報告書No.XX
地区名:墨田区
離婚した妻子への養育費の支払いを滞納した40代男性の自宅を訪問。捜査員の説得にも応じず、正当な理由なく頑なに養育費の支払いを拒否し、また、捜査員へ暴行を加えようとしたため業務執行妨害で現行犯逮捕。
『安全統制治安法』に基づき、リョーツGPX型ワクチンMrk.2の投与による懲役刑に処す。
備考:養育費の支払いのため、懲役とは別に元就労先への労務継続中。給与は全額元妻の口座へと振り込みとする。
報告書No.XXX
地区名:葛飾区
同区在住の主婦より通報。男子児童が下校中の路上で、知らない男性から「おかえり」「涼しくなってきたね」と声をかけられ、恐怖を感じた児童はその場から逃げ出して帰宅し、母親に報告。
近隣に住む70代男性を『安全統制治安法』に基づき、リョーツGPX型ワクチンMrk.2の投与による懲役刑に処す。
備考:男性と児童に面識はないが、男性の自宅前にあるコインランドリーは頻繁に利用していたと母親から聞き取り。
報告書No.XXXXXX
地区名:葛飾区
同区の路上にて、母親と共に歩行していた女子児童が母親の手を離れ車道に飛び出した。女子児童は転倒したため自動車との接触事故は起きなかったが、母親が女子児童を殴打して激しく叱咤したと近隣の住民から通報があった。
母親からの殴打による怪我と、叱咤による精神的な苦痛が転倒事故よりも著しく重篤であると判断し、30代母親を『安全統制治安法』に基づき、リョーツGPX型ワクチンMrk.2の投与による懲役刑に処す。
備考:特になし。
***
刑事を名乗る不審者から逃亡した立香たちは、千代田区を抜けて中央区へ入った。現地では、彼女たちがやってくる少し前に『安全統制治安法』の施行地域に加えられ、観光客や訪問者は締め出され住民は強制帰宅のうえ外出禁止令が出されていた。
すれ違う人々は大慌てで帰宅しては、鍵を閉めてカーテンを閉めて家の中に籠り、嵐が過ぎ去るのを待つかのように息を潜める……ネオ警視庁に目をつけられなければ、言うことを聞いていれば、『安全統制治安法』が施行された圏域は平和なのだ。
「何、奴らの親玉の居場所が分からんだと?」
「はい。善の両津は、有事の時じゃないと滅多に姿を現さないそうです」
両津に、マユゾンたちの親玉――すなわち、善の両津の居場所を知らないかと尋ねられたが、立香たちも、中川たちでさえも元凶が今どこにいるか把握できていなかった。
各警察署に窓口はあるが、ネオ警視庁は箱物の拠点を明かしておらず、ネオ警視庁の捜査員に任命された警察官でさえも長官がどこにいるか分からないらしい。一応、葛飾区での長官とのパイプ役は葛飾署長の屯田であるが、会話や書面だけのやり取りなのである。
標的の居場所が分からないため、レジスタンスも作戦が難航していたのだ。
『立香ちゃん、隅田川を越えれば月島だ』
「東京湾が見えてきました!」
メイヴに海パン刑事を任せて離脱した後にもマユゾンに襲われたが、両津の案内で複雑に入り組んだ裏道を通ってきたためそこまでの数とは遭遇せず、大きな消耗がないまま中央区に辿り着いた。立香の目の前に見えるのは、隅田川に架かる勝鬨橋。橋を渡った先、合流地点であるレジスタンスの拠点は月島にある。
「マユゾンもそこまでいないね」
「『安全統制治安法』の施行による、住人の方々の帰宅が完了していないので、大量の投入はできないのかもしれません」
「じゃあ、今の内に中川さんたちと合流しよう」
「いや……警戒を続けろ、マスター。思い返せ。あの海パン男は、
「っ!」
アンデルセンの言葉に、立香だけではなく両津までもが戦慄した。
海パン刑事が言っていた、「特殊刑事課三羽烏」……とてもとても、嫌な予感がする。
「ま、まさか……」
