夜の帷が消えるまで   作:発狂する雑草

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薔薇9本

「祭り?」

 

食堂にて、善は虫生(むしゅう)(のぞむ)と共に食事をとっていたのだが、ふと善が思い出したように「今週末祭り行くんだ」という言葉を聞いて望は目を丸くする。

 

「お前が祭りなんて珍しいわね。そういう行事興味ないでしょ。そもそも人ごみ苦手だし…どうしたのよ突然」

「んー、それが誘われてさ」

「誘われた?」

 

その言葉に望は目を見開いて、突然机を叩いたかと思えば興奮したように身を乗り出した。

 

「ま、まさか雪村!?あいつに誘われたの!?」

「え?ああ、うん、そうだけど」

「うっそ!?お前らが偶に二人で出かけてることは知ってたけど……まさか祭りにまで誘うとは…あいつ、中々やるわね…」

「うん。三人で出かけんの初めてだか____」

「三人!?」

 

善の言葉を遮って再び望が声を上げる。ありえないと言いたげに目を見開いて、善を凝視する。

 

「まさか、双子といくわけ?」

「え?ああ、うん」

「何考えてんのよっ!二人きりで行きなさいよ!バカじゃないの!?」

 

「てか三人って誰が言いだしたわけ!?」と何故か憤慨する望に善は「本当に感情の起伏が激しいな」とお茶を啜る。

やがて望は何かを堪えるように口を横一文字に引き結ぶ。

お、黙ったぞ。と善が望を見ていれば、望は堰を切ったように叫ぶ。

 

「いくわよ」

「え…?」

「浴衣買いに行くわよっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ!どれもかわいい!!」

 

望に引っ張られるようにして善はC地区の店にやってきていた。

C地区は”和”がテーマの町だ。近くには神社が沢山あったり、団子屋が多く立ち並んでいたりと観光名所としても有名だ。その為、浴衣や着物もまた大量に販売、レンタルされている。

 

「善、なんかピンとくるものある?」

 

望が聞く。善は「ピンとくる、って言われても」と興味の薄い目で店内を見回している。

それに望は「まぁ、そうよね」と苦笑いする。

 

「お前が服に興味あるわけないわよね!」

 

張り切る様に望は「まぁ望に任せときなさい!」と胸を張って楽しそうに浴衣を物色し始める。

それを横目に善は改めて浴衣に視線を移す。服、というかおしゃれというものにてんで興味を持てない善の視線は流れ……ふと、とある浴衣の前で止まった。

 

ピンクの浴衣だった。柄は花火。袖には少しレースがついていて、かわいらしい浴衣

 

「……」

 

数秒、その浴衣を見つめる。だが興味が失せたようにふいっと善は視線をそれから逸らした。

 

「あっ、あんた!私服持ってないでしょ!あとで見に行くからね!

「え、別にいらな」

「いるわよ!!せめて一着は買いなさい!今日みたいな日にそんなかたっ苦しい格好されても困るのよ!帰りはその服着て帰るわよ!わかった?!」

 

望はびしっと善のカッターシャツを指さすと、詰め寄った。

その圧に負けて善は「わかったよ」とため息を吐きながら了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽し気な笑い声が夜空に響く。

人で賑わい、出店が立ち並ぶ。年に一度の大きな祭り

 

「わざわざ待ち合わせする必要あった?」

 

人でごった返す道の端で日向(ひなた)日向(ひゅうが)を見る。

 

「い、いいだろ別に!」

「てか私服でよかったの?浴衣着ればいいのに。持ってんだから」

「…善は絶対私服で…てかカッターシャツでくるだろうからな」

 

日向(ひゅうが)の言葉にそれもそうか、と日向(ひなた)は納得する。

それにしても、と日向(ひゅうが)を見れば彼は先程からずっとそわそわとしている。余程善とのお出かけが楽しみらしい。

 

(僕まで誘わなくてよかったのに)

 

日向(ひゅうが)の気持ちを知っている分、日向(ひなた)は何で自分を誘ったんだとため息を吐いた。

でもそれはきっと日向(ひゅうが)なりの気遣いだった。だって長らく二人で何処かへ出かける、なんてことしていなかったから。

思い出を作ろう、というつもりなのだろう。

 

「あれ、時間前なのにもういる」

 

多くの喧騒に混じって、凜とした声が鼓膜を揺らした。

顔を上げる。

 

「よ…ぃ?」

 

顔を明るくして善の名前を呼ぼうとした日向(ひゅうが)の言葉が途切れた。

 

「早いね二人とも」

 

