鉄獣戦線という集団のリーダーを張り続けるうちに自然と覚えた気回しでもある。

 そして一体何をするのかと鉄獣戦線全員から見守られる中を滑空した小竜は地上に降り、新たに芽吹いたイービル・ソーンのうち片方をぱくりとついばんだ。

 

「うまそうに食うのう」

 

 ぽつりと呟かれたケラスの言葉は、ほぼ全員の総意といってもいいだろう。だが、当然ただの食事シーンで終わるはずもなく。あっという間にそれを食べ終えた薔薇の竜が身を震わせると、その全身から無数の薔薇が咲き始める。それも青だけでなく赤、ピンク、紫……翼の色もその先端から赤く染まり、薔薇の竜というよりもまるで薔薇の花束の竜といった趣にまでなった。

 

「この形態を、我々はクロスローズと呼んでいます。単純な力は多少下がりましたが、その分だけ侮りがたい力を秘めているのですよ?」

 

 その場で自慢するように翼を広げ、ナ―ベルよりもさらに一回り小さなその体で鉄獣戦線全員を威嚇するブルーローズ改めクロスローズ・ドラゴン。それを来い、とこちらを誘っているのだと理解して、シュライグが短く警告する。

 

「油断するな」

「……承知した」

 

 まず動いたのは、フラクトール。本体から飛び出してその脚力で広間の端まで一気駆けし、クロスボウからクロスローズめがけ矢を放った。素早く上空に飛んだことでその矢は虚しく空を切るが、元より当てるつもりで放ったものではない。

 

「クロスローズ、前です!」

 

 薔薇の巫女の警告通りだった。フラクトールが最初に注意を削いだことで生まれた隙に、正面切って走りだしたのはキット。いつの間にやら手にしたリモコンをカチャカチャと素早い指使いで操作すると、その背にミサイル発射管を背負ったメカモズが駆動音と共に宙を走る。

 

「面白いものを見せてくれたお礼!このキットちゃん特製スプライト電極システムを組み込んだ新兵器、電磁ネットを打ち込んであげるよん!」

 

 言葉通りにメカモズから放たれた小型ミサイルは空中で勝手に弾け、内部に収納されていたかすかに帯電する投網が大きく広がってクロスローズの上から覆いかぶさろうとする。

 

「させません!」

 

 しかし、薔薇の巫女も負けてはいない。客観視点から戦場を見渡せる強みを最大限に生かし、ネットの降下速度と小竜の位置から回避は難しいと判断、その手から魔法を放ち生成した茨の鞭で電磁ネットを絡め取る。

 

「へえ、おねーさんそんなこともできるんだ。でも、ちょっと気が早かったね!」

 

 新兵器が不発に終わったにもかかわらずむしろ満足げに笑う山猫に、薔薇の巫女が反射的に鉄獣戦線の陣営へと目を戻す。そこにはすでに、駆けだし始めていたひとつの影があった。

 ナーベル。彼の主任務はよく回る頭と鳥人ゆえの飛行能力、そして小さくすばしっこい体を活かした斥候ではあるが、だからといって近接戦闘技術がないわけではない。本人の熱い拘りによりペストマスク状になっている仮面の下でその目が抜け目なく光り、小型の爆弾を器用にお手玉しながら全力で走る。空中で大きく体を捻り回避しようとするクロスローズ、魔法で援護と妨害を行おうとする薔薇の巫女と接敵し……しかしその爆弾はついぞ投げられることなく、回避も援護もすり抜けて、そのまま両者はすれ違った。

 

「な、何を……!」

「残念でした、本命はこっち!」

 

 振り向きざまに投げつけたのは、これ見よがしに持っていた爆弾ではなく懐から取り出した別の小球。クロスローズの真下に落ちたそれは落下と同時に目も眩むばかりの光を放ち、至近距離でそれを見る羽目になった小竜がたまらず目を閉じる。

 隙が、生まれた。

 

「閃光弾?まさか、三重の囮!」

「今気づいても、もう遅いわよっ!」

 

一切の意思疎通を必要とせず繰り出される、まるで彼ら自身が巨大な一匹の獣であるかのような怒涛の連携。それは個々人の戦士としての経験に裏打ちされた高い練度と、そして互いへの信頼あってこその技であり……そして今回の本命はナーベルが気を引くうちに既に音もなく狙いを絞り、引き金を引いていたフェリジットであり、最初に囮として動いていたがゆえに完全にノーマークとなった隙をついて二の矢を放つフラクトール。直角となる位置から放たれた矢と弾丸はほんのわずかな時間差と高低差をつけて放たれており、視界を奪われたクロスローズをより確実に落とすとの強い意思が込められていた。

