濃い線香の匂いがする。そこはあの集会場
祭壇には名前の書かれた紙がいくつも掲げられ、その下には蝋燭や線香が立てられている。
それらを囲むように、周りには花が供えられていた。
「彼らは人類の誇りだ」
大賢の声が聞こえるが、その言葉を理解することが出来ない。いや、脳がそれを拒んでいるのだ。
そうして次々と黙祷を終えた人々が用がないとばかりに立ち去っていくなか、ゆらゆらと前に進み出たのは紡だった。
彼は呆然とした様子で、一枚の紙の前に立つ。そこに書かれていたのは【皇充幸】の文字
そんな彼を心配げに見つめる誠は、どう声をかければいいのか迷っているようだった。
「充幸さんって、亜怜さんを守ったんでしょ?」
「すごいよね。何十っていう不死者相手に」
会場の隅で話をしている人の姿が目に入る。
彼女たちは支援部隊の隊員だった。ひそひそと喋っているつもりなのだろうが、人の波が引いた会場ではその声は鮮明に聞き取れた。
「本当に立派だよなぁ」
「私、副隊長のこと誤解してたかも…」
「うん、アタシも…」
充幸を立派だと涙ながらに称える大人たち。
勇気ある行動をしたと、彼女を賞賛した。
「お、おい、紡…あのさ」
「………ことが」
「は?」
「こんなことが、ミユちゃんのやりたいことだったの…?」
紡は足を踏み鳴らす。瞬間、地面が凹んだ。
「何が立派なの、何が凄いの!?凄くなんかないよ全然!!!」
会場の視線が彼等に集まる。
誠は突然叫び出した紡を諫めようとするが紡はギリギリと歯を噛みしめ、ざわつく周囲を他所に、叫ぶ。
「あそこには沢山の戦闘部隊の人がいた!隊長たちだって!!あの人たちがいれば、どれだけ不死者がいようが、どうとでもできた!!でもミユちゃんは庇うことしか出来ない!だから死んだんでしょ!?なんで一人で行っちゃったの!?なんで助けを求めなかったの?!僕言ったのに!!皆でって!!!
なのに、何もできないくせして頑張ったりなんかするから死んだんだ!それを立派なんて言わないッ!!!」
目に涙を浮かべ、鬼の形相で叫ぶ彼を見る。誠の手は宙を彷徨いながらも、充幸の紙を見る。
(………多分、充幸さん本人は満足してる…気がする。だってあの人、まじで亜怜さんのこと大好きだったし。でもそれは…絶対に肯定しちゃ駄目な行いだった。
だから此奴はキレてる。死に至った行動を称賛する……死を良しとするかのような言動をしたから)
「痛いの、嫌いなんでしょっ、不死者怖いんでしょ!?なのにっ、なのになんでっ……!!!」
ポロポロと涙を流ししゃがみ込む紡
「まだ、ちゃんと友達になってないじゃん……なのに、死んじゃうなんて酷いよ…っ、死んじゃったら………意味、ないじゃん……」
呻きながら、喘ぐ紡
そんな彼を見て、誠は一歩紡に近寄ろうとして、ぐいっと首根っこを掴まれる。
掴んでいたのは律だった。
「な、なにすんだよ……離せ」
「…」
「ちょっ、おい!ひっぱんじゃねぇ!」
だが律は何も言わず、不満そうな顔をする誠を掴んでそのまま会場を出る。
「っ、お前いきなりなにすんだよ!」
手を放し、解放された誠が律を見れば律は相変わらず無表情のまま誠を見る。
「放っとけ」
「あんな状態で放っておけるかよ」
「逆だ」
「は?」
「あの状態だから放置するんだ」
律は一人ロビーに出ると階段を上がる。
「氷雨は支援の隊長と仲良かった。見舞い行け」
それだけ言い残すと律はさっさと部屋へ向かっていく。
一人残された誠は心配そうに紡の居る会場を見て、そして「……そっとしとく、のも…大事なのか」と呟くと、ガシガシと頭を掻き亜怜の居るであろう部屋へ足を向けた。
ーーーーーーーー
「失礼します」
律に言われた通り亜怜の見舞いをするべく誠は泥まみれになった上着を脱いだ状態で彼女のいる病室へと足を運んでいた。
部屋の前で軽くノックをする。だがいつまでたっても返事はない。
数秒して、控えめに扉を開けば、そこにはボーっと窓の外を見る亜怜の姿があった。
だが誠が来たことに気づくと目を向け、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「あら、誠君じゃない。どうかしたのかしら」
「怪我したって聞いたので」
「お見舞いにきてくれたの?ふふ、嬉しいわ」
ニコッと笑みを浮かべると、彼女はいつもと変わらぬ様子で近くの椅子をすすめた。
(あれ、思ったより元気そう……?)
