来てくれると確信していた。
第五特異点、かつてのアメリカ大陸で紡いだ、カルデアの縁。
インド神話におけるインドラが仏教に組み込まれ、祀られる寺院の霊脈を使用した、親子の縁。
そして、マシュの盾に、苛烈なる炎を護り阻んだ盾から漂う魔力の残り香。
これらの条件が揃っていて、むしろ召喚に応じない訳がない。
立香が柴又帝釈天の地で召喚したサーヴァントは、古代インド叙事詩に語られる大英雄。アーチャー、アルジュナ。
彼が、カルナを攻略するための切り札だ。
「黄金の鎧を着ている限り、カルナさんに攻撃は通らない。黄金の鎧が脱げるのは、槍の宝具を発動した時だけど……今のカルナさんは、善の両津に宝具を使用するのを禁止されている」
カルナの宝具。神をも殺す槍を発動させたら、周囲の全てに被害が及んでしまうため、東京23区のような建物も人も密集している場所では甚大な被害が出ると判断したためだろう。
宝具は使用できないが、逆説的に黄金の鎧も脱げないため不死は据え置きのままだ。防御面から言えば大きなデメリットはなく、厄介なのには変わりない。
厄介なカルナをどうにかするには、黄金の鎧を脱がせなければなない。マスターに忠実なサーヴァントに命令を無視して宝具を使用させるには、または、宝具を使用せざるを得ないほどの状況に追い込むならば……カルナの感情を揺さぶる相手でなければ駄目だ。
癒えぬ病の如く熱が燻り続けるほどの衝動を、宿痾を抱えた相手でなければ。
「カルナさんと善の両津を分断させよう。アルジュナには、どこか宝具を撃ち合っても周囲に被害がでないような場所にカルナさんを誘い出してもらいたいの」
「お任せを、マスター。カルナとの戦いの場を授けてくださり、感謝が尽きません」
「それでしたら、東京湾に我が社が所有する研究施設があります。そこでしたら、周囲に出る被害は最小限に抑えられます」
「アルジュナ卿には、その地から葛飾署への狙撃を。相手も黙って守勢に回る組織ではないだろう。遠方からの狙撃で、乱闘するレジスタンスを援護すると同時に、カルナの意識をそちらに引き付ける」
「そんなに上手くいくのか?」
「勿論です。否……奴なら、必ず」
中川から紹介されたのは、東京湾に浮かぶ人工島。そこに経つ巨大な高層ビルの最上階から、善の両津が根城にしている葛飾署までは、遮る建物もなく一直線で結ぶことができる。
望遠鏡を使用してもはっきり目視することができないこの距離を、弓の英雄は『千里眼』によってはっきりと捉えることができた。
「右翼、E-15」
「ボルボさん、E-15!」
アルジュナが『千里眼』で捉えた地点を、麗子が通信機で現場のボルボへと伝達する。それを受け取ったボルボがレジスタンスへ指示を出し、味方が全員退避したのを確認したその瞬間に、炎神の加護を受けた一射が放たれた。
当然、威力は押さえているが、コンクリートの地面を抉って重装備のネオ警視庁を吹っ飛ばす程度の攻撃力はある。相手にしてみれば、何もない場所からロケットミサイル如き攻撃が寸分狂わずに降って来るのだ。
機関銃は全て破壊した。立香たちがブラックツリーの内部に侵入したのも見届けた。
姿を現したカルナへ向けて、魔力を込めた一矢を発射する。やはり黄金の鎧で防がれてしまったが、自分の存在を相手に知らしめた……遥か彼方にある蒼穹の眼と、視線が交差した。
「マスター。東京湾から攻撃を受けている。カルデアが召喚した弓兵だ」
『被害が拡大しつつあります。その弓兵を止めることはできますか』
「その眼は木の洞か。あいつの相手が出来るのは、オレしかおるまい」
『ならば……止めてきなさい。いざという時は、宝具の使用も許可します』
「承知した」
善の両津からの出撃サインが出たと同時に、カルナは二つ折りの携帯電話を閉じる。が、力を入れ過ぎて、携帯電話を閉じたと同時に握り潰してしまった。
胸の高鳴りを抑えきれない。自覚している以上に浮かれている。
また、お前と戦える。
『魔力放出』によって飛翔したカルナはブラックツリーを離れ、脇目も降らずにアルジュナがいる東京湾へ向かった。
「カルナがこちらに来ます。作戦通り」
「了解! 後はお願いねジュナくん!」
