人情消失圏域 亀有――失われた両津   作:ゴマ助@中村 繚

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序章 二等分の警官

「桐坂の婆さんの遺品整理だと?」

 

 梅雨の季節は過ぎ去り、本格的な夏が到来した。

 年々上がる平均気温と、競うように国内で声高々に告げる最高気温にうんざりする夏が亀有にもやってきたのだ。

 効きが悪い派出所のポンコツクーラーに文句を浴びせていると、見知った顔こと便利屋を経営しているタクが深刻そうに派出所に出してきた。

 

「そうなんだよ。先月にぽっくりと逝ってて、身内だけで葬式を済ませていたんだ」

「だったら、その身内の仕事だろうが。確か、息子と娘がいただろ」

「その2人から、ウチに依頼があったんだよ。2人とも海外で仕事していて帰国できないからって。それなのに、昨日の引っ越しの手伝いでウチのバイトたちが熱中症でダウンしちゃってさ……お願い両さん! 手伝ってよ! バイト代、出すからさ」

「ちなみにいくらだ?!」

「駄目よ両ちゃん! しばらくバイト禁止だって、大原部長に言われたでしょう」

 

 こういうことはよくある。地域に密着したお巡りさんに、やれ大きい荷物を運んでくれだとか、怪しい人がいるからパトロールしてくれだとか。挙句の果てには、生きていくのが(つら)いとか(から)いとかの相談が飛び込んできたりする。

 両さんこと亀有公園前派出所勤務、両津勘吉巡査長もまた、困っている皆様を助けるのが職務ではあるが、こう蒸し暑い日にわざわざ肉体労働などバイト代でももらわないとやってられない。しかし、バイト代は麗子に……もっと詳しく言うと、麗子の背後にいる大原に釘を刺された。守る気は更々ないが、麗子経由でバレたら後々面倒なことになるので阻止されたも同然である。

 

「はいタクさん、麦茶どうぞ」

「ありがとう麗子さん。すいません」

「麗子、わしにも麦茶。氷少なめで」

「はいはい。いい、両ちゃん。バイトは駄目だからね!」

 

 バイトはしない。麗子から麦茶を受け取ってデレデレしているこいつは、このまま追い出すことが両津脳内会議にて全会一致で可決したからだ。

 

「婆さんの遺品整理ぐらい1人でできるだろ。家もそこまでデカくはないんだから」

「それが、地下に蔵があるみたいなんだ。そこにある物は全部処分してくれって。婆さんの父親から受け継いだ、なんだかよく分からない物がたくさんあるからって」

「婆さんの父親?」

「関西の大地主だったみたいだよ。昔は結構なお嬢様だったって、婆さんが言ってたんだ」

 

 この瞬間、両津の脳は高速回転を始めた。

 大地主――つまり、金持ちだった父親から受け継いだ品がたくさんある。その中には、金目の物も眠っているはずだ。

 バイト代を受け取れないのならば、現物支給で受け取ればいい。どうせ処分するなら両津がもらったって良いのだ。窃盗ではない、タクが両津に譲って遺品を()()()()のだ。ゴミに捨てられていた物を持ち帰る行為ではないので、屁理屈を捏ね回すことができる。

 

「いや~大変だな~! よし、この両さんが手伝ってあげよう!」

「え、急にどうしたの両さん?!」

「困っている地域の皆様を助けるのが、警官の仕事だからな。ささ、今から桐坂の婆さんの家に行くぞ!」

「う、うん。よろしく、両さん」

「……お待たせ。両ちゃん、麦茶……あら?」

 

 麗子が給湯室から戻ると、両津もタクもいなくなっていた。彼女だけの派出所内に、お盆の上の麦茶が立てた涼しい音が「カラン」とよく響く。

 両津がタクを引っ張って桐坂の婆さんの家に入ると、急に家主を失った家は閑散と物寂しい空気だったが、連日の猛暑により蒸し風呂状態になっていた。

 

「窓開けてクーラー入れてくる! まだ電気が通ってるみたいだから」

「急げよ。わしらまで熱中症になっちまう! さて、地下の蔵はと……」

 

 タクに冷房を任せ、両津は地下の蔵へと続く階段を探した。

 そこまで大きな家ではないため大層な入口はないと目星をつけ、家の隅々までを探索すると2階へと続く階段の下に扉を発見。デッドスペースの有効活用法は、収納スペースかあるいは……。

 

「ビンゴ」

 

