「あ、
「ん…ああ」
がっと腕に巻きつかれて少し驚く
彼は彼女の顔を見て「前の知り合い」の女だということに気づく。
彼女は満面の笑みを浮かべ、上目遣いで
「久しぶりっ!ぜーんぜん会いに来てくれないからすーっごく寂しかったんだから!」
「あはは、ごめんね?副隊長の仕事が忙しくって」
「それもそっか!なら仕方ないね……あ、そういえばコレ!
彼女は短いスカートのポケットから一枚の手紙を取り出す。
なんてことのない無地の封筒。それを差し出される。
それを受け取るが、封筒には宛名も何も書かれていない。
「なにこれ?」
「なぁんかねぇ、渡されたんだ」
「え、誰に?」
「ほら、支援って一応見守ってますよっていうポーズで被害がない地区の見回りもするでしょ?それでこの間見回り行って来たんだけどぉ。その時に男の人が渡してほしいって」
「…その男の人って、何地区であったの?」
「えーっと、たしかぁ」
そういって少し思案して
「H地区だよ」
その言葉を聞いて目を見開き、やっぱりかと同時に思う。
「……そっかありがとう」
「んーん!大丈夫だよぉ、あ、お礼は今日の」
「ごめん、ちょっと用事思い出したから」
「え、ちょっとぉ!」
声を上げられるが
そうして、扉を閉じてからキッと手紙を睨み付ける。
(大丈夫、何があっても会いに何て行かない)
そう心に決めて、手紙を開ける。
そこには達筆な字で手紙が書かれていた。
【元気にしてるか?父さんは相変わらず元気です。母さんも変わりありません。
父さんは今医者の仕事を復帰してます。今までお前達に迷惑をかけて本当に悪かった。
今更かもしれないが、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。
許してくれとはいわない、ただ父さんも母さんも昔のような家族に戻りたいとは思っていると言うことだけ分かっててほしい。大好きな
書かれた文字はこちらを心配するような内容ばかり物で、少し顔を歪める。
(…あの件から一年たったもんな…そりゃまぁ人も変わるか)
思わず考えてしまった。
手紙には写真が添えられていて、小さいころの……まだ崩れる前の家族で撮った家族写真
写真の中の自分たちは笑っていて、お父さんとお母さんも楽しそうで。
それを見ると、つい懐かしくて仕方なくなった。
(また、昔……みたいな)
記憶の中、遠い記憶の家族は確かに愛があった。
温かい家族、
(……今更、でしょ)
結論付け、
「善くん」
「ん…ああ、
トントンっと肩を叩けば善が振り向く。
「
「別にそういうわけじゃない」
「そっか、ならよかった」
笑みを浮かべると善は目を細める。
「あのさ、明日非番でしょ?僕も非番だからどっか遊びに行かない?」
「
「善くんは
断る理由も特にないから大人しく引き受けたわけだが、これがまぁ多忙だ。
善も善で多忙で、そのせいかあんまり非番が合わないのだがカレンダーを見たら
たまたま善と非番が被ってたので誘ったが、やはり
「いやぁ副隊長殿はお優しいなぁ、と。嫌いな相手の為に態々大事な非番を使うとは大層お暇だと伺える」
へらっと善が笑う。
(…
もやっとした気持ちを晴らすように目の前の頭をかき混ぜる。
「まぁ、それとこれとは話が別。君の言う通り暇なの。だから付き合ってよ」
「女の子誑かしに行きなよ。肩書も増えて前以上に釣れるでしょ」
「……善くんってそういうことする人嫌いじゃなかったっけ」
「触られるのが嫌なだけ。誰が何しようがどうでもいいし」
「ふーん。まぁどっちにしろ後が面倒くさいから却下」
「うわ」
「僕その嫌そうな顔は結構好きカモ」
「性格悪」
「しってる」
そんな話をしながら歩き出す。
「善くん、最近断罪の方はどうなの?大変?」
「書類が死ぬ」
「断罪業務の方は?」
「別に〜?ありがたいことに異動してきたやつがいるから」
「へぇ、わざわざ断罪に…どんなひと?」
「初対面でいきなり右目抉ろうとするやつ」
「…本当にその人招き入れていいの?」
「人間性終わってる奴に限って無駄に有能だったりするよね」
善は何処か遠い目で呟いた。
要するに、入ってきた奴が優秀だから、外したくても外せないのだろう。
「で?どこいく?明日」
「え、この流れで明日の話するの?凄いね