「アレの同類が、最低でももう2人いる!」
「その通り!」という声は聞こえなかったが、そう言わんばかりの兆しが飛沫を伴って出現した。
隅田川……否、東京湾から飛び出てきたそれは、こちらに向けて
「マスター! 両津さん! 下がって!」
瞬時にマシュが盾を構えて立香と両津の前に立った。だが、爆発などさせる訳がない。
手榴弾を勝鬨橋に着地などさせず、ランスロットが撃ち返してホームランすると、全弾東京湾上空で爆発した。
『水中に移動物体の反応がある!』
「まさか海から……」
「た〜りら〜りら〜♪」
水中から浮上してきたのは小型の潜水艦。ハッチが開くと、2人目の刺客もとい新たな特殊刑事課のエリート刑事が登場したのだ。
「海を愛し、正義を守る! 誰が呼んだかポセイドン、タンスに入れるはタンスに◯ン。海の事件なら任せてもらおう! 私が水上警察隊隊長、海野土佐ェ門! お茶目なヤシの木カットがトレードマークの、ドルフィン
訂正、2人目の変態が出没したのだ。
潜水艦の中からポーズ付きで姿を現したのは、頭に小さなヤシの木を生やし、カイゼル髭にパイプを咥えた中年……だが、首から下は直視し難かった。腹の出たふくよかな身体は、上半身はセーラー襟しか着ておらず、下半身に至っては「水上警察隊」と書かれた褌しか穿いていない。なのに、足元はきちんと足袋と下駄を履いている。
特殊刑事課三羽烏が1人、海野土佐ェ門。通称、ドルフィン刑事。
その名の通り、名乗りを上げた彼の背後では、6頭のイルカたちことマーメイドガールズが華麗にジャンプをした。
ドルフィン刑事が咥えたパイプを鳴らすと、イルカたちは3頭ずつフォーメーションを組んで見事なジャンプを決める。続いて、ドルフィン刑事は取り出したフープを投げ、鼻先でフープをキャッチしたイルカたちは一糸乱れぬ動きでそれを回し、最後にはフープをドルフィン刑事に投げ渡したのである。
「おお〜!」
「凄い。イルカショーみたいですね!」
「なんと芸達者なイルカ。見事に訓練されています」
「何でイルカが芸をする必要がある?」
「お約束のギャグという奴だろう」
「そもそも、何故イルカ?」
立香、マシュ、小太郎はイルカたちに拍手を送るが、純粋に喜んでばかりはいられない。イルカはイルカでも、ついさっき手榴弾を投げてきた……と言うより、尾鰭で撃ってきたのはこのマーメイドガールズなのだ。
「拍手ありがとう、お嬢さんたち。しかし、特殊刑事課として君たちを逮捕しなければならない!」
「第二の特殊刑事課……良かったー! さっきのと比べてればまだ大丈夫。イルカとの相乗効果か、キモ可愛さもあるし」
「100%変態オヤジだろ……」
「正気に戻れマスター」
JKの言う「かわいい」は、時として意味不明である。そこ、JKに褒められからと照れるな。
が、褒められても手心を加えないのがエリート刑事だ。カルデアを逮捕し、両津を連行するのが任務なのである……ドルフィン刑事が両手にサブマシンガンを構えると、銃弾の飛沫が襲いかかってきた。
「そーれ! どんどん行くぞー!」
「キューイ!」
「キュイー!」
「イルカが! ボールを投げる気軽さで手榴弾を投げてくる!」
「貸せ!」
「あっ!」
「おりゃーーー!」
「円卓がーーー!?」
ドルフィン刑事のサブマシンガンと、イルカたちの手榴弾が容赦なくぶっ放される。マシュの盾に守られながら反撃の隙を窺っていたが、突如両津がマシュから盾を奪い、フリスビーのように投げたのだ。
未確認生命体の如く、弧を描きながら隅田川から東京湾上空を飛行する十字の盾……フリスビーのようにこっちに戻ってくると、ドルフィン刑事の後頭部にクリーンヒットしたのである。
「よっしゃ!」
「お、おのれ両津……! これでも食らえ!!」