 実際、ここにいたのがドラグマの異端審問会、あるいはデスピアの尖兵、はたまた深淵の獣のうちの一匹……いずれにせよこの大戦を通じて彼らが対峙してきた輩ならば、この連携を前に沈んでいても十分おかしくは無かったろう。

 しかし薔薇の巫女が鉄獣戦線の連携技を見慣れていないように、鉄獣戦線にもまた誤算があった。それは太古より繁茂する植物と古来より生物のひとつの完成形としてそびえ立つ竜、そのふたつの種族の産み出す相乗効果。確かに正面火力こそそれらの敵に劣りこそするが、その純粋な生命力という一点に関しては、産み出された時点ですでに歪んだ存在である闇の存在など足元にも及ばない力を発揮する。

 

「クロスローズ、同調(シンクロ)の力を解き放ちなさい!そして悪鬼の王よ、我が祈りに応え、その呪いをもたらさんことを!」

 

 空中でもがいていたクロスローズが薔薇の巫女の声に応え、再び地上に生えたイービル・ソーン最後の一株へと急降下する。だが例えその花が汚れることを厭わず地に伏せたとしても、両者の放つ攻撃は躱せない。それでも次の矢と次弾を同時に装填したのは、フェリジットもフラクトールもその本能で理解したからだ。まだ、何かが起こる。

 果たして残ったイービル・ソーンを丸呑みにしたクロスローズを中心に、巨大な真紅の光の柱が遥か上空へと立ち昇る。激しい光……だがそこに熱はなく、音もない。まるで絵画を見ているかのような一時を断ち切ったのは、手製の探知機を向けて一足早く自体の把握に努めようとしていたキットの叫びだった。

 

「あの光の中で反応してるサイズが急激に増大!何かでっかいのが来るよ、皆っ!」

「フェリジット、防御姿勢を取れ!」

 

 その言葉通り光の柱はその全長をみるみる拡大していき、シュライグの警告も間に合わず大量の薔薇の花びらを振りまいきつつの破壊の嵐が四方へと放たれる。

 

「させないっ!」

「……ふん!」

 

 鋼鉄の矢と銃弾は嵐に飲まれてその軌道を逸らされ、回避は不可能と踏んで本隊を庇うため咄嗟の判断であえて前に出たフラクトールとフェリジットがその余波をもろに受ける。柔軟さと身軽さが売りの山猫は空中で一回転しつつもどうにか着地したが、問題は全速で突っ込んでいたためまともに受け身も取れなかったフラクトールだ。人馬の巨体が紙くずのように宙を舞い、それでもどうにか姿勢を整えようとして勢いを殺しきれず、その体が強かに大地に打ち据えられた。

 

「フラクトールっ!」

 

 叩きつけられた床が割れ、吹き飛んだ瓦礫がシュライグの体を打ち据える。だがその痛みよりも優先してその名を呼ばれても、指一本動かないままのフラクトール。その体を周囲の目から守ろうとするかのように、破壊の嵐の支配から逃れ重力に導かれた薔薇の花びらが音もなく降り積もる。

 そして、光の柱がゆっくりとその輝きを失っていく。そこにいたのは、これまでの小竜とは一線を画すサイズを持つ薔薇の竜。漆黒の体から伸びる無数の茨、そして大輪の花のような真紅の翼。満月のようなその瞳がギラリと光り、これまで見上げるばかりだった鉄獣戦線を今度は見下ろす形となる。

 

「……月華竜 ブラック・ローズ。月と星の光を浴びて育った、美しき薔薇の竜。さあ鉄獣戦線の皆様方、ここからが本番ですよ」

 

 にっこりと微笑み白薔薇の回廊全体に魔力を張り巡らせる薔薇の巫女。その余裕すら感じる様とは対照的に、シュライグがかすかに表情を歪める。フラクトールの怪我も気になるが、今この場から自分が目を背けるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 ふふ、また繋がったわね。さっきぶりだけど元気だったかしら、わたしの能力が通じたあなた。ちょっと見ないうちにまた戦って、難儀なものね彼らも。こうしてその戦況を横から読み解いているわたしには、間違っても言われたくないかもしれないけど。でも、こうしてそれをただ聞いているあなたも共犯よ?一方的に押し付けられた、ほんの偶然の共犯さん。

 それじゃあ今日も共犯になってもらうわね、一緒にこの戦いを読み解いていきましょう?まず、今回先手を取ったのは薔薇の巫女だけれども……。

 

ターンプレイヤー:薔薇の巫女

1,スタンバイフェイズ、メインフェイズ

2,フィールド魔法、白薔薇の回廊を発動

3,白薔薇の回廊の(1)効果発動。手札からブルーローズ・ドラゴンを特殊召喚した後、イービル・ソーンを通常召喚

 

 ブルーローズ・ドラゴン 攻1600

 イービル・ソーン 攻300

 