「別に、善くんが何を考えて断罪業務するとかしらないし、正直僕は向いてないと思うけど
善くんが部隊立ち上げたら科学の人たちは泣いて喜ぶだろうね。皆幽鬼みたいだし」
顔を手で歪めて真似をすると善は「科学部隊の人たちに殺されるぞ」と小さく笑いながら言う。
「んー、まぁ気分転換って大事だしな。じゃぁ、これ食いに行こ」
言って見せられるデバイスの記事。そこには葡萄のパフェが映ってる。
「おお、甘そう」
「うん、確か
「まぁ…」
「すっぱいの好き、だよね?同じ店にレモンの酸っぱいパフェあるからどう?」
「へぇ酸っぱいパフェとかあるんだ」
「うん、果物もレモンとみかんで、ゼリーもレモンゼリー、かかってるソースもそういうのなんだと、なんか聞いた話全然甘くないし、めっちゃ酸っぱいんだって」
「ふーん、おいしそうじゃん。じゃ、そこいこうか。何地区?」
「えーっと…H地区」
そう言われ、
それは、あの手紙の主…
(あの手紙から一週間以上たってるし。流石に気にしすぎか……家に近寄らないなら大丈夫でしょ)
「…なんかあった?嫌なら場所変更するけど」
「え、ああ、ううん大丈夫、じゃぁまた明日」
そういって
「おー」
翌日、約束通りH地区にやって来たのだが
「やっぱ制服なんだ」
「服、寝間着しかないし」
「買わないの?」
「……別に要らないかな。制服あれば十分じゃない?」
仕事の時同様制服の善は欠伸をしながら言う。
「にしてもH地区始めて来たけど色々あるんだ……なんかでっかいのあるし」
「観覧車ね。H地区は娯楽系多いんだよ」
「へー、なんかそういうのってABC地区あたりにあるイメージあった。すっごい豊かじゃんあそこ」
「確かに豊かだけど、娯楽系はすくないんだよね。
まぁあそこって安全に囲われてるからか不死者の存在も知らない人が多いし
生まれたときから俗物に触れてないだけあって知らなければ気にならないって言うの?
中の人たちは不満なさそうだよ、だからかあそこの人たちは穏やかで健康な人多いし」
「……ああ、開放牧場か」
「ん?」
「いやなんでもない」
そういって歩き出す。
「あとで遊園地いってみる?」
「え、いいの?」
ばッとこちらを見上げる善。その目は少し輝いてて思わず笑いが漏れる。
「うん、いいよ全然…僕も久しぶりに行きたいし」
「やった」
「…善くんって、こういう娯楽物とかイベントとか、全然興味ないんだって思ってた」
「そう?」
「なんとなくね。でも意外と好きなんだね。それじゃ帰りは東の方にでも行こうか」
「なんで東?」
「景色がいい所があるんだ。
小さい頃はよく
「へぇ…あ、で肝心の店だけど確かこっちのほう……あ、あったあった。ほらこの店」
「うわ、ほんとにレモンパフェあるんだ」
「うげ、クリーム全くないパフェとか初めて見たかも。酸っぱいの苦手だから絶対食べれない奴だ」
「そういえば善くん酸っぱいの苦手だっけ。理由とかあるの?」
「きゅーってなるじゃん、口」
「それがいいんだよ」
そんな会話をしながら店に入ろうとして
「うわ、並んでる」
「人気っぽいしね」
人が結構並んでいた。
「まぁ、ぼちぼち並ぶか」
「うん、そうだね」
列に並ぼうとして、ふと
ねっとりとした何とも言えない視線に、振り返る。
「…」
「どうかした?」
「……いや」
首を振りながらも辺りを見回す。
人が多すぎて視線の正体が何処にいるのかはいまいちわからない、ただかなり嫌な視線だった。
それこそ、幼少期から感じて居たような。
(嫌な予感がする)
「どうした。体調悪い?帰る?」
「…」
表情こそ変わらないものの、善が此方を見上げて聞いてくる。
(この子、結構楽しみにしてる感じだったし…最近ちょっと元気なさそうだったから、ここで断るのは流石に…僕から誘ったわけだし)
「ただ、少し野暮用思い出したから並んで待ってて」
そういうと
後ろから「トイレ~?」という間の抜けた声が聞こえるが
「……こっちか」
人ごみを掻き分けついた先には誰もいない。だが、確かに視線が続く方へ歩いて行く。
そうして気づけばあの家に辿り着いていた。家の外観は全然変わらない。その家の前には女が一人たっていた。
「母さん」
ボロイ服を着て、髪をぐしゃぐしゃにした女
長らく見なかった、母親がそこにいた。
