人情消失圏域 亀有――失われた両津   作:ゴマ助@中村 繚

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第4節 TRIKAN

 聖杯

 伝説に語られる、かの救世主の血を受けた杯。または、注いだ水を葡萄酒に変える奇跡の御技。すなわち、手にした者の願いを叶えるチカラの具現化。

 あまりにも強大な力のため、側にいた人間が願わずとも何かの拍子で何かが起きる……例えば、頭をぶつけた人間の中からある要素を抽出して実体を与える、とか。

 

「屯田さん、私です」

『こ、これは両津ネオ警視庁長官! どういったご用件で?』

「『安全統制治安法』の施行地域に千代田区を追加してください」

『えぇ?! つい昨日、台東区を追加したばかりでは……』

「この国の首都機能と金融機関の心臓部が密集した最重要区域です。レジスタンスの暴動による危険があるならば、それらを防衛するために徹底して統制すべきです。急ぎプレスリリースの発出と、関係各所への根回しを」

『しょ、承知しました!』

 

 これで、あと1時間もしない内に千代田区もネオ警視庁の管轄区域に追加される。

 どこかの建物、鍵のかかったネオ警視庁長官室の簡素なデスクと椅子に座る善の両津は、何重にもロックをかけた金庫を開けた。中から取り出したのは、黄金に輝く杯――桐坂邸から発見され、善の両津が誕生するきっかけとなった聖遺物、聖杯だ。

 悪の両津が隔離されて「両津勘吉巡査長」としての地位についてから、善の両津は聖杯について徹底的に調べた。そして見つけたのは、桐坂邸の蔵から発見された、桐坂の婆さんの父が残した手記。万能の願望機こと聖杯を欲し、財産のほとんどを手放して手に入れたのは良いが偽物だった、聖杯は願いを叶えてくれなかったと怒りと嘆きと絶望が書き記されていた。

 しかし、聖杯は偽物ではなかった。沈黙していた聖杯は、オリジナルの両津か頭をぶつけたのをトリガーに起動し始めて奇跡を起こしたのだ。そして、聖杯が起こす奇跡は、聖杯でできることは現状だけではなく……秘められた魔力をリソースに、かつて歴史に名を刻んだ英雄の影を召喚することもできる。

 ただし、希望する英雄――英霊をサーヴァントとして召喚できる訳でもない。

 

「よう相棒! 相変わらず不景気そうな顔してんな!」

「Mr.コロンブス。千代田区に隣接している区域に派遣されている懲役囚を、この地点に向かわせなさい」

「なんだ、また一斉検挙って奴か? 良いねェ、また使える奴隷が増えるってのは!」

「奴隷ではありません。彼らは懲役囚です」

「犯罪者から奴隷に成った奴らなんでいくらでもいる。クソ迷惑なことしかできねェ連中よりは、奴隷の方が価値がある。ある意味出世だぜ。あのマユゾンとか呼ばれている奴隷は、その点最高だ! 疲れもしねェ、力もある、主人に従順! コンビニの廃棄飯を与えても文句を言わねェ。それが、逮捕・検挙の名前で補充されていく。夢の奴隷だ!」

 

 誰もが名を知る歴史上の偉人も、成した偉業とその先の悪行の数々を知らない人間は大勢いる。そして大体は、漫画で分かる世界の偉人的な児童書には書けないことをやらかしている。

 アメリカ大陸を発見した偉大なる冒険家も、上陸した先で行ったのは略奪と虐殺だ……追い求めたのは未知なる浪漫ではなく、未知なる富を我が物にする俗物的なビッグ・ドリーム。

 ライダー:クリストファー・コロンブス

 何故に来たかは知らないが、善の両津はこいつをサーヴァントとして召喚してしまったのだ。

 

「懲役囚たちを千代田区へ向かわせて、貴方は台東区にあるレジスタンスの拠点を落としなさい。中川やボルボの伝手で、武器と共にそれらの扱いに長けた武闘派連中が詰めているようです」

「ハッハー! そりゃ頑丈な奴隷が手に入りそうだぜ!」

 

 コロンブスにはリョーツGPX型ワクチンMrk.2を投与されている懲役囚、もといマユゾンの管理と指揮を任せているが、素直に欲深いのがいただけない。しかし、マユゾンの統率に長けているのは事実である。

