「じゃぁ今日も頑張って行きましょう!」
「はい」
翌日。誠は亜怜は訓練場に来ていた。
いつも通り武器となる木製のものをお互い持ち、構える。
何処か緊張した面持ちの誠、対する亜怜はいつも通りの柔和な笑みを浮かべている。
自然体のように見えて、その実隙らしい隙は見受けられない。
そこから如何に彼女が強者であるかが伺える。
五メートルくらいの間隔を取って向かう合う二人
余裕そうな亜怜に比べ、誠はいつどんな攻撃が来るのかと緊張が心を支配する。
彼女が僅かに動くだけで、過剰に反応を示してしまうくらいには…しかしそれでは駄目だということを昨日誠は知った。
誠は自分自身に言い聞かせるように、深呼吸を一つする。
「じゃぁ、早速行くわよ」
いうなり亜怜が足を後ろに引いた瞬間、誠はぎゅっと目を瞑った。
次の瞬間、鼻に入る強い衝撃に脳が揺れて後ろに倒れ込んだ。反応をする暇もなく受けた一撃に誠は鼻を押さえ顔を歪める。
「駄目じゃない誠君。相手はちゃんと見ないといけないわよ」
誠の起こした奇行に対して亜怜は注意をする。
だが誠は「もう一本お願いします」と言い、鼻から流れた血を乱雑に拭った。
亜怜は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、直ぐに攻撃態勢に入る。
それを確認し、誠は再び目を閉じた。
瞬間、脇腹に入る鋭い剣の痛みに顔を顰めつつ何とか足に力を入れて踏ん張る。続いて回し蹴りが首に入り、数回咽る。
それでも倒れないように懸命に攻撃を躱そうとするが、早すぎる亜怜の攻撃は容赦なく誠の体に襲い掛かって来る。
「ぬらぁッッ!!」
蹌踉めきながらも、誠は自身の持っている木刀を振るう。だが刃は空を切り、代わりに背中に強烈な痛みが走る。恐らく両手剣で思い切り殴打されたのだろう。
ごふっと喉がなり、誠の体が地面に沈んだ。
地面に手をついて項垂れる。そんな誠を亜怜は見下ろす。
その目には何処か怒気が滲んでいる。
「誠くん……ふざけているの?」
苛立ちからだろう、落ちてくる声も何処か冷たく棘があった。
だが誠はその言葉に応えることはなく、木刀を地面に刺して、そのまま立ち上がる。
「もう、一本……お願いします」
「……」
次の瞬間、顎に衝撃が走る。そして先程とは段違いの回し蹴りが放たれる。誠の体は呆気なくその場に崩れ落ちる。
げほげほと何度も咳き込み、脇腹を木刀を握っていない手で押さえる誠
そんな彼を見た亜怜は怒りを覚ますように小さく溜息を吐き出す。
「…今日は休憩にしましょう。どうして目を瞑っているのか分からないけれど、もうボロボロだし続きはまた明日に」
「もう一本お願いします」
誠は亜怜の言葉を遮って立ち上がる。
そして動く気配のない彼女に向かって攻撃を仕掛ける。
体制を低くして、亜怜の元へ一直線に駆け、勢いよく切り上げる
刀はどうやら亜怜の剣で防がれたのか、カンっという甲高い音が響く。
しかしそれは予想済み。直ぐに蹴りを放つがそれは見事に空振り、続いてニ連三連と続けるが攻撃は全て躱されるか防がれる。
「あ”ッ!?」
誠の攻撃と攻撃、その合間を縫うようにゴッと鈍い音と共に腹にめり込む拳。
誠は再度地面に手を付いて蹲る。
「ねぇ、もうやめましょう?十分頑張ったわ」
亜怜もまた、誠の前にしゃがみ込むと、彼の肩に手を置いて諭すように優しい言葉をかける。だが誠は断固として首を縦に振ることはしない。
「もう一本…」
そう言って切りかかる。
だが脚に剣をぶつけられ、がら空きの背中を蹴られる。
腹に回し蹴りを喰らい、踵落として地面に沈められた。
「……もう」
「もう一本、おねが、ぃ…します」
背後に回り込まれ、剣で薙ぎ払われる。
顔面に膝蹴りを喰らい、地面に倒れ込む。
刀を握っている手を掴まれ、そのまま引かれ地面に押さえつけられる。
「もう一本…」
「…」
拳を顔面や腹に叩き込まれる。
足を強く蹴られ、追い打ちをかけるように剣で殴り飛ばされる。
米神目掛けて容赦のない蹴りが放たれ平衡感覚が崩れ地面に倒れる。
「誠くん、そろそろ」
「もう一本、お願い、しま」
「っ、もういいでしょう!?」
立ち上がった誠の姿を見て亜怜が叫んだ。
その悲痛な声に驚いた誠はそこで漸く目を開き…初めて亜怜の表情に気が付いた。
その顔は青ざめ、憤っている。
だがその怒りは先程の誠の意味の分からない行動への苛立ちなどではなく
自身の身を顧みず特攻し続ける誠への心配に近い、悲しみが起因していた。
「貴方自分の状態を理解しているの?!これは復帰するための訓練なのよ!!