「ゲ!」
後頭部に巨大なタンコブができてしまったドルフィン刑事が、潜水艦の中から新たな武器を引っ張り出してきた。取り出したのは、ロケットランチャー。それを担ぎ、ピンポイントで両津を狙って発射してきたのである。
間一髪、小太郎がフリスビーにされた盾を回収して立香たちの前に構え、アンデルセンが召喚した巨大な赤い靴がロケット弾を踏み潰してその場で爆発させた。爆破の衝撃はあったが、両津が爆風で煽られて転んだだけで済んだ。
「バカ野郎! 殺す気か!?」
「貴様がこの程度で死ぬ訳がないだろう! 続けて食らえ! こちとら、今年の夏は連日35度超えの猛暑で連日出動、夏休みも取れず仕舞いで鬱憤が溜まってるんだーーー!」
「私怨か!」
ドルフィン刑事は、気温が35度以上で出動するのだ。地球温暖化は深刻な問題である。
両津への怒りも鬱憤晴らしもあり、ドルフィン刑事の攻撃が止まらない。水鉄砲を撃つ気軽さでロケットランチャーをぶっ放し、イルカたちはパイプの音に合わせて手榴弾を投げてくる。
変態以前に、物量作戦で攻めてくるのは厄介だった。
「無茶苦茶しやがるあのオヤジ」
「マスター! 宝具使用の許可を!」
「でも……イルカたちを巻き込むのは、ちょっと嫌だ!」
「では……主殿、奇策がございます」
イルカたちを傷つけず、なんとかドルフィン刑事だけを撃退できないか……ここは、小太郎に任せよう。
敏捷A+で盾の背後から影が飛び出した。弾幕の雨を掻い潜り、手榴弾を手裏剣で打ち落とし、勝鬨橋を蹴ってドルフィン刑事の頭上を取ると宝具を発動させる。
「総員集合。秩序を揺るがすが我らの定め……混沌を鋳造せよ!『
それは、英霊、風魔小太郎の宝具と言うよりは、彼が生前率いた風魔党の宝具と現した方がいいだろう。かつて夜襲で武田軍を翻弄したように、敵に襲いかかり、地獄に叩き込む。
周囲の環境を強制的に夜へと変え、風魔忍者総勢200名の霊体たちは闇に紛れて破壊工作を始めるのだ。
「目眩しか!?」
「キュイ!」
「キュイキュイ!」
「落ち着くんだマーメイドガールズ!」
ポッポー!
暗闇の中で、汽笛のような音が、ドルフィン刑事がイルカたちに指示を出すためのパイプの音が聞こえた。しかし、ドルフィン刑事はパイプを吹いていない。
音を真似るのは、忍者の常套手段である。
小太郎がパイプの音を真似て、イルカたちに偽の指示を出した。手榴弾を敵に投げ込め……という指示であるが、ドルフィン刑事がイルカたちへ投げる手榴弾がない。これらも、暗躍する風魔忍者たちに奪われていたのだ。
風魔忍者たちが投げた手榴弾を、イルカたちは尾鰭を使って一糸乱れぬ動きでそれを弾き、敵を爆発する……はずだった。暗闇で視界を塞がれ、方向が迷子になっていたイルカたちが手榴弾を叩き込んだのはドルフィン刑事が乗る潜水艦だったのだ。
「なっ……! こっちじゃないんですけどーーー?!」
「流石、選抜メンバーです。見事でした」
「キュー!」
「キュイーン!」
ドルフィン刑事が爆発した。イルカたちは擦り傷一つない。
小太郎が拍手をすると、イルカたちも胸鰭を動かして一緒に拍手をしてくれた。本当に、優秀なマーメイドガールズである。
ポー!!
「キュウ!」
「キュイ!」
パイプの音を聞いたイルカたちは、潜水艦が爆発して海に落ちたドルフィン刑事を拾い上げて背中に乗せた。頭に生えているヤシの木が伐採されて、黒焦げになっている。
「今日はこれぐらいで勘弁しておいてやろう! 私を倒しても、すぐにまた第三、第四の特殊刑事課が現れるからなー!」
そう言い残し、イルカに乗ったドルフィン刑事は海の向こうへと帰って行ったのだった。
「……『海のト◯トン』かあいつは』
このカルデアは、まだイルカと"姉"の脅威を知らないカルデア。