金が欲しかった。
ただ生きるだけで金はかかるのだ。
衣食住から娯楽費、果ては税金に。
金が必要だ。すべては金だ。
「せっかく『でんせつ』のバイターになってくれたのに……それでもやめるんだね?」
「はい。長い間お世話になりました」
オレは大学4年生のイカ。
今までおろそかだった就活に集中するため、今日でバイトを辞める。
木彫りのクマ——クマサンは「そうか」とため息をついた。
「今まで助かったよ。キミのような熱心なバイターがいてくれて」
「こちらこそ、仕事のキホンを教えてもらいました」
「ふむ……まぁ、いつでもおいで。わたしは待っているからね」
木彫りのクマに、オレは頭を下げた。
クソ忙しく、痛くてつらいバイトだったが、それでも続けてきたんだ。
その誇りを胸に、オレは就活に立ち向かう——。
面接官1『げっ、キミ。クマサン商会でバイトしてたの?』
面接官2『悪いが面接は終わりだ。とっとと帰ってくれ!』
面接3『きましたよ。例の商会の……』
面4『しかも『でんせつ』って……終わってるなぁ』
5『ウチが荒らされる前に引き取ってもらおう』
6『とんだ爆弾イカタコですよ』
7『あっちいけシッシッ!』
「は?」
就活の結果。
100社受けて、100社すべて落ちた。
「嘘だろ……なんで……」
中には筆記試験のある会社もあり、もちろん全部クリアした。
あとは面接だけ——ってときに、全社とも同じ反応をされたのだ。
煙たがるような、嫌な顔ばかりだった。
そして届く、『厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが』の通知書。
厳正なる選考? 面接すら始まらなかったのに?
「やべぇ……このままじゃ就活浪人だ……」
そうこうして居るうちにも、金はどんどん減っていく——。
娯楽も断ったはずなのに。
やはり生きてるだけで、金はかかる。
「クソ……どうすれば……」
毎夜に布団で考え、思いついた方法は——。
「やぁ、またあえて嬉しいよ」
「ハハ……オレもです」
結局、このバイトに戻ってきてしまった。
「キミが来ると思ったからね。もう出発準備は出来てるよ」
まじか、さすがクマサン。仕事が早い。
「今回、キミと組んでほしい子がいるんだがね……」
「ヘリでコンタクト取ります。お、アラマキか。ラッキー。スシ、スクイク、マニューバー、ローラー……うん、悪くないな」
「……慣れてて助かるね」
ロッカーで作業着に着替え、屋上のヘリに向かう。
カンカンと鉄の階段を登りながら、オレは思う。
——慣れてて助かる、か。
いくら慣れていようが、やっぱりこれはバイトで。
給料は良くもて、安定はしないわけで。
ノルマ制で失敗(work’s out!)したら減給される。
「ま、今はバイトで食いつないで、諦めずに就活すればいいか……」
最後まで諦めない——これも、クマサン商会で学んだ「キホン」だ。
「えー! でんせつだったんですか?」
「まぁ、半年前の話だよ」
「すごーい! わたしたち、バイト始めたばかりなんです!」
「クマサンが『いい人いるよ』って言ってくれて。ぼくたちついてるなぁ!」
向かうヘリの中で仲間とコミュニケーションを取る。
オレンジつなぎのタコボーイとイカガールのふたりは初心者らしい。
なるほど。クマサンが「もう準備は出来てる」ってそういうことか。
オレは先輩として、このふたりにレクチャーすればいいのだろう。
「オレがいろいろと教えるよ」
「「よろしくおねがいします!!」」
出だしは好調なところで——オレはヘリの隅を見た。
このバイト「サーモンラン」は、4人編成だ。
オレとこのふたりと、あともうひとりいる……のだが。
「…………」
最後のひとりは、窓の向こうを見ていた。
緑のつなぎを着ているから、初心者ではないらしい。
だらりと伸びたタコウェーブの長髪。今まで見たことのないタコガールだった。
「今日はよろしく」
「…………」
話を振ってみるが、無視された。
こいつ、バイトのキホンもなってねぇな。
「ナイス」と言っても「ナイス」をしないタイプだ。
協調性というか、同調性がない。
まぁ、今回は危険度も低そうだし、なんとかなるだろう。
『まもなく、目的地に到着します』
窓の外に映る、半年ぶりのアラマキ砦。
