人情消失圏域 亀有――失われた両津   作:ゴマ助@中村 繚

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第3節 feat.レジスタンス 統合大作戦!

 中川が立香たちを連れてきたのは、昔ながらの住宅が並ぶ台東区の端っこだった。フェラーリF40がギリギリ通れるかの細い道が入り組んでおり、そこを通って車庫入れしたのは、高級車には不釣り合いなトタン屋根の倉庫だ。

 戦車(チャリオット)を消したメイヴと、マユゾンの中心から脱出してきたランスロットと合流して倉庫のシャッターを下ろすと、内部の床がエレベーターのように降下して地下の空間に招かれる。古びた車庫の地下にあったのは、白い壁とLEDの光に照らされた人工的な通路。フェラーリF40を乗せた通路は、ベルトコンベアーのように自動で動いて突き当りで止まった。

 

「秘密基地みたい」

「はい。ぼくたちレジスタンスの拠点への秘密通路です。どうぞこちらへ」

 

 突き当りの壁に掛けられた梯子が地上へと繋がっている。中川を先頭にして梯子を上り、彼らの拠点へ……地上へのトンネルを抜けると、そこは押し入れだった。

 

「中川! 無事か?」

「大丈夫です。麗子さんと本田さんは?」

「さっき着いたよ」

 

 チョビ髭を生やした中年男性と髪を結い上げた体格のいい女性、彼女の隣にピッタリとくっつく髪を二つ結にした小さな女の子が押し入れから出てきた中川を出迎えた。

 小太郎が部屋を確認してから立香も押し入れから出てくると、そこは品の良い襖の畳敷きの部屋。レジスタンスの秘密基地というにも不釣り合いな、でも民家とも言い切れない場所だった。

 

「なんだか旅館みたい」

「旅館ではなく、寿司屋じゃ」

「お寿司屋さん?」

「超神田寿司じゃ」

 

 髪を二つ結いにした女の子が教えてくれた。黄色いクマのヘアゴムがとても可愛らしい。

 位置情報を観測しているカルデア側からの通信により、今いる場所が東京都千代田区であると判明する。あの地下通路を通って微小特異点と化した圏域から出ていたようだ。

 レジスタンスの拠点もとい『超神田寿司』の客間で一旦落ち着いて、中川から葛飾区を始めとした一帯で起きている異変と、「両津勘吉」なる人物について説明してもらったのだが……想像以上のトンチキが現在進行中だった。

 

「……という訳なんです」

「……」

「突拍子もないトンチキなんですが、分かってもらえましたか?」

「……どうしてこうなった?」

 

 そして、冒頭に戻る。

 トンチキには慣れていたつもりだったが、そもそもサーヴァントではなく人間が2人に分離したあたりからよく分からなかった。しかし、経緯はトンチンカンだが、現在進行形で起きている事件は笑い飛ばせるものではない。『安全統制治安法』とネオ警視庁によって、東京の一部圏域が沈黙せざるを得なくなっているのだ。

 

「『安全統制治安法』の試験的導入によって、亀有は変わってしまいました。善の両津は、万引きや食い逃げを始めとした軽犯罪にも極刑を求め、リョーツGPX型ワクチンMrk.2の投与による懲役刑の執行を始めたんです。最初は、治安が良くなり肉体労働の人手不足が解消したと人々の支持を集めていましたが、だんだんとエスカレートしてしまったんです」

「子供をちょっと叩いた親がマユゾンに、歩きスマホで信号無視をした高校生もマユゾンに。更には、女性専用者に乗った男性も、男性部下に恋人がいないことを揶揄した女性もマユゾンにされたわ。みんながおかしいと気づき始めた時には、もう遅かった……『安全統制治安法』は葛飾区だけではなく墨田区へも導入されて、遂に台東区にまで」

 

 中川と、狙撃手(スナイパー)の女性こと秋本・カトリーヌ・麗子も、彼らの上司である大原大次郎もが善の両津を止めようとしても、最早彼らの階級では善の両津に面会すらできないほど、ネオ警視庁は地位を持ってしまっていたのだ。

 誰も善の両津を止められなかった。子供も女性も老人も深夜に気軽に外出できて、電車やバスで痴漢に怯えなくても、万引き防止のために監視カメラを設置しなくてもいいほど、犯罪は減り治安が改善された実績が数値として出てしまったからだ。

