「申し訳ございませんが、他のお客様のことは……」
ホテルのフロントで、オレは足止めを食らった。
「1000Gじゃ足りないか?」
さらに1000Gを受付に置く。
それでもフロントマンは首を振った。
同じように「申し訳ございません」というわけだ。
さすがに10階もあるホテルだから、しらみつぶしでは間に合わない。
何としてでもここで聞くしかないのである。
「オレが探してるのは、オレの相棒なんだけどさ」
フロントマンは面倒そうに眉を潜めた。
オレは気にせず語り続けた。
「そいつがさ、酒に酔わされて、犯されるんだよ。そいつは自分を大事にしないんだ。どうなってもいいと自暴自棄なんだよ。オレは止めたいんだよ。そんで怒鳴るんだ」
「そんなこと言われても困りますよ」
どうやら同情させようとしても無駄らしい。
「じゃあ、こいつで」
オレは諦めて——10000Gを置いた。
フロントマンは目を見開いた。
たかが情報提供で10000Gは、フロントマンからすれば良い収入だろう。
「6階の603号室です」
ご丁寧にもキーまで渡してくれた。
フロントマンは「勘違いしないでください」と口を尖らせた。
「私はお金になびいたわけではなくて、あなたの熱い想いに負けただけですから」
「じゃあ10000G返してくれないか?」
「はて、なんのことやら」
客を大事にする、良いフロントマンだ。
「さ、部屋に行くか……」
エレベーターに乗り込み、6階まで待ちながら、ふと思う。
何と言って、チヒロを止めればいいだろうか。
イケメンを殴るか?
それとも、チヒロを説得するか?「もっと自分を大切にしろ」って。それでどうにかなるかもわからないが。
というか、チヒロとイケメンがヤッてる時に入るのきつくないか?
知人のセックスを見てフリーズしないなんて、無理では?
「……いや、何があろうと止めるぞ」
腹をくくる。
チン、と6階に付いた瞬間、オレは走り出した。
603号室はすぐ見つかった。
オレは静かにキーを差し込んだ。ガチリと鍵が開いた。
「…………」
なんて言おうかは、やっぱり決まらなかった。
だが、なんとしてでも、止める。
「チヒロ、大丈夫か!」
扉を開けて中に入った。
そして。
「な、な——」
目の前に広がる光景に、オレは固まってしまった。
「なんだこれはッ!?」
なぜなら、そこには。
床に倒れているイケメンの姿があったのだ。
「あー、カミナだぁ。やっほ〜」
床に転がったイケメンは、気を失っていた。
顔は紫色になり、整った顔面は腫れている。
「なんでイケメンが、ボコボコに……!?」
「いやぁ、ちょっとハッスルしちゃって」
ベッドの上には、でろでろに酔っているチヒロ。
「まさかお前……バンカラしたのか?」
「してないっての。あ、広い意味ではしたことになるかな?」
「どういうことだよ!?」
「まーまー」
チヒロがにへっと笑った。酒のせいか顔が赤い。
「あんたの言うとおり、ろくな奴じゃないことはわかったよ」
「わかってて付いて行ったんだろ……ほんとあぶねぇ奴だな」
「心配してくれてんのぉ?」
その問いに、オレは答えなかった。
正直に答えても、嘘を付いても、チヒロに笑われるだけだ。
「というか、これはお前がやったのか?」
「カミナは質問が多いねぇ」
「謎だらけだから聞いてんだよ!」
「それは後で話すよ」
よっと立ち上がったチヒロは、床に倒れるイケメンの肩を叩いた。
「次があったら、楽しみにしてるよ。イケメンさん」
イケメンはぴくりとも動かなかった。
§
「はー、ちょっと飲みすぎちゃったかなぁ」
ラブホテルから出て、バンカラシティの表通りに出た。
「自分の身体ぐらい、自分で気をつけろよ」
「そうだねぇ」
夜10時だというのに、街はまだ大勢の人がいた。
バンカラシティは眠らないのだ。
その時、腕にむにゅっとした感触がした。
チヒロがオレの腕を抱きしめていた。
「な、なんだよ急に!?」
振り払おうとしても、ぎゅっと力が込められていて、抜けない。
「今だけはさ、そうさせてくれない?」
チヒロは不安げな顔していた。
酔いがまだ冷めていないようで、顔が赤い。
「……少しだけだぞ」
「ありがと」
こんなチヒロを見るのは初めてで、調子が狂うばかりだ。
家に向けて表通りを歩いていると、チヒロがぎゅっと力を込めてきた。
「ねぇ、カミナはさ……」
街の喧騒に消えそうな小さな声が、オレの耳元で囁かれる。
「バイトに命かけられる?」
「命? なんだよ突然」
「いいから、教えて」
ほんとうに突然の質問だ。
バイトに命をかけられるか、だって?
「そりゃあ」
考えなくても、答えは決まっている。
「当然。命かけるだろ」
オレが即答すると、チヒロが驚いたように見てきた。
「命だよ? バイトしなくてもいいじゃん」
「というかそもそも、金のために命かかってるからな。死ぬ気でバイトしなきゃいけねぇんだよこっちは」
「金なんて、他の方法で稼げるじゃん」
「あいにく、その他の方法ってのがねぇからな。バイトに命かけるしかねぇってことだ」
チヒロはきょとんとした顔をしていた。
少しすると、にひひと笑った。
「金の亡者だぁ」
「あたりめぇだ。金のためなら亡者にでもなってやらぁ」
「そっか……」
そしてぼそっと言った。
「やっぱりカミナじゃないとダメだなぁ」
不意にそんなことを言われたので、ドキッとしてしまった。
恥ずかしくなってきた。顔が燃えるように熱く感じる。
「ホントにどうしたんだよ、お前」
「べーつに。あ〜酔いが冷めちゃった。ねぇ、これから飲まない?」
「あ? 酒飲む金がもったいないねぇって——」
「お願い」
上目遣いでこちらを見てくるチヒロ。
イケメンに何をされたのかはわからないが。
少なくとも、チヒロをこんなにしおらしくさせるほどには、怖い出来事だったのだろう。
そんなことを想像して、オレは人差し指を立てた。
「じゃあ、1杯だけな」
「うそっ!? あの守銭奴のカミナが!? 金の亡者で友だちのいないカミナが!?」
「いくらなんでも言いすぎじゃねぇか!?」
「マジで付き合ってくれるの?」
「まぁ少しは飲んでやるよ。ただ、バンカラはしねぇからな!」
チヒロは大きな声で笑うと、オレの背中をぱしぱしと叩いた。
「しないっての〜。カミナと飲むの楽しみだなぁ」
「オレ、そんなに酒強くねぇぞ」
「あたしも1杯ぐらいで十分だから、ちょうどいいでしょ」
歩き出したチヒロにオレは付いていった。
どこのバーに行くのだろうかと思っていると、目的地にはすぐに着いた。
バー【ハーミット・クラブ】。
「お前さ……さっき嫌な思いしたんじゃないのかよ?」
「それはそれ、これはこれ。お酒も料理も美味しかったから」
「……心臓の強い女だな」
オレはバーの扉を開けた。
カランコロン、とドアベルが鳴った。