東京都葛飾区
全てはここから始まった。
『安全統制治安法』が初めて施行された地。
聖杯が隠された家が建つ地。
そして、騒動の中心に居続ける両津……否、巡査長、両津勘吉が配属されていた葛飾署と、派出所が位置する亀有がある区域だ。
中川を始めとしたレジスタンスのメンバーも、元は両津の同僚で葛飾区に配属されていた警察官だ。彼らにとっても馴染みが深いこの土地を震源地として、異変の侵食は加速していた。
「マスター、両津さん! 後ろへ!」
「はぁっ!」
ランスロットと小太郎の攻撃で姿を現した光学迷彩ドローンが、次々と墜落した。ここは、マユゾンよりも光学迷彩ドローンが多く、監視カメラを搭載した不可視の飛行物体が何機も飛び回っている。
「このドローンが映した映像が、どこに転送されているか分からねェのか?」
「魔術の痕跡が微量にでも残っていれば追えたかもしれないが、こいつは機械技術100%の代物だ。無理だな」
「随分と、善の両津の居場所を知りたがっていますね。一体どうして」
「そいつが原因なんだろう、だったら……」
「ヴヴヴヴヴヴァーーー!?」
両津の言葉を遮って、悲鳴が木霊した。
一体どうしたのかと身構えると、西の方角に見える道路が、なんか爆発した。爆発と同時に、マユゾンと思われる悲鳴がこちらまで届いたのである。
「何があったーーー?!」
『あっちの道路で、何者かがマユゾンと交戦中!』
「サーヴァントは?」
『魔力反応がない。人間だ!』
まさか、中川たち以外のレジスタンスのメンバーか。光学迷彩ドローンを破壊しつつ、立香たちと両津はマユゾンが爆発している地点へと移動した。途中の路上には、ここまで吹っ飛ばされたマユゾンが死屍累々(生きてはいる)と点在している。
その、すっ飛ぶマユゾンの発生源に目を向けると、大群を相手に一騎当千している者がいた。砂埃のヴェールの向こうでは、長く美しい脚が文字通りマユゾンを蹴散らしている……長い黒髪を靡かせた長身の美女が、マユゾンを蹴り飛ばし殴り飛ばし、ぶん投げているのである。
「てりゃー! おりゃーーー!」
「女の人……?」
「なんと美しく、情熱的な……」
「これは全て、あのご婦人が?」
あまりの暴れっぷりに唖然としていると、マシュの盾に蹴り飛ばされたマユゾンが衝突した。結構大きな音が立ってしまい、マユゾンたちが音に反応してこちらを振り向くと同時に、大暴れしていた女性もこちらへ視線を向けた……その刹那、ロケットの如く飛び出てきたのである。
「見つけた……! はぁーーー!!」
「ぐえーーー?!」
「両津さーーん?!」
鬼の形相で両津をロックオンした女性は、殺気てんこ盛りの飛び蹴りを両津の顔面にめり込ませたのだ。蹴られた両津は、その衝撃で吹っ飛ばされ民家の塀にめり込んだ。
「両様を返せ……! このーーー!」
「待ってマリアちゃん!」
「その人は、善の両津じゃありません!」
「麗子さん、中川さん!」
あわや追撃されかけたその時、武器を構えた麗子と中川が駆けつけて女性を止めた。どうやら女性――マリアと呼ばれたその人は、中庸の両津を善の両津と勘違いして攻撃してきたようである。
「善の両津じゃ、ない……? ええ?!」
「な、何すんだ! わしは女に蹴られる趣味はないぞ!」
「りょ、両様?!」
「両様?」
「今、両様って……」
「マリアの両様が……え、でも……そんな、両様が
「マリアちゃん?!」
狂化が解けたバーサーカーのように、頭に昇っていた熱が冷めたマリアだったが、今度は別な意味でオーバーヒートしてしまった。両津を目にしてしばし混乱すると、感極まって幸せそうな表情で倒れてしまったのだ。
一体どういうことなのか?
そもそも彼女は誰なのか?
