善ちゃんのエピソード、個人的に結構好き。でもしんどいからしんどい気持ちになりたい時にしか読めないという。
雑草が感情移入しやすいタイプなせいで…………くそぉ(ノД`)・゜・。
「……戦闘部隊に入りたいので…その……よろしくおねがいします」
「…」
翌日、善はいつもどおりの髪型で亜怜の前に現れた。
亜怜は笑みを浮かべる。
「危ないわよ?」
「知ってます」
「やめたほうがいいんじゃないかしら」
「……それでもやります」
「そう…」
「お母さん!善ちゃん初心者だから優しくしてあげてね!絶対だよ!」
「ええわかってるわ。勿論よ」
旭の言葉に亜怜は笑顔で頷いた。
その笑みは一見すればキレイなものに見えるだろう。
人によっては女神に思えるかもしれない。だが
(……また、怖い顔してる)
善はそれが恐ろしかった。
そしてその感覚は正しかったと数分後に思い知る。
「お、おかあさん!や、やり過ぎじゃ…」
旭は眼の前の光景に目眩を起こしそうになりながら自身の母親に声を掛ける。
地面に転がる小柄な影は少し前に自分の妹になった子供だった。そしてそれを見下ろす実母の姿。
母親は汚れ一つついていないのに対して妹はズタボロだった。
恐怖をにじませる旭
だが亜怜はいつもと変わらぬ笑みで振り返り、そして小首をかしげた。
「そんなことないわよ?」
まるで悪気などないかのように。
優しい亜怜の姿しか見てこなかった旭にはその笑みに本当に悪意が籠もっていないのかそれとも違うのか、その判断すらつきやしない。
ただわかるのは明らかにやりすぎだということだけだ。
「ほら、旭もやりましょうか
善ちゃんはそこで休んでおきなさい。もう動けないでしょう?最初は皆そうなるのよ」
「よ、善ちゃん…」
手当をしたほうがいいんじゃないか。そもそも動けるのかと不安になる旭
だが善は体を起こし、立ち上がった。
「……まだ動ける」
「!」
善は何度も咳き込みながら立ち上がった。
長く乱れた前髪からは普段は見えない紫の眼光が覗いていた。
その目はまっすぐと亜怜を見ている。
「休憩は大丈夫です」
「だ、駄目だよ!凄い怪我してるよ!」
「平気。見た目ほど酷くないから」
「で、でも」
「……いいじゃない旭。本人がやるって言ってるんだから、邪魔するのは良くないわ。旭は少し向こうで休憩していらっしゃい」
「……善ちゃん」
「大丈夫、旭ちゃん」
「……わ、かった。無茶しないでね」
「うん」
頷く。だが当然ただでさえ、怪我だらけな子供に何かできるわけもなく。何度も何度も地面に叩きつけられ、亜怜は地面に転がった善を容赦なくヒールで踏みつけ起こすなどをし続けた。
結果
「善ちゃん!!」
「……あ、気絶してた」
見事に気絶した。目が覚めるとボロボロと泣く旭の姿がドアップにあって善は思わずぎょっとすると「どうしたの?」と慌てる。
「どうしたのじゃないよ!すっごい、心配してっ!!!
っ、全然動かないからし、死んじゃったかと思って…!」
善の姿はボロボロだった。手足には数えきれないほどに痣があり、傷まみれだ。
そんな状態で動かなかったのだから心配になったのだろう。
旭はわんわん泣きながらぎゅっと抱きしめた。
(どうしよ、泣かせちゃってる。
どうすれば泣き止んでくれるんだろ、泣いてほしくないのに……)
人を泣き止まさせる手段なんて知らない善にはどうすることもできずただただ忙しなく手を迷わせた。
「まぁそんな泣くなって旭」
と、そこで手が伸びてくる。
いつの間にか部屋に入って来て居た日生だった。
「で、でもぉ!」
「母さん相手なんだし問題ねぇって。ていうか、母さん落ち込んでたぞ?」
「そ、それは明かにハードなことさせるから!お、思わず怒っちゃったっていうか…」
「まぁ、この有様みればその気持ちはわかんないこともないけどな…」
そういって日生は善の頬を優しく撫でる。
「派手にやったなぁ善ちゃん。俺より根性凄いんじゃないか?」
「いてっ」
「でもなぁ、あんま無茶したら駄目だぞ。
子供っていうのもあるけどさ、俺等にとって善ちゃんはもう妹なんだから。
妹がこんな怪我したら心配するに決まってんだろ?