 白薔薇の回廊はプレイヤーのフィールドにモンスターが誰もいない時、手札のローズ・ドラゴンか植物族を特殊召喚できる効果がある。今回はこの能力でブルーローズを、そして薔薇の巫女が種を蒔いていたイービル・ソーンはここだと通常召喚の扱いに。

 ちなみに最初にシュライグがいきなり拘束されたあの技だけれど、あれにカード的な意味はないみたいね。ただひとつだけ言えることは、現実であの拘束が続く限り彼がこの戦場の空に、このゲームの盤面に直接飛び立つことはないでしょう。

 それにしても、ドラゴンね。私の中の私たちでも、実際に生きた竜を見たことのある『聖女』はごくわずか。全員テトラドラグマの石像でその姿自体は見慣れてはいたけれど、なんならおとぎ話の中の存在だとまで思っていた『聖女』は多いのよ。グランギニョルの姿だって、あれも一種のお遊びみたいなものだし。あれはあれで素敵だったと私は今でも思っているけどね。だから生態系の一種としてそこにいる竜を見ることのできるこの一戦は、私にとっても色々と興味深いわ。もしまたグランギニョルみたいなものを作るとしても、いいインスピレーションになりそうだもの。

 

4,イービル・ソーン(1)効果発動。自身をリリースしイービル・ソーン2体を特殊召喚

 

 鉄獣戦線 LP4000→3700

 イービル・ソーン 攻300

 イービル・ソーン 攻300

 

 そしてあの植物は、自身をリリースすることでデッキから同名モンスター2体を特殊召喚しつつ300ダメージを与えることができる。止める手段がない以上、これも見ているしかないようね。

 

5,ブルーローズ・ドラゴンとイービル・ソーンを素材に、クロスローズ・ドラゴンをリンク召喚

 

 クロスローズ・ドラゴン 攻800

 

 さらに植物族のイービル・ソーンとドラゴン族のブルーローズ……種族の異なる2体のモンスターが揃ったことで、あのカードが出せるようになった。実際にはブルーローズがそのままクロスローズに変化していたけれど、カード的な処理としてはあの二体はあくまで別物。素材として消えて、新たな命が場に芽吹いたわ。

 

6,ターンエンド

 

 ここまでを見届けて、鉄獣戦線側もいよいよ戦闘に。不意打ちで戦わざるを得なかった先のヴァンパイア戦と違って今度は向かい合っての戦いだから、多少はやりやすかったんじゃないかしら。それとも平穏を求め、迫害に追われて彷徨し続けた彼らにとっては、むしろあらかじめ入念な準備のできる正面戦闘の方が慣れていなかったのかも。

 

ターンプレイヤー:鉄獣戦線

1,ドロー、スタンバイフェイズ、メインフェイズ

2,鉄獣戦線 フラクトールの(1)効果発動。自身を手札から捨て、鉄獣戦線 キットをデッキから墓地へ

3,鉄獣戦線 キットの効果発動。鉄獣戦線 ナ―ベルをデッキから墓地へ

4,鉄獣戦線 ナーベルの効果発動。鉄獣戦線 フラクトール(2体目)をデッキから手札へ

 

 はいストップ、少し解説が必要よね。なんといってもわたしの中には、この記憶も見飽きたほどにあるもの。フラクトールが先駆け、キットとナーベルがそれぞれ遠近両距離からの攪乱を行う黄金の連携。いつ見ても、それ自体がひとつの獣であるかのように淀みない動き。

 もう少し別の言い方をすると、まずフラクトールが自身の効果、墓地に送ることでデッキ内のレベル3以下の獣、獣戦士、鳥獣族のモンスターを墓地に送る効果を手札から使用。そして獣族のキットが直接墓地へ送られたことで、さらに追加で別の仲間を墓地に送りだす効果が連鎖的に発動。同じくナーベルがデッキから送られた際の効果を更に連鎖で発動し、二体目のフラクトールを手札に加えた、というわけ。リソースを枯らさずに着々と準備だけを進めていく、いかにも寡黙で堅実なフラクトールが好みそうな戦法だわ。かつてのドラグマにも同じことが言えたけれど、意表を突く作戦や起死回生の一手というのは、定石や定法を守れて初めて意味を成すものなのだから。

 

5,鉄獣戦線 フラクトール(2体目)を通常召喚、(2)の効果発動。墓地の鉄獣戦線 キットと鉄獣戦線 フラクトールをコストに除外し、エクストラデッキから鉄獣戦線 仇花のフェリジットを特殊召喚

 

 鉄獣戦線 フラクトール 攻1900

 鉄獣戦線 仇花のフェリジット 攻1600

 