歩いてきたのは待ち人である善だ。だがその姿は普段と大分違う。

普段のカッターシャツに上着を肩にかけた姿とは違い、白い浴衣、裾の方には赤く細いクロス線が入っていて、濃い紫の帯が巻き付いていた。

そしていつも跳ねている少し長めの髪は編み込まれ、白いうなじが見えていた。

 

「っ……」

 

日向(ひゅうが)は顔を覆って地面に崩れ落ちた。

日向(ひなた)はそれをみて「うわ」とどこか引いた顔をすると善の方を見て「私服じゃないんだ」と聞けば善は「望くんに引っ張られた」と答える。

 

「髪も望くんが”うなじはエロの塊?だから、これでのーさつするわよ”って」

 

自分の髪を人差し指でちょんちょんと突きながら答える。

 

「のーさつってなに」

「こういう状態のこと」

 

日向(ひなた)は足で日向(ひゅうが)のことを差せば善は「ほぉ」と呟く。絶対にわかっていない反応だった。

 

「それにしても…」

 

日向(ひなた)はじっと善の全身をみる。

喉仏がないのは気づいていたがそれはまだ第二成長が来ていないだけだと思っていた。

だが鎖骨の見える首元や、ある程度体のラインがわかる服、普段あまり見えない手首周辺

どうにも男性特有の角ばった感じがしないのだ。

だからといって、女性のような丸みもない。

 

「もしかして中性なの?」

「ん?うん。先天性のね」

「えっ」

 

善の言葉に日向(ひなた)は驚いたように目を瞬かせる。

 

「………だめだ」

「え、ちょ」

 

直後、日向(ひゅうが)がバッと善を隠すように立った。

突然の行動に日向(ひなた)と善は困惑する。

 

「は、なにが…?」

日向(ひなた)は確か、可愛い子が好きだっていってただろ」

「……ああ、そういう」

 

日向(ひゅうが)の言いたいことがわかって日向(ひなた)は苦笑いをする。

 

「僕は気立てが良くて朗らかに笑う可愛い”女の子”が好きなの。天満くんは僕の好みのタイプじゃないよ」

「性転換すりゃ性別関係ねぇじゃん」

「本人する気ないでしょ。そもそも気立ても良くないし朗らかでもない。ましてや笑わないじゃん」

「……」

 

だが日向(ひゅうが)は未だ疑うような目を向ける。

 

「かわいい…?」

 

善はきょとりとした顔で日向(ひゅうが)を見上げる。

そこで自分の失言に気づいたのかバッと口をふさぐ日向(ひゅうが)

じわじわと頬は赤みをさしていく。

 

「も、もう行くぞ!!!」

 

赤くなった顔を隠すように大袈裟に日向(ひゅうが)は身を翻すと人ごみの方へと歩き出す。

 

日向(ひゅうが)くんって結構初心だよね」

「…まぁ、確かに?」

 

初心なのは善限定だと思うが。

日向(ひなた)は空気が読める子なのでそこまでは言わず、日向(ひゅうが)の後を追って歩き出す。

隣を歩いている善。黒い髪が白い布の上でゆらゆらと揺れているのが視界の端に映る。

 

(にしても、天満くん先天性中性体質者らしいけど、恋愛感情とかあるのかな)

 

昔とある人がこんなことを言いだした。

 

”ある生物は子孫を残そうという本能が強くなると発情し、異性を呼ぶ。

呼ばれた異性はアピールをし、子をなそうと持ち掛ける。だが好みのタイプでなければあっさりと振られ子を作ることはできない。

また気に入った異性なら交わって子をなす。子は出来ないが性交渉をするケースも稀だが存在する。

人間とは複雑な感情や思考を持っているため分かりにくいが、恋とは発情

子をなそうという本能がある日呼び起こされ発情発情()をし、好みの対象と付き合い性交する。子ができるかはおいておいて。

故に恋とは生殖本能から派生する錯覚ではないのか?”と。

 

その時代、恋はあくまで”感情”であり生殖とも性欲とも別の存在として考える……というのが一般的だった。

だって確実な証明ができないからだ。生まれながらにして生殖器と性欲。どちらも一切持たない人間なんていない。

だから今ある根拠と僅かな願望からその根拠を導き出した。それが世界の決定だった。

だからこそ、その人の意見は否定され批判された。

 

だが、その理論が近年現実味を帯びてきた。

そう、先天性中性体質者の存在が生まれたからだ。

 

