「ここがチヒロの家か……」
オレが来たのは、バンカラシティの路地裏にあるボロアパートだった。
空まで伸びるような建物だ。数えてみると、10階もあった。このアパートの7階にチヒロは住んでいるらしい。
「汚ったねぇところに住んでんだな、あいつ」
アパートはところどころ塗装が剥がれていて、蛍光灯には虫が群がっていた。
§
クマサンとの回想。
「なんでオレがあいつん家にお見舞いにイカなきゃいけないんですか?」
「バディとして、相方の面倒を見るのも努めだよ」
「バディじゃないですけど……てか、迷惑してるのオレなんですよ?」
「相方のフォローをするのもバディの努めだよ」
「だからバディじゃなくて」
「早く行っておいで」
回想終了。
結局言いくるめられて終わりだった。
§
「なんでこんなことしなきゃなんねぇんだよ……」
舌打ちしながら外付けの階段を登る。
カ登るたびにンカンと音がした。階段は錆びていて、今にも落ちそうだった。
そして至るところに虫の死骸が落ちていた。薄暗く、天井のライトが点滅している。どこかから異臭もする。
「気が滅入る場所だな……こんなところに住むとかやばいだろ」
やっとのことで彼女の部屋の前に辿り着いた。
扉の前で、オレは固まった。チャイムがなかったのだ。
いくらなんでもボロすぎだろ。
「おーい。来てやったぞー」
どんどんと扉を叩いた。
少し待つ……1分経っても、反応はなかった。
「……おい? 大丈夫か? おーい?」
更に叩く。しかし反応がない。
となると——まさか、チヒロはこの中で?
「おい! 返事しろ! おい!!」
バンバンと扉を叩いた。それでも反応はなかった。
これはおそらく、一大事だ。
鍵はかかっていたが、ドアノブは握るとガタガタと緩んでいた。
「オラッ!!」
オレは拳を握り、ドアノブを殴った。
バキッ、と音を立ててドアノブが取れた。
「おい!! 大丈夫か、チヒロ——」
手を突っ込んで強引に扉を開ける。
扉の先には……。
「うおぁッ!?」
目の前に、チヒロが立っていた。
「あっははは!!」
チヒロは、なぜか笑っていた。
「ちょっと悪戯しようと思って黙って見てたらさ、必死になってたから……出るにも出られなくなっちゃって」
「あ……?」
「しかもドアノブ破壊するとか! 映画みたいでかっこいいね!」
なんだよ、結局またバカにされたわけか。
まぁ、それは置いといて。
チヒロはいつもと変わらない様子だった。
「元気そうじゃねぇか」
「もちろん、わたしはピンピンよ。休ませてもらったおかげでね」
オレは「はぁ」とため息をついた。
「心配して損した」
「心配してくれたんだ」
「当たり前だろ。仮にも……」
そこでオレは言葉に詰まった。
「仮にも、なに?」
ニヤニヤと笑い出すチヒロ。
オレは顔をそむけて、チヒロの顔を見ないで言った。
「……バディだからな」
言いたくなかったが、事実だ。
オレたちはバディを組んでいる。
チヒロはオレの相棒だ。バイトを成功させるための。
「そうだね。カミナとあたしはバディだもんね」
「そういうこった。ま、生きてるんならいいわ。明日からちゃんとこいよ」
え、とチヒロ。
「もう帰るの?」
「そりゃもう用はねぇから——うおッ!?」
突然腕を掴まれて引っ張られた。バタンと玄関が締まる。
「おい、なんだよ」
薄暗い玄関で、チヒロはにっこりほほ笑んだ。
「せっかく来たんだし、ゆっくりしていきなよ。バイトもないんだしさ」
「……まぁ、ちょっとだけならな」
なにか裏がありそうだ。オレは身ぐるみを剥がされるのか?