 扉を開くと、下り階段を発見。階段を下りた先には、桐の箪笥やら風呂敷に包まれた箱やらが積み重なった蔵があったのだ。

 蔵というよりは大きめの地下倉庫のようだが、広さは関係ない。重要なのは、ここにある品が金になるか否かである。

 

「さて、タクが来るまでに何か目星をつけておくか。まずは、この箱……っ!!?」

 

 両津は手始めに、桐の箪笥の上に置かれていた箱を手に取った。薄っすら被った埃を払い、包んでいた風呂敷を解くと木製の箱が現れた。雰囲気的に、年代物の茶碗か何かかと予測をつけて蓋を開けると……ギャグ漫画の如く目玉が飛び出そうなぐらい驚いた。

 箱の中から出てきたのは、キラリと眩い光を放つ黄金の器だったからだ。一発目から大物を引いたのだ。

 

「金!? 金の茶碗!!」

「両さーん、クーラー入れたよー」

「っ!!?」

「どこ行ったのー?」

 

 タクの声がして咄嗟に箱を背後に隠した。だが、声が通り過ぎて行ったので、タクは地下への階段を発見できなかったようだ。念のためと、扉を閉めておいてよかった。

 落ち着け、落ち着け。両津は深呼吸をしてから、ゆっくりと箱の中から器を取り出した。

 金の器……だと思ったが、よく見れば脚が付いている。脚付きの金の杯だった。それも結構な大きさだ。これが本物だったら相当な値打ちになる。

 

「待て、まだ純金と決まった訳じゃない。金メッキを貼ったゲートボール大会の優勝カップの可能性もある」

「両さーん?」

「っ!!?」

 

 初手で大物を見つけた動揺のせいか、この時の両津はらしくないミスをした。

 近距離で聞こえて来たタクの声に驚いて立ち上がったその時、床に捨てて置いたままの風呂敷を踏んづけてしまったのだ。

 いつもの履き慣れたサンダルなら踏ん張れたかもしれないが、今の両津はスリッパ履きだった。踏んづけた風呂敷に足を取られ、足元がスリッパだったこともあり、ツルっと滑って派手に転倒してしまったのである。

 傾いた身体の着地点は、先ほど床に置いた黄金の杯……ゴツン!と、脳髄に響く衝撃がしたと思ったら、両津は気を失った。

 

 

 

***

 

 

 

 ここはどこだ?

 不意に意識が浮上した。後頭部がズキズキと痛んで、頭の中は霞がかかっているかのようにぼんやりしている。

 ゆっくり立ち上がって辺りを見回すと、()()が倒れていた。が、特に気にも留めずに、今は何時かと腕時計を確認した。

 

「いけない、業務時間だった。派出所に戻らなければ!」

 

 急ぎ戻ろうとしたが、玄関に靴がなかった。仕方ないと、履いていたスリッパのまま家を出た。

 

「両津勘吉巡査長、ただいま戻りました!」

「両さん! どこ行ってたの?」

「タクさんが、先輩がいなくなったって探していましたよ」

「申し訳ありません。地下で転倒して頭を打ち、しばし気を失っていました」

「「……え」」

 

 寺井と中川が絶句した。

 何だ、何かおかしなことは言っただろうか。

 警察官としての模範的な回答をしたまでだが。

 

「せ、先輩がおかしい」

「それと、誰か靴を貸していただけませんか。何故か靴がなくなっていまして」

「りょ、両さんが靴?! サンダルじゃなくて……?」

「警察官たるもの、身嗜みを整えるのが普通でしょう。勤務中にサンダルなど履けません」

 

 寺井と中川が、この世の終わりかの如く絶句した。

「ま、まさか、頭を打って性格が反転してしまったのでは……?」「前もそんなことなかったっけ?」など、顔を真っ青にしてコソコソブツブツ呟いている。

 どこがおかしいだろうか?

 ()は、警察官としての職務に従事しているだけなのに。

 

「大変! 大変よ、両ちゃんが……両ちゃん!?」

「どうしました、麗子さん?」

「それが、両ちゃんが……でも、両ちゃんはここにいるし。あら、何で?」

 

 派出所に飛び込んできた麗子の話によると、両津が昼間から焼き鳥を頬張りビールを飲み、スクラッチを削っているらしい。葛飾署から派出所に戻る途中だった大原が見つけ、取り押さえているが両津が大暴れしているので救援を呼びに来たのだ。

 しかし、両津はここにいる。麗子の目の前に、寺井と中川が青褪めるほどおかしい両津がいるのである。

 どうなっているんだ?