頑張るはいいが、無茶は駄目だ。わかったか?」
「……ごめんなさい」
「よしよし。で、ほら、旭もあんま泣いてたら善ちゃんに笑われちまうぞ?」
「っ、善ちゃんは明弥と違ってそんな意地悪じゃないもん!」
「俺のどこが意地悪なんだよ。泣き虫むすめ」
「な、泣き虫じゃないし!」
「もう!顔洗ってくる!」というと旭は足早に部屋を出ていく。
「善ちゃん、母さんのことさ、嫌わないでやってくれないか?」
旭の背をぼーっと眺めていれば日生に声をかけられる。
日生は眉を下げて申し訳無さそうな、どこか寂しそうな顔をしていた。
「なんでそんなこと言うの?」
善が首を傾げる。
日生は頰を掻いて苦笑いする。
「いや、結構しっかりボコボコにされてるから、嫌いになったかなって」
「……嫌いには、なってない」
そんなことよりも…。
"その体格で何故か力だけは強いから力でゴリ押せば弱い不死者なら倒せるでしょうけど、その他はてんで駄目ね。正直才能ないわよ?"
(嫌いというよりグサッときた……)
亜怜の言葉を思い出して善はしょぼしょぼとした顔をする。
その顔を見て日生はどこかホッとしたように笑った。
「そっか、ならよかった…母さんは優しい人だよ。ほんとに。
でもちょっと、なんていうんだろ…やりすぎる所があるからさ。
でも、それは嫌いだからとか、そういうのじゃないから」
「…うん」
いやあれは多分嫌いだと思う…。と善は思ったが口には出さなかった。空気を読む、というものを覚えたので。
「善ちゃん」
「ん?」
「ありがとな」
「……今度はどうしたの…?」
「善ちゃんが戦闘部隊受ける理由、旭を守りたいっていう気持ちからだろ?旭のこと考えてくれたのが、すっごい嬉しい」
(今の状態だと守るどころか守られそうだけど…)
目をそらして苦笑いする善を日生は眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「俺、体弱いからさ……どうしても守れないんだ」
心臓の辺りを抑え、日生は苦い顔をする。
「だから、年下の善ちゃんに頼むべきことじゃないことは分かってるんだけどさ」
そして今度は快活に笑った。
「アイツのこと、傍で支えてやってくれ」
「う、うん。がんばる…!」
コクリと頷く善
そんな善をみて日生は善の頭を撫で「ありがとな」ともう一度お礼をいう。
その後二人は旭が戻ってくるまで雑談をしていた。
最近善が暇すぎて始めた料理の話や、この間いった場所、そして旭の話などを
「………」
戻ってきた旭はそんな2人を扉の前から見つめていた。
その日から。
「善ちゃん。お菓子作ってみたんだけど…よかったら食べて!」
「二人共何話してるの?私もいれてよ!」
「善ちゃん。私も手伝うよ!」
旭はよく、善を構うようになった。
「………?」
優しい視線。優しい声。優しい雰囲気
旭は何も変わらないはずなのに時折
「どうしたの?善ちゃん」
「あ…ううん。なんでもないよ。旭ねぇ」
母親である亜怜と似た目をしている……そんな気がした。
「お前等ほんっと、逞しく育ったなぁ」
あれから二年。
善は11歳となり、旭は17となった。
二人共2年前とは違い肉付きがよくなり筋肉の量が増えた気がする。身長もだいぶ伸びただろうか。
そんな二人を見て日生はしみじみと言う。
そんな日生に前より髪が長くなった二人は「いきなりどうしたの?」と揃って首を傾げる。
「ほんと子どもの成長ってのは侮れないなぁっと思ってさ」
「もう!善ちゃんは兎も角私は17歳だよ!もう大人!」