どうして自分を壊す様なことをするの…?
誠くん、少し落ち着いてよく考えましょう?大丈夫よ。まだまだ時間はあるわ。ゆっくり進めば」
「それじゃ駄目なんだよ!!!」
誠を心配する亜怜の言葉を振り払うように誠は吠えた。
駄目なのだ。ゆっくりなんてしている暇は今の誠にはない。
立ち止まることが強さに、次に繋がるならば誠は喜んで立ち止まるだろう。
しかし、意味のない停滞を続けるわけにはいかない。
昨日紡と手合わせをして気付いた。前よりずっと強くなっていることに。
そりゃそうだ。誠が安全な地帯で生活している間、彼らは生き死にが掛かっている戦場で、常に理解不能の行動をとる化け物と戦っている。
化け物は手加減なんてしてはくれない。殺すときは殺す。
そんな状況で戦い続けて強くなれないわけがない。
自分だけが置いて行かれていると誠は気づいた。
今は一か月という溝だ。だがこのまま差が開いて行けば、また自分が足を引っ張ることになるだろうということは容易に想像が出来てしまった。
自分は誰より遅れてる。本当はもう止めたい。だがここで止まったら本当に自分自身が終わってしまうような気がする。
弱音を吐きたいと泣く自分を押さえつけて、誠は木刀を握りしめて立ち上がる。
「もう一本、お願いします!」
言って誠は目を瞑る。
深く深く呼吸を繰り返し、精神を落ち着かせ、爪先から耳の中まで鋭く神経を研ぎ澄ませる。
重心は低くく保ち刀に手を添え……力強く踏み出した。
(なんど来ても同じなのに…)
思いながら亜怜は誠の攻撃を躱す。
大体目を瞑って戦うなんて勝ちを捨てるようなものだ。
昨日までの彼なら、攻撃を受け流し極力攻撃を受けないように上手く立ち回っていたと言うのに一体全体何があったのか………。
とはいえ、だ。どんな心境の変化があったのかは分からないが、目を瞑って戦う事に戦闘スタイルを変更した彼は、一気に亜怜から一本取るというチャンスから遠のいたと亜怜は感じていた。
だからこそ、彼女はほくそ笑んだ。
誠は成長速度が速いタイプだと言うことは一日目から分かっていた。
だからこそ亜怜は恐れていた。直ぐに一本取られてしまうのではないかと。
昨日まで涼しげな顔で躱していた亜怜だが実は内心冷や冷やしていたのだ。
だがその心配も当分ないだろう。
目を瞑っているがゆえに荒く、大雑把な攻撃を躱しながら亜怜は両手剣を振り上げる。
(あまり怪我はしてほしくないけど…これも誠君の為よ)
内心独り言ち剣を振り下ろした。
ゴンッという鈍い音が響き、誠の体が後ろに傾く。
普段ならば、これで終了の筈だった。
しかし誠は額から少量の血を流しながらも刀を勢いよく突き出す。
まさかあの状況で仕掛けてくると思っていなかった亜怜は僅かに動揺し、一歩後ろに下がる。
その隙を逃すことなく、誠は地面すれすれまで体を下降させ追撃といわんばかりに木刀を三度繰り出した。
亜怜は大剣で三発ともに弾き返すとすぐに蹴りを繰り出し、誠を吹き飛ばそうとする。
(躱された!?)