 誰もがクエスチョンマークを乱舞させるが、とにかく救援をと、麗子の案内で現場へと急行した。

 

「コラ両津! 大人しくせんか!!」

「ガルルルルルルァ!!」

 

 いた。大原に羽交い絞めにされて唸り暴れる両津がいた。

 だが、現場に駆け付けた派出所のメンバーにも両津がいる……麗子、中川、寺井は2人の両津を二度見どころか三度見した。

 

「せ、先輩が2人?!」

「何をバカなことを言っている! こんなバカ、1人でも手に余る……両津がもう1人?!」

「ガァァァァァ!!」

 

 大原が取り押さえている両津もどこかおかしい。手負いの獣の如く暴れ、両目は血走り、歯は剥き出しでもはや人語を離さず唸り叫んでいるだけだ。

 一体どういうことなのか。

 とにもかくにも、今は暴れている両津を取り押さえなければと、中川が1万円札を落とせば暴れる両津は大原を振り払って1万円札に飛びついた。その隙に網を投下して動きを封じ、鎖で簀巻きにして派出所に運び込んだのだった。

 

「ガルルルルル……!」

「ほ、本当に両津が2人いる」

「よく似たそっくりさんでもないわね」

「こっちの暴れている先輩は、いつもの先輩以上に凶暴で酒やギャンブルに対する欲に忠実です。一方、派出所に現れた先輩は……」

「皆さん、今は業務時間内です。地域の皆様の安全と平和を守るのが私たち警察官の役目でしょう。くだらないことに時間を消費してはいけません」

「まるで警察官を体現したかのように真面目です」

「こっちはこっちで不気味だな……」

 

 姿形は一分の狂いなくデザインが一致している。だが、お互いの中身も雰囲気も何もかもが違う。

 片や、派出所に現れた両津は、視線も真っ直ぐで身嗜みも整えている。足元だって、寺井の予備の靴を履いている。いつもの両津を基準にすれば言動が真面目ですぎて不気味だが、それでも人間的な意味では至極全うである。

 そして、町中で暴れていた両津は……人語すら話してもいない、飢えた獣状態だ。足元だって裸足だし、目の前に食べ物や金をぶら下げると噛みついて手に入れようとする。いつもの両津を基準にすれば、こちらが果てしなくオリジナルに近いが、如何せん尖りすぎていた。

 どちらも警察官の制服姿であるが、どちらが本物の警察官か?と問われたら、誰もが前者を選ぶだろう。

 極端に真面目な両津と、極端に荒れた両津が並んでいるのだ。

 

「まるで、両さんが善と悪に別れたみたいだね」

「確かに。では今から、こちらの真面目でおかしい両津を「善の両津」。この、バカに拍車がかかった両津を「悪の両津」と呼ぼう」

「何でこうなっちゃったのかしら?」

「そういえば、先輩……善の方が、頭をぶつけたと言っていましたが」

「頭をぶつけて性格が変わる、っていうことは聞いたことあるけど、2人に別れることってあるの?」

「さあ。でも、先輩ですからこういうこともあるかと……」

 

 こんなトンチキなことがしょっちゅうあって堪るか。

 仮定として、両津が頭をぶつけた衝撃で善と悪の2人に別れたとしよう。今までも色々ハプニングが起きるのだから、こんなことが起きてもまだエピソードの許容範囲内だ。ナ○ック星に飛ばされていないから、まだ現実味がある。

 では、元の両津に戻すにはどうすれば良いのだろうか?

 各々が頭を悩ませていたら、派出所に訪問者がやってきた。

 

「ごめんください。スカイツリーにはどうやって行けばいいのでしょうか?」

「はい、スカイツリーですね」

 

 真っ先に動いたのは善の両津だった。中川と寺井は、咄嗟に悪の両津を派出所の奥へと押し込んだ。

 派出所に顔を出したのは、旅行雑誌を手にした初老の女性2人組。どうやら観光客のようである。

 善の両津は彼女たちを派出所に招き入れ、現在地から最寄りの駅、スカイツリーまでのルートと乗り換えを懇切丁寧に教えたのだ。

 

「ありがとうございました」

「助かりました」

「お気をつけて」

 

 女性たちを見送って派出所の外へ視線を向けた善の両津は、目の前の道路を通り過ぎる車を見逃さなかった。

 右ハンドルの外国車。運転手の若い男性は、スマートフォンを片手に車を走らせている……善の両津は走り出すと、信号待ちで捕まっている運転手を呼び止めたのだ。

 

