夜の帷が消えるまで   作:発狂する雑草

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今日は長いぜイェーイ(*'ω'*)
これにて第二節終了じゃ!!わっしょい


第四項

「八生」

 

名前を呼ぶ声がゆっくりと鼓膜を揺さぶった。

酷く懐かしく、泣きたくなるような優しい声

辺りを見る。だが何も見えない暗闇がそこにあるだけ。

漠然とした不安が心を満たす。

 

「八生」

 

声が聞こえる。不安が除かれていくような、柔しい声

この声は、一体誰のものだったのか。

遠い過去に聞いたような気さえする声に耳を傾ける。

 

「誰かのために動けるお前は本当に優しくていい子だな。父さんたちの誇りだ」

「八生のお母さんになれて本当に幸せよ」

 

そうだ。この声は両親のものだったじゃないかと思い出す。

二人はいつも優しくて、愛してくれてて、だから二人が大好きで。

触れる少し皺っとした手が好きだった。

 

「誰かの役に立てる子になりなさい八生」

「人に迷惑を掛けたら駄目よ八生」

 

目の前が徐々に明るくなっていくのがわかる。

二人はどんどんと光に飲まれていく

 

「八生」

 

 

____声はもう聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろっつってんだろ!馬鹿面!!!」

「!?」

 

突然の怒声に八生は驚いて跳ね起きる。

その衝撃で後頭部がずきりと痛み、頭を抱える。

同時に、丸まったことで自身の服が見える。服には転々とした赤い液体の乾いた痕が見える。驚いた八生がそっと自身の顔に手を触れると指先に赤が付着する。

どうやら八生の鼻からは鼻血が流れていたらしい。血はすでに固まっており、カサカサになってへばりついている。

それをごしっと腕で拭って顔を上げる。

目の前には黒髪に青い目をした同じ年くらいの少年が不機嫌を隠す様子もなく立っていた。

 

「えっと……ここは」

「試験会場の館」

「いや、それは分かってるけど……………あの、君は?」

 

そういうことを聞いてるわけではないが睨まれたため大人しく次の質問をすると少年は顔を顰めたまま「氷雨誠」と自身の名前を告げる。

 

「お前は?」

「えっと、坂谷八生です。誠君が私の事助けてくれたの?」

「誠君………助けたっつか、邪魔だったんだよお前」

「え?」

「東エントランスの出入り口のど真ん中で馬鹿面晒して

不死者の死骸抱き枕にぐーすかぐーすか寝てたから、適当な部屋に退かした」

「えっ」

 

ゆっくりと気絶する寸前の出来事を思い出す。

不死者の最後の足掻きで気絶したのははっきりと覚えている。

だが抱き枕のようにして馬鹿面を晒した記憶はない。

というか殲滅隊志願者として色々とアウトだろう。

思わず「嘘だ!」と叫ぶが直ぐに「噓じゃねぇよ!」と言い返される。

そして誠は顔を顰め乍ら八生を見下ろす。

 

「つかお前、なんでこの試験受けたんだよ」

「え?」

「お前、寝てたんじゃなくてどうせ気絶でもしたんだろ。

花無し如きで気絶してたら戦場に立ったってどうせすぐ死ぬ。

この試験が終わったらすぐ辞退しろ。いやなら他の部隊を受けることだな。お前じゃ戦闘部隊は無理だ」

 

指摘され顔を強張らせる八生

彼女は舞い上がっていた。一週間前の自分は一人で不死者を殺せたということに。

だから油断したとはいえ一番弱いと言われる花無しに呆気なく気絶させられた。

あれが実践ならば、自分は今頃死んでいたかもしれない。

 

”人の役に立てますか?”

 

半年前、八生が善に聞いた言葉

戦闘部隊じゃなくても、他の部隊でもきっと人の役には立てる。

特にB地区のように、壊れた地区の復興を行う支援部隊なんかは人の役に立てる部隊と言えるだろう。

 

(それでも、私が戦闘部隊を志願したのは…)

 

俯き、ぎゅうっとこぶしを握り締め、顔を上げ弁解しようと口を開いた。

そんな八生の言葉を遮るようにサイレントが館中に響き渡った。

なんだと音の発生源を辿れば、どうやらこの部屋に付いた放送機器から音が出ていたらしい。

 