母親は頬をコケさせ、痛々しい痣をこさえながら、死んだ魚のような目で此方を見る。
「来たのね
どうやら母親の視線だったらしい。
濁った眼が
「ねぇ、どうしてお母さんの事を見捨てたの」
母は聞いてくる。
その母を見ながら、少しうつむく。
「…母さんにも父さんにも感謝はしてる。
物だって買って貰えたし、美味しい物いっぱい作ってもらった。行きたい場所にも連れてってもらえて、不満何てずっとなかった。
幸せだって本気で思ってた。でも、違うって気づかされたから」
驚くほど冷静でいれた。
母は笑みを浮かべる、そうして近寄ってきて
「…どうして?」
そういって手を伸ばしてくる。
「なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんでなの?」
頬を包み込むように掴まれ、顔を覗き込まれる。
「何でなの。なんで私の幸せを認めてくれないの?
私にはもう貴方達しかいないのに、貴方達が私から幸せを奪ったのにその責任を感じる事無く幸せになるつもり?
あの子お友達デショ、前に話に割って入って来た子
唆されたんでしょう、可哀そうに
大丈夫、大丈夫よ。今まで通り母さんたちと幸せな家庭を築きましょう、それでいいじゃない
どうしてそれが出来ないの?ねぇどうして?
お母さんには幸せになるなってコト?骨身を削って頑張る母親にそんな酷いことを言うの?
お父さんに殴られて苦しみながらも必死に貴方の事を育てたのよ?ねぇどうして?どうして?」
「…感謝してる。ほんとに。でも母さんは…”今の僕等”を本気で愛してくれないでしょう。僕らを助けようとは…してくれなかった」
「それはあなた達が悪いことをしたからでしょう?そもそも私はあなた達に"助けて"なんて言われていないわ。
助けを求められるクセに助けを求めなかった自分が悪いじゃない。いわないと伝わらないのよ。察してなんて都合のいい考えは捨てなさい。お母さんのせいにしないでよ。
お母さんのほうが苦しいのに、よくもまぁそんなアピールできるわね。
どれだけお母さんに責任を追わせたら気が済むの?ねぇ?どうなの?なにか言いなさい」
踏みしめた砂利が嫌な音を立てた。
(ああ……届かないんだ)
母に幸せになって欲しかった。父にも……だから自分なりに頑張ったのだ。
でも母にも父にもその思いは届くことなく踏みにじられて終わった。それが、酷く悲しいと思った。心臓が、痛くなるほどに。
「僕は……母さんに幸せになって欲しいって思う。
父さんにも、そう……でもきっとこのまま一緒に居てもお互い幸せになんて慣れないんだよ。
父さんに殴られるのが嫌なら離婚しようよ。僕もそのくらいなら手伝うし、かかる費用分くらいなら出せるから。
お金もってたって現状は絶対変わらない。問題が先送りになるだけ…それじゃぁ母さんはホントの意味では幸せになれないんだよ」
きっとどれだけ言葉を尽くしても人は人を変えられない
時間でもきっと人は変らない、変わってくれてればと期待したがこの状況を見るにきっと変わってない。
なら何が人を変えれるか、自分しかない。
自分で自分の本当の幸福を願わない限り人は変れない。
きっとここで母たちの望む金を渡しても、一時は幸せになれるかもしれない、でもそれはあくまで一時だ。
この人たちが大金で何とかなるなら、きっととっくの昔に変化があって今みたいなことにはなってないはずなんだから。
母は少し離れ、笑う。
生ぬるい風が吹いた。
「私の幸せを壊したアンタたちがそんな事を言うのね」
「!」
ぞわっと嫌な予感がした。
酷く、先ほどから背中に視線を感じているからそれが父親であることは分かっている。
だが、それ以上に母親から鋭い悪意を感じる。
でも母は手ぶらで何も持ってない、流石に母親に怪力があるとも思えないし。押し負けることはないだろうが、何故か酷い悪寒に襲われる。
「あのね、
瞬間、視界が揺れる。
(……あれ、なんか、視界が)
その時
それは化粧品に薬品を混ぜて使用するというもの。
(ハンドクリームに……)
そこは家の廊下だった。
ガンガンっと扉が揺れるのを眺めながら”俺”は立ち上がって扉に近づく。
「おい開けろよ!ハッと目覚めると、そこは家の廊下だった。
ガンガンっと扉が揺れるのを眺めながら、俺は立ち上がって扉に近づく
「おい開けろよ!