 そこだけを見るならば、非常に貴重な人材だ。

 

「千代田区にあるレジスタンスの拠点、超神田寿司は貴方が制圧しなさい」

「あれはお前の親類ではなかったか」

「親類だからと言って、手心を加える必要はない。むしろ、今までは親類だからこそ放っておいたのに……レジスタンスに手を貸しているのなら、超神田寿司も反抗勢力と見なします」

「解せんな。そんなにも怖いか」

「厄介なのです。大原部長はともかく、中川と麗子を始めとした一部のレジスタンスメンバーの財力や人的支援は、一歩対処を間違えれば国際問題にも発展する可能性もある……今の内に叩くべきです。準備が出来次第、即突入を」

「承知した。オレは、マスターの槍として振る舞うだけだ」

 

 初手で星5を引いてしまったら、次もレアが来るのではと期待してしまう。が、実際に引いてみたらハズレだったという流れがお約束だ……やはり、ギャンブルなどするべきではない。

 聖杯を使ってサーヴァントの召喚を試みた善の両津は、最初の召喚でURのサーヴァントを引いていた。

 無敵の黄金の鎧を身に纏い、神殺しの槍を授かった叙事詩の英雄、太陽神の息子。

 ランサー:カルナ

 彼は、善の両津に忠実で理想的なサーヴァントであった。

 マユゾンの物量作戦だけでは制圧できなかった反抗勢力も、カルナの武力によってアッサリと白旗を上げたのはつい先日の出来事だ。コロンブスのように個人的な欲に奔らず、善の両津の指示通りに槍の如くそこにあるだけ……実に、使い勝手の良い召使(サーヴァント)である。

 

「弁護人制度の廃止要求の資料作成と、新たな懲役囚の収容所の建設……またサーヴァントを召喚するか」

「……おいコラ、わしのこと忘れさんな」

「貴方は邪魔にならないように、そこのソファーで安酒でも飲んでなさい」

「なんらそりゃ?! 人斬りとしてわしのこと呼んだがじゃろうが!」

「呼んでない」

「龍馬と間違うて呼んだがじゃろうが!!」

 

 サーヴァントを召喚する際に、希望するサーヴァントに縁のある品物――つまり、触媒を用意して縁を辿るやり方があると知った善の両津は、曽祖父のため吉が所有していた代物を触媒として用意した。触媒を用いて、幕末の英雄、坂本龍馬を召喚しようとしたのだ。

 歴史的価値はないが、縁はある……と思われるため吉コレクションの中の、龍馬が鼻かんだちり紙を触媒とした。

 のだが。

 

『ぶえっくしょんっっ!』

『汚っ! 鼻水垂れちゅーぜよ。拭け』

『ずびっ……ありがとう、以蔵さん』

 

 鼻をかんだ坂本龍馬ではなく、ちり紙の元の持ち主が来てしまったのである。

 アサシン:岡田以蔵

 幕末四大人斬りが1人を間違えて召喚してしまった。間違えて召喚してしまったので、善の両津は以蔵を完全に持て余していたのである。

 

「人斬りは呼んでいません。傷害罪になってしまうじゃないですか。カルナくんのように手加減してくれるならまだしも、人を斬る一芸しかないのなら能力不足です。不採用!」

「この……! 大人しくしとりゃぁ好き放題言うて」

「が、人間相手ならそうなります」

「は?」

「サーヴァントを連れた、カルデアのマスターと名乗る人物。カルデアの目的はこの聖杯です。サーヴァントは人ですが、()()ではありません。サーヴァントを斬ったら、傷害罪にも殺人罪にもなりません。頃合いを見て働いてもらいます」

「そうやか。ほんなら……斬る」

 

 聖杯の所有者は善の両津。

 善の両津は聖杯を使い、3騎のサーヴァントを召喚している。

 一方の立香たちは、この東京に召喚されたサーヴァントの存在は未だ知らず……善の両津とも悪の両津とも違う、第三の両津と対面していたのだ。

 

