ドルフィン刑事がイルカに乗って立ち去り、勝鬨橋を渡った立香たちと両津は月島へと入った。しかし、『安全統制治安法』が完全施行された中央区では、マユゾンたちの大群が跋扈し始めていたのだ。
十中八九、立香たちやレジスタンスを探しているのだろう。合流地点となるレジスタンスの拠点の座標は、古い家屋が密集する月島の住宅地を示していた。
「凄い数のマユゾン。中川さんたちは、大丈夫かな」
「マユゾンだけではなく、光学迷彩ドローンの数も増えています。迂闊に動けません」
両津が案内してくれた裏道のお陰でここまで来られたが、中心部に近づけば近づくほど敵の数が増えていく。マユゾンたちは、月島駅を中心に何か探しているかのように彷徨っていた……恐らく、レジスタンスとカルデアの合流地が月島であることはバレているのだ。
「座標はこの辺りだよね?」
「はい……この民家、のはずですが」
「っ! 窓ガラスに数字が書いてある」
裏手からブロック塀の向こうに見える民家を覗き込むが、レースのカーテンの向こうは電気が点いておらず真っ暗だ。人の気配がない。だが、薄汚れた窓ガラスには、真っ赤な数字が羅列されていたのだ。
「これ、口紅で書かれてない?」
『分析結果が出た。立香ちゃんの言う通り、口紅で書かれた文字だね。そして、口紅の成分はミス・秋本が着けていた物と同一成分だ!』
「ということは、麗子さんからのメッセージですね」
「何でわざわざ口紅で書く必要が?」
「……ルージュの伝言って、憧れるよね」
両津のツッコミと立香のボケはスルーされ、カルデア側で解析すると数字は都内の座標を示していると判明。マユゾンを始めとしたネオ警視庁の動きが想像以上に早かったため、ここでは合流が出来ないと判断した麗子が次の合流地点を立香たちに残したのだろう。
座標の場所は、ここから距離がある……示しているのは、東京で最初に『安全統制治安法』が施行された地区こと葛飾区だ。
ルージュの伝言は、窓ガラスを木端微塵に粉砕することによって処分した。
「ここから葛飾区は、結構な距離があるぞ」
「ちょっと強引だけど、力技で突破しよう。マシュ、お願い!」
「はい!」
マシュが盾を思いっ切り上空にぶん投げた。すぐに立香を抱きかかえ、盾を追って上空に跳躍する。落ちて来た盾を足場にして大きく踏み込むと、盾をカタパルトにして葛飾区の方角へ自身を射出したのである。
「ドクター、ダ・ヴィンチちゃん! 光学迷彩ドローンの反応があったらすぐに教えて」
『了解……っ! 立香ちゃん、マシュ! 四時の方角から飛行物体が接近中! 大きさからして、ドローンじゃない!』
「ええ!?」
『これは……太平洋戦争末期に旧日本軍で運用されていた夜間戦闘機、月光だ!』
ダ・ヴィンチちゃんからの通信で背後を振り向いた立香とマシュが見たのは、こちらに迫る旧式の航空機だった。
流石のマユゾンも空中まではやって来ないと踏んだ移動方法だったが、空中故に酷く無防備な状態だ。搭載されている斜銃で狙われたら逃げ場がない……立香を片手でしっかりと抱え直したマシュが、消失させている盾を再び出現させて防御しようとした、その時だった。
「ギェーーー!?」
「両津さん?!」
2人の背後から両津が飛んで来た。が、進行方向が少々ズレたらしく、飛んで来た両津は月光と衝突事故を起こしたのである。ガン!と、とても人間が衝突したとは思えない音を立てて、月光が揺れた。両津は落ちた。
ちなみに、何故に両津が飛んで来たかと言うと……2人が射出された直後に、話は巻き戻る。
「マスターとマシュの飛行を確認した」
「では、僕たちも。さあ、行きましょう両津殿」
「できるかぁ! あんなのは移動とは言わねェからな!」
「しかし、主殿を追いかけるために急がないと」
「仕方がない……打ち上げるか」
こうして、アンデルセンが召喚した人魚像の水流によって打ち上げられた両津は、素晴らしいタイミングの良さで月光と衝突事故を起こして図らずも立香とマシュを助けたのである。
墜落した両津を追って、立香とマシュも地上に降りた。盾をパラシュート代わりに、バックネットをクッションにして、葛飾区の野球場に着地したのである。
「両津さん!」
「チ……チクショウ!」
「生きてた……」
「まさかの無傷です!」