「……今日は俺が日向《ひなた》だから、お前はあっち行っとけって」
「いや、今日は俺の日だろ!?おい!日向《ひゅうが》!日向《ひゅうが》ってば!」
叫ばれるが俺は無視して扉があかないように塞いでから家を出る。
「ほら、日向《ひなた》。行きましょう」
いわれて、頷いて歩き出す。
其の日は酷く嫌な予感がした。
「お母さん」
「なに?日向《ひなた》」
「今日ってなにするの。いつものお店?」
「いってからのお楽しみ」
お母さんは答えてくれなかった。
「お母さん」
「なに?日向《ひなた》」
「…お店、こっちじゃないよ?」
「最近新しい遊園地のアトラクションができたんだって。今日はお仕事はお休み、遊園地にいこうね」
「遊園地…二人だけで?」
「そうよ」
そう笑顔を浮かべる母
そしてついたのは本当に遊園地だった。
でも、向かった先は遊園地の入場口じゃない
「お母さん、入場はあっち」
「今日は特別に裏から入って良いって言われてるのよ」
そういって指さされた場所は一片の光も無い場所………思わず足を止める。
「日向《ひなた》?」
手を引っ張られるが俺の脳内は警報を鳴らしている。
(さっきから妙に視線を感じる。気持ち悪い、気持ち悪い視線………お母さんの視線も気持ち悪い。いっちゃダメな気がする、絶対)
「お母さん、あっちに行きたくないよ……今日は帰ろう。それかお店いこうよ」
「仕事熱心ね日向《ひなた》は…でも駄目なの。約束しちゃったもの。ほら、早く行きましょう」
ぐいっと手を引かれる。
「ねぇ」
「……なに」
「日向《ひなた》は私の事、すきよね?」
「……うん」
「そうよね。でもね日向《ひなた》。日向《ひなた》はお母さんたちを不幸にした悪い子でしょ?」
「……うん」
「だからね。日向《ひなた》が不幸にした分お母さんを幸せにする義務があると思うのよ」
「……」
「その義務を果たした時、お母さんはまた日向《ひなた》の事も愛せるの。日向《ひゅうが》のこともね。
だからそのためにも必要な事………わかってくれるわよね?」
そういって引っ張られた先
真っ暗な空間、少し冷える気がして
「無償の愛なんてこの世界には存在しない。それはね。ただの夢物語なのよ。
愛されたいなら対価を払わないと…愛されたいでしょう日向《ひなた》」
そういって入れられた部屋
そこはどこまでも真っ暗で、光なんてなくて……狭い部屋だ。
「あ、綺麗な男の子じゃん。こんな綺麗な子いいの?」
「綺麗だけど目あっか!超不吉じゃん、呪われない?」
「呪われないようにしっかりやんなきゃね」
部屋には数人の男がいた。
カメラと、バールみたいな硬い物を持っている。
「おかさ」
振り返る。
「家族に…お母さんに愛されるために頑張ってね日向《ひなた》」
その言葉を最後に扉は閉められた。
「ああああああああああああ゛゛゛!!!!」
骨が軋んで肉が溶けるような感覚がした。
暗闇が視界の全てを覆っていた。
爪でガリガリと扉を引いても小屋は少しも開かなかった。
外からは知らない誰かの笑い声がしていた。
その声が男達の声とダブって息が浅くなる。
頭が痛い、ダラダラと汗が流れる。
爪がボロボロになって、血が出る。
指先にちょっとついた血、それが掌いっぱいにべったりとついてる様な気がして、吐き気がする。
「う、ううう、あ……ぅ」
視界はまっくらだった。
顔を覆った手の隙間から透明な熱が溢れていった。
泣いているのだ。
「あ、ああああ、あぁ、ああああ」
何秒、何分、何時間、何日、何年、泣いていたのだろう。
