人情消失圏域 亀有――失われた両津   作:ゴマ助@中村 繚

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20連勤を阻止したと思ったら、11連勤と8連勤に分離して襲いかかってきやがった。
午後出勤だから、とかそんな問題じゃないんだよ。


第13節 コロンブスエッグGT

 朝から降り続いていた雨が止んだ。

 凹んだアスファルトの地面に雨水が溜まって大きな水溜まりが出来ていたから、素足で履いたボロボロのズックのまま飛び込んでみた。案の定、びしょ濡れになって母ちゃんにこっぴどく叱られて、それでも優しく手を引かれながら帰路に着く。

 雨が上がったのを待ち望んでいたかのように、人々が表に顔を出して来る午後の昼下がり。色々な声が耳に飛び込んで来るのが誰かが自分を呼んでいるような気がして、振り返りながら歩いていた。

 よく橋の下で泥酔している小汚いおっさんが、お巡りさんに叱られていた。何か気に入らないことがあるとそこらでベーゴマ遊びをしている子供たち怒鳴り散らす嫌なおっさんだった。カンチョーしたり、股間頭突きをしたりと、色々反撃を繰り返していたのも記憶に新しい。

 

「お巡りさんは悪い奴をやっつけてくれるのよ」

 

 母ちゃんがそう言っていたので、子供心にお巡りさん=悪い奴をやっつける正義の味方という方程式が出来上がる。子供が考える正義の味方とか、悪い奴とかは、紙芝居やマンガ・アニメに登場する主人公と、それに退治される悪役のイメージしかない。強くて正しい、みんなの平和を守る正義の味方がお巡りさん……と、そんな認識は、子供が成長すると同時に変化する。

 お巡りさんだって、警察官だって人間だ。本当に悪い奴を徹底的にやっつけると、「やりすぎた」とこっちが叱られる。

 所詮は、何も知らないガキがイメージだけで抱いた夢想である。

 悪い奴をやっつける“だけ”のスカスカの正義なんて、存在するはずがないのだから。

 

 

 

***

 

 

 

 七十階に到着したアナウンスと同時にエレベーターの扉が開いた。エレベーターの内部へと雪崩れ込もうとするセキュリティロボットの群れが、剣圧によって吹っ飛ばされてみんな仲良く大破する。

 これで七度目だ。また、八十階へ昇るためのエレベーターに走らないと。

 

「マスター! こちらへ!」

「十階ごとにエレベーターが別って、地味に不便!」

「最上階に攻め込まれないためのセキュリティです。止まって! 赤外線センサーが動いています!」

 

 ブラックツリーの内部は、徹底的なセキュリティが敷かれていた。

 以蔵からもらったエレベーターのセキュリティカードは、使えるには使えたが、エレベーターで一気に最上階まで昇ることはできなかった。十階ごとに別々のエレベーターに乗り込むが、各フロアにはセキュリティロボットや、触れたら熱光線が発射される赤外線センサーが大量に起動している。

 タブレット端末を手にした中川が、ブラックツリーのセキュリティシステムへハッキングをかけた。元は中川グループのシステムを応用したセキュリティだ、少しの裏技を知っていれば解除するのは造作ない。

 

「……解除成功です!」

「行きましょう、マスター!」

「うん!」

「普段の先輩なら、こんなにも捻りのないプログラムを組まなかったでしょう。もっと複雑でひねくれていて、人の裏の裏をかくような意地の悪いプログラムで、解除に非常に時間がかかったはずです」

「何と言うか、妙な信頼感……うわっ!?」

「な、何だ!?」

 

 立香たちが七十階に到達し、次のエレベーターに乗り込もうとしたその時、ブラックツリーが大きく揺れた。地震ではない、ブラックツリーその物になにか大きな物が追突して来たのだ。

 

『立香ちゃん! ブラックツリーに帆船が着岸した!』

『圭ちゃん、空飛ぶ船に現れたわ! 錨を降ろして……っ! 新手のマユゾンが!』

「もしかして、名前の分からないライダーのサーヴァント!?」

 

 ロマニと麗子からほぼ同じタイミングで緊急連絡が入った。出現した空飛ぶ帆船はブラックツリーに着岸し、何本もの錨を地面に突き刺せば、錨を伝って帆船からマユゾンたちが雪崩れ込んで来たのである。