「まさか、この人が両津勘吉さん?」

「せせせせせ、せんぱーい!? ここっ、ここがバレたんですかーーー!?」

「でも、何だか様子が変よ」

「……レモンに呼ばれてきてみたが……もしかして、シェフを呼んでくれとかそういうことか!」

「え」

「わしの寿司が美味かったから、シェフに直接お礼を言いたいってことだろお客さん。そうならそう言ってくれれば~あ、でも、チップは夏春都に禁止されてるからNGで」

「……本当に、両津なのか?」

「先輩?」

「ん、お客さんたち、どこかで会ったことあったか? 一回会った奴の顔は忘れないんだが……」

「両津!」

 

 中川や麗子を始めとした、レジスタンスのメンバーが驚き、ポカンと呆気にとられている中で、大原が両津の胸倉を掴んだ。様子がおかしい……否、善と悪の2人に別れたはずの両津がこの場に現れたのが、おかしい話なのだ。

 

「このバカが! 一体何の目的でネオ警視庁なんか……! この大バカ者が!!」

「な、何するんだこの野郎! 初対面の相手にバカバカ連呼しやがって! お客様だと言っても神様じゃねェぞバカ野郎が!!」

「……先輩、ぼくたちのことが分からないんですか?」

「それにさっき、チップは駄目って……確かに、粗っぽいところは両ちゃんだけど、何だかいつもより穏やかというか。いつもよりお金への執着がないと言うか」

「こいつ、自分が()()()だと分からないみたいなんだよ。同僚のことも、葛飾署のことも、警察に関わることは何一つ覚えていない。あたしらや超神田のことも、自分の生まれもしっかり覚えていたのに、そのことだけがすっぽり抜け落ちているんだ」

 

 夏春都が語るには。夏の暑い日、突然両津が『超神田寿司』にやって来たと言う。

 いつもの警察官の制服で、サンダルを履いて、どこか千鳥足でフラフラと「ただいま」と言って帰って来たのだ。

 

「勘吉! お前まだ仕事中だろ!」

「仕事……わしの、仕事……?」

「何ふざけたこと言ってんだい」

「何となく、ここに足が向いたんだが……ここは、超神田寿司でいいんだよな」

 

 いつもの両津じゃない、様子がおかしい。夏春都がそう感じたその時、厨房で大きな音がした。板前の1人が腱鞘炎を起こし、手にしていた皿を落として割った音だった。板前は病院に運ばれて即入院、本日の予約に対応できる料理人がいなくなってしまった。

 急なトラブルで『超神田寿司』の厨房に焦りが漂い始めたその時、両津が寿司を握ったのだ。その手際は、まさしく夏春都が徹底的に叩き込んだ『超神田寿司』の技術……様子はおかしかったが、両津が自発的に板前として働き始めたのでその日は何とか乗り越えた。

 その日に夜に両津が語るには。どこかの家で頭をぶつけたのは覚えているが、どうしてぶつけたかは覚えていない。本能に従って『超神田寿司』にやって来たらしい……気絶していた地下倉庫に、他にもう2人が倒れていたのには気がつかなかった。

 

「それから、勘吉がおかしくなったとか生まれ変わったとか、葛飾署で騒ぎになっただろう。うちにもどうしてか勘吉がいて、訳が分かんなくて。中川さんたちには知らせようとか思ったんだけど、レモンが反対したんだ」

「……何だか、嫌な予感がしたんじゃ。カンキチが、もっとおかしくなってしまうような」

「そうしたら、現状これだよ。檸檬の予感どおり、呆れるほどおかしいことになっている」

「えーと……つまり、どういうことだってばよ?」

『つまりだね。両津勘吉は善と悪の2人に分かれたのではなく、()()()()()()()()()!』

 

 と言うより、オリジナルの両津勘吉から、善と悪のぞれぞれの両津に該当する要素が抜け落ちた。つまり、この場にいる両津はそれらが欠落した余り……と、カルデア側のダ・ヴィンチちゃんは結論付けた。

 この両津――仮称、中庸の両津には、自身が警察官だった記憶も、同じ派出所のメンバーを始めとした警察官時代の同僚たちの記憶もない。しかし、『超神田寿司』で仕込まれた板前としての技術もあるし、擬宝珠家の人々のことも実家の家族のことは覚えている。そして何より、オリジナルの両津と比べて金への執着がまっっっっったくないのだ。