僅かに感じた違和感に首を傾げつつも誠は椅子に腰かける。
「本当ならお菓子とか紅茶とか出してあげたいのだけれど……」
「俺がお見舞いに来たんですから、そんなことしなくていいですよ。安静にしててください」
「いつもと逆ね。でもそうね…そうさせてもらうわ……やっぱり優しいのね誠君は」
笑みを浮かべる亜怜。その様子に何とも言えない顔をする誠
少し言いづらそうにもごもごと口を動かし、軈て「あの」と控えめに声をかける。
「なにかしら?」
「知らないん、ですか?」
「なにを?」
「その………充幸さんの、話」
そういうと亜怜は「ああ」とまるで思い出したように頬に手を当てる。
「知っているわ。あの子、死んでしまったのよね…」
そっと目を伏せる亜怜は「あの子、素直ないい子だったから……とても悲しいわ」という。
だがその言葉が誠には空虚なものに感じられて違和感を抱く。
まるで他人事のようで。上辺だけしか思っていない。そんな風に感じてしまった。
だからだろう、思わず口を突いて出てしまったのだ。
「……亜怜さん。それ、本当に思ってますか……?」
「え?」
誠の疑念の言葉に亜怜は心当たりがなさそうに首を傾げた。
そんな様子すらも不信感を煽られ、誠は顔を僅かに歪める。
「……もし、もし気丈にふるまってるだけだったら、その……すみません。
でも、俺には貴方が充幸さんの死を悲しんでいるように見えなくて…その」
思わず顔を下げて自信なく零す。
(紡をみた後だったから、そう感じただけなのかもしれないけど……でも、なんか…)
亜怜の言葉にはどこか興味の失せたような冷たさを感じたのだ。
きっと紡の件が無くても、誠は同じ感じ方をしたことだろう。
それくらい、亜怜の声色に感情が乗っていなかったように思えた。
「充幸さんは貴方を庇って死んだって聞きました。
それがなくても、あの人は貴方の娘でしょう?なのにそんな相手の死を”死んでしまったらしい”なんて……どうしてそんな淡白なこと、言えるんですか?」
「そんなわけないじゃない!本当に本当に悲しいのよ……淡白に感じたのは、気のせいじゃないかしら…」
「………」
誠の目を見て力なく笑う亜怜。だがそこにはやはり何かが欠けている気がする。
(この人は……なんなんだ?)
誠の中で疑問が大きくなる中、亜怜が口を開く。
「悲しまないわけないでしょう?誠くんのいう通り、充幸は私の娘だったんですもの。悲しいに決まってるわ!」
微笑む亜怜だったが、その笑顔はやはり無機質なものにしか見えない。
「あ、そうだわ。私誠君に提案があるのよ」
「……提案?」
思わず眉根を寄せる誠に亜怜は名案とばかりに「ええ」と頷く。
「養子縁組を組まないかなって」
「………は?」
養子という言葉にポカンとする誠。だが亜怜はそんな誠の様子に気づいていないのか、気づいている上で無視しているのか笑みを浮かべたまま続ける。
「誠君、いい子だなって初めて会った時からずっと思ってたの!
誠君は親御さんがいらっしゃらないのよね?ごめんなさい。勝手に調べてしまって。
でも、両親が居ないと言うのは矢張り色々面倒があるし、後ろ盾は会った方が良いと思って!