〈試験終了15分前です。受験者の皆様は直ちに出入り口へお戻りください。

15分を過ぎますと出入り口に鍵がかかります。取り残された方は失格者として扱いますので悪しからず〉

 

用件のみを告げ、アナウンスはぷつりと切れる。

声の主は千歳だろう。だが重要なのはそこではない。内容だ。

 

「え、試験終了15分前って……私どれだけ寝てたの!?」

「今はどうでもいいだろ。んなこと…さっさとここ出ねぇと落とされる」

 

早速外に出ようと部屋の出入り口に歩き出す誠

八生も続くように一歩足を前に出して、すぐに立ち止まる。

 

「………ねぇ、何か聞こえない?」

 

小さい音だが、先ほどから何か声のような物を八生の耳は拾い上げた。

其れに付いて誠に告げれば彼はジッとこの部屋の扉を睨み付ける。

 

「武器構えろ」

「え?」

 

誠が告げると同時に物凄い音と共に扉が周辺の壁ごと吹き飛んだ。

爆発音と僅かに揺れる室内。崩れた壁の奥、立ち込めた砂埃とともに出て来たのは、五体の不死者だった。

それだけではない。耳をすませば先程は聞こえなかった大凡人間のモノとは思えない引きづる音や、引っかく音、呻き声などがそこかしこからしてくる。

それもダンダンと明瞭に。自分はさっきまで気絶していたから分からないが明かに量が増えているように思える。あのアナウンスが”流れた瞬間”からだ。

 

「何かあるとは思ってたけど……」

「成程な、此奴等は俺らが出られないよう邪魔するためだけに一斉に投下された訳だ。

そりゃそうだわな。こんな簡単な試験のくせに合格者が毎年10人以下なわけねぇもんな」

 

冷静に分析する誠を横目に八生もまた思考を巡らせる。

 

(ここがどこの部屋かは分かんないけど、でも多分気絶したエントランスの近くの部屋のはず。わざわざ遠くに移動したりしないだろうし。なら玄関は比較的近い。

でも此奴等を一々相手にしていればかなり時間を食っちゃう。増援が来ないとも限らに。なら)

 

八生は部屋に置かれた椅子を片手で持ち上げる。

そうしてそのまま一番目の前に居た不死者の目玉目掛けてぶん投げる。

投げた椅子は一つだけの筈なのに、横から同じような椅子が飛んできて、同じ不死者の眼球に刺さる。

横を見れば、キョトンとした顔をした誠が八生を見て驚いていた。

恐らくだが考えていることが被ったのだろう。誠は僅かにニヤッと笑う。

 

「お前頭は悪くないのな」

「まぁね」

 

相手どれば時間を食われる。それなら適当に流しつつ出口へ行くのがベストだ。

椅子で攻撃された不死者は死ぬことはなかったが、弱点を突かれただけあって怯んでいるのか後ろに下がった。

その間に八生達は他の不死者の体を踏み、横をすり抜けて部屋を飛び出す。

一先ず少しでも時間を稼ぐためにバタンっと扉を閉め、不死者たちを室内に閉じ込めると二人はほっと息を吐き前を向く。

 

「は?!」

 

だが、こんなものでは終わらない。

八生たちは目の前の光景に目を見張った。

予想はしていた通り物凄い量の不死者がエントランスに放たれていた。

しかしそれはどうでもいい。それより二人が驚いたこと、それは

 

「内装が…変わってる?」

 

内装が変わっているということだ。八生が最後に気絶したのはエントランス

恐らくだが誠が運んだのはエントランスに繋がる部屋

しかし八生の前にある部屋の内装は明らかにエントランスではない。極めつけは”下に下る階段”があることだ。

誠が態々一階に居た八生を他の階に運ぶとは考えにくかった。

そしてその考察を裏付けるように誠も又顔を歪め舌を打った。

 

「ちっ、15分でこの不死者共退かして出口探せってか?」

「試験内容がシビアすぎない…?」

「面白れぇじゃん、やってやるよ」

「>励縺ヲ闍」

「邪魔だ!」

 

襲い掛かる不死者を、持っていた刀でぶった切る誠。そのまま誠は不死者たちをバサバサと切り殺していく。

 

(なんていうか、迫力が凄い…)

 

八生も近寄って来た不死者を退かして先へと進む。

 

「階段は時間食う」

「なら一気に降りたほうが良い…ねっ」

 