「う、うぅぅぅ、あ、、う」
暗闇だ。まっくら
誰も助けてくれない、体が冷たく成ったり熱くなったりして頭が可笑しくなる。
「う、う、、、ううううう、ああ、あ、、あ、゛ぁ、ぁ」
膝を抱えて丸まった。
地面に頭を擦り付けて、嗚咽を漏らすと、息がだんだん細くなった。
それは過呼吸の前兆に間違いなかった。
自分が泣いているのか息をしているのかもうわからない。
「っ、あ”」
ごぽりと喉の奥で音がなった。
吐いた。だばりと吐瀉物が地面に落ちる。汚い地面と混じる。
気持ち悪い。汚い。怖い
吐く物もなくなったはずなのに、喉の奥からドンドン競りあがって来る嘔吐感
軈て胃液が漏れて、血が混ざって。酸で喉が焼かれた。
ああ、今吐いているのは胃液?血?それとも二酸化炭素?
叫び声。涙。穢れ…?わからない。視界がわんわん反響して明滅する。喉が細まって、苦しくて、死んでしまいそうだった。
世界が白く染まって、カヒュカヒュと情けない吐息が四方の黒檀に落ちていく。
ただ、ただ元の家族に戻りたかっただけだっただけなのに
幸せになりたかった、幸せになって欲しかった。
なのになんでこんなことになっちゃったの。
眼が赤いから、気配りが出来ないから、言われた通りにできないから、良い子じゃないから
自分で自分が壊れていく。
どっちがどっちで何が悪で何が正義がもうわからない。
自分が今どんな表情で何を思って何を叫んでるのかわからない。
たすけて、だれか、たすけて
その瞬間、外から騒がしい声がした。
そうして金属の音と、地面に落ちる音、男の怒鳴り声
軈てそれら全部が静かになって、足音が近づいてくる。
足は倉庫の前で止まると、そのままの勢いでガタリと扉を開けた。
人工的な光が差し込みシルエットが浮かび上がる。
それをみて思わず手を伸ばそうとして
「よぉ」
とまった。
「とう……さ、ん」
そこにいたのは父だった。かれは日向《ひなた》の髪を掴む。
可笑しいな、もう自分の方が力は強いはずなのに………どういうわけか、体は動かない。
「久しぶりだな日向《ひなた》。相変わらず悪い子のままか?」
そういうと、更に強く髪を引っ張られる。
「お前はほんっとうに悪い子だなぁ。お前のせいで俺も母さんも不幸になっちまった。
今ここに居ない日向《ひゅうが》はきっとお前に愛想着いちまったんだろうな」
「そんなこと、ない」
「ならなんで助けに来てくれねぇんだ?お前らは仲良し双子、なんだろ?なのにこない。まぁ当然だよなぁお前は悪い子なんだから。お前といたら皆不幸になる」
「っ」
「わかるだろ!?お前が余計なことすると不幸になるんだよ皆!生きる厄災が!」
耳元に顔を寄せられ叫ばれる。
「さっさと来い!お前等のせいでこの一年散々だったんだよ!!」
「医者…は」
「噓に決まってんだろうが!!!お前のせいで家庭が壊れたんだよ!分かるだろ!?お前のせいだ。ならその代償を払え!」
そういってそのまま小屋の中に逆戻りさせられそうになる。
その手を、細い手が掴んだ。
「なに人の連れに暴行働いてんの?」
そんな声が響いた。
その手は善のもので…善は父の手首をつかみ上げていた。
そうして少し力を入る。瞬間ぐぎっという音が父の手からなる。
「い”っ!!!」
日向《ひなた》から手を放して、後ずさりながら手首を抑える父さん
だが、直ぐに足を引っかけられ、転がされると、その首に足がガッと乗せられる。
かひゅっと父さんの口から息が漏れる。
「やめてくれる?折角非番でいい気分だったのにさ。邪魔するの。ねぇ聞いてるの?」