先程なら確実に当たった攻撃を誠は躱す。いや、完全に躱しきることは出来なかった。頬に亜怜の靴の踵を掠め、擦り傷をつくった。
それでも今までなすすべもなく蹴り飛ばされてきた誠にとっては”躱せた”と言っていいだろう。
(…まぐれよ)
蹴りを躱された亜怜はその体制のまま大剣を振り下ろす。
だがそれは誠の木刀の刃に遮られた。
続くように亜怜は伸ばしていた足を後ろに素早く下げ、逆足を回し蹴りの要領で振った。
しかしそれさえ誠は体を逸らして躱す。
未だに目は開かれていない、彼は目を瞑ったままそれらの攻撃を躱して見せた。
最初はまぐれだったのかもしれない。
しかし一度だけでなく、何度も躱されるとそれはマグレでないと亜怜だって気付く。
(こんなにボロボロなのに!目だって瞑ってるのに…なんでっ)
亜怜よりボロボロで、今にも倒れそうな誠の追撃は続く。
ドンドンと鋭く速くなっていく刀の猛攻に形成が逆転し、今度は亜怜が防戦一方を強いられる。
ギリっと奥歯を嚙み締め、亜怜は大剣を振り上げる。同時に誠も刀を握りしめる力を強める。
そして_____鈍い音が訓練場の天井に高く響いた。
ーーーーーーーーーー
「…なんでここにいるのかしら?」
「蓮君の塗り薬がソロソロ切れるから貰っとこうと思って」
誠との打ち合いを終えた亜怜は汗を拭って、普段自分が仕事をしている医務室に向かった。
扉を開け、中に入ればそこにはここにいないはずの善が寝台に腰かけて足を揺らしていた。
善がここに来た用件を聞いた亜怜は「そう」と短く答えると、善の方を極力見ることはせず、薬のある戸棚に向かう。その間も善は口を開く。
「誠君惜しかったねぇ」
亜怜の言葉を遮った善は長い足を組み、笑う。
「いくら手ぇ抜いてるとはいえ、まさか亜怜サンをあと一歩まで追い詰めるなんて、結構素質あるんじゃない?」
あの勝負は亜怜の勝利に終わった。
誠の切っ先が亜怜の喉に当たる前に亜怜の大剣が誠の脳天を叩いたのだ。
それにより誠は気絶。手当を施し自室まで運んだところであった。
「見ていたのね」
「そりゃもうバッチリ。最後の最後で本気出して大人げなくぶん殴ったところもしっかり見たよ」
何が面白いのか、善は終始楽し気に笑っている。
善の笑い声や笑っている顔、そのすべてが亜怜を苛立たせる材料へと変換される。
早く帰って欲しい。そう考え亜怜は善の望んでいる小瓶を棚の奥から取り出すと、そのまま善に渡す。
「早く出ていってくれるかしら?」
「相変わらず対応が塩だね。まぁ仕方ないか」
亜怜から発せられた言葉は先程誠の身を案じていた彼女とは思えないほど低く、冷たかった。まるで苛立ちを理性で押し込めているような、そんな態度だ。
しかし彼女の対応に慣れているのか、善は全く意に介した様子もなくケラケラと笑いながら瓶をポケットの中に入れ、ぴょんっと寝台から降りるとそのまま部屋の扉の前まで行き
「ねぇ亜怜さん」
「何かしら?」
善はくるりと体を翻す。
亜怜と向き合うような体制となり、亜怜は眉を顰めた。
善はどこか困ったような…いつもとは違う笑みを浮かべる。
「亜怜さんが受け入れない限りいつまでたっても宙ぶらりん…報われない」
「!!」
反射的に亜怜は手に持っていた木製の両手剣を振りぬいた。
瞳孔が開いた彼女はこの瞬間本気で善を殺す気で振ったのだろう。
だが善はその行動を予想していたのか横にかわす。扉に刺さり、扉が砕けただけで木刀が血を啜ることはなかった。
「こっわ。このままここにいたら本当に殺されそうだし撤退しよーっと」
今度こそ善は扉を開ける。部屋を出る直前善はチラリと亜怜の方を見る。
そこには今にも此方を射殺しそうな勢いで睨みつけてくる亜怜
憎悪さえ感じさせるほどの剣幕に彼女が本気で善のことを嫌っていることがよくわかり、善は思わず笑いが零れた。
だからこそ、素敵なプレゼントを贈ってやろうと善は思ったのだ。
亜怜が嫌がるであろうこと。絶対に望んでいないだろう結末を。
そしてこの女の”私情”で縛られている哀れな少年を助けてやろうと。
「あ、そうそうついでにもう一つ。君達の戦いが余りに白熱してたから思わず映像撮って
「!」
「じゃぁね」
ヒラリと手を振って善は機嫌よさそうに部屋を出て行った。
ぱたりとしまった扉を亜怜は呆然と見つめる。
善の言葉が亜怜から思考を奪ったのだ。果たして今の善の言葉がどういう意味を持つのか。答えはすぐに出た。タイミングよく亜怜のリングが鳴ったからだ。まるで見計らったかのようにタイミングよく。
呆然とした顔のまま亜怜はリングのボタンを押して画面を開くと、一通の連絡がきていた。
その連絡を開き、目を通して……。
「…」
バキリと手に持っていた木製の大剣を圧し折った。
「密告完了っと」
医務室から出てきた善はリングに送られてきた【了解】という文字を読んでリングの電源を切る。
そうして息を吐いて、そっと自身の耳についたシルバーピアスに触れる。
ひんやりとした金属の温度がじんわりの指の温度と絡んで馴染む。
「…誰かの替わりなんてあるわけないのに…馬鹿だなぁ」
思い出すのは顔も朧気なとある少年少女の顔だった。
(書き溜め自動投稿機能が有り難すぎてこの機能を作ってくれたハーメルン運営様方を崇め奉りたい気持ちでいっぱいな雑草→)(∩´∀`)∩