人情消失圏域 亀有――失われた両津   作:ゴマ助@中村 繚

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第14節 ULTRABUCHO

 とんでもないものが誕生してしまった。

 しつこい油汚れのように、一度目にしたら中々記憶から消えてくれない濃い笑顔を浮かべた、あまりにも巨大な卵型エネミー――後に、コロンブスの卵と名付けられるそれが、耳に残って離れない笑い声を上げながらレジスタンスたちの蹂躙を始めた。

 それを迎え撃つのは、アンデルセンの宝具により理想の姿へと書き上げられた大原である。自宅の床の間に飾ってある鎧兜を身に纏い、名刀二振りを手にした二刀流で、巨人の如き巨大な姿となってコロンブスの卵の前に立ち塞がる。

 とんでもないものが誕生してしまった。(大切なことなので二回言った)

 見ている者たちからしてみれば、よく理解できない悪夢のような戦いが始まったのである。

 

「ハーッハッハァーーー!」

「とりゃーーー!」

 

 歓喜の笑い声を上げながら突進してくるコロンブスの卵を、大原は二振りの刀で受け止めた。そう簡単にヒビは入らない。

 見た目に反して俊敏に動けるコロンブスの卵は、大原と距離を取れば背負っている舵輪にも似た光輪を回転させながら、卵型の光弾をマシンガンのように連射して攻撃してくる。流れ弾が地面に落ちると衝撃と共に爆発が発生し、巻き込まれたマユゾンが何名か吹っ飛んだ。ちなみに無事である。

 

「麗子くん、マリアくん! すぐにみんなを避難させるんだ! こいつはわしに任せろ!」

「や、やっぱり部長さんなの?!」

「どうしてそのようなお姿に?」

「主殿の策でしょう……多分! 急ぎ、安全な場所へ!」

「何アレーーー? 馬鹿じゃないの!?」

 

 負傷者を背負った小太郎に促され、化け物と究極体大原の戦いに巻き込まれぬようとレジスタンスたちは撤退を始めた。ブラックツリー内部で何が起きたかを知らない彼らからしてみれば、どうしてこうなったか全く訳が分からないし、メイヴのようにコロンブスの卵が衝撃的すぎるのだ。

 さて、大原の武器は二刀流であるが、コロンブスの卵は硬かった。そう簡単に割れやしない。

 

「ハッハァーーー!」

「なんのーーー!」

 

 攻撃されて怒ったのか、コロンブスの卵が憤怒の笑い声を上げながら再び大原と衝突する。ただ聞いているだけでは笑い声の判別がつかない。

 武将同士の剣戟ではなく、巨大な鎧武者と化け物の顔がついた卵の戦いは、両者の巨大さもあって踏み込む度に地響きが走る。しかし、耐震設計がしっかり機能しているブラックツリーの最上階にいる善の両津には、その地響きも届かなかった。

 

「今週中に、東京23区全部に『安全統制治安法』を施行。続いて東京都全市町村、神奈川県、千葉県、埼玉県、関東全域に広げ、大阪府を中心とした関西地方にも……実績と結果のデータがはっきりと出たならば、日本全土に発令する。ネオ警視庁によって、日本には悪人が存在しない平和が訪れることでしょう」

 

 これからに必要な計画策定も根回しも完璧だ。後は、葛飾区を始めとした東京区域の実績データで説得力を加算するだけである。犯罪発生率の低下と住民の満足度の上昇を叩きつければいい。

 善の両津は、聖杯を取り込んだことによって発光していた。後光にも見えなくはない。

 発光したままパソコンに向かって今後のための計画書を作成していた善の両津だったが、次の瞬間に簡素な事務デスクと椅子が揺れた。耐震設計など役に立たない衝撃が走った。

 

「おりゃーー!」

「ハーッ!?」

 

 相手が硬い卵では二刀流の戦闘スタイルが不利だと悟ったのか、素手でコロンブスの卵の光輪に掴みかかった大原が、柔道の如く投げ飛ばしたのである。投げられたコロンブスの卵はブラックツリーに衝突し、その衝撃が善の両津にも伝わったのだ。

 一体どうしたのかと、最上階の長官室の巨大な窓から外に目を向ければ、善の両津の視界に入ったのはコロンブスの卵と取っ組み合う鎧武者姿の巨大大原部長……。

 

「ゲ、部長!?」

 