墜落の衝撃でグラウンドにめり込んだ両津だったが、土で汚れているだけで掠り傷一つない。人間とは思えない生命力と頑丈さである。
サーヴァントたちと合流し、両津がアンデルセンへキレていると、球場上空を月光が旋回し始める。コックピットの中からサングラスをかけたスーツ姿の大男が出て来て、月光の背面に立ったのだ。
「ムーンライトパワー! メーイクアーップ!」
テーレーレーレーテーッテーン♪
男が三日月のライトが付いたスティックのようなもの……具体的に言うと、美少女戦士に変身しそうなアイテムを手にそう叫ぶと、それっぽいBGMも流れてきた。月光の背面から飛び出て来た白い布はスクリーン。その後ろでくるくるとターンしていたかと思えば、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえてきたのだ。
「……着替えてる?」
「まさか……」
「三羽烏の最後1人……」
「みんな衝撃に備えろ、とてつもない変態オヤジが出て来るに違いないぞ!」
そのまさかである。
白いスクリーンが取り払われ、BGMがクライマックスのサビにかかる。特殊刑事課三羽烏の最後の1人が、姿を現したのだ。
「日本に三人の名刑事あり。陸に海パン
「同じく、ビーナス
両津の予想通り、とてつもない変態が姿を現した。
白いスクリーンの向こう側で着替えていたのは、顔の青髭も両腕両脚のムダ毛も目立つ大男。しかし、着替えた姿は、大きなリボンが付いたノースリーブのミニスカセーラー服……風にはためく嬉しくもないチラリズムが現在進行形で繰り返されているのは、三角眼鏡の仮面で顔を隠したツインテールの変態。特殊刑事課、聖羅無々。通称、月光刑事。
操縦席で月光を操縦する同類の変態、ビーナス刑事と合わせて2人で1人のエリート刑事である。
「特殊刑事課の名にかけて、月に代わってお仕置きしてやろう!」
「何がエリート刑事だ! 変態の三連星で登場しやがって!!」
「…………へ」
「せ、先輩?」
「変態だぁーーーーー!!?」
立香は叫んだ。
「うわぁぁぁ! 油断した! 別の方向性の変態が来たーーー!?」
「確かに、連続で脱がれると次も脱ぐと思い込むな。こりゃいいミスリードだ!」
「面白がらないでください! アンデルセン殿!」
「うわーーん! 着込んでる変態はまだ(?)遭遇したことなかったよーーー!」
「せせせ、先輩落ち着いてください! 今度は、わたしが目を塞ぎましょうか?」
「先制のパンチラ連続悩殺攻撃が効いているようだな! 男女問わず魅了のデバフがかかるぞ!」
「ンな訳あるか! 気持ち悪くてぶっ倒れるわ!!」
「変身!」
再びと、天高く掲げられる三日月のスティックと流れるBGM、白いスクリーン。立香がコスプレするタイプの変態に怯えている隙に、月光刑事が攻撃を仕掛けてきたのだ。白いスクリーン取り払われると、悍ましいセーラー服を脱ぎ去り、ベルサイユ的な豪華なドレスに着替えていた。手には貴婦人が持つような豪奢な扇子を持ち、入道雲のように盛りに盛ったブロンドのカツラを被って登場したのである。
「説明しよう! 月光刑事はコスチュームを変えることにより、七つの特殊能力を発揮するのだ!」
「まさか、あのコスプレは」
「コスチュームチェンジ! マリー・アントワネット! パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない」
「それ! 本当は言ってない台詞!」
「ホーッホッホッホ! 食らえ、マカロン砲!」
盛りに盛ったブロンドのカツラの中から大砲が飛び出て来ると、パステルカラーのマカロン型爆弾が発射されたのである。
ちなみに、昨今で広く認知度を広げたマカロンは、20世紀初頭に考案されたパリジャン・マカロンのことを指すので、そもそもマリー・アントワネットの時代に存在していない。歴史考証がガタガタである。
対フランスの地雷原でタップダンスをしているかの如き不敬な姿であるが、攻撃だけはガチだった。月光に乗った月光刑事から発射されたマカロン砲はグラウンドにいくつものクレーターを発生させ、土を舞い上がらせ、球場のバックネットを吹っ飛ばしたのである。
「油断するなビーナス刑事! これぐらいの攻撃では、両津にダメージを与えられないぞ!」
「了解!」
「……一度ならず、二度までも」
「っ!」