「俺からすりゃまだまだ子供だっつの」
「世間的にも子供だよ」
「善ちゃん!」
善が目をそらしながら言えば旭はぷくーっと頰を膨らませた。
「あっ、ねぇ聞いてよ!お母さんが漸く試験に行っていいよって言ってくれたんだ!」
「てことは、今年の後半の試験に参加すんのか?」
「そう!前半は二か月前に終わっちゃったからね。でも善ちゃんはまだ駄目なんだって」
「あー…」
旭の言葉に日生は苦笑いする。対して善は何処か納得がいっていなさそうな表情であった。
「不死者はちゃんと倒せるのに」
「いやまぁソレはそうなんだろうけど…それ以前にほら、年齢がなぁ」
「あれ?殲滅隊って年齢制限あったっけ?」
「ないけど……ほら、なんかこう…雰囲気みたいなのあるだろ?あまりに幼すぎるとさ」
そこで日生の言いたいことがわかったらしい。
旭は「あー」と苦笑いする。だが善はまだよくわかっていないのか首を傾げた。
「なんでもいいけど、早く行けるようになりたい」
「旭を守りたいからか?」
「うん」
「もー!いいんだよゆっくりで、気長に待ってるからねぇ!」
ぎゅーっと抱きしめられ、善は頰を緩ませた。
だがその温度はすぐに無くなる。旭がパッと腕を離したからだ。
そうしてくるっと体制を変えると日生の方へと向き直った。
「っていうことで!私たちもうすぐ一人前なんだから日生!どこか連れてってよ!」
「え、どこかってどこに?」
「もう!それを考えるのが日生の仕事でしょ!
かわいい妹たちが頑張ってるんだからご褒美くらい頂戴!」
「そ、そうだなぁ」
旭の無茶振りに日生は困ったように視線を泳がせる。
やがて居た堪れなくなったのだろう。
「ちょっ、ちょっと待ってろ!なにか考えてくるから!」と慌てて叫ぶとそのまま走り去っていった。
「何処連れて行ってくれるかなぁ?楽しみだね」
「うん」
こくんと頷く善。表情こそ変わらないものの、机の下に隠れた小さな足はぱたぱたと楽しげに揺れていた。
子供の笑い声が夜空に響く。
楽し気な光景に、見るだけでワクワクとするような面白そうな出店の数々
「わぁぁぁ!お祭り始めて来た!」
現在、善、旭、日生の3人は祭りに来ていた。
沢山の出店に黄色い声を上げる旭
その姿はピンク地に花火の柄の描かれた浴衣を着ており、頭は普段と違い緩いお団子だ。
その隣では、紺色のシンプルな浴衣を来た日生の姿
「ホントタイミングバッチリだった。
H地区じゃよく祭り開催されてるらしいからな。
G地区の隣で、列車とかも通ってるし」
「ほんっとありがとう日生!」
興奮しているのだろう。顔を真赤にしてはしゃぐ旭は子どものようだった。
「善ちゃんの浴衣もあったらよかったんだけどねぇ…」
「ないものは仕方ないよ。態々買ってもらうわけにもいかないし」
祭りに行くと聞き、亜怜は慌てて箪笥から浴衣を2着引っ張り出してきた。
それぞれ男物と女物
だが、其の中には当然善のものはない。
「だから俺が買うって言ったのに」
「ううん。連れてきてくれただけで嬉しい。ありがとう日生にぃ」
「名前の通り本当に良い子に育ったよなぁ…。
金の事は気にしなくていいんだぞ?俺もちゃんと稼いでるんだから!」
「やった!じゃぁ色々食べまくるよ!!」
「旭はもうちょっと遠慮ってのを知れ?」
そんな会話をしながら三人で祭りを回る。
ふわふわのわたあめ、宝石みたいなりんご飴、可愛いお面、あつあつのたこやき
そういうのを見て、食べて笑う。
「あ、トイレ行きたい」
「ああ、それなら向こうにブースあるから行ってこい」