 だが、どんな完璧な平和も、必ず綻びが出て来るというもの。小さな不満が募り、重なり、アンチ善の両津の感情を持つ者たちが集まり始めた。

 今のままでは駄目だ、善の両津を暴走させたままにしてはおけない……中川と麗子を中心に人々が集まり、反ネオ警視庁を掲げるレジスタンスが結成され、そのレジスタンスを取り締まるためにネオ警視庁は住民へ外出禁止令を出して観光客を締め出し、大量のマユゾンを投入した。イマココである。

 

「ネオ警視庁が本格的なレジスタンスの取り締まりを表明してから、幾人かは離れてしまいました。特に、家族がいる方は……」

「観光客の締め出しと外出禁止令とは、そういう意味だったんですね」

「ええと、話を整理すると……事の発端は、両津って人が頭をぶつけて何故か2人に分裂した、んですよね。話に出ていた黄金の杯って」

「ぼくたちも、分裂初期に善の両津から聞いただけです。しかし、後に善の両津は桐坂さんから黄金の杯を譲り受けて厳重に保管しているとの情報を得ました。あの杯に、先輩が2人に分裂してしまった何かがある可能性は高いです」

 

 話の流れ的に、その黄金の杯は聖杯である。

 つまり、この時代に(何故あったか不明だが)聖杯があって、両津がそれに頭をぶつけたのが事の発端ということになる。これは、思った以上に厄介だ。

 

「私たちは、善の両津が持っている黄金の杯――聖杯を回収しに来ました」

「人理継続保障機関フィニス・カルデアです」

 

 立香とマシュは話した。自分たちは、善の両津が所有する聖杯を回収して東京を襲う異変を解決するためにやって来たことを。彼らはサーヴァントという、歴史上の偉人を使い魔として召喚された存在であり、立香は彼らを使役する魔術師であるということを。

 

「魔術師と、歴史上の偉人って……凄~い! ソシャゲみた~い!」

「……あの方、さきほど白バイに乗っていた方ですよね? 何だかさっきと性格が違うような」

「ハンドルを握れば性格が変わるタイプなんじゃないかな? よくいるみたいだし」

「両津が2人に分裂しただけでも信じられんというのに、またもや到底信じられんことが……」

「でも、今まで先輩の周辺で起きた出来事の中では、まだ信じられる方です」

「マジで両津って人の周辺でどんなことが起きてたんですか?」

 

 白バイのライダーこと本田速人は無邪気に喜んだが、大原は渋い顔で立香の背後に控えるサーヴァントたちに視線を向けた。だが、最終的には受け入れられた。

 彼らは今までどんな事件を経験してきたのか。と問われれば、オリンピックの年にだけ目覚めるエスパー警察官がいたり、未来から殺戮ネーチャンが襲撃してきたり、生身で戦国時代に飛ばされたり、天国と地獄を征服して追い出されたりと、今度は立香たちが理解不能な事件が羅列されるので割愛する。

 

「お兄さんは、風魔小太郎なのか?」

「はい。正確には、かつて存在した風魔小太郎の影です」

「北条氏直に仕えた五代目かのう。レモンは『風来忍法帖』が好きじゃ」

「お若いのに渋い作品を好みますね」

「風魔小太郎がいるのなら、水戸光圀公や長谷川平蔵もいるのか?」

「カルデアには召喚されていませんが、主殿と縁があればいずれは邂逅するやもしれません」

「レモンも一度はお会いしたいものじゃ」

 

 小太郎に尊敬の眼差しを向ける少女、擬宝珠(ギボシ)檸檬(レモン)とその姉の(マトイ)は両津の親類であり、ここ『超神田寿司』は彼女たちの実家だという。そして、立香の目の前には美味しそうな握り寿司が立派な漆塗りの桶にズラリと並んでいる。お茶と一緒に出て来たのだ。

 中川の説明が一区切りついたので、立香は一息ついて握り寿司に手を伸ばす。最初は白身の魚からと、ヒラメを口にする……何だこれは、滅茶苦茶に美味しい。

 シャッキリとした歯ごたえのヒラメと、酢の酸味と甘味が絶妙なシャリがワサビの刺激を伴って口の中で解けて消えた。特にシャリが凄く美味しい。ほのかに温かく、でもネタの鮮度を殺さない絶妙な温度とお米本来の旨味の調和を今まで経験したことがない。

