始まりは唐突だった。
この学院は狭き門だ。そこに入ったからには安泰、とはいかないが、少なくとも今は気を抜いて良いレベルの教育機関。
難関な試験を乗り越え、待ち受けるのはキラキラした学生生活──
門の前にドラゴンがいた。
「……ん?」
赤い。紅に近い鱗に、獰猛とすら形容することの出来ない双眸。周りの、新入生と思わしき人たちがざわざわと沸き立っていた。
「お、おいあれ……」
「ドラゴン、だよね……? というか上にだれか乗って、る……?
声につられてその高い体躯の上へ目を向ける。
目を擦る。
「…………は?」
確かにそこにあったのは、この学園の制服を纏った小柄な誰かだった。
それはうーんと背伸びをすると──飛び降りた。
何してんだ、という、これまでとはまた違うざわめきが広がる。
だが、その心配は杞憂だった。
ズドン、という衝撃音と共に着地する。その元凶は、あまりにもその行動に似つかわしくない少女だった。
金色。最初に浮かんだ印象はそれ。
次いで来たのは、予想だにしない唐突な『恐怖』だった。
ただそこにいるだけで
ただ、感覚として分かる。こちらが上ではない。
「──ここまでありかとね! レフォンド、帰ってなさい!」
軽く唸ると頭を下げるような挙動をドラゴンか行う。そして、飛び立った。
だが、最初よりも寧ろ威圧感は増しているようだった。
息が出来ない。静まり返った校門前。
「ところで、あなたはなぜそんなに恐怖しているの?」
──ズ、と鈍い音。目の前には、金色がいた。
「ひ」
猫に睨まれた鼠、いや、それ以上だった。俺の体は全く動かない。意識が遠のく感覚。
そして──
「──あぁ、忘れてたわ。これ、つけろって言われてたわね」
カチャリと音が鳴って、そして重圧が消え去った。
息が戻る。
「はっ、はっ、はっ──!」
「腕輪一つでなにが変わるの、と思わなくもないけど、まあ宰相──ゾルの言葉に間違いはないでょう?」
私はゾルを信用しているんだから、と言い切り、そしてにこりと微笑んだ。俺は、まともに吸えるようになった息に感謝しながら顔を上げる。
金色の双眸が俺を覗いた。
「……あら、あら」
そして数秒、女は目を丸くすると──大笑した。
「あはははは!! 凄いわね、あなた! ど平均よ!!」
「……は、はは」
訳が分からない。なんだ、コイツは。なぜ生徒の服装で、こんな威圧感でここにいる。
一頻り笑うと、彼女はその美麗な顔を破顔させて俺を指さす。
「ああ、ごめんなさい。ええと、説明するとね?
あなたの才能、全部平均なの! 良い感じの誤差はあるけど……ああ、大器晩成とかでもないから安心していいわ!」
「……そ、そうなん……ですか……」
何を言っているのか意味不明だ。理解が追いつかない。才能? 平均? なんだ、この女は。
まるで人の才能が見えるかのようではないか。
「にしても、面白いわね。そうね……面白かったし、名前を名乗ることを許してあげるわ」
「……え?」
あまりの展開の早さに頭が追いつかない。数秒たった頃に戸惑いの声をもらすと、女は少し機嫌を悪くしたようだった。
「答えないつもり? そう、まあ良いけど……私を軽くみられるのは、しゃくね」
「──あ、いえ、その」
スッ、と女が息を吸う。
その事前動作を見て、まずい。なぜかそう思った。先ほどの恐怖と同様の感覚。
言語化しきれないそれに追われるように弁明の言葉を、
「『貴方の所属、名前を教えなさい』」
「王国下級貴族のレガ=アルドです。現在所属は王立魔術学園、またその中での所属派閥は、予定では第一王子派です。更に」
「ああ、『もういいわ』」
ぶつり、と断ち切られた。
「ふーん、そう。そう……見所ないわね、あなた!」
朗らかに笑いながら、貶される。だがそれよりも、先ほどの現象はなんだ。
そう考えていると、少女に腕を捕まれた。
「見所なさ過ぎて逆に可能性感じるわね! 行くわよ!」
え? どこへ?
そう言う間もなく、少女は駆け出す。
そして、レガはテラスの椅子の一席──今座るここへ来たのだった。
回想が終わる。目の前へ意識をもどすと、まだ話は続いていた。
「帝都はここよりは発展していたかな?」
「まあそうよね。ところでわざわざ王都に来たんだし、帝都の方が良い、はなんか詰まらないわ。
王国の良い物とか知らないかしら?」
「ああ、こちらは服飾品などの文化の発展が目覚ましいよ。帝国は実利主義に近いからね、そういう実利に即さない物は悉く発展が止まっている」
「へぇ、そうなのか。俺はあんまりそっちに詳しくないんだが、なるほどな。王国はあんまり見てなかったから助かったぜ」
なにが助かったのだろう。考えたくもない。
少女が通りかかる人間へ、声をかけた結果がこれだ。まだ最初は良かった。
少女の話し相手が出来るという意味で。
自分は相槌を打つことしか出来なかったから、最初に来たこのザザという好青年然とした男が来たときは歓喜に満ちていた。
だか、そこから先はもうダメだ。
明らかに頭のイっている少女、ミリシトフ。
明らかに闇にドップリ浸かっていそうな男、フォーリン。
そしてザザも実は普通にアウトだったことが会話の中で判明した。
そして、楽しく歓談の最中、大きな鐘の音が鳴った。
『──では、これから入学式を始めます』
瞬間、フォーリンが眉を潜めた。
「……おい、これ俺達やらかしたんじゃねぇか?」
お前にその感覚が合ったことが驚きだよ。
口から出そうなったそれを、俺はどうにか抑えるのだった。