変わってねぇな、という思いのまま、オレはつなぎの襟を正した。
「……と、こんなふうにして、テッパンはふたりで挟んで倒すと楽だよ」
「うわ〜こんな簡単に倒せるのか〜!」
「説明がとってもわかりやすいです!」
初心者ふたりに教えながら、ノルマもこなしていく。
気付けば2WAVEまで順調に来ていた。
おそらく今回はEXTRA WAVEもなさそうだし、このまま終わりそうだ。
「…………」
順調と言えば——あの無口のタコガール。
ヤツは意外にも仕事をこなしてくれていた。
オオモノはもちろん、シャケもきっちり処理するし、金イクラも納品する。
悪くはない。「ナイス」に反応しないことを除けば。
「あ、3WAVE始まりましたね!」
「このプロペラ音は……ハシラだ!」
「慣れてきたね。2体同時に来たよ」
「じゃあぼくたちがやってきます!」
「がんばりまーす!」
初心者のふたりも、動きが格段に良くなった。
オオモノの性質も理解できたのだろう。飲み込みが早い。
初々しい。オレにもこんな時期があったなぁ。
「……っと、オレも働かねぇとな」
そうして目の前を見たときだった。
『ブブブブブブ……』
聞き慣れたエンジン音とともに、テッパンとシャケたちがやってきた。
初心者の二人はハシラを倒しに行っている。
まぁちょっと面倒だが、ひとりでやれなくもない。
オレはスプラシューターを握り、テッパンが狩りやすい納品場まで誘導する。
そしてトリガーを引き、インクをテッパンに浴びせる。
もちろん本体には届かないのだが、こうして動きを止めると——。
「ブッ! ぱらり〜ぱらり〜」
マヌケにも、エンストを起こす。
こうすればあとはボコボコにするだけだ。
後ろに回って、さっさと倒せばい
『キキッ』
「痛ぇッ!?」
背後から突進された。
気付かなかった。背後からテッパンがもう一匹来ていた。
「クソッ、不意打ちは卑怯だろ!」
初心者ふたりはまだハシラに手こずっているらしく、「テテーッテッテー」と甲高い歌声が響いていた。
いや、他人のことを考えてる場合じゃない。とにかくテッパンを——。
『キキッ!!』
「うがッ!?」
なんということだろうか。
これまた背後からテッパンがやってきたのだ。
え、うそ? なんでオレばかり狙ってくるの?
『ブブブブブ』
『ブブブブブ』
『ブブブブブ』
「ぐっ……クソ……!」
操縦席のシャケは3匹とも笑っている。
「こいつ倒したヤツが優勝な!」みたいに、遊び感覚なのだろう。
その笑みに腹が立っても、ジリジリと押されていく。
ついに、背後の塗れない壁まで追いやられた。
トリガーを引くと『インク不足!』のブザー音。
終わった。
(初心者に偉そうにしといて、このザマか)
まぁ、こんなこともあるだろう。
オレは素直に負けを認め、その場に座り込んだ。
やってくる痛みに耐えるには、この格好が最適なのだ。
考えることをやめ、目を閉じる。
『バキッ!』
『バキッ!』
『バキッ!』
そうして、やってくる、終わり。
「……え?」
妙な音だった。
気付けば、エンジン音は聞こえなくなっていた。
慌てて目を開くと、そこにあったのは——9個の、金イクラ。
「え、え!?」
あたりを見渡す。
もしかしてあの初心者の子達が、と思ったが——ふたりは今ちょうどハシラを倒し終えたところだった。
もちろんオレは何もしていない。
そうすると、残された可能性は——。
「諦めるんだ」
あの無口のタコガールが立っていた。
スクイックリンαを肩に担ぎ、オレを見下ろしている。
「なんで「カモン」を言わないの? テッパンはふたりで挟んで倒すんでしょ?」
言葉が出てこなかった。
頭の中では「お前に言われたくねぇよ!」と全力で叫んでいる。
「あ、あぁ……」
しかし事実、オレはこのタコガールに助けられた。
つまり、ここで言うべき言葉は「ナイス」なのである。
「お前に言われたくねぇよ!!!」
苛立ちのままにオレは叫んだ。
「ヘリの会話どころか『ナイス』にも反応しなかったくせに!」
「別に義務じゃないでしょ。ていうか、助けてあげたんだけど?」
「うるせぇ。それぐらいやってくんなきゃ緑ツナギじゃねぇよ」
「さすが、でんせつ様は偉そうだね。友達少なそ〜」
「うがぁ!!」
このクソ女!