階段を見れば不死者が集まっていた。

それならばと、手摺を掴み身を投げる。

ここは3階。だが下に居た不死者がクッションになり無傷で着地する。

着地した先には窓が一つあった。それを見た瞬間八生は「あっ」と小さく声を上げる。

 

「誠君!そこ右!」

 

そしてすぐに先頭を駆ける誠へと指示を飛ばす。

指示を飛ばされた誠はあ?!なんで分るんだよ!」と八生を振り返りつつ不死者を殺して叫ぶ。

八生は傍にある窓を指さす。

 

「窓の景色だよ!出入り口から見てほぼ正面にでかい木があった!でっかい楠!」

「成程な。外の景色は時間がたってもこの屋敷と違って動かねぇから目印に丁度いいっつーわけか」

 

外の景色は動かない。ならその景色を目印に部屋を割り出していけばいい。

 

(まぁ出入り口まで変わってたら終わりだけど…)

 

そこに関しては祈るしかない。ひとまず闇雲に走り回るよりかはまだ希望があるとみていいはずだと八生は考える。

宙返りで不死者の攻撃を避け不死者の背を蹴って前へ前へと進んでいく二人。

 

「!」

 

途中、八生は不死者たちの群れの中に人の足があるのが見えた。

思わず足を止める八生

 

「なに突っ立ってんだ!」

 

八生が立ち止まったことに気づいた誠が彼女の腕を引っ張る。

それにより八生はハッとした顔をすると急いで足を動かす。

しかし八生は走りながらも、つい先程見た足のことばかりを考えていた。

足の持ち主は床に倒れこんでいた。ただ倒れているわけではない。首の骨が異常な方向に曲がって…死んでいたのだ。

恐らく不死者の群れに踏みつぶされたのだ。重さは余りないものの、あの量に踏まれれば、脆い人間の体では死んでしまう。

 

「……」

 

怖い。そう思った。

この試験は命の危険が少ない。それでもない訳ではない。

遅すぎるが、改めて再認識する。

 

「次は?!」

「……次も左!」

 

芽生えてしまった恐怖を押し殺す。

窓を探し、それを見ながら走る二人

窓を見て先頭を走る誠に指示を出しながら出入り口を目指してただひたすら走る。

 

〈~~♪〉

 

放送機器から不協和音が流れ出す。

耳を塞ぎたくなるような音が不死者の声と混じって精神を逆なでする。

受験者の不安定な精神を煽り、焦りを掻き立てるように作られた其れは酷く不快だ。

 

「あった!!!」

 

だがそれもすぐに終わりを迎える。誠が玄関口に繋がる扉を見つけたからだ。

扉の先は外と繋がっているらしく大きく開かれた扉の先には外の景色と千歳が開始時と一切変わらない体勢に表情で佇んでいるのが見える。そして見た所不死者もいないらしい。

 

(やった、これで合格だ!)

 

八生は漸く終わるということに安堵し、誠と一緒に出口へ向かって走る。

 

「たすけてぇぇぇぇっ!!!!」

 

そのまま扉をくぐり合格だ。そう思った矢先のことだった。

大声が館内から響いたのは。

 

「たすけてぇぇ!!!」

 

その声に引っ張られるように八生の足が止まる。

振り返る。そこにはぐちゃぐちゃの内装へと姿を変えた館の中と暗闇が広がっている。

だが声だけは耐えることなく響き続ける。

前を見る。出口があって、扉の外へ足を一歩出れば合格になる。戻る必要などない。

 

「助けなきゃ…」

 

しかし八生はその一歩を踏み出すことが出来なかった。

 

「は?!」

 

八生の言葉が聞こえたのだろう。目の前にいた誠が声を上げ信じられないと言いたげな表情で八生の肩を掴んだ。

 

「馬鹿か!?行ったって意味ねぇよ!!!どこの部屋も不死者まみれだ!どうせ辿りつけねぇ!!」

「っ、それでも!」

「それでもじゃねぇよ!!」

 

誠は説得しようと八生の両肩を掴んで叫ぶ。だがすでに八生の目には誠など映っていない。脳内を占めるのは、不死者たちに踏みつぶされた人の死体だ。

そして関連するように、ツクシや両親が死んだ時の事を思い出す。

未だに館の奥からは助けを求める声が聞こえてきている。が、その声は段々小さくなってきているのが分かる。この声が聞こえなくなってしまえば、助けられなくなるだろうことは明白だった。

 

「離して!」

 

八生は居ても立っても居られず誠の腕を振り払おうとする。

だが誠は八生の肩を離そうとはしなかった。

彼女の肩を痛いほどに掴み、叫ぶ。

 

「っ、いいか!?これは試験だ!受かる奴が居れば落ちる奴もいるんだよ!