恐る恐る彼女についていく。
汚い建物とは裏腹に、部屋はきれいだった。
物が少なく、整然としている。シンプルでちゃんとした部屋だ。
「コーラでいい?」
「なんでもいい。気にすんな」
台所におびただしい数のコーラの空き缶。好きなのだろう。
机の上には酔い止め薬が置いてあった。
その薬で——オレがここに来た理由を思い出した。
「聞いたぞ」
「何が?」
「ゲジマユと『バンカラ』したんだってな」
オレがそういうと、「その話ね」とチヒロ。
「楽しかったよ。あの人『立派なもの』持ってたけどさ、わたしの方が上手だった」
立派なもの。
想像はしたくないが、してしまう。
ゲジマユとチヒロが抱き合っている姿を。
オスとメスとしての行為を。
「その……あれはちゃんとしたのか?」
「あれ?」
「あれだよ、あれ」
「だからあれってなに?」
言うのも恥ずかしいが、大事なことだ。
「……避妊」
キョトンとするチヒロ。
数秒ほど時間が止まったように、室内が静かになった。
やがて、チヒロは口を開いた。
「え、急に何?」
「だからっ、ちゃんとゴムは付けたのかって話だよ!」
「なんで急にゴムが出てくんの?」
そう言ってチヒロは「あ!」と声をあげた。
そしていつものニヤニヤ顔を浮かべた。
「あんた……あたしが彼とセックスしたと思ってんの?」
セックスだなんて、よく恥ずかしげもなく言えるな、こいつ。
「そりゃそうだろ。ゲジマユも教えてくれなかったからな」
「あー、あの人面白そうに言ってた。『カミナには言わないでおこう!! 奴はきっと気になってしょうがないはずだ!!』って」
ゲジマユの真似をするチヒロ。意外と似ている。
「じゃあ、あいつと何したんだよ?」
チヒロは淡々と言った。
「ナワバトラー」
…………え?
ナワバトラー?
あの対戦型カードゲームの?
「ま、待てよ! だってバンカラしたって——」
「バンカラシティ流行のゲームだし」
「ワガハイの『ウルトラショット』を『キューインキ』されたって」
「第3局目の5手目だね」
「オレはお姉さんに搾り取られたって」
「全勝したから酒全部奢ってもらった」
「うわあああああ!!!」
オレは大きな勘違いをしていたのだ。
てっきりゲジマユとチヒロが抱き合っていたと。
「バカみてぇだ、オレ……」
「なぁに? それで心配してきてくれたの?」
チヒロは妖艶な笑みを浮かべた。
この顔で数々の男を釣ってきたのだろう。そんなことが容易に想像できた。
「ま、休んだのはその時飲みすぎたせいなんだけどさ」
「いや……もういいわ」
いろいろと考えすぎて疲れた。
「あんたもしたい?」
追い打ちをかけるようにチヒロがからかってくる。
「ナワバトラーなんてしたことねぇよ」
「そうじゃなくて……バンカラする?」
「からかうのもいい加減にしろ」
台所に行ったチヒロは、煙草に火を付けた。
コーラの空き缶に灰皿を落としている。
「わたしはどっちでもいいよ?」
オレは絶句した。
こいつは一体、何を考えて生きているんだろう?
普通の生活を送っていれば、こんなことは考えもしない。
オスを誘惑することなどしない。
普段よくわからないチヒロだが、もっとよくわからなくなった。
「じゃあ、それだったらな……」
しかし、誘惑されたのなら——男として言おう。
「今すぐバイトしろ! 二日酔いでもできるだろうが!」
「やだぁ〜頭いたいしぃ、子ジャケも倒せない〜」
「そんな甘ったれた気分じゃオレが困るんだよ!」
「あんた、なんでそんなにバイトにこだわるの?」
煙草の煙を吐きながら言うチヒロ。苦い煙が鼻をくすぐる。
「だから言ったろ。金だって」
「その金、どうするの?」
「どうするって……生活するためだよ。当たり前だろ」
「ほんとうに?」
問い詰めてくるチヒロ。
「ほんとうに生活のためなの?」
なぜ金が欲しいのか。
彼女に説明しても、からかわれるか同情されるだけだ。
オレはどちらもいらない——それだったら、金が欲しい。
「あぁ、そうだよ。オレも酒を飲めるほど金がほしいからな」
「強欲なんだね」
チヒロはつまらなそうに言った。
時間も過ぎたところで、オレは立ち上がった。
「そろそろ帰るわ。明日は来いよ」
「うん、明日は行くから」
クツを履いて玄関を開けようとした時——急に後ろから抱きしめられた。
むにゅりとした柔らかな胸の感触。メスの柔らかさ。
「今日は来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
耳元でチヒロが言った。優しげで、甘い声だった。
煙草の女の匂いが混ざり合っていて……オレはゾッとした。
恐怖というよりも、なにかオレの奥をくすぐってくるような感覚。悪魔に誘惑されているような感覚。チヒロの魔性、とでも言おうか。
だが、乗ったら向こうの思う壺だ。
「……自分の身体ぐらい、気をつけろよ」
「ありがとう。それでさ……」
「んだよ、まだなんかあるのか?」
振り返るオレに、チヒロは満面の笑みを浮かべた。
「家の扉……直してね♡」
まだオレは、チヒロと仲良くできそうにない。
スパイガジェットにハマりました。
前線でトラップ撒いて裏からサメライド、最高。
でもジェットパック強すぎてマジで勝てない。クソ!!!