「うん」
頷いて善は一人トイレのある小屋に行く。
少し混んでいるようで大人しく並び、そうしてトイレを出る。
「思ったより時間かかったな…」
慌てて善は先程別れた場所へと戻る。
だがそこには旭も日生もいなかった。
「……あれ、旭ねぇたちどこ行っちゃったんだろ」
困ったと眉を下げる。
出店も見て回るが何処にもいない。
(…気持ち悪い…酔った)
人酔い、否、人匂い酔いを起こした善は少し人がいない道へと逸れる。
静かな木々が立ち並ぶそこでホッと息をつく。
少し休憩しよう。そう思ったときだった。ふと木と木の向こうで影が揺れた。
よく目を凝らせばそれは旭と日生の二人で
「あ、旭ね___」
声を掛けようとして、固まった。
どちらともなく体が前へと傾き顔が近づく………そうして…二人の唇が重なった。
二人が重なったことで真っ暗なシルエットに変わる。
善は呆然とそれを見つめ…一歩下がった。
「……戻ろう」
呆然として呟き、善は祭り会場へと戻る。
そこは先程別れた場所
立った街灯に善は背をもたれさせる。
楽しそうに笑いながら歩いていく人の波
それらを目で追って、善は目を伏せた。
どこかの本で読んだ。
真実のキス、とかいうワード
キスに真実とか偽りとかあるの?と心底不思議だったが、確かにアレは真実を表していたと今になって思う。
「………そういうことか」
ここ最近感じていた違和感の正体に気づいて善は「はは…っ」と乾いた笑いが漏れる。
「………」
そうして力が抜けたようにズルズルとその場に蹲る。
「おいてかないで」
か細い声は空に打ち上がった花火の音に掻き消され誰に届くこともなく消えた。
その日祭りが終わるまで、旭も日生も帰っては来なかった。
そしてその日から旭は日生と二人でいるところをよく見かけるようになった。いや、きっと善が気づいていないだけで彼らはずっと一緒にいたのだ。
その姿は端から見ればきっとただの仲の良い兄弟だ。
母親である亜怜も彼らを見て「本当に仲がいいわね」と和んでいる。
善はそんな二人から視線をそらす。
二人のただでさえ近い距離が更に縮まった気がした。
同時に、二人と善の距離が…遠のいた気もした。
「………しんどい」
家が。少し前まで楽しかったのに。
今じゃこの家の空気だけ薄くなったように息がしづらかった。
そうしてこの生活は、最悪な形で終わりを告げた。
「ど、どういうこと?なんで?」
いつもは明るい空気の流れるリビング
しかし今は温かさから程遠い冷たく重い空気が部屋を満たしていた。
机の上には腕が一つ転がっていた。
そう、腕だ。その先にはなにもない。
それに縋り付いて泣く亜怜。その背を呆然と見つめる善
そして……亜怜の近くで顔を真っ青にして声を荒げる旭の姿があった。
「なんで日生が不死者に殺されたの!?」
日生だけが、何処にもいない。
あるのは日生だったものだけだ。
目を赤く腫らして亜怜は嗚咽混じりに話す。
「復興作業をする町に不死者が入り込んだらしくて…っ、ごめんね、お母さんも後から聞いたから、詳しくは…知らないの…っ」
「不死者が…」
そう呟き、旭は「そっか」と呟く。
感情が削げ落ちたような声だった。
亜怜はそれに気づいているのか気づいていないのか旭の体に抱きついた。
「お願いよ旭…戦闘部隊の試験を受けないで…!支援部隊でも殺されるのよ?!
戦闘部隊なんて、もっと危ないわ!!!」
「…お母さん、私の気持ちは変わらない。ごめんね」
「……な、なら…せめてあと3年…いや2年は待って頂戴!