話は拠点で、と、塀にめり込んだ両津を引っ張り出してから、マリアが薙ぎ払ったマユゾンの残骸を掻き分け光学迷彩ドローンに注意しつつ、立香たちの目的地であった拠点へと移動した。
「彼女は
レジスタンスの拠点では大原が待っていた。一見すると住宅地に建つ年季の入ったアパートだが、中は壁がぶち抜かれた広いワンフロアになっており、数台の装甲車が格納されている。
さて、頭から湯気を出したままのマリアをソファーに寝かせてから、情報共有タイムに入ろう。『超神田寿司』を出てからは各々のルートで月島を目指していたが、早々と中川に悪い知らせが入った。お台場にある某テレビ局付近にあったレジスタンスの拠点が、ネオ警視庁に制圧されたのだ。
「お台場には、秘密裏に集めた武器やそれを扱えるメンバーが多く滞在していました。国内でもランキング上位に入る強豪サバゲーチームの主力の人たちでしたが、まるで歯が立たなかったそうです。乗り込んできたのは、大量のマユゾンを引き連れたヒゲの老人と、黄金の鎧を身に纏った槍の男……」
「カルナさんだ」
「マユゾンを引き連れた老人は、カルナさんの他に召喚されたサーヴァントでしょうか」
お台場の拠点はカルナの強襲によって制圧され、武器没収は勿論、戦闘に秀でたメンバーの多くが連行されてしまったのだ。それと同時に、現在進行形で港区に『安全統制治安法』の施行準備が行われているらしい。
どんどん侵食されている。東京23区全てが善の両津の監視下に置かれるのも、時間の問題だった。
「君たちが無事でよかった! しかも、あの特殊刑事課を倒していたなんて!」
「下手に出動されていたら、厄介な相手ですからね」
「本当に大丈夫だった? 海パン刑事とか、海パン刑事とか」
「イルカ以外は、もう会いたくありませんね」
海パン刑事はメイヴが倒してくれた確信があった。魔力のパスはそこまで遠くはないので、彼女も立香の魔力を辿って合流する途中だろう。
メイヴと合流すればカルデアの戦力は元通りだが、2騎目のサーヴァントの真名が不明なのは厄介だ。もしかしたら、3騎目のサーヴァントが召喚されている可能性もある。
ネオ警視庁の(ある意味)特級戦力である特殊刑事課三羽烏を倒したが、レジスタンスは大きく戦力を削られた。削られた戦力がそのままマユゾンとして使役されれば、こちらが圧倒的に不利である。
「このままでは、徒にマユゾンが増殖するだけ。やはり、原因を直接叩くのが有効かと」
「しかし、ネオ警視庁の拠点も善の両津の居場所も不明です」
「そうだ! おまえら、敵の親玉について何か知らないか?」
「すいません。未だ分からず」
「……葛飾署ですわ」
「マリアちゃん?」
「善の両津は、葛飾署にいるはずですわ」
ソファーから起き上がったマリアが口にした、善の両津の居場所……そこは、中川たちには非常に馴染み深い場所だった。
「マリアくん! それは本当か?!」
「間違いありません。マリアの両様を取り戻すために、善の両津を徹底的につけ回していましたから…….あんな奴、
「サラっと凄いこと言った」
「もしかして、麻里さん……マリアさんと分裂する前の両津さんは、恋人関係だったのですか?」
「両津さん! こんなに綺麗で強い恋人のことも忘れちゃったの?!」
「わ、わしの!? そ、そう言われてみれば、何となく覚えがあるような……確かに、こんな美人は一度会ったら忘れんからな!」
「あの……拗れる前に伝えておくと、マリアちゃんは男性よ」
「男だと?!!」
「お、男……?!」
有頂天になって鼻の下を伸ばしていた両津が、驚きとショックのあまり開いた口が塞がらなくなった……テンションも一気に急降下である。
何故かランスロットも酷くショックを受けていた。
そう、マリアが両津を愛しているのは確かだが、彼女の肉体の性別は彼であり、婦警扱いはされているが書類上は男性警察官なのである。
「でも、マリアちゃんが両ちゃんを想う気持ちは本物よ。彼女は、両ちゃんを追って警察官になったもの」
「セクシャリティの話は横に置いておけ。そういうのは、読者が勝手に行間を読んで盛り上がるものだ。マリアとやら。お前、まだ何か知っているな」
「……」
「お前がこの、中庸の両津を攻撃したのは、善の両津だと見誤ったからだろう。何故、行方不明の悪の両津ではなく、善の両津だと思ったのか。そして先ほど、倒れる前に「両津が