 

『あくまで仮定の話だけど、聖杯に頭をぶつけた両津勘吉という人物から、「警察官」という要素と「欲望」という要素が抽出されて実体を得たんだ。だから、善の両津は「両津勘吉」の善の部分ではなく、あくまで()()()としての部分だったということだ』

「それと同じで、悪の両津さんはお金への執着を始めとした()()の部分だったということですね!」

「身を滅ぼすほどの金への執着がない両津勘吉が、警察官にならなかったIf(もしも)ルートの存在とも言えるか」

「何だか納得した。この勘吉は、いつもの勘吉と違って……何か、こう、綺麗な勘吉って感じだったから」

「マトイ、それってどういう意味だ!」

「あの! 超神田寿司よりももっと高給な料亭への転職をご紹介できるんですが」

「悪いな兄ちゃん。わしはここが気に入っているんだ。また気が向いたらスカウトしてくれ」

「やっぱり、いつもの先輩じゃない……!」

「確かに、綺麗な両ちゃんだわ」

 

 この、綺麗な両津こと中庸の両津は、間近で見ていた纏曰く、THE下町育ちの気の良い職人のおっさんとのこと。

 喧嘩っ早いところはあるが、その根源にあるのは生まれ育ちの環境で育まれた義理人情。つまり、両津本来の正義感は中庸の両津に残っていたのだ。

 

「善の両津は、両津さんの警察官の部分。それがどうして、『安全統制治安法』……とかいう法律を?」

「合法的に動けるようにするためだろう。我々警察官は、法を順守しなければならないからな。そこまでして、警察官の職務に忠実であろうとしたか……あいつには、配属されたその日から、徹底的に警察官のいろはを叩き込んだ」

「警察官であろうとして、暴走しているってことなのかな。みんなが安心して暮らせる町を作ろうとして」

「あいつが頑固なのは、わしがよく知っている。あのバカが……」

 

 大原が目頭を押さえて俯いてしまった。理想的な警察官であろうとしたのかもしれない。

 だが、これで立香たちが何をすべきかがはっきりした。両津が3人に分裂してしまったのなら、元に戻せばいい。中川たちが最初に立て計画を実行に移すべきだ。

 かくして、レジスタンスとカルデアは、善の両津と中庸の両津を統合する『両津勘吉統合大作戦』に着手する。

 

「人間から特定の要素が抜け落ちた、か……こんなこともあるもんだな」

「……あ、ああ。そうだね」

「どうしたんだいロマニ」

「いや、何も!?」

「フォウ?」

 

 こちらカルデア側。立香たちがレジスタンスとの協力体制を確立させた裏で、ロマニの手元のディスプレイには、とある人物たちのプロフィールが表示されていた。

 中川圭一。世界的大企業『中川コンツェルン』の御曹司。

 秋本・カトリーヌ・麗子。これまた世界的貿易企業『秋本貿易』及び、『秋本貿易』の親会社であり世界的ファッション企業『マリィ・ローラン』の社長夫婦のご令嬢。

 どちらも、カルデアが資金難で喘いでいた頃に融資を受ける候補として目を付けていた大企業だ。つまり、経済界の大物一族である……何故、東京で警察官をしているんだ。何か粗相があったら、2014年時点のカルデアが経済圧力的なアレで潰されたりしないよね。

 微小特異点の記憶、無事に消えてくれ。

 予想外すぎるVIPの登場にロマニの背中には冷や汗が流れ、フォウさんはそんなロマニを訝しげに眺める。とその時、カルデアの中央管制室内で緊急ブザーが鳴り響いた。

 

「っ! 巨大な魔力反応を感知! 立香ちゃん、マシュ! 後ろだ!!」

 

 さあ、ここからが本番だ。

 太陽の熱が如き炎によって、強制的に幕が開かれた。




善の両津が召喚したサーヴァントがどうして来たか?
カルナさん→呼んだら来た
レジライ→(オリジナル両津との)相性
以蔵さん→触媒ミス

設定練り上げた当初は、両津が「来い!」って呼んだら来てくれるのカルナさんぐらいかと思って召喚したけど、今なら言える……オリジナル両津がわし様に似てたから来たんだろうね。
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