人情消失圏域 亀有――失われた両津   作:ゴマ助@中村 繚

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第6節 海パン&ストッキングwithガーターベルト

 カルナが撤退した。

 マスターである善の両津からの指示と思われるが、カルナが退いてもマユゾンの大群は止まらない。

 単純な命令……この場合は、カルデアを攻撃して確保せよ、などという命令を受けたマユゾンたちは何百人もの群勢で正面から背後から襲って来るのだ。

 

「上野より数が多い! こんなにたくさんの人たちがマユゾンに……?」

「中川さんたちの話では、『安全統制治安法』施行の時点で刑務所に服役していた囚人や、拘置所にいた被疑者もマユゾンにされたと仰っていましたが、それでも数が多すぎます! 大多数の方々が、本来は罪に問われない理由でマユゾンにされているのかと」

 

 マシュの盾の向こうに見えるマユゾンの姿。両津を象徴する眉毛を除けば、ほとんどが町中を歩いていそうな人々ばかりだ。年老いた男性も、妙齢の女性も、まだ10代と思われる青年も、みんな揃いの刑務服姿でゾンビのように襲って来る。

 大多数が、元は無辜の一般人だったはずの有象無象。その中に、顔に傷があったり、髪型がパンチパーマとかヒャッハー!な臭いのする世紀末的なモヒカンのマユゾンも紛れているが……きっと、あれは問答不要の犯罪者の類いだ。多分。

 とにかく、善の両津の良心なき執行の犠牲者であるマユゾンたちに苦戦しているのには変わらない。ランスロットが手加減して薙ぎ払っても数秒で復活するが、鬱陶しいとサーヴァントの高火力で攻撃してしまえば再起不能にしてしまうので、手加減が難しいのだ。

 

「マスター! このままマユゾンを突っ切れば中央区に入れます」

「中央区には、『安全統制治安法』が導入されていない……っ! マシュ!」

 

 真正面からぶつかって来るマユゾンを押し戻すマシュの死角を突いて、中年男性のマユゾンが襲いかかってきた。盾に弾かれることなど恐れずに、大きく腕を振り下ろしてマシュに覆い被さろうとした……その時だった。マユゾンの顔面に、サンダルが突き刺さったのは。

 

「サンダル?!」

「ヴ……」

「てりゃーーー!」

「左足が飛んできました!」

 

 顔にサンダルが突き刺さって「*」な顔になったマユゾンだったが、ガッツを発動したのか倒れなかった。しかし、再び飛んできたサンダルの追撃でオーバーキルだったようで、顔に左右のサンダルが突き刺さったまま倒れた。

 一体何事かと、気合の入った掛け声の先を振り向けば、サンダルの持ち主こと中庸の両津がそこにいた。飲み込まれたマユゾンの大群をかき分け、マユゾンの頭を足場にジャンプしながら移動してこちらに迫ってくる。そして、メイヴの正面にいたチャラそうな男のマユゾンにドロップキックを叩き込んで吹っ飛ばし、倒れたマユゾンの顔に刺さったままのサンダルを回収した。

 

「テメェら! 女子供に何してやがる!!」

「中庸の両津さん!?」

「オイ、その女子供には俺もカウントされているのか?」

「ありがとうございます」

「やいコラ! よくもわしを揉みくちゃに流してくれたな! 桃太郎の桃じゃねェんだぞ!」

 

 中庸の両津――長いので、暫定的に「両津」と呼ぼう。襲ってくるマユゾンを殴って投げてと、見事に1人で撃退している。ちなみに、女性のマユゾンは道路沿いに立っていた幟を被せて結び、手早く無力化していた。

 確か大原曰く、ゴリラ並みの体力・持久力、チンパンジー並みの身軽さ、ゴキブリ並みの生命力だったか。

 分裂しても元の身体能力は変わりなく、ゴリラ並みの暴れっぷりでマユゾンを撃退すると、その内の1人の胸倉を掴んで引っ張り上げた。

 

「貴様らの親玉はどこにいる?」

「ヴ……」

「答えろ!」

「その人たちは、何も答えられません! ゾンビみたいに単純な命令を聞くことしかできないそうです」

「何だそりゃ? そう言えば、よく見れば不気味な気が……」

「本当、物言わぬ奴隷とかくだらないわ。「メイヴちゃん、サイコー!」も叫べないんじゃあ家畜以下よ。罪人が女王を讃えないのなら、讃えるように躾けてやるのが良いんじゃない」

 

 メイヴが道路に伏したマユゾンの尻を鞭で叩いた。叩かれたマユゾンは何も言わず、ただスイッチが切れたかのように倒れたままだ。「痛い」とか「ありがとうございます」とか、何も反応を示さない。

 自我はなく、物言わず、ショートした思考回路は与えられた命令を愚直に遂行するだけ。命令を切り替えれば、雪崩のように物量作戦で押し流すこともできる。

 だが、そこに人間の尊厳はない。既に犯罪者に対する刑罰執行という体さえ成していないのだ。

 そんなマユゾンたちがこれからもどんどん投入されていくとなると、こちらは疲弊してしまう……長期戦を覚悟して身構えると、急にマユゾンの大群が引いていった。

 潮の満ち引きのように、波のような大群がザァーっと引いたのだ。一体どういうことか?

