人情消失圏域 亀有――失われた両津   作:ゴマ助@中村 繚

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第1節 カルデアの奇妙な冒険

 日本で微小特異点が発生した。

 人理保障機関フィニス・カルデアのマスター、藤丸立香にそう連絡が入ったのは、食堂で開催した手巻き寿司パーティーの後片付けをしている最中だった。

 後輩、マシュ・キリエライトが手巻き寿司を体験したことがないと知った立香が、新しくカルデアに召喚されたサーヴァントやカルデアの職員たちも巻き込んで、みんなで楽しくワイワイ手巻き寿司を作っていたのはつい10分前。残りの後片付けは任せろという職員たちのお言葉に甘え、立香とマシュが中央管制室へ入室すると、光が灯るカルデアスを囲むロマニとダ・ヴィンチちゃんに出迎えられる。

 今度は一体、何が起きたのか。また阿鼻叫喚のイベントが始まったのか。

 

「立香ちゃん、マシュ! 急ですまない」

「ドクター! 微小特異点の発生地点は日本と聞きましたが」

「正確には、東京の一部だ。東京都葛飾区と墨田区、そして台東区の一部。示された年代は、2014年」

「近くない? しかも、何でそんなピンポイントな場所が」

「本来の微小特異点の発生源は葛飾区だ。そこから、墨田区を飲み込み、台東区へも侵食しつつあると言った方が良いね」

 

 今まで、15世紀のフランスから始まり、次は神秘の残る紀元前のバビロニアの攻略を控えている身からすると、つい昨日のようなほど近い年代だ。しかも、東京全域ではなく、東京23区の内の2区と1区の一部が異変をきたしている。

 このまま進めば、台東区も完全に飲み込まれるのも時間の問題というのが、ダ・ヴィンチちゃんの見解だった。

 

「東京都葛飾区、墨田区とは、所謂下町に該当するエリアですよね?」

「うん。観光地かな。台東区は上野公園とか、浅草の浅草寺とか。スカイツリーは、確か墨田区にあるよね」

「地理的に秋葉原も近かったはずだが、ちょっとおかしいことになっている」

 

 シバが観測した、2014年の墨田区の映像が画面に映し出された。蒼穹を割って聳え立つ空の大樹が見える風景は、立香にとって懐かしささえ感じる。

 一見すると、穏やかな東京だ。スカイツリーを臨む隅田川、浅草の雷門、花やしき……どれも、ポストカードにできそうなほど、景色がはっきりと映っている。

 

「……あれ、おかしくない。何で、()()()()()()()()()()の?」

「東京の浅草は、世界的に有名な観光名所のはずですよね? 観光客どころか、地域の人々も誰も見当たりません!」

 

 立香とマシュが映像の異変に気づいた。良い天気の真昼間なのに、あまりにも人通りが少なすぎる。

 外国人観光客も、服を着た修学旅行生もいなければ、観光客を乗せる人力車の車夫もいないし、仲見世に並ぶ店舗は全てシャッターが下りている。

 それはスカイツリーの周辺もまた同じ。世界一の大樹を見上げる者が誰もいない……人間が、消えた。

 

「いや。消えたんじゃなくて、家の中に閉じこもっているようだね」

「地域の人たちは消えた訳ではないんですね」

「じゃあ、観光客……外部の人たちが、締め出されているってことかな? 一体何でだろう?」

「それは現地で調査してみないと分からないな。立香ちゃん、微小特異点にレイシフトするメンバーを選んでくれ」

 

 幸いにも、今までの特異点攻略で結ばれた縁のお陰で、カルデアの戦力は安定期を迎えている。召喚されたサーヴァントの中から、立香が選び出した此度の編成は以下の通りだ。

 

セイバー:ランスロット

ライダー:女王メイヴ

キャスター:ハンス・クリスチャン・アンデルセン

アサシン:風魔小太郎

そして、シールダー:マシュ・キリエライト

 

 5騎のサーヴァントと共に、人類最後のマスターこと藤丸立香は2014年の上野公園へとレイシフトした。

 そこは、変わらない町並みと共に育まれた優しさが、心が失われた圏域だった。

 

 

 

***

 

 

 