 別の場所に収容されていたマユゾンたちが、緊急事態ということで投入されたのだ。

 更なる増援に地上はパニックになりつつあった。

 いくら左近寺やボルボが戦闘に秀でていても、体力は無限ではない。片や、マユゾンたちはオリジナルの両津とほぼ同等の体力と耐久力だ。それが大量に補充されるのだから、こちらは確実に疲弊してしまう。

 

「ゼェ、ゼェ……さ、流石にバテてきた……っ! あああーーー?!」

「左近寺さん!」

 

 愛車を爆速で飛ばしてきた麗子が左近寺に群がるマユゾンに向けて麻酔弾を発射して眠らせると、マリアが左近寺の脚を掴んで引っ張り出す。左近寺だけではなく、レジスタンスのメンバーも増援に苦戦を強いられ始めたのだ。

 そして、帆船―――サンタ・マリア号で大量のマユゾンを輸送したコロンブスは、最上階にいる善の両津の元に直接乗り込んでいた。

 

「オイオイオイ相棒! どういうことだ!? ランサーの兄ちゃんとあのアサシンはどこに行った?」

「緊急事態です。Mr.コロンブス、貴方は地上でマユゾンの指揮を執ってください」

「マスターの指示だからと第二収容所のマユゾンたちを連れてきたが、泥仕合に放り込んでボロ雑巾にするために連れてきたんじゃねェぞ! これじゃあただ消耗するだけだ! 貴重などれ……人材に何しやがる!?」

「レジスタンスたちを懲役刑に処すと思っていたのですか。彼らは国家反逆罪で死刑です」

 

 コロンブスが善の両津に掴みかかった。

 現状のネオ警視庁は、捜査員とマユゾンの全ての戦力が投入され、レジスタンスとの戦いで半分近くが疲弊している。カルナはアルジュナに足止めをされてこちらから切り離され、以蔵は行方不明……に見せかけて、買収されて寝返っている。

 ここで、魔力も何も消耗していないコロンブスの投入は大きなアドバンテージになるはずだが、彼にとっては参戦のメリットがない。レジスタンスどもは国家反逆罪として死刑、つまり彼らはリョーツGPX型ワクチンMrk.2を投薬してマユゾンにされることはなく、ただ犯罪者として処罰されるだけ……マユゾンという、素晴らしい労働力にはならないのだ。

 それと同時に、世間には大きく動揺が走るだろう。ネオ警視庁……否、善の両津に逆らった者たちの末路として、東京のみならず日本全土に行き渡る。

 処罰には、見せしめにしていいものと悪いものがある。これは後者だ。

 寄せ集めの有象無象を統率するには、ルールに従うことにより得られるメリットを連中にはっきりと示してやる必要がある。それと同時に、ルールを破った場合のデメリットもはっきりとさせておく。これらの比率は、どちらか片方に偏ってしまっては駄目だ。

 メリットが大きければ、デメリットなど恐れずにルールを破る者が続出する。逆に、デメリットが大きければ、それに対する恐怖が潜在的な反逆意識として蓄積してしまうし、利益を生み出す者たちの動きも鈍くなってしまう。

 今のタイミングでは駄目だ。各区への連続の『安全統制治安法』の施行により、住民の間にはヘイトと恐怖が蔓延しつつある。この状態で見せしめの処刑などしたら一気にチャージされ、ネオ警視庁は一夜にして恐怖政治の象徴として成り果てるだろう。得られるメリットなど恐怖に隠れて見えなくなってしまうし、マユゾンを安価で便利な労働力として使用することも憚れるだろう……一度植え付けられた恐怖心と猜疑心はそう簡単に取り除けない。

 これではマユゾンの価値が大暴落してしまうではないか。

 

「暴動を止めるにしても、気体型のワクチンをバラまくなり方法はあるだろう! 早急に中止しろ! 今は、その時じゃねェ!」

「一度発令された命令は撤回できません。もう一度命令します。クリストファー・コロンブス、今すぐレジスタンスを蹂躙しなさい」

「っ! ま、まさかお前、人間の身で聖杯を……!」

 