 そう、繰り返しになるけれど今の流れで恐ろしいのは、墓地に仲間が多ければ多いほどに展開パターンが増えて強くなれる鉄獣戦線の下準備を、一切手札の枚数を減らさずに行うことができる点。計三体と潤沢に揃った墓地リソースを使い、選ばれた召喚先はフェリジット。

 でも、調子よく進んでいたのはここまで。本来なら手札からさらに後続を呼び出せる彼女の力でさらなる大型リンクモンスターを出す気だったんでしょうけど、ここでクロスローズが動いたわ。

 

6,薔薇の巫女、クロスローズ・ドラゴンの(1)の効果発動。自身と植物族のイービル・ソーンをコストにリリースし、エクストラデッキから月華竜 ブラック・ローズをシンクロ召喚扱いで特殊召喚

 

 月華竜 ブラック・ローズ 攻2400

 

 クロスローズの能力は自身と他の味方をコストに、任意のタイミングで「ローズ」または植物族のシンクロモンスターをシンクロ召喚扱いで特殊召喚するもの。これもさっきブルーローズがクロスローズに直接変化したのと理屈は同じ、クロスローズと月華竜はカード的に言えば別物。実際の所は、全部イコールの関係が成立しちゃっているけれど。そしてずっと待っていたのでしょうこのタイミング、召喚権を使いそのフラクトールも効果を使用したこの瞬間に、満を持して呼び出された月華竜が効果を使ったわ。

 

7,月華竜 ブラック・ローズの(1)の効果発動。鉄獣戦線 仇花のフェリジットを対象に取り、エクストラデッキに戻す

 

 そしてこれが、ここまで勿体ぶっていたけれどついに出てきた月華竜の力。自身の特殊召喚時か相手フィールドにレベル5以上のモンスターが特殊召喚されたことをトリガーとして毎ターン強制的に発動される荒廃(バウンス)の力、人呼んで退華の叙事歌(ローズ・バラード)

 100と4番目の『聖女』は仕事の合間にお花を見ることが何よりも大好きで、だから異端ではあるけれど立地の関係……どうあってもヴァンパイアの領土を通る必要があるがゆえに、連戦となるリスクを鑑みた結果宗教戦争を起こしに侵攻することはついぞなかったこの地の薔薇信仰のこともよく調べていたわ。憧れ続け、でもついに伝聞でしか聞くことなくその肉体から解き放たれた彼女は、今何を考えているのでしょう。

 

8,カードをセット、ターンエンド

 

 これ以上することがなくなってのターンエンド。的確なタイミングで戦線の要になるフェリジットを抑えた、薔薇の巫女の戦略勝ちでまずは一本といったところね。

 

ターンプレイヤー:薔薇の巫女

1,ドロー、スタンバイフェイズ、メインフェイズ

2,通常魔法、アームズ・ホールを発動。デッキトップからエンジェル・トランぺッターを墓地に送り、デッキからジャンク・アタックを手札に

3,装備魔法、ジャンク・アタックを発動。月華竜ブラック・ローズに装備

4,バトルフェイズ。月華竜 ブラック・ローズで鉄獣戦線 フラクトールに攻撃

 

 月華竜 ブラック・ローズ 攻2400→鉄獣戦線 フラクトール 攻1900(破壊)

 鉄獣戦線 LP3700→3200

 

5,ジャンク・アタックの効果。鉄獣戦線にダメージ

 

 鉄獣戦線 LP3200→2250

 

 一度にフェリジットとフラクトールを同時に吹き飛ばしたように見えたし実際そうなのだけれど、これも処理的にはまずバウンスでフェリジットを、次いで装備魔法を装着しつつ返しの攻撃でフラクトールを……の各個撃破。これで、鉄獣戦線たちの場はすっかり空になってしまったわね。しかもジャンク・アタックの効果で、戦闘破壊した相手の攻撃力の半分だけ追加ダメージが入ることになる。

 

6,メインフェイズ2。通常魔法、マジック・ガードナーを発動。白薔薇の回廊にカウンター1つ追加

 

 白薔薇の回廊(0)→(1)

 

 マジック・ガードナーは自分フィールドに表側で存在する魔法ひとつに対し、破壊の身代わりとして使うことのできるカウンターを付与する通常魔法。

 白薔薇の回廊を使い、なおかつ破壊による除去に対策する必要のある……これに関しては、そちらの世界の方が詳しいかしら。その予想が正しいかどうか、見守ってみましょう?

 

7,カードをセット、ターンエンド

 

 さて、今のところこの勝負の流れは薔薇の巫女の方にあるけれど、巫女は巫女で手札というリソースも使い切って攻めあぐねている感じかしら。もっとも最初に発動した魔法、装備魔法1枚を手札に加えるアームズ・ホールのデメリットでこのターン彼女は通常召喚を行うことができなかったのだから、他にすることがなくてもさもありなんというところだけど。

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