そもそも不死者と対峙する時点で、死ぬ可能性も視野に入れた状態で皆受けてんだ!死んだってそれはソイツの実力不足だ!!」

「っ………」

 

誠のいうことは間違ってない。

不死者と戦う時点で、その危険性が限りなく低いからと言って絶対に大丈夫だとは限らない。

八生のように心のどこかで「大丈夫だろう」という甘い考えを抱えて受けている人間は多くないだろう。少なくとも、誠はそうだ。

だからこそ、誠は馬鹿な事をしようとしている八生を止めようとした。

 

「ああ……善さんにも謝らないとかな」

 

しかし八生は止まらない。止まれないのだ。

 

「は?」

「誠くんありがとう。でも私やっぱり見捨てられないんだ」

 

八生は誠の手を振り払う。

 

「私が戦闘部隊を希望したのは、人の役に……一人でも多くの人を助けたいから。

不死者に襲われてる人を、非力さを言い訳に見捨てたくない…。

もうあんな思いしたくない…!助けられる範囲に人が居るなら、私は助けたい」

「っ、おい!!」

 

八生は誠の制止を振り切り、再び館の内部へと飛び込んでいく。

 

「やっぱ頭悪いだろアイツ」

 

取り残された誠は八生の消えて行った暗闇を睨む。

 

「…馬鹿らしい」

 

舌打ちをして誠は出口へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誠と分かれ、八生はひたすら声のする方へ向かう。

頼れるのは己の勘と聴覚のみ。声は小さくなりつつあるが、それでも八生は必死に探し回り、何とか目的の部屋に到着することが出来た。

 

「はっ、ここだ…!」

 

閉まった扉の向こうから確かに”助けて”という声が聞こえてくる。

扉を蹴り破る勢いで開けるとそこには、一人の男の子の姿があった。

外に跳ねた髪の男の子がいた。

彼が二体の丸っこい不死者に手足を持たれてそれぞれ逆方向に引っ張られていた。

それこそ、引きちぎりそうな勢いであった。そして男の子は必死にそれに抵抗している。

直ぐに銃を構える。引っ張っている不死者二体の眼球を打ち抜いた。

男の子の夢中だったため存外簡単に殺せたことにホッとしつつ地面に落ちた男の子に駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

 

大丈夫なはずがない。不死者の力は強い。

そんな不死者に数分間手足を引っ張られ続けたのだ。

もしかしたら、筋が切れているかもしれない。

未だグッタリと地面に転がる男の子を八生は抱き起し、心配そうに顔を覗き込む。

そこで前髪で見えなかった目がパッと開かれる。

水色の、くりくりした大きな目が八生を見る。

そして八生の茶色の瞳と目が合った瞬間。ウルっと潤む、そして。

 

「う、うぅぅ!!」

 

ボロボロと滝のような勢いで大粒の涙を流し出した。

思わずぎょっとする八生。だが男の子はわんわんと泣くと八生の胸に縋りついた。

 

「あり、ありがとうございましたぁぁぁあああ!!

武器途中で折れちゃってぇ!そしたら…し”ぬ”か”と”思”っ”た”ぁぁぁぁ!!!」

 

耳が痛くなるほどの大声で泣く男の子に八生は驚く。

 

(不死者に引っ張られてたわりに、凄く元気…)

〈残り一分〉

 

一先ず男の子が思ったより元気そうでよかったと思う八生

そんな彼女の耳にアナウンスのカウントダウンが響く。

まだ1分ある。外へのルートは覚えている。もしかしたら間に合うかもしれない、という希望を彼女の中に芽生える。

 

「君、走れ__」

 

八生は急いでこの場を離脱するために自身にくっついて泣く男の子に声をかけようとした。しかし八生の言葉は最後まで続かなかった。

何故なら、ガンッという音と共に天井が落ちて来たからだ。

後ろを振り返れば、蛇のような見た目の不死者が天井を破って降りて来たらしかった。

 

「こんな時にっ」

 