「はい! ……ジュナくん?!」
「圭ちゃんのとこも凄いの造ったわね」
見事にカルナを釣り上げたのを見届けると、この場をアルジュナに任せて麗子は離脱する。この施設に備わったギミックを発動させるのを忘れずに。
麗子が発動させたギミックが完全に発動するまでにかかる時間は、約1分。ブラックツリーを飛び立ってから1分も経たぬ内に、カルナはアルジュナの前に現れたのだ。
「アルジュナ、お前もこの地に招かれたか。逃れられぬ宿痾に魘されオレの前に現れるなど、憐れなものだな……お前も、オレも」
「おまえと戦えるのならば、私は英雄という仮面も、神々から授けられた全てを打ち捨てよう。だが、此度の機会を授けてくれたマスターのために、私はおまえを討つ!」
「っ」
カルナの背後、アルジュナの立つ建物の背後から、東京湾深海に隠されていた壁がせり上がって来た。
隠されたギミックが発動したのである。
この施設は元々、『中川コンツェルン』系列の対核用シェルターの研究施設だ。悪の両津を隔離していたシェルターも、元はここで開発された物である。
内からも外からも、理論上は核戦争が起きても破壊されることのない防御壁は、研究施設にも備えられていた。緊急時にギミックを発動させることにより、施設の立つ人工島の周囲をシェルター内に包み込み、外界と隔離することが可能なのだ。
カルナを誘き出して善の両津と分断させ、アルジュナと共にシェルターの中に隔離し、その中で存分に暴れてもらう……これが、カルデアとレジスタンスが合同で練った、対カルナ作戦だ。
「この空間には私とおまえだけ。誰かに水を差されることもない」
「オレと戦うがために浅はかな罠を用意したものだ。だが、その浅知恵にも今は感謝しよう。ああ、やはりオレの幸運値はEXだな。おまえとの戦いを認めてくれたマスターのためにも、敗北は許されん」
「それは、私も同じこと!」
アルジュナは、自分を召喚したマスターこと立香を思い出す。
彼女は、アルジュナがカルナと戦うに当たり、令呪の一画を預けてくれた。召喚したばかりの自分を、何故そこまで信頼してくれるのか。
ましてや、かつて出会った「アルジュナ」は彼女の敵だったというのに。彼女のいる組織には、まだ「アルジュナ」は召喚されていないと言うのに。
「何としてでも善の両津を止めて、元の両さんに戻ってきて欲しいの。一般的に見れば駄目人間の部類だけど、中川さんやマリアさんにみんなにこんなにも慕われて心配される人なんだもん。お願いアルジュナ、手伝って。私も本物の両さんに会いたんだ」
アルジュナの使命は、令呪を授けてくれた立香の願いを叶えること。そのために、カルナを倒す。
カルナの眼に闘志と殺気が宿ったその瞬間が、開戦の合図だった。
初手から出し惜しみなどしない。アルジュナは三本の矢を番えて発射すると、それぞれが弧を描き三方からカルナを狙う。しかし、二本は黄金の鎧に防がれ、一本はカルナの振り上げた槍にへし折られた。
カルナは素早く距離を詰め、魔力を乗せた一撃がアルジュナの頭上から一気に振り下ろされる。
巨大な高層ビルが縦に崩れた。『
まるで玩具を積み上げた塔が崩れるかのように、『中川コンツェルン』の技術の粋を結集させた巨大高層ビルが倒壊した。一瞬にして瓦礫の山となったのだ。
高層ビルだった瓦礫の山から、二種類の炎の魔力が放出される。カルナが槍を振り上げれば、炎の上昇気流に乗って無数の瓦礫が持ち上げられる。距離を取ったアルジュナは、その瓦礫に向けて何本もの矢を狙い撃ち、瓦礫で跳弾させた攻撃がカルナに襲い掛かった。
だが、こんな攻撃が奴に効くとは思っていない。
「頭上注意だ」
「それはこちらの台詞だ!」
振り下ろした槍から一直線に迸る炎の一閃。降り注ぐ炎を纏った矢の雨。
お互いに、魔力の温存などという言葉は最初から頭にない。
アルジュナは自身の持てる魔力と立香からの令呪一画だけ。そしてカルナは、アルジュナと戦えると分かってから意図的に聖杯からの魔力供給を遮断していた。幸いにも、東京に召喚されてから美味なる食事をたくさん食べたし大きな消費もなかったので、魔力は有り余っている。