「スマートフォンを見ながらの危険運転です」

「勘弁してよお巡りさーん! 次から気をつけるからさ……」

「駄目です」

「そんな~!」

「……いつもの両ちゃんじゃない」

「やっぱり、あの両さんは真面目な善の部分なんだよ!」

「素晴らしい!」

 

 大原は感動した。

 クソ長い腐れ縁の歴史を振り返っても、バカにバカを追加した大バカなトラブルばかりを引き起こし、その度に恥をかかされるわ窮地に追い立たされるわでろくなことをしない部下が、まさかまさかで生まれ変わったのだ。

 両津の中に眠っていた、勤勉で真面目な部分が抽出され「善の両津」として発生した。そうに違いない。

 その姿は、大原が思い描いていた理想的な警察官だ。

 もう、善の両津1人でいいんじゃないか。

 という訳で、両津の大部分を占める欲望に忠実な悪の部分が不要となり、中川に協力してもらってどうにかした。

 

「中川グループの技術の粋を集めて開発した、次世代型の核シェルターです。AIによる管理で内部の環境を快適に保ち、人工的に再現した太陽の光で季節に合った日照状況を再現できます」

「それで、強度は?」

「理論上は、核戦争が起きてもびくともしません。勿論、内側からも」

「よし!」

「ムガァァァァァ!!」

 

 東京の地下何百mもの下層に位置する、中川グループの研究施設。大原は悪の両津をそこに連れてきた。

 これまた中川グループ謹製の特殊超合金製の拘束具で悪の両津を拘束しているが、あまりの暴れ具合に拘束具はミシミシと嫌な音を立てている。その光景に、研究施設の職員たちが信じられないといった表情でザワザワしていた。

 この核シェルターに悪の両津を閉じ込める。下手に放棄してご迷惑をおかけするよりも、完全なる管理・監視体制で隔離した方が世の中のためだ。

 大原は5円玉を核シェルターの中へと投げ入れた。5円玉は床に落ちて「チャリーン!」という音を奏で、小銭が落ちた音に悪の両津が強く反応する。金を我が物にしようと暴れに暴れ、拘束具を破壊して5円玉に飛びついた。

 

「カネカネカネカネカネカネカネカネェェェ!!」

「閉めろ」

「はい……」

 

 悪の両津が核シェルターに入ったのを見届け、何重もの何十mもの、核戦争が起きても壊れない防御壁によって空間が封鎖される。

 こうして、悪の両津は封印された。これからは、善の両津が立派な警察官として、地域の皆様の平和と安全を守っていくことだろう。

 めでたし、めでたし……。

 

 

 

***

 

 

 

「おはよう!」

 

 清々しい朝がきた。

 毎日が容赦ない猛暑に襲われてはいるが、大原の気分は涼風が吹き込む初夏の高原のように清々しかった。

 

「おはようございます」

「おはようございます、大原部長」

 

 善の両津がビシっと敬礼をした。きちんと身嗜みを整え、制服を着崩すことはなく、勿論サンダルなど履いていない。最近は、法律の勉強を積極的に行っているためか、眼鏡をかけ始めていた。輪をかけて真面目な雰囲気に、大原はご満悦である。

 善の両津は、実に真面目で勤勉な警察官だった。

 業務に真剣に取り組むのは勿論のこと、日誌は丁寧に書くし、制服のままパチンコ新台の行列に並ばないし、業務中にプラモデルを作ることもないし、流行りに乗っただけのスマホゲームを作って荒稼ぎしようともしない。大原の指導に素直に頷き、上司に悪態を吐くことも逆らうこともない。

 地域の皆様からの評判も鰻登りだ。最初は戸惑った声も多かったが、今は受け入れられている。善の両津が、旧両津の借金を商店街へ返済したお陰だろう。

 完璧だ。完璧な警察官だ。

 当然、葛飾署での評判も良い。

 本庁のお偉い方に褒められても、「全ては大原部長のご指導ご鞭撻のお陰です」と謙遜する。実に、よくできた部下である。

 

「はい、こちら公園前派出所……はい、はい。商店街入口のコンビニで万引きです!」

「両津、中川、すぐに現場に行ってくれ!」

「はっ!」

 

 善の両津と中川が現場に急行すると、コンビニの事務室に万引き犯がいた。

 パンやお菓子を手提げバッグに入れて持ち出そうとしたらしい。パイプ椅子に座って俯く、Tシャツ・短パン姿の10歳ぐらいの少年が万引き犯だったのだ。

 