 善の両津は滅茶苦茶動揺した。それは、あまりにも大きな隙であった。

 その隙を見計らったかのように、長官室の扉が吹っ飛ばされる。吹っ飛ばした勢いを伴って先制攻撃が迫って来たが、腐っても両津は両津だった。大きな動揺を一瞬で収め、瞬時にデスクをひっくり返して障害物とし、先制攻撃の正面にぶつけたのである。

 当然、デスクにぶつかって先制攻撃が防がれる訳でもない。それでも、善の両津が武器を手にするには十分な間ができた。デスクを一瞬にして斬り砕いたランスロットの剣を、善の両津は竹刀で迎え撃つ……竹刀を握る手を経由して、聖杯のリソースが竹刀を強化しているのは明らかである。

 聖剣が竹刀に阻まれるというギャグみたいな状況でも、ランスロットは動揺を見せない。彼の背後に控えていたマシュが、ランスロットの背を足場に踏み込んで跳躍すると、善の両津の頭上に盾を振り下ろしたのだ。

 

「はぁーーっ!」

 

 が、マシュの盾は善の両津に届かなかった。善の両津は片手で盾を掴み止め、そのままマシュごと放り投げたのだ。

 マシュは天井を蹴って無事に体勢を立て直し、ランスロットも一旦距離を取った。

 改めて善の両津の姿を目にすれば……そこには、聖杯が熾す無限の魔力リソースをその身に取り込んだ者が、立ち塞がっている。

 両津勘吉という人間から分離した「警察官」という要素の擬人化。聖杯を取り込んだことにより、元来の人間離れした素養も相まって、下手なサーヴァント以上に強化されてしまった善の両津がそこにいたのだ。

 

「随分と早かったですね」

「セキュリテキシステムをウイルスに感染させました。一か八かの賭けでしたが、百階から上の各階のセキュリティを一気に無力化できました……先輩が作ったウイルスを改造したものです」

「反逆者と言えども、身分は未だ警察官でしょう。そんな手段に手を染めて恥ずかしくないのですか、中川巡査」

「それはこっちの台詞だ!」

「こんなスカイツリーもモドキまで造って! 一体何がしたいの、善の両津!」

「ネオ警視庁の成果を目にして、理解できないのですか」

 

 善の両津は、立香の言葉に対して大きく溜息を吐いた。顔は無表情で眉間に皺が寄っていたが、吐いた息には呆れたような、理解できない生物を目の前にしたかのような感情が滲み出ている。

 

「『安全統制治安法』によって、街は平和になったでしょう。万引きも引ったくりも、子供を泣かせる悪人も存在しない平和な街です。女性も子供も、暗くなった道を安心して歩けるようになったじゃないですか」

「誰1人街にいないのに?」

「それはレジスタンスが暴れているからです。レジスタンスが存在しなければ、悪が駆逐された平和が葛飾区から東京全域に……ひいては、日本全国隅々まで行き渡ります」

「犯罪に手を染めていない人たちまで悪人と決めつけるなんて、こんなの極端すぎる!」

「いずれエスカレートして犯罪に加担する可能性もある芽は、事前に摘んでおかなければなりません。地域の住民から苦情の来る者は、存在するだけで街と子供たちに悪影響をもたらすのです。そのような“悪人”は、退治して排除したうえで罪滅ぼしとしてみんなの役に立ってもらっています」

 

 立香だけではなく、中川も声を荒らげた。

『安全統制治安法』に基づいて有罪となり、マユゾンにされた人々の4割が近隣住民の苦情による通報で逮捕されたというデータが出ている。迷惑だから、困っているから、怪しいから、と、通報されネオ警視庁が捜査したうえで、悪影響が出ると判断され逮捕されたのだ。

 時間が経てば刑法で裁かれる犯罪者となる可能性は、確かに「ない」とは言い切れないかもしれない。けれども、「こいつは嫌」とか「迷惑だから悪」とか、あまりにも潔癖を求めた世界は優しくて平和だと断言することはできない……現状そうだろう。ネオ警視庁の言いなりでもたらされた平和な日々なんて、ハリボテの見せかけだ。

 

「子供の好き嫌いみたいな理由で善と悪を決めるなんて、間違ってる!」

「やはり、世を乱し続けるのですか。ならば、()()()()()しかありませんね」

 

 善の両津が竹刀を握り直すと、右腕から聖杯の光が迸る。

 臨戦態勢となったが、それはこちらも同じこと。立香とマシュを一瞥したランスロットがアロンダイトを振ると、三日月型の斬撃が善の両津に向かって飛んだ。

 善の両津の武器は、聖杯によってあり得ない強度を得てしまった竹刀。聖剣から飛んで来た飛ぶ斬撃を受け止めても傷一つ付かず、更にはそれを押しのけてランスロットを正面から斬りつけて来る。聖杯のリソースと、元々の両津のポテンシャルのせいで、サーヴァントとも十分にやり合える敵性と化してしまったのだ。