埃を振り払い銃を構え発砲するが俊敏な動きで躱される。

なんとか抜けようとするが、逃げの姿勢を見せた瞬間、長い尻尾で薙ぎ払おうとしてくる。

広範囲かつ素早い攻撃、周りの障害物が吹っ飛んでいく様子に八生はクッと顔を顰める。

 

(これは、もう受かりそうにないな)

 

残り一分。男の子も走れるかどうかわからないうえ、この不死者を一分という短い時間では撒くことも倒すことも出来そうにない。

冷静に考えればまず無理だろう。溜息を吐き出す八生

 

(試験に受かれなかったのは残念だけど、またリベンジしよう)

 

一先ず、今はこの不死者の駆除をするしかない。

八生が銃を構えた時だった。

 

目の前に”黒”が宙に舞った。

 

不死者がのたうち回り、ぐったりと地面に倒れこむ。一瞬八生には何が起こったのかわからなかった。

 

「間抜け。今すぐそのチビつかめ」

 

晴れた視界に飛び込んできたのは不死者の上を取り、その目玉に深々と刀を差す誠だった。

 

「ま、誠君…!?なんでっ」

 

驚愕する八生。だが誠は刃を引き抜くと上を警戒する。

蛇の不死者誠の一撃により、死んだ。

しかし蛇の不死者が破壊した天井からドンドンと新たな不死者が降って来る。

 

「早くしろ。じゃねぇと踏まれて死ぬぞ」

 

素早く不死者の死体から飛び降りた誠が取り出したのは手榴弾だった。

それを見た瞬間、八生は男の子の腕を引いて走りだす。

1秒。背後でドンっという凄い爆発音が響くと同時に煙が辺り一帯を包み込む。

悪い視界のなか、だが順路を覚えているためにそのまま八生は駆け抜ける。

少し腫れてきた視界で後ろを見れば、誠も煙の中から飛び出してきていた。

今ので何体かの不死者は死んだはずだ。それでも生き残っている不死者は居る。

黒い煙の中から不死者が這い出てくるのがうっすらと見える。

 

「時間がない、このまま突っ切るぞ」

 

隣を並走する誠の言葉に八生は無言でうなずく。

だが八生に手を引かれている男の子は違う。彼は後ろを見てぎょっとする。

 

「ひぇ、お、追って来てるよぉぉ!!」

「気にせず走れ!」

「でもでも!って、ぎょわぁぁぁああああ」

 

滑るようにして曲がり角を曲がる。

後ろを折ってきていた不死者が壁に激突し、下敷きにされた不死者の体が砕け、肉塊が飛んでくる。

 

「ヲ縺」縺※後繧」騾」

「>溘螟縺コ蜃↓悶螟」

「>溘縺コ蜃」

 

同族の死など知らないとでもいうように、そのさらに後ろからやってきていた不死者は肉塊を踏み潰し、死体を蹴ってなおのこと八生たちを追いかける。

走る衝撃や勢いで建物が一部崩壊するのがわかるが、気にしている余裕はなくただ只管に走る。

 

「と、扉!」

 

そして廊下の直線に入ったところで扉が見えてくる。

扉を見た瞬間八生たちの表情が一瞬明るくなる。

だが、その扉は少しずつ閉まり始めている。タイムアップが近い。

 

「もう無理だぁ!」

「さっきからうるせぇんだよ!」

 

締まっていく扉に絶望感を出し悲鳴を上げる男の子

ただでさえ焦っている状況下で男の子の悲鳴に誠の精神が限界を迎えたらしい。

彼は男の子の横まで走って来ると、ガッと男の子を抱き上げ、まるでボールを投げるように男の子を扉目掛けてぶん投げた。

 

「わぁぁぁっっ!?」

 

投げられた男の子はそのまま真っすぐ扉に目掛けて飛び、そのまま扉の外へと飛んでいく。

一先ずこれであの男の子は合格だろう。

 

「お前等はもう一発喰らっとけ」

 

誠はもう一つ手榴弾を取り出すと、後ろに投げる。手榴弾が弾け、不死者を爆撃する。その間に八生は何とか扉を抜ける。

 

「誠君!早く!」

「っ、分かってる!」

 

扉は閉まりかけだ。

普通に走っていてはきっと間に合わない。

 

「刀投げて!」

「!」

 