 コロンブスを掴み返した善の両津の腕から、見覚えのある光が漏れ出している……善の両津は、聖杯をその身に取り込んでいたのだ。

 善の両津の内部にある聖杯が、サーヴァントとのパスに直接リソースを流し込んだ。ほんのカケラ程度でも、コロンブスの霊基を暴走させるには十分すぎた。

 

「こ、この野郎……!」

「法治された秩序を乱す悪のレジスタンスを蹂躙しなさい」

「……ハ、ハッハァ! お前はあくまで自分の夢の奴隷であり続けるって訳かァ! 自分の夢を叶えるために、俺を奴隷(サーヴァント)として使い捨てるってことか」

「何を言っている」

「気づいてなかったようだなァ! 仕事、業務、使命感? ンなモンで平和を目指すような聖人ってタマじゃねェよテメェは! 善と呼ばれた警察官の核にあるモンは、欲望に塗れた夢だ! 自分の夢に向かって全力で民を蹂躙していたんだよ……!」

 

 コロンブスの言葉を、善の両津は無関心そうに聞き入れた。

 訳が分からない。自覚も心当たりさえもないことをベラベラと口にしている。

 夢?

 夢とは?

 警察官が見る夢、とは……。

 

「いいぜェ……お互いに、実現するはずがないと散々馬鹿にされてこき下ろされた夢に向かって、我武者羅に突き進んだ者同士だ。最後までテメェの無自覚な信念に付き合ってやらァ! 次に()ばれた時には、今回以上の金儲けを見つけてやるからなァ!!」

 

 聖杯のカケラによって乱暴な膨張と変質を繰り返すコロンブスの霊基は限界を迎えた。コロンブスという英霊としての自我は飲み込まれ、無理に改造された霊基は善の両津の命令を遂行する奴隷に成り果てるだろう……それを察したか、コロンブスは硬質ガラスの窓を突き破って地上へと落下していった。

 時代も国も何もかもが異なるのに、ただ一点の共通点だけを辿って相まみえた此度のマスターにとことん付き合ってやろう。コロンブスが身を投げたと同時に、膨張した霊基は蹂躙に相応しい姿に変質したのだ。

 

「ハーハッハッハッハ!!」

「キャァ!? な、なにアレ?」

「きょ、巨大な……何ですの、アレは?!」

 

 麗子とマリアのみならず、地上にいたレジスタンスやネオ警視庁が見たもの……それは、一見すれば目を疑うほどの衝撃的なナニかであった。

 一言で言うならば、巨大な卵だった。舵輪のような光輪を背負った、全長400mはある超巨大な卵が声高々に笑っている。

 堀の深い目鼻立ちに、歯茎剥き出しの全開スマイルの顔が付いた巨大な卵型のエネミーこと、コロンブスの卵が東京のど真ん中に召喚されてしまったのである!

 

「ハッハーッ!!」

『立香ちゃーーん! 巨大なエネミーが出現……何じゃこりゃーーー?!』

『あー……卵じゃないかな』

『面倒臭そうに放り投げないでくれレオナルド!』

「何アレーーー!?」

 

 九十階まで昇っていた立香たちも、窓の外に見えるソレの存在を目にしてしまった、

 あまりにも巨大なため、九十階の位置からでは全体像を確認することはできなかったが、一度目にすると頭から離れない土砂崩れスマイルはしっかり目にしてしまった。何なんだアレは。

 

「ああ! 卵型のナニかが、大怪獣のような衝撃で移動を始めました!」

「ハーハッハッハッハァーーー!」

「マスター! 私が討伐を!」

「あんな巨大なの、ランスロットでも1人じゃ無理だよ!」

「な、何とかならないのか? 地上に残っている2人で協力すれば……」

「地上にいるメイヴちゃんと小太郎君でも、あの大きさだと……」

「クソ、善の両津め……不気味なものを作りおって……!」

 

 大原は苦虫を何匹も噛み潰したような顔をする。大怪獣の如き人知の及ばない謎の存在への恐怖と共に、それを解き放った善の両津への恨み節が漏れ出した。

 

「急いで最上階で向かおう!」

「しかし部長、まだブラックツリーの半分です! 最上階に到達する前に、地上に被害が出ます!」

「だったら、わしだけでも先に向かう。善の両津をぶん殴ってでも止めてみせる!」

「頭の中が苔生した中高年1人が殴り込みに行っただけで、この混乱が解決するとでも思っているのかバカめ! そもそも、お前は何故ここまで昇って来た」

「う……!」

 