最初からクライマックスを迎えた宿敵同士の衝突に、核戦争でも壊れないはずのシェルターがミシっと微かに音を立てた。
「カルナ貴様! 聖杯からの魔力を遮断しているな!」
「我がマスターが夢想を薪として児戯に耽っているのだ。オレも、お前との勝負はオレ自身を薪として奮い立たせる他あるまい」
「?! 夢想を薪として……どういう意味だ」
「お前が知る必要はないことだ!」
アルジュナ相手ならば、宝具の使用もやむなし。
善の両津から許可が出たのをこれ幸いと、カルナは宝具を発動させた。
「真の英雄は眼で殺す……!『
「吼えろ!『
宝具同士が正面衝突を起こした。
その威力は、攻撃の余波だけで2人の周囲に散らばる瓦礫を跡形もなく粉砕し、シェルターの足場となる人工島がグラグラと揺れ始める。
まだだ。カルナに確実に攻撃を通すために使わせるのは、この宝具ではない。
黄金の鎧を手放すことによって使用可能となる、神殺しの槍。皮膚から切り取った黄金の鎧と引き換えに、アルジュナの父神インドラが授けた必殺の神槍……その槍を手にした、本気のカルナと戦いたい。
だが、気になることもある……さきほど、カルナが口走ったマスターの、善の両津へ対する言葉だ。
「児戯に耽るだと。貴様は、この地の惨状を児戯と言い放つか」
「赤子の行動に貴賤はない。結果はどうあれ、その志の根源を辿れば尊いもの。だが、あの頑なな姿勢には呆れを禁じえん。ありもしないものを奮い立たせ、偽りの核を据えて走り続けるその姿はただの道化だ……しかし、オレを頼り、
灼熱の空気がアルジュナの肌に痛いほど突き刺さった。
鋭い殺気の宿る蒼穹の眼……あの眼が苦手だ。全てを見通し、覗き、暴き、英雄アルジュナをかき乱す眼だ。
しかし、あの眼から注がれる殺気は、どうにも闘志を掻き立てられる。心臓がうるさく鼓動し、身体中が熱を熾し、弓を握る手に力が入る。
英雄ではなく、ただ1人の
お互いの四肢の一本や二本が吹き飛ばされてしまいそうになるほど、隔離されたシェルターという閉ざされた箱庭の中で、何度も何度も、撃ち合いをして衝突をし続けた。
マスターはどうなったか?
レジスタンスとネオ警視庁の衝突はどうなったのか?
作戦は成功したのか?
両津は統合されたのか?
ところでシェルターがさっきからミシミシと悲鳴のような音がしているし、人工島が今にも沈みそうなんだが……?
そんな思考は、とっくの昔に頭の片隅に追いやられている。否、お互いに「マスターの命令を完遂する」という目的だけはきちんと覚えていた。完遂するには、こいつを倒さなければならないのである。
少しは気にしろ!という第三者のツッコミなど入るはずがない。
2人だけの空間で思う存分全力で戦い続け、アドレナリンがドバドバ放出され、魔力も体力も枯渇し、お互いの精神力を薪として熾しているような状況だ。
アルジュナもカルナも、残る魔力で発動できる宝具は一度のみ。残された全ての魔力を注ぎ、この一撃にかける。
「スーリヤよ、ご照覧あれ。もはや戦場に呵責なし。我が父よ、許したまえ……空前絶後!」
カルナの身体から黄金の鎧が消失すると同時に、手にしていた槍は神殺しの槍へと変化する。カルナが背負う焦熱は、太陽にも目玉にも見える……下界に在る太陽が、今生における最大の一撃を落とす。
「散華せよ。神性領域拡大、空間固定! 我が怒りと祈りを捧げ、カルナ……貴様に勝利しよう!」
渦巻く魔力が、青い蓮となってアルジュナの足元で咲き乱れる。破壊神が持つ禁断の鏃を、本来の姿から大幅に出力を押さえ、相手を解脱させる……終末を迎えた世界は、今一度宇宙ごと破壊され、創造される。
「『
「『
穿つ
射抜く
伸ばして
追いかけて
血潮の、吐息の、必死に搾り出した一滴を注いで無理矢理にでも心臓を動かす。エーテルでできたこの肉体の細胞の一つ一つが、こいつを凌駕しろと叫び続けている。
たった一粒の砂程度でいい。こいつよりも、一歩、先に……。
「アルジュナぁぁぁーーーーー!!」
「カルナぁぁぁーーーーー!!」
(理論上は)核戦争が起きても内からも外からも破壊されないはずのシェルターが、内部から眩い光を放ちながら……大爆発した。
ヤバインド