八生の声に誠は顔を上げる。そして自身の刀をぶん投げる。

くるくると何度も回転した刀。それを掴んだ八生はその刀を扉と扉の間に突き立てた。

刀を扉のストッパーにすることで、少しでも時間を稼ごうとしたのだ。

だが扉は閉まろうと挟まった刀を圧し折る様に力が加えられ、ミシミシと音を立てる。強い力により刀がしなり始める。

 

「っ!」

 

そしてついに刀が限界を迎え、ばきんっという軽い音を立ててへし折れる。

 

「あっ!」

 

折れた瞬間一気に狭まる扉

 

「間に合えぇぇぇ!!!!」

 

誠は勢いを殺すことなくスライディングをする。

狭まる扉、そのわずかな隙間を、誠は

 

「あ、っぶねぇ」

 

なんとか締まり切る前に滑り込むことに成功した誠は、外に飛び出した。それはつまり、合格ということで。

 

「よ、よかったぁ…」

 

八生は体から力が抜けていき、そのままバタンとその場に倒れこんだ。

試験に受かれたことは勿論、誠が落ちなくてよかったと心の底から安堵する。

 

「情けねぇ奴」

 

誠が少し肩で息をしながらいう。

 

「あはは、なんか力抜けちゃって……助けてくれてありがとう。でもなんで戻ってきてくれたの?」

「……なんとなく」

 

それだけ言うと誠はそっぽを向いて何処かに行ってしまう。

八生は仰向けに倒れながら空を見上げる。夜風が肌を撫でて心地よい。

一時はどうなるかと思ったが、八生は晴れて本当に殲滅隊に入隊できた。

八生は起き上がり、辺りをぐるりと見渡す。

あれだけ人が居たというのに、この場に集まっているのは八生とあの男の子と誠と…知らない男の子が一人だけだった。

この四人が今回の合格者、ということなのだろう。

そこでパンパンという拍手の音が響く。

音の方へ目を向ければ、そこには千歳の姿

彼女は笑みを浮かべることもなくリップに彩られた唇を開く。

 

「皆様お疲れ様でした。

試験に合格した皆さまには十日後から戦闘部隊で活躍していただきます。

それに当たって制服や靴の支給が行われます。

今から皆様の採寸をさせていただきます。それでは一人ずつ、此方に来てください」

 

 

 

 

 

_________

 

 

 

 

 

 

「やっと…帰って来た」

 

あの後採寸を終えた八生は何とかE地区に戻ってきた。

合格者のカードを受け取った彼女はしっかりと電車を利用して帰ってこれた訳だ。

疲労困憊のなか、電車での睡眠というのはあまり落ち着けず、上手く疲労を回復することが出来なかった八生はふらふらとしながらE地区を歩く。

 

「あ、タイミングバッチリ」

 

キラキラと光る石階段を登ろうと足を掛けた所で、聞き覚えのある声が聞こえ弾かれたように顔を上げる。

 

「善さん!」

 

いつも通りのヘラッとした笑みを浮かべた善が立っていた。

彼は階段を下りてくると、八生の顔を見て「髪の毛凄いボサボサじゃん、ウケる」などと言いながら手櫛で髪を梳かす。

 

「まぁ何はともあれお疲れさん。まともに準備する期間も無かったのに其の中での合格、よく頑張ったじゃん」

「全部善さんのせいなんですけどね…」

「何のことだ、か」

「わ!?」

 

善はいとも簡単に八生を抱え上げた。しかも姫抱きだ。

この年齢で、しかも姫抱きなどされるとは露程にも思わなかった八生は羞恥心から頬を染め、抗議の声を上げる。

 

「ちょっ、はな、離してくれません!?」

「疲れてんでしょ。甘えときな」

「いや、でも!このまま街歩くんですよね!?はず、恥ずかしいんですけど!!」

「大丈夫大丈夫。人にされてるって思わなけりゃ恥ずかしくないよ。ソフトクリームにでもされてるって思いな」

「なにそれ無理に決まってるじゃないですか!」

 

一瞬ソフトクリームに姫抱きされる自身の姿を八生は想像するがそんな想像が続くわけもなく、歩くたびに周囲の人たちの視線を感じてしまい顔を真っ赤にする。

一刻も早くこの辱めから解放されたくて暴れるが最終的に善が笑顔で「投げるよ?」と言ったことで八生は大人しくせざる負えなかった。人はこれを脅しという。

身体的疲労こそ感じなかったが、精神的疲労を追った八生は善に抱えられたまま避難場所に辿り着き、漸く降ろされる。

 