 立香にとっては、人生初の高級寿司である。職人技に感動しながらもう一貫、次は中トロを口に運ぶ……一瞬で溶けた。

 

「美味しい……!」

「良かった。どんどん食べてくれ」

「さて、あらすじも把握できたところで本題に移るか。俺たちのような外部の不審者一行に協力を求めるということはだ、善の両津への対抗策として何らかの計画があるということだろう」

「はい。レジスタンスを本格的に結成する以前に、善の両津を止めようと水面下で動きましたがすべて失敗してしまいました。善の両津は、オリジナルとなった両津勘吉――先輩の弱点がないんです」

「両津さんの弱点とは?」

「金です」

 

 金。つまり、Moneyである。

 本来の両津なら、自分が着手している事業が金になると理解して稼ぎ始めた途端に綻びが出てくる。調子に乗って極端な金儲けに走り、風船のように膨らませ、欲張ってもっともっとと大きくした次の瞬間には破裂して自滅する。まるで天が両津を許さないと言わんばかりの災厄に襲われ、一枚上手の何者かに横から搔っ攫われ、最終的には一文無しどころかマイナスになって失敗するのがお約束だ。

 金とは、両津の好物であると同時に弱点である。

 中川と麗子は、裏から手を回し第三者を使って善の両津に金儲けの話を持ちかけて罠にかけようとした。が、すべて拒絶されたうえに、一部の者は贈賄罪としてマユゾンにされてしまったのだ。

 善の両津は金に対する執着がない。故に、弱点がない。

 

「先輩の弱点は、悪の両津に残留してしまったと結論付けました。なのでぼくたちは、善の両津と悪の両津を統合し、元の先輩に戻そうとしたんですが……悪の両津は、隔離していたシェルターを破壊して脱走。行方不明になってしまったんです」

「何で核戦争に耐えられるシェルターが破壊されているんですか」

「つまり、中川さんたちの計画とは。悪の両津さんと探し出して善の両津さんと統合し、元の両津さんに戻そうということですね」

「はい」

「まったく……2人になって二倍以上の迷惑かけよって、あのバカが」

「と言うか。最初の時点で、分裂したままで放置していたのが原因ですよね」

 

 立香の指摘が大原の図星を突いた。嘆いていたはずの大原の表情が一瞬にして冷や汗塗れになる。

 大原が善の両津だけを受け入れ、悪の両津は不要と隔離したため、両津は分裂したままで各々の暴走を招いた。そう考えれば、元凶は彼にあったりする。最初の時点で、元の両津に戻せばこんなことにはならなかったかもしれない。

 

「いやしかし、悪の両津はあいつの強欲で本能に忠実な部分が分離した存在なんだから、不必要と思うだろう」

「あら、随分と傲慢ね。強欲で何が悪いの?」

 

 供された清酒を飲み干したメイヴが紅い舌が、酒精で濡れた己の唇を舐めた。男を誘うように蠱惑的に動く舌と眼差しが向けられると、部屋の隅にいた本田は秒で鼻の下を伸ばし、纏は頬を赤くした。

 やはり、相手がマユゾンだったから効かなかっただけであって、彼女の「魅了」スキルは健在である。

 

「権力が欲しい、富が欲しい、良い男と恋したい、寝たい……己の感情に素直になることが悪だなんて。食べることだって、生きたいって願うことだって、立派な人間の欲望なのに。欲しいんだから仕方ないでしょう」

「はい、あーん」

 

 立香がサーモンを食べようとしたら、メイヴが隣にくっついてくる。手にしたままのサーモンの握り寿司を「あーん」と食べさせると、立香の指ごと食べてしまい、「ちゅっ」とリップ音を立てて立香を解放した。

 本田が奇声を発する。

 

「悪と切り捨てた欲望も、背景と演出次第でマッチの灯りに映る儚く清い夢にもなる。思春期の少女がアイドルに夢を見ている姿は微笑ましいが、三十代の成人男性がアイドルに熱を上げている姿はグロテスクだろう」

『今、聞き捨てならないことを言ったな!?』

「悪の両津は“悪”と断じ得ない。では……善の両津は、()()()()()()()()()