 その答えは、次の瞬間に判明した。己の信念(ポリシー)と戦闘スタイル故に、オーディエンスを退避させたのだ。

 ビルの屋上から人影が飛び降りて来た。新手かと、マシュが盾を構えて立香の前に出る。スーパーヒーロー着地で登場したのは、堀の深い顔立ちをした男性だった。

 鍛えられた肉体と拳銃で武装し、太い首には赤いストライプのネクタイをしている……が、何故か下半身は、海パンしか履いていなかったのである。

 

「股間のモッコリ伊達じゃない! 陸に事件が起きた時、 海パン一つで全て解決! 特殊刑事課三羽烏の1人! 海パン刑事(デカ)……ただいま参上!!」

「……海パン?」

「海パン……デカ?」

「何で海パンなんだ?」

「我々、特殊刑事課は、警視庁のエリート刑事のみで構成されたチームだ」

「そこは聞いてない!」

 

 カルデアと両津の前に現れたのは、特殊刑事課のエリート刑事こと汚野武。通称、海パン刑事。

 姿だけを見ればただの変質者だが、その正体はネオ警視庁側の追加戦力である。こんな姿(ナリ)でも検挙率100%のエリート刑事なのだ。

 

「服装以外は、鍛えられた肉体の勇士だが……」

「何故、水着姿に? 呪いか何かでしょうか」

「私は隠し事が大嫌いな性分でな。どんな凶悪犯相手にも、身を飾らずに誠意を持って接するのが信念(ポリシー)だ。そして、裸ならば衣服が身体の動きを阻害せず機敏に動ける」

「理に適っている。なるほど……なるほど?」

 

 小太郎が納得しかけてしまったが、呑まれてはいけない。相手のペースに持ち込んではいけないのだ。

 人気のない東京の、道路のど真ん中に仁王立ちする筋骨隆々の海パン……不気味な光景である。

 

「君たちに伝えておこう。中央区に向かっているようだが、もうじき中央区でも『安全統制治安法』が施行される」

「ええ?!」

「私としても無益な争いは控えたい。レディと戦うのも不本意だ。人間は、対話というコミュニケーション手段を持っている。例え凶悪犯でも、国家の転覆を企むテロリストでも皆同じ人間。飾らぬ姿で正面から向き合い、全てを曝け出した先の和解が理想だ……降伏を! そして両津、貴様を連れて来いというのがネオ警視庁長官からの命令だ!」

「ネオ警視庁長官? 誰だそのバカみたいな肩書きの奴は」

「自分だ」

「何かサラッとテロリスト認定受けてる」

 

 無益な争いを避けたいのは立香も同じであるが、ここで降伏してしまったら待っているのはマユゾン化の末路だろう。それに、両津を渡してしまったら『両津勘吉統合大作戦』が機能しなくなってしまう。

 両津は3人に分裂したまま、善の両津もネオ警視庁も止めることができなくなってしまう。

 海パン刑事への回答は……「否」

 それだけである。

 

「力ずくでも先に行きます」

「残念だ。では、正々堂々、特殊刑事課の名に恥じないようにお相手しよう!」

「……ん? オイまさか! やめろ!!」

 

 海パン刑事が、自らの海パンに手をかけた。

 まさか、そんな、そんなことが……嫌な予感がした両津が止めようとしたが、まさかのまさかだった。

「きたの」と名前が書かれた黒い海パンが宙を舞う。正々堂々、隠し事は何もせず武器も持たず、裸一貫で戦うという姿勢に誤りはない。

 海パンを脱ぎ捨て、拳銃を投げ捨て、ネクタイだけを身につけた全裸の海パン刑事が、そこにいた。

 

「さあ、かかって来い!」

「何がかかって来いだ! ただの変態じゃねェか!!」

「駄目マシューー!!?」

「せせせせ、先輩?!」

「マスター!!」

 

 立香が大慌てで腕を伸ばし、背後からマシュの両目を塞いだ。同時にランスロットも腕を伸ばし、背後から立香の両目を塞いだのである。

 

「マシュは見ちゃ駄目……! 純真なかわいい後輩に何見せてんだーー! マシュは穢れちゃ駄目!!」

「マスター貴女もです! うら若き乙女が、あのような悍ましいモノを見てはいけない……!」

「せ、先輩! しかし、前が見えないと戦闘が……!」

「しなくて良い! 小太郎くん……」

「承知しました。あの汚らわしいモノを切り落として参ります」

「殺意高い!」

「へぇ〜……」

「メイヴちゃん? よく分からないメニューを注文したけど、想像より良い物が出て来たって感じの声がするよ!? アンデルセンは……咽せるほど爆笑してるな!」

 