息子と同じ年の子供に見下ろされるとは思っていなかったのだろう。
彼の目は見開かれて、口は酸欠の鯉のようにパクパク動いていた。
「ちょっと聞こえてたんだけどさ、なんか随分偉そうなこと言ってたじゃん
君が威張れてたのは、日向《ひなた》くんがアンタたちを愛してたからだ」
善は父の足を踏みつけて首もとを掴む。
「君みたいな救いようのないやつでも助けたくて必死だったんだよ……たかが家族ってだけのくせに」
そう揺らされる。
「ま、アンタ等の行きつく先は地獄一択って決まってるけどね。
死んだとき、精々閻魔様に縋れるように薬が抜けるまでの間しっかり反省してろ」
そうして父の鳩尾に拳をぶち込んだ。それで意識が飛んだらしい。父は気絶した。
善は座り込んだ日向《ひなた》の前に行く。
「随分と長い野暮用だね」
「よ……ぃくん」
なにかに縋りたかった。
今は誰かに助けて欲しかった。
だから、無意識的に、手を伸ばす。
”汚い”
手が止まる。
皆、綺麗なものが好きで、汚いものが嫌いだ。
今の彼は到底キレイとはいいがたい。
こんなゴミまみれの場所に転がっていて、吐いて、泣いて
顔も服もぐしゃぐしゃで。
”折角綺麗な顔に生んでやったんだから”
”綺麗ね”
”ヒナタくんって、綺麗だよね”
綺麗綺麗綺麗
皆が好きなのは綺麗な日向であって、こんな惨めなやつじゃないだろう。
”匂いが移るから触られたくないんだよね”
綺麗じゃない。汚い。
匂いも多分、あんまりよくない。鼻が馬鹿になっててよくわからないが、多分酷いんじゃないだろうか。
人より鼻の良い善にとっては更に最悪だろう。
だって善くんは"綺麗"なんだから
汚い…汚れたやつが触ったら、駄目だから
拒絶される
「っ…」
何も掴めなかった手が宙をもがく。そのままなにもつかめず、落ちて。
「こんな時まで人に気なんて使うなよ」
その手は…掬い上げられた。
温かい手のぬくもり。少しだけ引かれて…体に回る。
あたたかかった。すがりつくように日向《ひなた》は善に抱きつく。
それを受け止めつつ、数回背を叩けば、漸く安心したのか、日向《ひなた》は体から力を抜いた。
「…なんで、ここに?」
「全然帰ってこないから、変だと思って。日向《ひなた》くん、未だにあの瓶もってたでしょ。で、途中でわからなくなったけど、女の人がいたから問い詰めたら教えてくれた」
善はちらりと隣で倒れる男を見る。
「この人たち、ちょっと前に出回ってた危ない薬使ってたみたい。
だから、あとは科学が適当に回収してくれるから…歩けそうなら移動しよ」
そういうとは小さ日向《ひなた》く頷いて善に手を引かれながら無言で歩きだす。
「原因は僕だったんだよ。僕が余計なこと言って…噂されて…父さんは仕事を辞めないといけなくなった。お母さんは殴られるようになった」
「日向《ひなた》くんは別に」
「わかってる。僕のせいで二人は不幸になった。でも僕の存在も行動もあくまで”きっかけ”
10年間現状を変えようとしなかったのはあの人たちの選択だ。だからね。わかってたんだ」
「……」
「人はそんなに簡単に変わったりしないって…10年間同じことを繰り返していたあの人たちが、1,2年ぽっちで簡単に変わるわけないって」
「……」
立ち止まって俯く。
日向《ひゅうが》は、きっと…連絡を絶った日から、あの二人のことを血のつながった他人としてみることにしたのだろう。それは正しい選択だった。
周りからすれば、きっとあの二人はただの毒親にしか見えないだろう。虐待をする屑にしか見えない。それは正しい解釈だった。