「……」

「親御さんの連絡先を聞こうとしても、一言も何も言わないんだよ。今は夏休み期間だから、学校にも連絡できないし」

「これは……」

 

 中川は気づいた。少年の洋服が薄汚れていることに。そして、それなりの距離を取っていても()()のだ。

 小学校は夏休み。学校や地域の目から離れたこの時期は一種の死角だ。この子を連れて行かなければならないのは警察署ではなく、然るべき行政機関である。

 中川は児童相談所へ連絡しようとスマートフォンを取り出した。だが、通話しようとしたその時、背後から「ガチャン」と冷たい音がしたのだ。

 

「沈黙は肯定と受け止めます。窃盗の現行犯で逮捕する」

 

 善の両津が、万引き犯の両腕に手錠をかけていたのだ。

 

「先輩!? 何をしているんですか!」

「万引きは犯罪です。自供をしないのなら、成人と同等の対応をするしかないでしょう」

「りょ、両さん! 確かに万引きされたけど未遂で終わったんだ! それに、この子は……」

「刑法第235条他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。私は、容疑者の沈黙を悪質と判断しました。日本は法治国家です。いくら子供でも、罪を肯定しているのならば法によって裁かれて然るべきです」

「うぅ……」

 

 手錠をかけられた少年が大声を上げて泣き出してしまった。

「ママがずっと帰って来ない」「家にご飯がない」「ごめんなさい」という自供が、ポツリポツリと嗚咽に混ざる。

 中川はコンビニの店長と共に必死に善の両津を説得した。手錠が外された少年は児童相談所へと預け、区役所の支援部署へ対応を依頼する。やはり育児放棄(ネグレクト)だった。

 中川は嫌な予感がした。

 確かに、善の両津は大原が絶賛するような理想的な警察官である。だが、本来の両津が持っていたモノが……何か、一番大切なモノが抜け落ちてしまっているのではないだろうか。

 中川の予感は杞憂で終わらなかった。小さな綻びが、大きな亀裂になって目に見える形で崩壊し始めた時には、何もかもが手遅れになっていた。

 

「貴重なお時間をいただき、誠に感謝いたします」

「いえいえ。中川様の御親戚とあれば、お会いしない訳にはいきません」

 

 ある夜、善の両津は都内某所の高級ホテルの一室にいた。

 警察官の制服ではなく、ブラックスーツとネクタイの装いで面会していたのは某国会議員。中川グループの親戚(嘘ではない)という繋がりを使って面会を希望したのだ。

 

「昨今の犯罪の増加と、犯罪者の若年化を改善するためには、法治によるより厳しい統制が必要です。特に統制すべきは、都内の下町と呼ばれる圏域です。土地の開発が進まず、安価な土地や賃貸物件が固まっていることによって、貧困家庭や低所得世帯が密集しています。犯罪に手を染める若者にこれらの世帯出身者が多いことはデータが証明しています。働かずに怠けている者は働かせ、育てるべき子供を放置する親には罰を与え、犯罪者となる可能性のある悪は事前に芽を摘まなければなりません」

「しかし、それでは独裁になってしまう」

「成功例があれば、誰もが納得します。秩序ある統制させた平和な世界に誰が文句を言いますか。万引きにも引ったくりにも、暴力にも怯える必要のない国。今よりももっと確実な安全性、財布を落としても全額が返ってくる平和で優しい国……これは、全世界の理想です。それをこの国で叶えられるのです。犯罪を抑止するのは武力ではありません、法です」

 

 それからの展開は早かった。

『安全統制治安法』が、葛飾区を中心とした下町エリアで試験的に導入されたのだ。

『安全統制治安法』とは、地域の安全を守り統制するために従来の法よりも厳しく対応・処罰するというもの。それを執行するのは、同時に立ち上げられた警察組織こと『ネオ警視庁』……率いるのは、ネオ警視庁長官こと善の両津だった。

 世界は変わった……悪い方向に。

 

「……という訳なんです」

「……」

「突拍子もないトンチキなんですが、分かってもらえましたか?」

「……どうしてこうなった?」

 

 事のあらましを、現在進行形で葛飾区亀有を発端に発生している異変の最初から現在までを中川が説明し終わると、人類最後のマスターこと藤丸立香はそう言い放った。




深く考えないでください(大切なことなので三回言った)
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