 円卓最強の騎士と互角に斬り交わし、こちらの攻撃は聖杯のリソースが鎧の如く纏わりついて無効化させる。ランスロットが突きの体勢に入ったところで、善の両津が迎え撃つべく防御姿勢を取ると、横からアンデルセンが放ったナイチンゲールが掠った。

 その一瞬の綻びに割り入るように、ランスロットが善の両津に向かって突進する。竹刀の隙間でアロンダイトの切っ先を絡め取った善の両津だったが、完全に勢いを殺すことが出来ずに体幹が揺れた……不安定な胴体を狙い、マシュの盾が善の両津の死角から殴りかかって行ったのだ。

 

「はぁっ!」

「ぐぐ……なんのーー!」

「マシュ!」

 

 善の両津は竹刀を捨ててランスロットを押しのけ、短い脚で盾ごとマシュを蹴り飛ばした。

 吹っ飛ばされたマシュの手を取ったランスロットは、そのまま身体を回転させて勢いをつけ、マシュを善の両津に向けて発射する。今度は素手で善の両津に殴りかかったマシュの拳が善の両津に届くその刹那、霊体化させた盾を再び出現させて盾で善の両津を攻撃したのだ。

 

「やった、初めて攻撃が入った!」

「まだですマスター! 善の両津には、効いていません!」

「……流石、名だたる英雄の現身という訳ですか」

 

 善の両津は結構な勢いで吹っ飛ばされたが、壁に激突する数十cm手前で踏ん張っていた。マシュの一撃が効いていない。

 否、無傷なのは善の両津だけではなかった。サーヴァントが派手に立ち回りをしたはずなのに、室内も全く無傷なのだ。

 

『聖杯のリソースが、善の両津だけじゃなくブラックツリー全体に及んでいる! これはまさか……』

『そのまさかだよ! ブラックツリーそのものが、“ネオ警視庁を頂点とする日本”というテクスチャを貼り付ける錨になりかけている!』

「ええっ!?」

 

 ダ・ヴィンチからの通信により、とんでもない事実が判明した。つまり、急いで善の両津から聖杯を回収ないしブラックツリーそのものを破壊しなければならないのだ。

 時間がない……ランスロットもマシュも追撃に入ろうとした、その時だった。

 

「ぐわ~~~!」

「っ! 部長!」

 

 外で大怪獣並みの対戦を行っていた大原が、コロンブスの卵に頭突きをされてブラックツリーに激突したのだ。

 長官室の大きな窓にビタン!と顔をぶつけると、硬質ガラスの向こうにいた善の両津の姿を目視した……善の両津と巨大大原の目が合った。

 

「両津! 見つけたぞこの大バカ者が!!」

「ぎゃぁ!?」

「このバカ! 待っていろ! これを片付けたらすぐにそっちに行くからなーーー!」

「ハッハァーーー!」

「うるさい邪魔だーーー!」

「ハバァッ!?」

 

 大原がコロンブスの卵を右ストレートで殴り飛ばした。本当に片付くのも、時間の問題かもしれない。

 一方、大原を目にした善の両津の様子がおかしい。滝のような汗をかき、まるで悪鬼を見たかの如く怯えているようにも見えるのだ。

 

「そうか! 先輩の弱点はお金だけじゃなかった……大原部長こそ、先輩の弱点だったんです!」

 

 善の両津が「警察官」である以上、そのいろはを叩き込んだのは大原である。その恐怖は、魂に滲み付いているということだ。

 怒りが頂点に達した大原という、両津の弱点が登場したことによって大きな隙ができた。この弱体化を逃さずに追撃をしようとしたが、ここで硬質ガラスが打ち破られた。

 本当にブラックツリーを外側から登って来たのかと、誰もが……特に、善の両津が、眼鏡のレンズが衝撃で木っ端微塵に割れるほど驚愕した。

 

「先輩!」

「両さん!」

「ネオ警視庁長官って奴はどこだ」

 

 悪と中庸が合体した、ほぼいつもの両津がブラックツリーを登り切った。

 両津の弱点が大原ならば、両津をやっつけられる者は両津なのである。




巨大武装部長VSコロンブスの卵戦
推奨BGM『コミカルに追いかけっこ』(アニメこち亀の例のBGM)
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