中性。長らくなかった性別を手術することなく生まれながらにして手にした彼らは生殖器を一切持たない。

その上、性欲も存在しない。これは実験結果として出ているものだった。

一説によれば中性体質者は性交渉をするような体の仕組みをしていないため他者と性交渉をすれば体に深刻な影響を受ける可能性があり、そもそも性感帯もないことから性欲を持ってしまったら悲惨なことになる、ということから身を護るために排除された、なんて話もある。

 

それよりも重大なのは、現在発見されている先天性中性体質者は恋愛経験が皆無、という話だ。

皆無なだけで恋愛感情がない、とは言い切れないが

これを裏付けるように先天性中性体質者が性転換し性欲を持つようになった場合恋をした、という話もよく耳にする。

これにより生殖本能=恋というのが現実味を帯びてきたのだ。

 

だが絶対ではない。そもそも先天性中性体質者事態稀なのだ。事例がすくないため確実性は薄い。可能性がある、というだけの話に過ぎない。

まぁでも、仮に生殖本能と恋情が繋がっているのが事実だとしたらなんてロマンティックのかけらもない話なんだろう、とは思う。

だからこそ恋愛要素の絡む話を書く際もっともモデルとして引っ張り出されるのは先天性中性体質者の設定だ。

 

その際、恋情だけでなく"他の感情"も欠落している設定が多いのだ。

何故か?そういう人間を好きになって救い出そうとするヒーローやヒロインは株が上がるものだし

なにより恋情を持たない相手が生まれた恋情にアタフタする話は美談として人気があるからだ。

 

昔は他に、病弱な子との話や性別に悩む…などの話も多く流通していたが科学や医療の進歩により病気は肉体的なものの完治率が上がっているし、性別問題も今じゃ結構気軽に性転換できるから、その手の話は王道恋愛漫画が好きな人間でもない限り書かれなくなった。

だから、やっぱりわからないことが多く、多少無理な設定でも無知ゆえに突き通すことのできる先天性中性体質者を使いたがる人は多い。

こういう話があるせいで偏見と差別が多いのだ。子供を埋めないからこそ強い憎しみを持っていたり。性に対するつよい嫌悪感を持っていたり。酷いものだと感情が欠落していたり。

 

(周りから男だって勘違いされてるのは、ある意味よかったかもな)

 

多分今以上に嫌がらせの対象にされていただろうから。それにしても…。

 

(めっちゃ楽しそー…)

 

表情は少しわかりにくいがなんというか雰囲気がわかりやすい。なによりいつも気だるげな目がしゃきっと開いていていつもよりキラキラしてる。めちゃくちゃわかりやすい。

 

(子供も嫌いではないだろうし、性行為に対しては……嫌悪感もってそうだけど。見てる感じ偏見とか、そういう感じじゃないし…)

 

なにかもっと直接的な嫌悪が顔を出している。そんな気がする。

 

「善、射的やったことあるか?」

「ない」

「んじゃやってみろよ」

 

日向(ひゅうが)は近くにある射的を指さして言う。善はこくりと頷いて、その出店へ駆け寄る。

楽しそうな二人の背中

 

(恋愛感情に関しても…デマであることを願うしかないかな)

 

恋愛感情がないなら日向(ひゅうが)が報われないから。

日向(ひなた)は善が嫌いだ。だが悪いやつではないことくらいわかっているし、なにより大事な片割れの恋を応援したかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

射的の奥には棚があって、番号の描かれた紙の的が立っていた。

横には景品棚があって、景品には番号が書かれていた。

どうやら的と同じ番号のものを落とせば貰える、という仕組みらしい。

金を支払って善は射的の銃を構える。だが結構重たいらしく、銃身がゆらゆらと揺れている。

試しに一発撃ってみるが見事に的から大きく外れた場所へ飛んで行ってしまった。

 

「こっちの手で持ったらブレないんじゃねぇの」

 

後ろから手が伸びてくる。

日向(ひゅうが)がもう左手を台につきながら右手で善の手を掴むと銃に添えさせる。

 

「このまま狙いを定めて」

 

すぐ背後にいるからか日向(ひゅうが)が声を発する度に漏れる息が耳に掛かってくすぐったい。

そう思いながら、善は的に目を向け、引き金を引く

パンッと子気味の良い音が鳴り、目の前の的に掠る。

 

「当たった…!」

 

善はバッと後ろを振り向く。日向(ひゅうが)も「まぁ初めてにしてはいいんじゃねぇの」と嬉しそうに笑っていて

 

「!」

 

漸く自分の体勢や距離の近さに気がついたらしく、猫のように後ろに跳び跳ねて離れる。

白い肌は真っ赤に染まり気恥ずかしさからかぷいっと顔を背ける。

 