そうすれば善ちゃんも一緒だし……ね?いいでしょ?お願いよっ」
そう叫ぶ亜怜。それをみて旭は笑みを浮かべる。
「うん、お母さんがいうならそうする」
「旭っ!」
「日生の腕、いつまでも握ってたら腐っちゃうから、どこかに埋めてあげようよ。私、綺麗な場所探してくるね」
そういって旭は外へ出て行く。
善はボンヤリと腕を見る。
「……死んじゃった」
そうして
「もう、会えないんだ」
そう呟いた。
会えないとわかった途端、無性に声が聞きたくなって悲しくなった。
「旭ねぇ」
「!、善ちゃん…」
旭が外に出たのを見て善も外に出る。
声をかければ旭は振り返った。その顔は先程の表情の抜けた顔ではない。だがどこか頼りなく弱々しく感じられた。
「一緒に探したい。いい?」
「……うん、勿論いいよ。日生はね、花が好きだったんだ」
「そうなの?」
「うん、変だよね。
花は不死者の証
殲滅隊じゃ畏怖されて嫌厭されるようなものだけどはそれが好きだった。
だから、人工電球と華が見える場所を探したくて」
そう言われ、善は考える。
「電球と花……あ」
善は心当たりがあるのか旭の腕を引いて森を歩きだす。
「どこいくの?」
「お花いっぱい咲いてる場所」
「え、そんなところあるの!?」
「うん」
スンスンと鼻を使いながら、花のある場所に行く。
「ほら」
「!」
がさっと茂みを抜けた先。そこは紫苑の群生地だった。
丁度開けた場所にあるおかげで人工電球の光を受けて紫色に光り輝いて見えた。
「きれい…」
その光景に旭は思わずと言いたげに息を漏らす。
「日生がみたら、きっと喜んだだろうなぁ」
そう呟いて、困った様に眉根を寄せて笑う旭
「私、日生のこと守りたかったのに、守れなくなっちゃったよ。私がもっと早くに強くなってたら、助けられたのかな?」
「……旭ねぇ」
「なんてね。過ぎたこと言ったって意味ないよね!
ごめんね、湿っぽい話しちゃって!帰ろっか!」
そう言って笑って戻ろうとする旭
その手を善は引き止めるように両手で握りしめる。
「……」
「どうしたの?」
「……泣くのは、恥ずかしいことじゃないよ」
「…!」
「我慢とか、しなくていいと思う」
その言葉に旭は目を見開く。
そうして躊躇するように口を噤んで…だがやがて、堪えていたものが壊れるように顔を歪めた。
「……っ」
段々と旭の目が潤み、噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れ、ぎゅっと善を抱きしめる。
「……っ、なんでっ…!なんで日生なの…っおかしい…おかしいよ…!!!
明日も会えるなんて確証、どこにもないことくらい、わかってた。
わかって、た…けど、でも…私っ、もう一度明弥に会いたいよぉ…!」
ボロボロと涙を流す旭
善はそれをみてどうするべきか迷う。そうして恐る恐る、その背に手を回そうとして
「許さないっ!不死者なんて…大嫌い…!!!!」
抱きしめようとするその手は
「……」
「ずっと、ずっと好きだった!一緒にいられるって信じてたのに!!!傍に、日生の傍にいたかった!!それだけで良かったのに…っ!不死者がいなければ…っきっと…もっと…!!!!」
静かに降りた。
「……そっか」
善は目を瞑った。
しばらくして落ち着くと、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら善から離れる旭
「ありがとね、善ちゃん」
「ううん」
悲しそうな顔で、空を見る旭
それがなんだか、今にも消えてしまいそうなほど儚く見えた。
「旭ねぇ」
「…ん?」
「……辛いかもだけど…その、いつかきっと良いことがあるから…だから、死なないでね。
大丈夫だよ。生きてたら良いことある。死ぬなんて…もったいないから」
それはいつか善が言われた言葉だった。
旭は目を見開き、小さく笑みをこぼす。
「善ちゃんは本当にいい子に育ったね」
「え…?」
「……私、善ちゃんのこと好きだよ」
そういって旭は善の手を握りしめる。
「だからね。私もいるから…ずっと一緒に居てね」
「!」
「約束ね」
そういって旭の方から抱きしめる。
善は少し固まり「…うん」と頷く。
「…ごめんね、急にこんなこと言って…お姉ちゃんなのに…」