 

 アンデルセンの言葉で、その場に緊張が走る。通信で乱入してきたロマニでさえ言葉を失った。

 爆弾を投げ込んだ本人は、悠々と四貫目となる穴子を口にする。タレも美味い。

 

「便宜上、善と悪に呼び分けたが、各々の両津がそれらの性質であるとは断言できない。悪が“悪”でなければ、善は“善”でもない可能性があるということだ。現状どうだ。奴がやっていることは、両津勘吉という男が着手する善行と言えるか?」

「……確かに。善の両津には、不可解な部分があります。先輩は、良心がありません」

「そんな人間いるんですか」

「しかし、正義感がない訳ではありません。先輩の正義感は、あの人の生まれ育ちから構築され、自身の中にある信念に裏付けされたもの。一言で言えば、下町育ちの義理人情が先輩の正義です」

「そういえば……善の両津には、両ちゃんとしての部分がないわ」

 

 長い付き合いだ。両津の正義感は、両津の良いところは彼らが一番よく知っている。

 善の両津が、オリジナルの両津の正義感の部分であるかと問われたら、断じて違うと言い切れる。

 例えば、あの日……中川が善の両津に違和感を覚えた、夏休みの時期に起きた少年の万引き事件に、オリジナルの両津がいたらどうなっていただろうか。

 あの事件の背景にあったのは母子家庭の貧困だ。離婚した父親は養育費を一銭たりとも払わず、パートを解雇されて次の仕事も見つからなかった母親は、精神的に追い詰められて家に帰らなかった。

 オリジナルの両津ならば、黙秘する少年から本音を聞き出すために多少の手荒なことはするだろう。しかし、子供を犯罪者扱いなどしない。少年の事情を知ればいなくなった母親を探し出し、母親から事情を聞けば離婚した父親を探し出して殴り込み、養育費をぶん獲って来るぐらいはするはずだ。自分の伝手や、中川に頼んで母親の次の仕事を斡旋もするだろう。

 警察官が踏み入れる領域ではないが、オリジナルの両津ならば確実にやる。それは警察官としての業務ではなく、両津勘吉という男の義理人情から来る行動だからだ。

 だが、善の両津にも悪の両津にも、本来あるはずの義理人情を感じられない。善の両津が、オリジナルの善行の根源とも言える美徳を持っているかと問われれば、中川も麗子も、大原でさえも「否」と答えた。

 

「待ってくれ、頭がこんがらがってきた。つまり、どういうことだ?」

「つまり、「両津勘吉」という人間を構築する要素が、圧倒的に足りんということだ」

「……」

「もしかしたら、善と悪を統合しても、元の両津さんには戻らないのかも」

「……失礼するよ」

 

 そっと襖が開けられた。『超神田寿司』の大女将であり、両津の大叔母で纏と檸檬の祖母である夏春都(ゲパルト)が顔を出す。側には温かいお茶の入った急須があるが、ただお茶のお代わりを持って来ただけでもなかったのだ。

 

「檸檬」

「……」

「もう隠し通せないよ」

「ばあちゃん……うん」

「みんな、ごめん!」

「どうしたの、マトイちゃん?」

「実は、隠していたことがあって」

 

 何か思いつめたかの表情をしていた檸檬が、祖母の言葉と共に一旦客間から出て行ってしまった。同時に、纏が中川たちに向けて頭を下げる……彼女たちが隠していたのは、物語を構築するうえで足りなかった大部分。それが、檸檬に手を引かれてやって来たのだ。

 

「連れて来た」

「っ!!? ギャーーー!?」

「っ、マユゾン!?」

「下がってくださいマスター!」

「せ、先輩!?」

「両ちゃん!?」

「両津!? どうしてここに!!?」

「……え」

 

 檸檬が連れて来たのはマユゾン――ではなく、マユゾンと同じ眉毛の中年男性。まるで死人を見たかの如き悲鳴に出迎えられたその人が、散々話題に出ていた騒動の中心人物であり、2人に分裂したはずの張本人。

 両津勘吉がそこにいたのである。




中川(ライダー適正あり)と麗子(アーチャー適正あり)は、「魅了」無効耐性あり。
そして、纏はメイヴちゃんによってエステにぶち込まれる適正あり。
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