「あ、当たったって言っても落ちてねぇし…こっち見てないで撃てよ」

「うん」

 

善は再び台に向かい合う。コツを掴んだのか銃身がブレることはなく、打っていく。

 

「……あー、結局落とせなかったか」

「まぁ、仕方ねぇよ」

 

結局、的にこそあたったとしても落とすところまではいかず、参加賞の香水ビーズの入った小瓶を一つ貰って終わってしまった。

 

「でも楽しかったから良し」

 

だが善は景品が取れなかったことをそこまで気にしていないのか「次はあれしよ」と日向(ひゅうが)と共に別の出店へ向かっていく。

 

「……」

 

日向(ひなた)は一人、射的の前に立ち尽くす。

 

 

 

____感謝デーだから?

 

 

 

思い出すのはいつかの出来事だった。

あの後も何かと善には迷惑をかけてしまったし、一つくらい、何か送った方がいいんじゃないか、と思ったのだ。

 

「お兄さんもやるのね」

 

店主であるおばさんに聞かれ、日向(ひなた)は頷き、支払いを済ませると銃を持つ。

そうして銃身を手で撫でる。

 

(……銃口が少し下に反ってるのか)

 

殆ど見てもわからないが、普段から銃を見ている日向(ひなた)はすぐに違和感に気づく。

 

「これ、落とせば景品もらえるんですよね?」

「え?ああ、そうよ」

「腕伸ばしてもいいですか」

「……まぁ構わないけど」

 

許可を貰うと日向(ひなた)は台に手をついて腕を伸ばすと銃をうった。

コルクは的の横にあたって、跳ね返ると、とんっと的の背中を弾いた。

ぽとりと的が前に倒れて落ちる。

的の背、下の方には小さな支えが見えた。

だがおばさんは慌てて的を拾い上げると「後ろに落としたら景品だから」と台に戻す。

 

「……そうですか」

 

日向(ひなた)は再び銃を構えと、馬鹿正直にコルクを打つ。三発とも左上に当たり、斜めになる的

最後の一発。日向(ひなた)は台の端により腕を伸ばす。さっきより身を乗り出し、撃つ。

コルクは的を支えているであろう僅かな突起にぶつかり、そのまま後ろへ落ちた。

 

「後ろに落ちました」

「……あ、ああ」

 

日向(ひなた)が言えばおばさんは景品棚からぬいぐるみを取り出して日向(ひなた)に渡す。

そこそこ大きくてふわふわとした不思議な見た目のぬいぐるみ。

取らせる気がなかったのか、長い尻尾には値札がつけっぱなしだった。

 

「袋貰っていいですか」

 

手を差し出すとおばさんは渋々といった様子で大きめの袋を一つ手渡してくれる。

 

「的に細工をするのは禁止されてますよ」

 

値札を千切り、袋にぬいぐるみを仕舞いながら日向(ひなた)がいう。店主のおばさんはびくりと肩を跳ねさせた。

 

「別に、細工なんて………」

「殲滅隊の治安維持をしている支援部隊。彼らが鍵つけてくればそれ相応のバツが下りますよ」

 

日向(ひなた)はポケットからリングを取り出して振る。

こういうアクドイ商売をしている人間は、取り締まっている殲滅隊を一番に警戒している。

だからこそ、殲滅隊の印であるワッペン、シルバーリングをよくしっているのだ。

さっとおばさんは顔色を変える。それを横目に日向(ひなた)は袋を抱えて善たちがいるであろう出店の方へと歩き出す。

 

「あ、いた」

 

少し人波をかき分ければすぐに二人の姿を発見する。

二人はいつの間にか手を繋いで歩いており、何かを話していた。何処か楽しそうに。

 

「………」

 

楽しそうだからこそ…妙な疎外感を感じて悲しくなった。

 

(なんで誘われたからって馬鹿正直に来てるんだよ)

 

疎外感もなにも、明かに邪魔なのは日向(ひなた)だ。

ぐしゃりと音を立てて掴んでいた袋に皺が寄る。

 

(帰ろう)

 

日向(ひなた)はリングを起動させながら踵を返す。

連絡さえ入れておけば、二人は勝手に楽しんで帰って来るだろう。

 

「あ、日向(ひなた)くん居た」

 

直後、がしっと服を掴まれる。

振り返れば善がいて、左手が日向(ひなた)の服を掴んでいた。

反対の右手は日向(ひゅうが)の手と繋がれている。

 