それに養子になってくれたら、貴方が学校に通えるように手筈もするし、こんな危険な仕事、もうしなくていいのよ」
トロッとした目で亜怜が誠に告げる。
「どうかしら、私の子供にならない?」
亜怜はあの笑みのまま誠の顔に手を伸ばし
誠は、その手を勢いよく払いのけた。
「えっ」
「…なに、考えてんだ」
誠の顔には怒りが宿っていた。
誠は理解した。亜怜という女を。
娘を亡くした悲しみより、今目の前にいる少年に対する興味の方が勝っているのだ。
それに気づいた誠は、ぞわりとした寒気と同時に怒りを感じる。
この人にとって、充幸はその程度のどうでもいい存在だったのか。
自分を守るために死んだ女のことを。自分の娘の事を
それが分かってしまうと、もう何もかもが信じられなかった。
今まで信じていたものが全て崩れていくような感覚を覚える。
しかし、それでも誠の怒りは収まらなかった。
亜怜は払われた自分の右手を見つめ、次に誠を見た。そして、どこか困ったような笑みを浮かべる。
「やっぱり急に養子になれなんて困るわよね……ごめんなさい、配慮が足りなかったわ」
「____」
その言葉に、誠は眉を顰め、勢いよく立ち上がる。
「違う…」
「え?」
「俺が怒ってんのはそんなことじゃねぇ!!子供が……アンタの大切な子供が庇って死んじまったんだぞ!?なのに、なに考えてんだよ!!
しかもそれを、悲しんでないどころか、どうでもいいみたいな顔して……挙句俺に養子にならないかって?ふざけんな!!」
誠の怒声が部屋に響き渡る。その剣幕に亜怜は目を丸くしていた。
彼女の赤い唇は僅かに震える。
そして
「………な、こと……言わないわ」
「…は?」
「あの子は私にそんなこと言わないッ!!!!!」
亜怜が叫ぶ。今度は誠が驚く番であった。
「あのこって……俺は」
だが誠の声は興奮した亜怜の絶叫ともいえる声に遮られる。
「っ、やっぱり貴方もアレに毒されてるんだわ!そうに違いないもの!アレに毒された人間はみんなそうッ!!!いい子だったのに、アレのせいで皆毒されて私に酷いことばかり言うのよ!」
ギラギラと目を血走らせて、彼女はヒステリックに叫ぶ。
空気がびりびりと震えている。誠は喚き散らかす彼女を呆然と見ていることしかできなかった。
(っ、な、なんだよ……いきなりなんで)
「ああ……本当にごめんなさいね。私が守れなかったばかりに…。
でも安心して頂戴、私が守ってあげるから。
だから、貴方は何もしなくていいの。私がちゃんと助けてあげる。ねぇ誠くん」
「っ」
据わった目で亜怜がガッと誠の両肩を掴み、引き寄せる。
普段の暖かい瞳も、柔らかい声も、優しい手も何もなかった。
別人のように成り果てた。狂った女がそこにはいた。
(っ、力つよっ)
「ふふ、今度こそ幸せにしてあげるから。だから大丈夫よ。また三人で」
「亜怜、なにやってるですか?」
2人きりの空間に割って入って来る第三者の声に誠はハッとする。扉の方を見れば、そこにいたのは朔であった。
(誰が、この人……)
誠は初対面であったので突然入ってきた朔に少しの警戒心を見せる。
対する亜怜は朔を見て笑顔で応対する。
「あら、朔くんじゃない。貴方も来てくれたのね」
「勿論です。戦友の見舞いに来るのは当たり前ですから」
そういうと朔は慣れた調子で、誠と亜怜を引き剝がした。
途端に亜怜は目の色を変え、朔を睨む。
「……何をするの?」
「誠は疲れているんです。息子のことを思いやるのも良き母親としての役目では?」
「………ええ、そうね。そうだわ………気づかなくてごめんなさいね」
塩らしく謝る亜怜に、誠は言い表しようのない気味の悪さと悪寒を感じるなか、朔が「誠、部屋に戻った方が良いですよ。顔色が悪いです」といって退出を促してくれる。
「………そうします。ありがとうございました」
誠はその好意に甘え、感謝を述べるとしげしげと部屋を出て行く。
パタンっと誠が居なくなった部屋の中、朔は亜怜を見る。
そうして床に転がった椅子を起こし、そこに腰を下ろすと、ニコッと笑みを浮かべる。
「亜怜」
「なにかしら」
「いつまで人形ごっこに興じるつもりですか?」
雑草思うんですよ。もう不死者より人間関係のほうでばっかり問題が発生している気しかしないってね!
もはや不死者とかおまけ感が凄いです。
まぁ仕方ないんですけどね。雑草が泥沼がすきなので!性癖性癖ぃ!!!