こっちの神経を逆なでしてきやがる。
「ほらぁ〜なにか言うことないの? ねぇねぇ?」
「ねぇっつってんだろ!」
「お礼も言えないなんて、さすがでんせつ様〜」
「ぐっ……!」
そうしたところで、初心者のふたりが返ってきた。
「下にバクダンがいて大変でしたよ〜」
「あれ? おふたりとも、どうしたんですか?」
「でんせつ様がいいところを見せてくれたんだよ。ね?」
このクソ女、性格悪すぎだろ!
「へ〜ぼくも見たかったなぁ」
「と……、とりあえず! 最後まで気を抜くなよ」
「さっきまで諦めてた「でんせつ様」のくせに」
「うがぁ!!」
「おふたりとも、仲がよかったんですね〜」
「知らなかったなぁ」
§
「おかえり。さすがだね。こんなに金イクラを納品してくれて」
バイトは無事に終わり、商会に戻ってきた。
オレはまっすぐに男子のロッカールームに向かい、着替えを済ませた。
「あれ、もうやめちゃうんですか?」
初心者のタコボーイが首をかしげた。
オレは自分でもわかるほどのひきつった笑みを浮かべた。
「今日は久しぶりのバイトだったから疲れたよ」
「そっか〜。でもいっぱい教えてくれてありがとうございました!」
深々と頭を下げるタコボーイ。
これほど謙虚なら、すぐに「たつじん」まで行けるだろう。
「こちらこそ。また一緒にバイトしよう」
「はい! お疲れさまでした!!」
ロッカールームをあとにする。
向かったのは、受付の木彫りのクマ。
「やぁ。久しぶりにしてはいい納品率だったね。初心者ふたりも晴れやかな顔で帰ってきたしね」
「それなんですけど」
「どうしたんだい。浮かない顔だね」
「あのタコガールと、二度と組ませないでください」
クマサンは「あぁ、あの子か」と言った。誰を指してるかわかったらしい。
「そんなに悪かったのかい?」
「利敵行為ですよ。人のこと散々煽って、バカにしてきたんです」
「……それは本当かい?」
「ええ、本当です。チームの士気が下がりますし、嫌な気分です」
ふむ、とため息のような音。
「わかった。編成には気をつけるよ。なんだって『でんせつバイター』の頼みだからね」
「うっ……ありがとうございます」
少しダメージ(30くらい)を負ったが、要望は通った。
オレは頭を下げて、出口に向かう。
「おつかれ、でんせつ様」
ふらりと現れたのは、あのクソタコ女。
「ッ……んだよ、テメェか」
「一緒に死線を乗り越えた仲間に『テメェ』はないでしょ」
指で髪をくるくるといじるタコガール。
すでにツナギは脱いでおり、私服を着ていた。アタマの「イカタコピアス」にフクの「ヤコナイロン ヴィンテージ」、クツは「ウミウシパープル」。いかにもメンヘラ女っぽい服装だ。
「てか、でんせつ様って「シロシャツ」なんだね。シンプルでイカす〜」
「うるせぇ、私服なんか自由だろ。いちいち口にすんな」
にへらっと笑ってくるタコガール。人をバカにするような笑みだ。
オレはそんなタコ女の顔に指を突き立てた。
「言っとくけどな」
「うん?」
「テメェとは二度と組まねぇからな」
オレは吐き捨てるように言う。
「クマサンにもそう言った。テメェの面とはここでおさらばだ」
「クマサンに頼んだんだ?」
「つーことだ。あばよ、クソタコ女」
自分でもカッコ悪い捨て台詞を吐いて、オレはクマサン商会をあとにした。
普通なら、後腐れのないように別れるべきだ。こうした「共闘NG」が増えれば、それが噂となってバイターに広がる。
「あいつは一緒にやりたくない」が増えてしまうのだ、が。
「あのクソタコ女なら、別にいいだろ」
ま、これ以上考えるのはやめよう。
これであのタコ女と組むことはなくなったし、ロビーで会ったとしても無視すればいい。
とにかく、金だ。
なんとしてでも、金を手に入れるんだ。
「さて……就活の勉強して、明日のバイトに備えるかぁ」
翌日、オレは理解することになる。
「あのクマサン商会」と言われるように、クマサンは信用ならないことを。
「次の編成はもう決まっているよ」という言葉の薄っぺらさを。
そして、バイトがはじまって——オレは絶望するのだ。
「嘘だろ……なんで……」
編成に、あのクソタコ女がいることに。
スプラは3からはじめました。
好きなブキはラクトとトライストリンガーです。