「……なに?」

「いや、なにって。突然どこか行っちゃうから探したんだよ」

「……別に探さなくてよかったのに」

「でも一人って寂しいじゃん」

「さみしいって…いくつだよ。そもそもリングに連絡くれれば簡単に合流で来たでしょ」

「リング持ってきてないし」

「……」

 

善の言葉に日向(ひなた)は呆れた表情を浮かべると善ではなく日向(ひゅうが)の方を見る。

普段日向(ひゅうが)リングを持ち歩いているというのに今日に限っては持ってきていなかったらしい。どれだけ浮かれていたんだ。

 

「ま、まぁ…合流できてよかったじゃねぇか。そろそろ花火打ちあがるし、どっか座りに行こうぜ。俺なんか買ってくるからお前ら席取りに行っとけよ」

「いや。それは僕が…」

「お前また迷子になったら困るんだよ」

「別に、迷子になんて」

「なってただろ」

 

いうなり日向(ひゅうが)は人波へ入っていった。

取り残された善は日向(ひなた)を見上げ「席取り行こうか」と歩きだす。

大きな広場には大量の椅子が並んでいて、適当な席に座る。

 

「まぁ、この辺でいいんじゃない?」

 

辺りには花火を見に来たらしい見物人が大量にいて、酷く賑わっている。

善を真ん中にするように日向(ひなた)が奥に座る。

無言の時間。当然だ。いつも二人の時話題を振って来るのは善だった。

その善が何も言わないため、気まずさすら感じる沈黙が落ちる。

 

「今日は楽しかった?」

 

その沈黙が居たたまれなくて日向(ひなた)は無難なことを善に聞く。

 

「うん、たのしかった」

「よかったじゃん。なんかちょっとはしゃいでたけど…もしかして祭り初めて?」

「ううん。前に兄妹と来たことあるよ」

「ん?ここの?」

「うん」

「なら色火(しなび)も見たことあるんだ」

「いや、それはない」

「そうなの?」

 

日向(ひなた)の質問に善はこくんと頷く。

 

「実は、色火が始まる数十分前にとんでもない腹痛に襲われてさ。トイレに3時間くらい引きこもってたんだ」

「えっ」

「外から響く色火の音とトイレで水を流す音を聞きながら楽しい祭りは終わった」

「うわ…それはご愁傷様」

「今となっては笑い話だけどね」

 

善は空を見上げる。顔はどこか寂しげで暗い。

 

「…天満くん」

「ん?わっ」

 

だから、日向(ひなた)は袋からあのぬいぐるみを取り出すと、その顔にぬいぐるみを押し付けた。

もふりとした柔らかな感触が顔に善はぱちぱちと瞬く。

 

「……あれ、これ」

「偶々、取れたからあげる」

 

善はぬいぐるみを見つめ、むぎゅっと抱きしめる。ふかふかした触感に僅かに頬が緩むのがわかる。

 

「ありがとう」

 

ドッと心臓が大きく跳ねた。

ばっと日向(ひなた)は顔を逸らす。

 

「……」

 

形容しがたい表情を浮かべながら心臓を押さえる。

 

日向(ひなた)くん?」

「え、あ…なに」

「体調悪いの?」

「……いや、そういうわけじゃないけど」

 

日向(ひなた)の奇行に首を傾げる善

だがすぐポケットに手を入れると「これあげる」と小瓶を渡した。

 

「…これ参加賞のやつじゃん」

「そうそう。あげる」

「…鼻?」

「そういうこと」

 

「要らないもの渡してくるのはどうなの」と思いながらも日向(ひなた)は小瓶を受け取る。

ころりと淡い紫のビーズが入った小瓶。匂いは甘いものの不快になるような甘さではない。

 

「…まぁ、ありがとう」

 

日向(ひなた)はポケットに瓶を入れる。

 

「あ、いたいた」

 

と、そこで日向(ひゅうが)がやってくる。

両手には色々な食べ物が入ったパックが持たれていてそれを善と日向(ひなた)に渡しながら彼もまた席に着く。

 

直後、夜空に咲く花火

ハート型やらまん丸な花火やら、様々な色が空に咲くのを三人はただただ眺めていた。




色火、というのは所謂花火のことです。
この世界で植物は悪の象徴なので基本植物の名前が入った言葉は別ワードに変換されてることが多いです。
花火もその一つですね。
説明欄にはわかりやすいように花火として書いていますがね。

因みに薔薇9本の花言葉は”いつもあなたを思っています”
恋愛パート多くなってきたなぁ、とによによしてます。
そして花言葉もここら辺から情熱的なものが多くなってきます。とてもいいね!!
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