 東京都台東区に位置する上野公園。正式名称、上野恩賜公園。明治6年に開園した、日本で最初の都市公園である。

 弁天堂を抱く不忍池に、ソメイヨシノの桜並木を始めとした豊かな自然の風景。

 東京国立博物館や国立科学博物館、東京芸術大学等の教育・文化施設。

 鬼門の位置には、江戸幕府第3代将軍徳川家光によって東叡山寛永寺が建立された。

 巨大な敷地面積に詰め込まれた数多の名所。特に、立香にとって印象深いのは上野動物園だ。小学校の修学旅行で来たことがある。中国から迎え入れたパンダカップルの赤ちゃん誕生が待ち望まれていたのも、記憶に新しい。

 此度のレイシフトは、ここ上野公園に座標が指定された。軸がズレて空中に放り出されることもなく、西郷隆盛像の付近に降り立った。

 

「上野公園、西郷さんの前。無事に到着しました」

『通信も安定している。魔術的な阻害はないようだ。認識阻害の礼装は』

「機能しています」

 

 場所は観光地のど真ん中。剣やら盾やら鎧やらの集団を現代に放り込むにあたり、一般人の視覚には現代の装いに見える魔術礼装を持参していた。だが、機能はしているが働いてはいない……そもそも、カルデアの周囲には誰もいない。

 昼間の上野公園には、人の気配がまるで存在していないのだ。

 

「やっぱりおかしい、誰もいない」

「何だ、つまんない。賑やかなところって聞いてたのに」

「私もそこまで詳しくないけど、本当だったら観光客がたくさんいるはずだよ。ここもそうだけど、浅草もスカイツリーも。小太郎君」

「はい! 少々、探って参ります」

 

 一瞬にして、小太郎が姿を消した。広範囲の探索は彼に任せ、こちらも不忍池から離れてもっと人通りの多い駅に近いエリアへと移動するが……この時、立香は気づいていなかった。

 彼女たちを見下ろす西郷隆盛像の両目が、ギロリと動いたことに。銅像からか細い電子音が聞こえていることに。

 

「やはり、観光客は誰1人歩いていません。ですが、動物園には動物たちの飼育をしている人々がいました。無理に拘束されている訳でもないようです」

「飼育員さんはいるんだ」

「しかし、客を迎え入れている訳でもない。それもそうだ、電車も止まっている」

 

 やはり、不気味なほど人気がない。

 上野動物園には「閉園」の、科学博物館には「閉館」の看板が立っているだけではなく、上野駅までもがシャッターが下りて閉鎖されている。当然、駅員もいない。

 いるのは、必要最低限の人間のみ。小太郎が目撃した飼育員たちは、閉園していてもいつも通りといった様子で動物たちの世話をしている。

 噴水広場にも人間がいた。揃いの作業服と帽子の清掃員たちが、私語も口にせず黙々と噴水内の清掃に従事している。

 

「あの清掃員さんたちに話を聞いてみよう。メイヴちゃん、一緒に来て」

「良くってよ」

「私も共に行きましょう。レディたちの身に、何かあったら危険です」

 

 ということで、メイヴとランスロットを連れた立香は、噴水内から出てきた清掃員の1人に声をかけた。カルデア側からの敵性反応はないという連絡と、何か敵意があってもメイヴの「魅了」スキルで場を収めることができると判断しての行動だったが……この地に顕れた異変は、既に目に見えていたのだ。

 

「すいません。ちょっと、聞きたいんですけど」

「……」

「……あの」

「ヴヴヴヴヴ……ヴヴーーー!!」

「っ!?」

 

 声をかけた清掃員からの反応がない。噴水内から出てきても、顔を俯いたまま動きもしない。不審に思った立香が再び声をかけると、今度は反応があった。

 唸るような濁った声を上げながら、話しかけた立香に両腕を大きく振り下ろして襲いかかってきたのだ。

 彼女の背後に控えていたランスロットが動いた。すぐに襲いかかってきた清掃員の左腕を掴んで芝生に放り投げ、自身の背後に立香を隠す。放り投げられた清掃員は、安っぽいデッサン人形のようにゴロゴロと芝生を転がったが、ダメージを受けた様子なくむくりと起き上がった。

 その時だ、深く被って帽子が落ちて顔が判明したのは。

 唸る半開きの口に、虚ろで焦点が定まらないどころか白目が剥き出しになった目、なのに顔面蒼白という訳ではなくむしろ肌艶がいい。明らかにおかしい様子だが、それよりも目を引いたのは眉毛……襲いかかってきた清掃員は、極太油性マーカーで書いたような極太の山型繋がり眉毛だった。