 これを混沌と呼ばずに何と呼ぶ。

 一方で、カルデア側も阿鼻叫喚の騒ぎになっていた。

 

『リアルタイムモザイク処理の術式流せ! 早く!』

『女性職員は一旦外へ!』

『ドクター! 男も逃げたいです!』

『これは……初めて見る形だ』

『技術顧問?!』

『希望者は後日カウンセリングを行う! 何でこんなことに……記憶しちゃったエルロンがかわいそうだろう!!』

『フォーウ! フォフォーウ!』

 

 カルデアの記録にこれが残るのは嫌すぎる。

 

「げっふ……で、どう相手するマスター? ダビデ像の首をあいつとすげ替えるネタしかないぞ、今の俺には!」

「それも何か嫌!」

「ダビデ像だと……なんたる侮辱! 温厚な私でも流石に怒るぞ!」

「しょうがないわね。立香、先に行きなさい」

 

 未だにマシュの両目を塞いで、自分の両目も塞がれている立香が指示を出せないならば、この場から逃がして先に行かせた方が戦いやすい。そう判断したメイヴが、颯爽と海パン刑事の前に立ち塞がったのである。

 

「アレの扱いなら、得意だから」

「メイヴちゃんサイコーーー!!」

「仕方がない。少々手荒に逮捕させてもらおうか、レディ……海パンキーーーック!!」

「メイヴキーーーック!」

 

 履いていないのだから海パンは関係ない蹴りを、自身の死因さえも撃墜できるほどに鍛え上げた女王の蹴りが出迎えた。

 

「何だこの変態の戦いは……」

「ネタとしてなら最高の組み合わせだな!」

「マスター、今のうちに離脱を。マシュ気をつけろ、そこに段差がある」

「主殿、マシュ殿、ゆっくり歩いてください。あんよは上手、あんよは上手」

 

 海パン刑事とメイヴの戦いが始まった横で、立香とマシュの両目を塞いだまま、小太郎に手を引かれてその場を離脱した。成り行きで、両津も一緒にその場から離れたのだった。

 現場では、カルデア側がモザイク処理に泣いている戦いが繰り広げられている。エリート刑事という肩書は伊達ではなく、海パン刑事の鍛えられた肉体は機敏に動き回り、メイヴの鞭に怯みもせず徒手空拳で攻撃してくる。

 ヒールの踵が海パン刑事の頬を掠り、蹴りの勢いで身体を半転させたメイヴが鞭を振るうが、海パン刑事の身体に塗っていたオイルで滑ってしまった。

 

「これは、一筋縄ではいかないか。必殺・ゴールデンクラッシュを……いや、レディ相手にあの技は強すぎる」

「ん〜……駄目ね! やっぱり、ただの人間はこの程度か」

「何?」

「この私を捕まえられるのは、クーちゃんか、彼に並ぶほどの勇士しかいないの。まあ、そんな良い男は簡単には現れないけど」

 

 それは女王の権勢の具現化。

『クーリーの牛争い』にてメイヴが欲しがった至宝の赤牛、ドン・クアルンゲと、かつての夫が所有していた白い雄牛、フィンヴェナフの二頭立ての戦車(チャリオット)が顕現する。

 ついさっきまで移動に使っていた戦車(チャリオット)ではない。それは、メイヴの力であり、人を支配する女王の象徴であり、彼女の寝台……宝具、発動。

 

「あらゆる力が私の力。人を統べる王権、人を虐げる鋼鉄、人を震わす恐怖!『愛しき私の鉄戦車(チャリオット・マイ・ラブ)』!!」

 

 海パン刑事では、男性特攻を持ったこの戦車(チャリオット)を避けることさえできない。そもそも、いくらエリート刑事と言っても、人間とサーヴァントでは勝負にならないのである。

 高速で迫って来た戦車の前に持ち前の機敏な動きは役に立たず、海パン刑事は轢き逃げされた……と思ったら、戦車(チャリオット)の中に引き摺り込まれた。

 

「な、何だこれは? 背中が……柔らかい」

「不本意な相手だった女に組み敷かれるのはいかが? マスターの目がないから、少しハードに行くわよ。あの子(立香)はまだ女としての経験値が低くてね、有り体に言えば初なの。けれど、か弱い小娘として扱うなら痛い目を見るわよ……この私相手に、手加減したのと同じようにね」

 

 清楚で無垢に、愛らしく、とびきり可憐に微笑んだメイヴは海パン刑事の上に乗り上げた。

 戦車(チャリオット)の幕が引かれると、内部は一種の密室となる。女王の絶対的な支配空間からは逃れられない……どんな男でも、メイヴの誘いを拒絶することは困難なのだから。

 

「言ったでしょう。()()の扱いは、得意だって」

「やめろ! やめ……やめて…………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!?」

 

 生娘が助けを求めるかのような悲鳴が木霊し、メイヴの宝具(ハイエース)によって早々に決着がついたのだった。




正直すまんかった。
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