雑草はシリアス好きだけどずっと続くと鬱になっちゃうからねっ(-ω☆)
誰もいない真っ暗な部屋
窓に掛けられたカーテンが引かれ、室内の明かりはすべて消されている。
安置所なだけあって、掃除が行き届いており、真っ白な壁に真っ白な天井、真っ白なベッドが清潔感を出している筈なのに、何処か寂しげに見えたのは部屋に立っている彼の心情が大きく影響しているからだろう。
「随分小さくなったな、お前」
誠は処置台には抗菌シートがかけられたソレを見ながらつぶやいた。
ここは死体安置所だ。置かれているものは火葬や埋葬を待つ死体。
彼の目の前に賭けられた抗菌シートの下にも勿論死体があった。
だが、明かに必要な部位は欠け、不格好な線を浮かび上がらせているだけだ。
きっとシルエットだけ見れば死体だなんて誰も思わないし思えないだろう。
坂谷八生の死体は生きていたころより何十センチも小さくなってしまった。
誠はシートの下にあるであろう八生を見つめ、そっと自身の掌を見つめる。
手は傷こそあれど汚れていない。
だが、自身の手が八生の血で真っ赤に染まった瞬間が蘇る。
全て覚えている。生温い血の温度も、少しベタついた感触も、どんどんと力の抜けていく八生の体も、命が消えていくように体温が消えていく感覚も、その全てが彼の網膜に、体に染み付いて離れてくれない。
はぁ、はぁ、と息が上がり掌が震えている。
その震えを押し殺すようにキツく、爪が肉に食い込むほどキツく誠は手を握りしめる。
「……じゃぁな、八生」
最後にもう一度、ちらりと彼女の死体に目をやってから、背を向け誠は自室へと戻った。
暗い部屋、特段ベッドや簡易的な以外はなにも置かれていない質素な部屋
しかし一つ妙な点があるとすれば天井から垂れている一本のロープだろう。
誠はそれに何の疑問を抱くことも無く近づく。
きっと死ぬきっかけが欲しかったんだ。
仕方ないよなって思える何かが。臆病だから、踏ん切れるだけの理由が。
「俺は結局ここ入って何がしたかったんだろうな」
弱いくせに愚直なほど真っすぐで、困っている人間が居たら助けずにはいられない八生みたいな善人が死んで
自分のような死に場所を求めて自分の為にしか動けない、大した目標も無ければ誰かの受け売りの綺麗事しか口に出来ないような人間が生きている。
それも、死なせる原因となったのは他ならぬ自分自身だ。
「ほんと、なんで俺なんか助けるんだよ」
「全くだね」
誠はそう呟いて、宙に揺れるロープに手を伸ばした時。部屋の入口の方から思っても見なかった返答が返って来る。
驚いてバッと振り返ればそこには人影が一つ。
黒い髪に紫の双眸を持った男が気だるげそうに開かれた扉に背を預けて立っていた。
「誰だよ」
「ああ、気にしないでいいよ。ただの隊員Yくらいの存在だと思って」
ヘラっと男は笑い、部屋に一歩足を踏み入れる。
「其れよりもソレ、その死に方は止めてくれる?」
男は白くて細長い指を誠の持っているロープに向ける。
言われた意味が分からなくて呆けた顔を浮かべてしまうが、男はたいして気にする様子もなく、また一歩こちらに足を踏み出す。
こつりっと静かな室内にブーツの底が地面とぶつかる音が響く。
「首吊りってさ。死んだ後に体の内容物をぶちまけるから掃除が面倒くさいんだ。
あと匂いも凄いことになるから消臭作業も大変で、人の排泄物とか菌も大量だから殺菌もしないとじゃん。滅茶苦茶迷惑な死に方なんだ。
だから服毒自殺をしてくれるのがこっち側としては一番楽に処理できるかな。まぁ服用した本人はそれはそれは苦しい思いをするらしいんだけど」
男はポケットに手を入れると小さな小瓶を取り出し此方に差し出してくる。
それを見て、誠は困惑する。いつまでたっても手を出さない誠に男は首を傾げる。
「あれ?死にたいんじゃ無かったの?それとも君は人に迷惑かけて死にたいタイプだったりする?」
「…いや」
「なら良かった。稀にいるんだよねぇ。態と傍迷惑な死に方選んで死ぬ奴」
誠は男から小瓶を受け取ると彼はニコリと笑みを浮かべる。
誠は掌の中の小瓶に目を落とす。小瓶の中の液体は薄っすらと黄色に色づいていて小さく揺れている。
(これを飲めば…)
誠はガラスの蓋に手をかけ、ゆっくりと開ける。
ポンッという気の抜けた音を立てて蓋が開き、毒とは思えないほどに甘ったるい匂いが鼻に広がった。
「にしても死体残っててラッキーだったよね」
瓶の中の液体は静かに揺れていて誠の顔を歪に写す。
「死体なんて滅多に回収できない物だから、ホント運がいいよ彼女」
ゆっくりと瓶の淵に口を付ける。
「ってあれ?無視?最後の会話を楽しむタイプじゃないんだね、残念残念…………でもまぁ、時間の無駄か」
固く目を瞑って、震える手で少しずつ瓶を傾け
「無駄死にした”役立たず”の話したって時間がもったいないだけだしね」
カランッという瓶が地面に落ちる音が高く鳴り響いた。
地面に転がった瓶から液体が零れ、床にシミを作っていく。だがそれに気にする余裕もなく静寂の落ちた部屋の中、誠は目の前の男を凝視する。
男は誠の事など気にも留めず、床に転がる瓶を拾い上げる。
「ああ、零しちゃった。もう予備持ってないから次は自分で取りに」
「誰が…誰が役立たずだ!?もっかい言ってみろッ!!!!」
男が言葉を言い切る前に、誠は男の胸倉に掴みかかる。ぐいっと胸倉を引っ張られ、すごい剣幕で捲し立ててくる誠に対して男は特に堪えた様子はない。
不思議そうに首を傾げて誠を見るだけだ。
「そこで怒るんだ。でも事実でしょ?何の実績も残せず組織に貢献も出来なかった。
何一つ役に立つ事も出来ず死んだわけだし。そもそも彼女の生に価値ってあったのかな?