どこか弱々しく、それでも普段通り笑みを浮かべた旭は腕を優しく布でくるんで柔らかい土を掘るとそこへ腕を入れ、優しく土をかけてから立ち上がる。
と、そこでぐぅ…という腹のなる音がする。
その音は善からだった。旭はその腹の虫に笑いをこぼす。
「ふふ、お腹すいたね。そろそろ帰ろうか」
「ん」
「……日生。またね」
埋めたそこを名残惜しそうに見つめ、旭は振り切るように前を向いて歩き出す。
その背を善は無表情で見つめる。
(旭ねぇは知らないもんね)
善の口から血が流れ落ちる。
少し口を開ければそこから何かが掌に落ちた。
それは千切れた舌。善が口内で噛みちぎったものだった。
(化け物なんだよ。旭ねぇが嫌いな、不死者なの)
善はその舌を掌で握り潰し歩き出す。
(だから、多分ずっとはいられない。けど時間が許す限り)
「善ちゃん?どうかした?」
一緒にいたい。
「…んーん」
不思議そうにこちらを見る旭に善は緩く笑ってみせた。
「…………」
善は無表情で部屋の扉の前に突っ立っていた。
開け放たれた扉。部屋の中はがらんとしていて、人の気配など微塵もない。
誰も居ないそこは旭が使っていた部屋だった。
其の日はその年の後期試験日だった。
旭が本来参加するはずだった試験。明弥が死んだことで駄目だと言われていた試験
旭は参加しないと言った。
なのにも拘わらず、起きたら旭は家から消えていた。
そうして試験終了から数時間が経過したと言うのに未だに旭は帰って来ない。
亜怜のリングにも試験合格者の情報に旭の名前はなかったらしい。
それを表す結論は一つだった。
「一緒に居たいって、旭ねぇが言ったのに」
なのに旭が先に破ってしまった。
善が顔を顰める。
ふと廊下。リビングの方から声がした。
「旭ぃぃ旭ぃぃいいい!!!」
亜怜だった。
善は感情の薄い表情でそちらへ足を向ける。
亜怜は蹲っていた。冷たい床の上で
「亜怜さん」
「っ、あさ、ひぃ」
涙を流し叫び続ける亜怜に善は近寄る。
亜怜は喉をひっかいていた。既に白い首は真っ赤になり、皮がズル向けているのが遠目からでもはっきりとわかった。このまま放置するのは流石に危険だろう。
「………やめた方がいいと思う」
そういって善はやめさせようと手を伸ばし
「____」
視界が揺れた。
体が何かにぶつかって、次いで浮遊感が全身を襲った。
でもそれもほんの一秒程度。瞬きを一度する頃には背中に激しい衝撃が走って息が一瞬止まった。
ぶつかったのは棚だったらしい。善が衝突したことで棚が大きく揺れ、中にしまってあった食器や花瓶が地面に落ちて割れた。
「っ、けほっ、な、に」
「お前がっ、お前が死ねばよかったのに!!!」
「っ!」
状況を理解できず、体を起こそうとしたところで腹に衝撃が走って善は再び地面に倒れ込んだ。
肺が潰れたように苦しくて、変な呼吸音が鳴った。
「けほっ、けほ、けほ、あれ、ん…さ」
「なんでお前なんだよ!!!可笑しいでしょ!?お前が来たせいで全部壊れた!!!」
先程泣いていた亜怜はまるで鬼のような形相で善を見下し怒鳴り散らす。
まるで何かが爆発したかのように今までにないほどの激しい怒りを顕にした。
「旭はあんなわがままを言うような子じゃなかった!もっと優しくて思いやりがあって、私の言うことをしっかりと聞いてくれる良い子だった!!!」
___私、戦闘部隊に入るよ。もう決めたの。今更変える気はないから。
「明弥だってそう!私に反発してくるような子じゃなかったのにっ!!!いい子だったのに!!!!」
___母さん、施設に入れるって…それ、本気で言ってんの?最近の母さんはなんかちょっと、変だよ
「旭がどうしてもっていうから!!仕方なく許したけど………やっぱり施設に入れておくべきだった……!!
お前のせいだ!お前が来たせいで私の
私の
そう錯乱したように叫ぶと亜怜は善に馬乗りになって細い首をギリギリと締め上げた。
「あ”っ……ぅ、あ」
「返して、返せ!!!返せ返せ返せ!!!!あの子たちを返せよぉぉおおお!!!!!」
「っ、い”ぐっ……」
涎が流れ、焦点の定まらない瞳で善は亜怜を見上げる。
(あの、目……)
初めて会った時の目に、息が更に詰まる。
(なんだっけ、あのめ…怖い、なんの目、だっけ)