 アンデルセンに指摘され、大原の背後にはデカデカと「図星」の文字が浮かんだ。『安全第一』の防災ヘルメットの下から、大量の冷や汗が流れ落ちてくる。

 麗子やマリアのように前線で戦う訳ではなく、中川のようにハッキングを駆使して活路を開く訳でもない。レジスタンスが殴り込みに来た時点では先頭に立っていた大原だったが、今はただ立香たちの後を追いかけてついて行くだけであった。

 

「た、確かに、今のわしはみんなのお荷物だ。だが、今のこの状況はわしのせいだ! わしが、善の両津の暴走を助長してしまったんだ。あの両津を善と決め付け、悪と断言した両津を隔離したのはわしだ……だから! 善の両津はわしが止める。刺し違えても止めてみせる……!」

「部長さん! それ隠し持ってたんですか?」

 

 大原が背中に隠し持っていたのは、黒塗りの鞘に納められた日本刀だった。

 善の両津を警察組織内部に解き放ってしまった責任を取るべく、大原はここまでやって来た。部下のやらかしの責任を取るのが、上司の務めなのだ。

 

「マスターの国の言葉を借りるなら、“典型的な昭和の世代”という存在か。己を取り巻く環境の変化を嫌い、効率的な手段が導入されても、やれ肌に合わないやら難しいのは苦手だと忌避してアップデートを拒み、自分が理解できない世界はくだらないと排除する。未だにHDの録画予約の方法を覚えずに、VHSを愛用しているだろ! そして自宅にはLD(レーザーディスク)もある!」

「何故わしのことをそんなに知っているんだ!」

「部長、VHSどころかLDを使っていたんですか……」

「レーザーディスクって何?」

「何でしょう?」

「だが! そんな古臭いお約束のテンプレも、読者にはウケる!」

 

 アンデルセンが筆を執った。

 生真面目、実直、自分にも他人にも厳しく、警察官としての正義を貫き職務を全うする。

 怒鳴り声が五月蠅く、一度怒髪天を突いたら大変なことになるが、人情家な一面が部下たちに慕われ上司としての責務を背負う器もある。

 部下のやらかしを、刺し違えてでも止めると宣言した堅物頑固親父の物語を、今ここに、書き連ねる。

 

「マスター! 令呪(エナドリ)をよこせ!」

「う、うん! 令呪をもって命じる!」

「とびきり古臭いものを書いてやる! 上司としての責任は、ここで果たしてもおうか……『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』! 薄くても本は本だァァァ!」

 

 自伝を白紙に戻し、立香から与えられた令呪の一画でブーストをかけて、アンデルセンの筆が高速で走る。今はこの奇跡だけで十分だ……大原大次郎という男に与えられる、刹那ほどの究極の姿が、アンデルセンの脱稿と同時にお披露目されたのだ。

 

「な、何だーーー?!」

「ぶ、部長ーーー!」

 

 大原の身体が光輝いた。その眩しさに目を瞑って開いた次の瞬間には、大原の姿が消えていた……否、ブラックツリーの外に移動していた。コロンブスの卵に匹敵するほどの巨大な体躯となっていたのである。

 

「ななな、何だこれはーーー!?」

「ハーハッハァ!」

 

 しかも、ただ巨大になっただけではない。大原の身体は立派な鎧具足を纏い、腰には二振りの日本刀を佩いた鎧武者の如き姿となっていたのだ。

 

「巨大大原部長ーーー!?」

「大原さんが鎧武者の巨人に!?」

「だが、あの巨体ならば卵を相手取れる!」

「その通り! 大原大次郎! その姿、存分に楽しめ!」

「そうか……ならば、やってやろう!」

 

 アンデルセンの宝具『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』は、彼が観察した人物の在り方、理想の姿を本として書き上げる。その恩恵を受けた大原の姿は、自身が願った理想の姿……善の両津を止めるための、この場にいる者たちを救い、恐怖に怯える住民を守るための姿だった。

 最後の仕上げと、大原の手には立派な前立ての兜が出現した。兜を被って緒を固く結んで二振りの日本刀を両手に握れば、究極のスーパー大原部長が降臨したのである。

 

「両津のバカはどこだーーーーー!!」




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