月光がぐらりと傾いた。月光刑事が振り向くと、月光の機体に這い蹲る鎧が……ランスロットがそこにいた。
地を這う低音には、たっぷりと怒りが染み込んでいる。ぶっちゃけ、滅茶苦茶怒っていた。
「マスターとマシュに、愛らしい乙女たちに、一度ならず二度までも悍ましいモノを見せたな貴様ら! あまつさえ、マスターを怯えさせた罪は重いぞ!!」
「マカロン砲連射!」
近距離で連続攻撃を仕掛けるが、サーヴァント相手にそのような攻撃は無駄である。ピンク・緑・黄色・紫と、連続でマカロン爆弾が爆発するが、その爆炎の中でランスロットはむくりと立ち上がった。
「変身!」
爆炎が晴れぬ内に、また別なコスチュームに着替えて別な攻撃手段へ移る。
次に月光刑事が着替えたのは、金の装飾で飾られた白いロングドレスと切り揃えられた黒髪のカツラ。身に着けるアクセサリーはどこかエキゾチックで、背景にはピラミッドとか砂漠とかがよく似合いそうだった。
「コスチュームチェンジ! クレオパトラ! ビーナス刑事、アクロバットだ!」
「了解だ!」
「死に曝せブルータス!」
もう元ネタが迷子だ。ファラオの呪いが降りかかる危険がある。
クレオパトラのコスチュームに着替えた月光刑事は、ドレスから伸びる帯で自分の身体だけを固定して、ビーナス刑事にアクロバット飛行を指示した。固定がない状態でアクロバット飛行などしたら、普通の人間なら地上に落下してしまう……普通なら。
しつこいようだが、サーヴァントには効いていない。月光が旋回する中でもバランスを崩さずに飛び出したランスロットは、月光刑事に抜き身のアロンダイトで斬りかかってきた。
月光刑事は何本もの帯やら、毒蛇の顔が付いた鞭やらを伸ばして攻撃してくるが全て細切れにされた。月光が通常飛行の体勢に戻ったその瞬間、既に現状のコスチュームの攻撃手段が尽きていたのだ。
「こうなれば、奥の手だ!」
「ま、まさか! 駄目だ月光刑事! あのコスチュームは危険すぎる!」
「今使わずに、いつ使う! 私は、愛と正義のエリート刑事だ! コスチュームチェンジ!」
月光刑事が奥の手として一瞬で着替えたのは、青いドレスだった。胸元を銀の甲冑で覆い、手にはレプリカの剣を携える。編み込んだブロンドのカツラには青いリボンと、一本飛び出たアホ毛が……。
「問おう、貴方が私のマス……」
「『
言わせねえよ!!と言わんばかりに、月光刑事の台詞を遮ってランスロットの宝具が炸裂した。
聖剣・アロンダイトに極限まで充填された魔力をヤケクソ気味に放出する。月光を細切れにする斬撃は湖面の如き青い光を灯し、切断面からは注ぎ込まれた魔力が迸り、ランスロットがグラウンドに着地した瞬間に大爆発を起こした。
断罪完了である。
流星のように遥か彼方へと、白い爆発の煙で弧を描きながらすっ飛んで行く月光刑事とビーナス刑事。開く緊急脱出用パラシュート。かくして、特殊刑事課三羽烏の全員を攻略したのだった。
「先輩、もう大丈夫ですよ。変態は、お父さんがお仕置きしてくれましたから」
「何だったんでしょう。この三連戦は」
「……知らん!」
「もう二度と関わり合いたくはない」
***
「何、特殊刑事課三羽烏が全員攻略されただと」
コロンブスから報告を聞いた善の両津は、微かに動揺を見せた。
まさか、あの(変態的な姿形を除けば)検挙率100%を始めとした優秀な成績を収める特殊刑事課の刑事たちが、3人ともカルデアに攻略されてしまったのである。マジか、精神的なダメージさえも与えられなかったのか。
「マジだぜ、相棒。あの変態どもを捌ける変態がいたってことだ……え、怖」
「では、特殊刑事課の再投入はやめましょう。あの3名が駄目だったなら、他はもっと駄目です」
「相手が変態なら俺は嫌だぜ」
「Mr.コロンブスはこのまま、カルナくんと共にレジスタンスの拠点の制圧を続けてください。お台場の次は、東京タワーです。しょうがない……岡田くん」
すっかり炭酸が抜けた安い缶チューハイをテーブルに置き、「やっとか」と期待しながらソファーから起き上がった。人斬りが人を斬るのを禁止されていたが、それは相手が人間だから。サーヴァントは人ではあるが、人間ではない。
サーヴァントを斬っても犯罪にはならないのだ。
「岡田くん。カルデアの一味と行動を共にする
「承知した。マスター」
マジですまんかった(切腹)