そう考え、そして
___死ね
「____っ」
耳元で声が聞こえた。
その声を聴いた瞬間善の全身が震え、その手は無意識に地面に落ちていた割れた花瓶を掴むと、亜怜目掛けて振りかぶった。
____嫌わないでくれないか?
____守りたいの、お母さんのこと
「っ」
しかし、花瓶はぶつかることなく寸前で止まる。
驚いたのだろう。亜怜は善の首から手を離す。
その瞬間、肺一杯に空気が入り、善は激しく咳き込んだ。
「げほっ、ごほっ!!!」
そう咳き込む間にも、亜怜は呆然とし、ふらりと立ち上がる。
「…………今、殺そうとしたわね」
そういいながら、リングを起動させ………そしてすらりと両手剣を出す。
「あふふ……ようやく、ようやく本性を現したわねッ!?化け物がっ!!!!」
そう叫ぶなり、容赦なく両手剣を振り下ろした。善は咄嗟に転がる様に交わす。だが腕に先端が当たっていたらしい。薄い傷が出来、血が溢れた。
「っ」
顔を顰める善は腕を抑えながら、なおも両手剣で襲い掛かって来る亜怜
(ごめん旭ねぇ、日生にぃ)
内心で謝罪を告げながら、善は亜怜の顔を殴った。
少々遠慮がちに殴ったからだろう。バジリと音がなり、亜怜は少しふらついた程度
だが善が逃げ出すには十分な時間であった。
善は間髪入れずに家から飛び出す。
「逃げるなァァァァァァァ!!!!」
そんな声が響くなか、善は振り返ることなく逃げて逃げて
「はぁ……はぁ………」
気付けば、元いた小屋に辿り着いた。
久しぶりに入った家の中は酷く埃っぽい。
そこにはいつか使っていた布が落ちている。
善は布を掴み、しゃがみ込む。
「……目、痛い」
カラコンを入れている目が酷く痛む。
「腕、痛い」
切られたそこが酷く痛む。
「………心臓が痛い」
しかし目や腕以上に心が痛かった。
ズキズキと止まることなく軋み続ける心臓を押さえ、善は俯く。
そんな善の耳の奥で、声が響いた。
___誰かを助けられる人になりたい
「……たすけ」
善が呆然と呟く。
___許せないよ不死者が
「…不死者を」
善はふらりと立ち上がる。
その際、布が床に落ちた。
「殺せ」
誰も居ない小屋の中。空虚な声が静かに響いた。
皇亜怜は元から壊れていたわけではなかった。
幼少期、彼女の夢は母親であった。
普通の一般家庭で生まれた彼女は優しく温かい両親によってすくすくと成長した。
彼女は優しい両親のことが大好きであり尊敬もしていた。
いつか自身も優しい旦那を作り子を産む。
そんな温かい家庭を持つ母になることが彼女の夢だった。
彼女はごくごく普通の少女だった。
しかし両親は死んでしまった。強盗に入られたのだ。
失意の底に暮れる彼女を支えたのは一人の男だった。
彼女の父親の知り合いで葬式に来てくれた。
そうして彼らは仲良くなり、次第に惹かれ合い。そして結婚に至った。
歳の差はアレど、愛で盲目となっていた彼女にはそんなもの些事であった。
彼は殲滅隊で科学部隊に所属していた。
彼を支えるために亜怜もまた支援に入った。
本音を言えば科学に入りたかったが、彼が止めたのだ。亜怜には向かないから、と。
そうして二人は円満に暮らしていた。
しかし、幸せというのは唐突に終わりを告げる。
それは彼らの間に子供が生まれたときのことだった。
彼らの間に生まれた子供は綺麗な少年だった。
男と同じ瞳に亜怜と同じ髪色をした子供
亜怜は自身の夢であった母親になれたことよりも、生まれた我が子が可愛くてこれからの日々を考えるだけで心が躍った。
正直初の育児は大変だった。少々発達速度が遅いのか本来この年の子ならばできるだろうこともなかなかできず
コミュニケーションが成立しないことも癇癪を起こし家のものをめちゃくちゃにすることも数え切れないほどあった。
しかしそれでも我が子が元気に育ってくれるならと必死に育児をした。
殲滅隊との両立は大変だったがそれを言い訳にしたくなくて寝る時間を削り、時間を確保して育児に励んだ。