「ん…いい匂いが」

 

すんっと自然と八生の鼻が動く。

なんだか懐かしい、いいにおいがしたのだ。

 

「ご飯作っておいたんだよ。出来立てほやほやね。さっさと食べて寝な。殲滅隊は寮住みだから新しい環境になるし

あそこはマジでブラックだから休めるうちに休んだほうが良い」

「は、はい。あの…」

「ん?」

 

八生は善の腕を掴んで引き留める。

真剣さを滲ませた瞳が善の紫の瞳と交わる。

 

「私が殲滅隊に入れたのも、今ここに居る事が出来たのも全部善さんのおかげです……本当にお世話になりました」

 

八生は頭を深く下げ、感謝を伝える。

八生の行動に善は呆気にとられたようにきょとりと目を丸くする。

 

「………なんか、気持ち悪いな」

 

そして何処か引いたような表情で八生を見た。

思わぬコメントが飛んできたことで今度は八生が呆気にとられる番だった。

そんな八生を見ながら善は続ける。

 

「君、そういう真面目な感じ似合わないから止めたほうがいいよ」

「それどういう意味ですか!?私学校では優等生何て言われてたんですよ?十分真面目が似合いますよ!」

 

失礼すぎる言葉に八生は思わず噛みつくが、善は「そういう所が似合わないんだよ」といい、善は八生の頭を軽く撫でた。

 

「まぁ入隊したら会うこともそうそうないと思うけど精々長生きしな。出世払いで金返してもらわないとだし」

「え、お金ですか!?で、でも電車代は要らないんじゃ」

「君の服代と食事代」

「えぇ!?それ返さないといけないやつですか!?」

「当然」

「ケチですね」

「ケチで結構」

 

善はぺちんっと八生の額を小突いた後「ごはん冷めるから早く食べな」という。

そこにはタッパーに入った食事

善が言ったことは嘘ではなかったらしく、ほかほかと湯気が出ている。入っていたのはハンバーグだった。

 

「はんばーぐ…」

「好きだって言ってたじゃん」

 

八生はじっとご飯を見つめる。

見た目はちゃんと美味しそうだ。卵にはデミグラスソースがかかっていて、その上には目玉焼きがのっかって言う。

しかし八生は善の料理を食べたことがない。味の保証は出来ないわけで。

なんとなく警戒してしまう。

 

「食べないの?」

「い、いえ食べます」

 

箸をもってそっとハンバーグに突き刺す。

ふわっとした感触があって、持ち上げると卵がとろりと垂れた。一口分を口に運ぶ。

大好きだった味が口に広がる。

 

「…おいしい」

 

思わず八生の口からこぼれた。

人が作ったご飯を食べるのは久しぶりで、暖かい食事が懐かしくて仕方ない。

 

「っ…」

 

だからだろう。ぼろりと目から涙が溢れた。

 

「ハンバーグ、お母さんの得意料理だったんです」

 

止まることなく流れる涙を拭うことはなく、八生はもう一口を口へ入れる。

 

「おとうさんも、大好きで。うちじゃ定番料理で…っ

嬉しいことがあると…いっつも、おっきいハンバーグを作ってくれたんです…」

 

しゃくりあげながら八生は話す。

過去を懐かしむ様に。美しく優しい昔を大切にするように。

ごしっと顔を拭った八生は笑みを浮かべて、隣で何も言わずにハンバーグを食べる善を見る。

 

「善さん」

「ん?」

「また…作ってくれますか?」

 

八生の言葉に善はきょとんとした顔になったあと。

 

「八生ちゃんが頑張ってたらその時はまた食べたいもの作ってもいいよ」

「約束ですよ?」

 

八生は嬉しそうにはにかんだ。

 

 

 

 

 

 

 

_______だがその約束は、終ぞ果たされることはなかった。




▽愉快な仲間たちに誠きゅんが加わった!




【あったかもしれない八生と善の会話↓】


「八生ちゃんって料理とかしてたの?」
「え、してましたけど…それこそ基本的に私が料理してましたし」
「…包丁とか飛んでったりしなかったわけ?」
「もう!バカにしないでください!!そりゃたまに気づけば野菜が潰れてることはありましたけど飛んでいったりはしませんよっ!」
「ん?包丁って切るものだよね?潰れるって何???」
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