 

「眉毛?」

「極太繋がり眉毛」

「馬鹿みたいな眉毛」

「先輩!」

 

 あまりにも特徴のある眉毛に釘付けになっていると、他の清掃員たちが次々と噴水内から出てきて同じく唸りながら襲いかかってきた。

 マシュの声で振り向くと同時に、2名の清掃員が吹っ飛ばされる。アンデルセンが召喚した人魚像が吐き出す水流によって、空の彼方へと飛んで行ったのだ。

 

「どうして眉毛に気を取られているんですか! サー・ランスロット!」

「不覚!」

「マスター! こいつら、眉毛どころか全体的におかしいぞ! 本当に人間か!?」

「ドクター!」

『……っ! 彼らは()()だ! ホムンクルスでもない、魔術的な強化もされていない……肉体的には、ただの人間だ!』

 

 どういうことだ。立香の目に映るのは、どう見ても()()()人間とは断言できない人々がいる。どちらかというと、ゾンビと言ったしっくりくるだろう。

 しかし、ただの人間であるのなら派手に抵抗をすることができない。

 

「怪我をさせずに、無力化させて!」

「はい、マスター!」

 

 マシュが盾を出現させたと同時に、清掃員全員が一斉に襲いかかってきた。しかも、噴水の清掃をしていた清掃員だけではなく、別所の清掃に従事していたと思われる清掃員たちも次々と集まってくる。唸りながら、駆け足で。

 老若男女、大柄な肥満体形も小柄な痩身も入り乱れているが、全員に共通しているのはゾンビの如き反応と極太の繋がり眉毛だ。若い女性にも白髪の老人にも、毛根が強そうな黒々とした繋がり眉毛が生えているのである。

 

「何、こいつら!? 魅了が効かないんだけど! ムカつく!」

「動きは機械的ですが、妙に頑丈です」

「本当にゾンビなんじゃないの!?」

『いやマジでゾンビか!?』

 

 メイヴの「魅了」が効かず、一定数は悦ぶはずの彼女からの鞭を受けても無反応。個人の意志というものが感じられないが、サーヴァントに峰打ちをされても秒で起き上がるタフさがある。

 本当にゾンビのようだが、一般的ゾンビのように動きが鈍いという訳でもないようだ。

 アンデルセンに吹っ飛ばされた清掃員2人が不忍池に落ち、力強い高速クロールで不忍池を泳いでいるらしい。ゾンビらしからぬアグレッシブっぷりに、カルデア側でムニエルが驚きの声を上げていた。

 高速クロールといい、駆け足で集合してきたことといい、随分と体力を持て余したゾンビである。

 数は無限という訳ではない。噴水を掃除していたグループに、別所の清掃や樹木の剪定作業を行っていたグループが追加されても数は100に満たない。が、やっぱり異常に頑丈だった。更に、ブラシや箒や高枝切鋏などの武器も手にしてきやがった……使いこなせているとは言えないが。

 ただの人間相手に手加減をしなければならないこちらは、ただ消耗させられるだけだ。

 

「一旦退却しよう!」

「了解です!」

『待ってくれ立香ちゃん! そちらに接近してくる高速移動物体が!』

「何かがこっちに来てる!?」

『このエンジン音……間違いない、フェラーリF40だ!』

 

 唸り声をかき消すかのように迫って来るエンジン音。上野公園を突っ切って、最高速度324km/hで乱入してきたのは真っ赤なスポーツカーだ。

 イタリアが自動車メーカー、フェラーリがリアミッドシップが生垣を飛び越えて、立香たちと清掃員の群れの間に滑り込む……本の(ページ)が開かれるかのようにF40のドアが開くと、物語は始まった。

 これは、まだ地球が変わらない日々を過ごした頃の、必ず明日が来ると信じていた時代に差し込まれた、ささやかな狂詩曲(ラプソディー)である。

 

 

 

人情消失圏域 亀有

 

 ―――失われた両津




2016年
人理が焼却され、『こち亀』が最終回を迎えた年である。
でも正確には2015年に焼却されたので、まだ最終回を迎えていない可能性がある。
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