しかし子供がある日、学校で人を殴ったと連絡が来た。
どういう育て方をしているのかと怒鳴られ何度も謝罪し、子供に話を聞いて説教をして相手に謝りに行った。
子供が人の物を盗んだと連絡が来た。
無責任に子供を作ってまともに育てないからこうなるんだと詰られた。何度も謝罪し、子供に話を聞いて説教をして相手に謝りに行った。
子供が…子供が…子供が…子供が………。
同時期男が東の殲滅帯へ移動することとなった。
一人は寂しいが仕方ないと割り切った。
そうして色んな本を読み漁った。時間がなくても必死に子育てをした。
子供が真っ当に、それでいて健やかに生きられるように模索して話し接して
彼女はよく母親として必死に子育てをした。
ある日子供が他の子を巻き込んで階段から落ちたという知らせを聞いて肝が冷えた。しかし駆けつければそこにいたのはへらへらと笑う子とベッドでなく少年
子供が少年の背を押したらしい。そのさい驚いた少年が振り返り際になにかにつかまろうとして、子供の手を掴み一緒に落ちたらしい。
そう、子供が悪い。
それなのにもかかわらず悪気なく笑う子供を見て彼女は思った。
何がいけなかったのかと
話を聞いた周りは彼女を母親失格だと言った。ろくな育て方をしていないんだと
他にもこんな親に育てられた子供が可哀想だとも言われた。
どうして?
私が悪いの?
子供の責任はおおよそ親の責任となる。
子どもの育て方が悪いから親が悪いと。
しかしもしも、もしも子供が生まれながらにして"異常"を抱えていれば?
それこそ、親の教育がどれほど良くともどうにもならないほどの"欠陥"を抱えてしまっていれば?
それでもやはり、こんな子供を生み出した親が悪いのだろう。
子どもの罪は親の罪なのだから。
"子が親を選ぶことができない"
よく耳にする言葉だ。だがこれは逆も然り
"親が子を選ぶこともできない"のだ。
男に連絡するも彼は音信不通だった。
男と連絡も取れぬまま、彼女は懸命に子どもと話し合った。
でも、子供を理解しようとすればするほど意味がわからなくなる。価値観があまりにも違う。そもそも子供は亜怜の言葉に耳を傾けてくれない。
どれだけ言っても適当に相槌を打って終わる。どれだけさとしてもどれだけ説教しても聞いてくれない。
実の子供にこんなことは思いたくはなかった。だが思わざるおえなかった。
この子は異常者だと。
それでも見放すことなく彼女は子供に向き合った。
子供が亜怜に虐待されたと言い出すまでは。
子供の体には痣や細かい傷がいくつもあって、それは古傷も混じっていた。
亜怜は手を上げたことなど一度もない。
そう、子供は亜怜と離れるために自傷していた。
そしてその傷を見せ、大人に泣きついていったのだ。
毎日怒鳴られる殴られる。そのストレスをぶつけてしまった。ごめんなさいと、泣きながら
亜怜は虐待をした母親として罰を受け子供は施設へ引き渡された。
罰を受けさせられながら亜怜は「なんであんな子を生んでしまったのだろう」と後悔した。
あんな悍ましいものが自分の子供だと思いたくなかった。
相変わらず男とは連絡が取れない。恐らく捨てられたのだろうと理解するまでそう遅くはなかった。
罰を受け終え、部隊に復帰し気づけば部隊長になり
また懲りずに金真という男と結婚して、そしてまた捨てられて。今度は連れ子まで押し付けられた。
何をしているんだろうと思いつつも彼女は新たに命の宿った腹と置いてていかれてしまった少年を見て決意する。
今度は絶対に間違わないと。
あの子は無駄な知識を得て好奇心のままに行動してあんなことになった。
それならば知識を得られない土地に移り私が1から百まで
そうすればもう間違うことはない。
自身の価値観が出来上がれば徐々に外部との交流を増やす。
価値観が定まるまでは絶対に外部から余計なものは入れさせないと。
もう二度とあんな異端児を生み出さないと彼女はこの時決意した。
皇亜怜は最初から壊れていたわけではなかった。