今までもこれといったことをしていないみたいだったし、そう考えれば彼女の存在価値すら」
その先の言葉は続かなかった。ただ、少し渇いた音が響いた。
「…怖いな、いきなり殴ろうとするなんて」
誠が殴りかかったのだ。
だが、誠の拳は男の手でいともたやすく止められてしまっていたが、そんなこと関係ない。それほどまでに彼の怒りは凄まじかったのだ。
「何も知らねぇテメェがアイツの価値を決めるんじゃねぇ!!!」
叫ばずにはいられなかった。
「へぇ、結構面白いこと言うじゃん」
「あ?」
男はヘラっと笑い、此方を見る。
またふざけたことを言えば直ぐに殴ってやる、そういう思いも込めて、誠は鋭く男を睨んだ。
睨まれた男は軽く肩をすくめる。
「死者に価値を与えられるのは生者だけだ。
君は彼女のチームメイトらしいが大多数の人間は死んだ奴らのことなんて知らないんだよ。死んだ奴の事を知れって言われても知るすべもない。死んでいるから。
まぁ、記録とかでなら知れるけど、誰が作ったかも分からない資料なんて宛になんないし…となれば、残された方法は死者の功績を見て死者に価値を与える」
「だからあいつの人生に意味はなかったって?」
「そういうこと」
「……な訳ねぇだろ、アイツは」
”私が戦闘部隊を希望したのは、人の役に……一人でも多くに人を助けたいから
助けられる範囲に居るなら、私は助けたい”
あの日彼女は真っ直ぐと誠の目を見て言い張った。
自分のような甘ったれた覚悟しか持ってない奴とは違う。他の奴からすればきっと馬鹿な奴だと笑い飛ばすだろう、無謀だと。だが誠はそう思えなかった。何故なら彼女の瞳には強い信念が宿っていたから。
「俺の仲間は無意味でも無価値でもねぇよ!!!それを俺が証明してやる!!!!!」
気付けば叫んでいた。喉が痛くなるほどの大声は狭い部屋を震わせる。
誠は肩で粗く息を繰り返しながら、男を見やる。男は何処か馬鹿にしたような表情で誠を見る。
「これから死体になる奴がどうやって証明するのか楽しみだ」
「っ!」
「ま、正直どうでもいいけど。君が彼女の死を言い訳に死のうが何しようが」
くるりと男は誠に背を向け、部屋の扉の方に歩き出す。
部屋の外に出る寸前、男は顔だけで誠を振り返った。
「あ、そうそう、毒薬なら開発部隊で貰えるから」
それだけ言い残すと男はバタンと音を立てて部屋の扉を閉めた。
一人になった部屋の中。誠は男が言ったことを頭の中で反芻し、乾いた笑いが込上げる。
そのまま地面に座り込んで、頭を掻きむしる。
「俺が一番、アイツの行動を無駄にしてんじゃねぇかよ」
何処までも自分のことばかりだった。此処で自殺すれば、自分はきっと楽になれる。
なんせ自分はここに死に場所を求めてやって来たようなものだ。
でもそれをすれば、八生の命を、坂谷八生の人生や思いを無価値に変えてしまうことと同じなのだ。
(…何やってんだよ俺は)
強く自分の頬を殴りつけ、数回呼吸を繰り返してから立ち上がる。
「俺はアイツに助けられた。だから俺が夜縁をぶっ殺して……夜を、終わらせる…。そうしてアイツの価値を証明する」
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(最近少しずつ見てくれる人が増えて嬉しさの乱舞を踊る雑草→)¯\_(ツ)_/¯