「…それでも、信じたかった」
愚かだということくらい分かっている。それでも
「僕にとっては”親”だったから」
顔をくしゃりと丸めながら日向《ひなた》が言う。
善は感情の薄い目でそれを眺める。軈て、口を開く。
「おなかすいた」
「……え」
突然の脈絡のない言葉に日向《ひなた》はきょとりとする。
善はくるりと踵を反し、日向《ひなた》の手を掴みながら歩き出す。引っ張られ、日向《ひなた》はたたらを踏んだ。
「他人のしんみりした話聞くの嫌いんだよね。気分暗くなんじゃん」
「え”」
「ということで、お腹空いたしパフェ食べに行こ。観覧車も乗りたい。あ、その前に着替えたほうがいいか。一旦戻ろ」
「……い、今の流れで言う?それ」
「いう」
善はきっぱりという。
「大体、前も言ったけど日向《ひなた》君は考えすぎなんだよ。なにもかも。
考えすぎで視野が狭くなってる。君が両親信じるのはいいけど、それで取り返しのつかないことになったら日向《ひゅうが》はどうするの?」
「……ぁ」
「無駄なことに思考割きすぎなんだよ。しんどいじゃん。そういうのばっか考えてても。
うだうだ考えてないで、毎日その日のご飯の事でも考えときなよ。それくらい頭空っぽでいいんだから」
「……それは、考えてなさすぎじゃない?」
「生きていけるからいいの。それに」
くるりと善は振り返り、がっと日向の両頬を掴む。
「人生一度きり。そんな暗い顔ばっかしてたら幸せ取り逃すよ?どうせなら気楽にいこ。そっちの方が毎日楽しいよ」
そういって善は微かに笑った。
満面の笑みではないけど、自分のうすっぺたい笑みなんかより、ずっと綺麗で純粋な笑み。
「ということでパフェだパフェ」
「…また並ぶの?こんな時間から?」
「ふっ、店主に交渉して作ったやつ冷蔵庫に入れてもらった」
「え、そんなことできるの」
「職務乱用さいこー」
「うわ…」
にこーっとした笑みで善はリングを見せる。
そういって手を引かれる。その手がじんわりと温かくて。
日向《ひなた》は善に助けてもらった。
自己を肯定してもらえた。
だがそれで"救われた"とは思っていない。
そんなことで救われたと思えるほど彼の闇は軽くない。
でも、今までの積み重なった優しさが暖かくて心地よかったのは紛れもない事実だった。
(ああ、やっちゃったな…)
引かれた手を、こちらも握りしめる。
そのことに気づいたのだろう、善が振り返る。
(ほんと…家族に最低なことしかしないな…)
そのきょとんとした顔を見て、日向《ひなた》は口を小さく上げる。
「善くん」
「ん?」
「僕、善くんのこと好きだよ」
善はキョトンとした貌で日向《ひなた》を見上げる。
「なに、この一件で嫌いから好きになったの?」
「……うん」
「日向《ひなた》くんって思ったよりちょろいね」
ケラケラと笑う善を見て、日向《ひなた》は目を伏せる。
(ごめん日向《ひゅうが》。ほんと最低だ。でも…)
「うん、そうだったみたい」
今はこの幸せを感じてたい
______枯レタ薔薇ハ愛ヲ求メル
それはそうと外伝漸く完結して達成感がありますね。実は一部のストーリーを大幅修正かけてるところがあって、その作業に追われつつだったので、ぶっちゃけ外伝完結させられるか心配だったけど、今回で終わったのでね!よかった!
12本のバラは色々ありますけどプロポーズに使われる本数でもあるんですよね。
ということで花言葉は「最愛」です。
これにて外伝完結。一部粗方修正したらいよいよ二部です。がんばるぞー!!