「……大原部長、中川さん、麗子さん。申し訳ございません。私、みなさんに隠していることがあります」
アンデルセンに指摘されたマリアが、観念したかのように立香たちを地下に連れていった。
アパートに偽造したこの建物には、シェルターも兼用できる地下室が整備されていた。マリアが地下にある強固な扉を開けると、中からは酒と油の香ばしい臭いが漂い、信じられない光景が飛び込んできたのである。
「カネ、カネ、カネ、カネ……カネェェェ!!」
「両様! 両様のマリアが帰ってきましたわ〜!」
「わ、わしがいる?!」
地下室は、まるで若い女性の部屋のように可愛らしい内装だった。柔らかい色のカーペットに愛らしいデザインの家具、きちんと整理整頓されて掃除された清潔な部屋である。
が、その中央にいたのは、大皿に山盛りになった鶏の唐揚げをロング缶のビールで口に流し込みながら、両目を血走らせながら一心不乱にスクラッチカードを削る、警察官の制服を着た両津だったのだ。
「あ、悪の両津だと?!」
「やっぱりあれが悪の両津なんだ!」
「オリジナルの両津さんから分離した欲望の部分……」
「酒を飲み、油と肉を食し、賭け事に熱中し金としか口にしない悪性部分……」
「まるで駄目なおっさんだぁー」
「しかし、悪の両津は脱走して行方不明だったのでは。彼女が保護していたのか」
「繁華街のゴミ捨て場にいたのを見つけました。すぐに中川さんたちに知らせなければとは思いましたが……その、いつもよりワイルドな両様との共同生活が幸せすぎて! 思わず隠してしまいました!」
頬を桃色に染めたマリアは悪の両津にピッタリとくっつくが、悪の両津にマリアは眼中になく、ひたすらスクラッチを削って当たれば興奮の雄叫びを上げている。スクラッチを与え、競馬や競輪や競艇などの中継を見せながら、酒と美味い食事を与えておけば大人しいらしい。
善の両津の居場所だけではなく、三分割された両津の内の2人を回収できた。後は、3人の両津を統合して元の両津に戻さなければならない。
解決の糸口が見えてきた。しかし……事態が動いていたのは、レジスタンスだけではなかったのだ。
「気ぃは進まんが、これも仕事じゃき。おーーーい! 聞こえちゅーかカルデア!」
『立香ちゃん! 外にサーヴァントの反応だ!』
「!? 来た!」
「しゃんしゃん出て来い! 出て来んと……こいつらがどうなってもえいがか」
レジスタンスの拠点がある町内には、お寺に隣接する保育園がある。その保育園を発信地とした訛りの強い声を聞きつけて外に出てみれば、保育園の周りを取り囲む塀が破壊され、敷地内にマユゾンの大群が雪崩れ込んでいる。
崩れた保育園の壁の向こうには、震える女性保育士と何名かの子供たち……その子たちを背にして刃をチラつかせるアサシン、岡田以蔵が保育園を丸ごと人質にとっていたのだ。
「以蔵さん!? 3騎目のサーヴァントって、以蔵さんなの?」
「『安全統制治安法』の施行で住民の方々には帰宅命令が出ているはずですよね? 何故、保育園に子供たちが?」
「いくつか特例があるんです。恐らく、あの子たちの保護者は『安全統制治安法』適用外の区域に職場があるのでしょう」
「子供たちを人質にとるとは……! あの男、さっき以蔵と言ったな。もしかして、幕末の人斬り・岡田以蔵なのかね?」
「はい。以前も会ったことがあります」
「部長さん、知っているの?」
「土佐勤王党の武市瑞山の下で要人の暗殺を請け負っていた、幕末四大人斬りの1人、岡田以蔵。様々な剣の流派を吸収して己のものとした、剣の天才だ。坂本龍馬の紹介で、かの勝海舟の護衛もして彼を悪漢から守ったとも伝わっている。しかし最期は、金銭目的で盗みに入ったところを捕らえられ、拷問で仲間の情報を吐かされて処刑されたんだ」
「叩っ斬っちゃろうかチョビ髭ジジイ!」
大原の解説に少し照れていた以蔵だったが、オチをバラされてキレた。大体のサーヴァントは、生前の死因が地雷である。
が、セイバーに引けを取らない剣技は本物だ。子供たちと以蔵の間に入るように踏み込み、以蔵の背後から斬りかかったランスロットの重い一撃を、刀を流すことによって防いだのだ。
「弱き者たちを人質にとるとは、剣士の風上にも置けん!」
「わしは剣士やなか。人斬りじゃ! お高く止まった騎士サマとは戦い方が違うぜよ。おまんらやれ!」
以蔵の声に合わせて、マユゾンの大群がランスロットにしがみ付いて来た。無辜の者が多くを占めるマユゾンに対し、カルデアのサーヴァントは本気で攻撃できないことはとっくの昔に知られている。
振り解いても観察入れずに続々と腕を掴み、脚を掴み、何人もがスクラムを組んでタックルしてくる。マシュと小太郎も駆けつけようとするが、彼女たちもまたマユゾンの波が押し寄せてきた。
「ほうじゃ、しっかりと守りや。ガキの方に飛んでいくかとしれんきな!」
大量のマユゾンたちを振り解こうと放り投げると、以蔵はその陰に身を潜めた。礫の如く散るマユゾンたちの陰とアサシンのクラススキルによって消えた姿、保育園への視線の誘導……例え鎧を着ていても、神秘を宿した聖剣を手にしていても、人ならばこの刀は通ってしまうのだ。
「天誅ーーー!」
「っ!?」
「お父さん!」
「ランスロット殿!」
「頭と手足がついてたら人ぜよ。異国の騎士サマも、神秘?っちゅーもんも、人なら黙ってわしに斬られろ」
岡田以蔵の宝具『始末剣』
人斬りが振う外道の剣。人型の特攻が乗った刀は、つい先ほど切り結んだランスロットの剣技を己のものとして取り込み、以蔵が人だと認識していれば斬ることのできる魔剣と化した。
血飛沫が飛び散って保育園の壁を汚し、女性保育士が園児を抱きしめながら悲鳴を上げた。彼女の悲鳴を聞いてしまった園児の1人が、耐えきれなくなって泣き出してしまうと……風船が次々に破裂するように、次々と園児たちが泣き始めてしまったのだ。
その悲鳴は、動こうとしない悪の両津を引っ張って出遅れた両津の耳にも届いていた。
「何があった!?」
「カネ、カネ、カネ、カネ……」
「やいテメェ! 今の泣き声が聞こえなかったのか! スクラッチ削るのやめろ! 奴らをぶちのめすのを手伝え!」
「カネ……ウガァァァ!!」
悪の両津からスクラッチを没収したら、凶暴化して両津に噛み付いてきた。自分から攻撃を受けている。
子供の泣き声がいくつも聞こえてくる、女性の悲鳴も聞こえた、血の臭いもする……なのに、自分の欲望を自分で躾けられないのだ。
「ウガァ! ガルァァァ!!」
「この……! テメェはわしだろうが! わしならわしのいうことを聞きやがれーーー!」
「ウガァァァ!!」
悪の両津の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶると反撃してきた。悪の両津は、歯をガチガチ鳴らして威嚇しながら両津へ頭突きをしてきて、ゴン!!と、石頭同士が衝突して大きな音が立った。
その時だった。
悪の両津と中庸の両津がぶつかり合った額から眩い光が迸り、保育園だけではなく町中を照らしたのである。
「眩しっ……!」
「先輩?!」
「両様! 一体何が?」
光が収まって視界が正常に動き始めた時、その場にいたのは中庸の両津だけであった。だが、両目にはどこか暗い陰と鈍い鋭さが宿っている……誰も彼もが状況を理解できていない中、両津が以蔵に向かって飛び出した。
「この野郎!」
「へぶしっ?!」
両津の拳が、以蔵の顔面にめり込んだ。
「ま、まさか……悪と中庸が、統合された?!」
「さっきの頭突きで?」
「と、言うことは……?」
「警察官の要素が抜け落ちた両津……と言うことは」
「ほぼいつもの先輩です」
警察官じゃないだけの、ほぼいつもの両津は、自分で殴った以蔵に飛びついて追撃態勢に入った。
続いて、以蔵の足をサンダルで踏ん付けて胸倉を掴み、逃げ場を封じてから更に殴る。平手ではなく、角張った厳つい形の拳骨である。
「テメェ! ガキを泣かしてんじゃねェぞ! わしが泣かせてやろうかバカ野郎が!!」
「今、わしのことバカ言うたか?! いね……っ!」
以蔵が刀を手に反撃しようとしたが、右腕が硬直したかのように動かなくなった。以蔵が見せた一瞬の焦り……それを見逃す両津ではなかった。
足元を払い、両手で胸倉をガッチリと掴み、以蔵を背負い投げで放り投げたのである。
「おりゃーーー!」
「ぐぁっ?!」
「今、以蔵さんの腕が……ってか、何でサーヴァントとやり合えてるの!?」
その答えは……まあ、「両津だから」としか答えようがない。
「おまんらァ……クソ! マスターが、余計なことをしちゅうに……うがっ?!」
両津に投げられた以蔵は、保育園の敷地を出て車道に落下した。ぷるぷると震えながら怒り浸透の様子で立ち上がろうとしたが、横から爆走してきた
この作品は、マリアをヒロインとして書いております。