もし、ライナがあのまま村に帰っていたら   作:恵ノ島すず

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力の抜けるようなホイッスルの音は、泣けないようじょのSOS

「ライナ、俺と結婚してくれ! 俺、やっと自分の気持ちに気づいたんだ。俺は、ライナが好きだって! お前が故郷の村に帰って、混ざりものの俺よりもよほどタチが悪いなにもかも最低なおっさんと結婚するなんて耐えられない……!」

「モングレル先輩、いきなり何言ってんスか。そんなのあるわけないっス。兄貴が馬鹿なこと言ってきた件は、ビシッと撃退したっスよ。私はずっとレゴールにいるス」

 

 出会い頭にいきなりわけのわからないことを叫んだ俺に呆れたように、ライナはジト目で俺を見ながらそう返してきた。

 そうだよな。そんなことあるわけないよな。でも、そういう悪夢を見た気がしたんだ。

 呆れたように返して、それからしかし何かにはたと気が付いたような表情をして、じわり、じわり、目元、頬、耳から首元まで、ライナの顔が朱に染まる。

 

「……ま、まあでも、モングレル先輩がそこまで言うなら、……結婚、してあげても良いっスよ? 先輩のことは、嫌いじゃないというか、……むしろ、好きっスから」

「ありがとうライナ。大切にする。家事は俺がメインでやる。一生守る。お前のこと、シルバーウルフになんか殺させないからな……!」

 

 ようやく俺の『俺と結婚してくれ』と『ライナが好きだ』が届いたらしいライナが、嬉しさを隠しきれていないによによとしたかわいい唇から嬉しい返事をくれたから、俺は彼女を、思い切り抱きしめそう誓った。

 一瞬びくりと硬直したライナは、そろりそろりとおずおずと、ぎこちなく俺の背中に手を回す。

 

「なんスかそれー。家事は嬉しいスけど、シルバーウルフなんてここらにいないっスよ。そんなあり得ないこと考えても……、あ。モングレル先輩、私、結婚するなら子ども欲しいっス。先輩は……」

「俺はサングレールとのハーフだから、不安がないではないが……。でもなんか、ライナにそっくりなかわいい子が生まれる気がするんだよな。俺だってなんだかんだそれなりに暮らせているし、ライナが俺とで良いなら、子どもも悪くないかな、なんて……」

「嬉しいっス! じゃあ、男ならライグレル、女ならモナっスね!」

 

 いやでも、それにライナを巻き込むのはお前が大切だからこそ躊躇ってしまう、なんてネガティブに続けようとしたところを遮って、どこまでも朗らかに、力強くライナは言った。

 

「ははっ、ライグレル、モナか。モングレルとライナからとってか。安直だけど、悪くないな! いや、むしろ良い名前だ!」

 

 ライナのテンションに合わせて笑って返せば、彼女も俺の腕の中でくすくすと笑ってくれる。

 ああ、しあわせだ……。

 

 

 

 耳まで伝う濡れた感触の不快感で、目が覚めた。

 

「夢、か。……あー、クソ。馬鹿じゃねえのか、俺。どこまでも自分に都合の良い、甘っちょろい夢なんか見やがって……。未練がましい……」

 

 今のは完全に、俺の願望が反映された夢だった。

 そんなものを見て、しかもそれにしあわせまで感じてしまった自分の情けなさに呆れかえる。

 

 そんな願望、ないつもりだったんだけどな。

 ライナがあんなしょーもないおっさんと結婚して、子どもまで生まれ、挙句村と子どもを守って永遠に俺の手の届かないところに行ってしまってから、自分の感情と願望に気が付くなんて。

 遅すぎる。あまりにも遅すぎる。馬鹿じゃないのか。涙が出るわ。

 ああそうだ。これは俺への呆れの涙だ。ライナがここにいないことに、夢と現実の落差に苦しんでの涙なんかじゃないさ。

 

 俺は、あまりに不甲斐ない自分の、呆れかえるほど情けない涙を、雑に手のひらで拭った。

 

「しかし、モナの名前の由来って、やっぱりそ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)かな……」

 

 俺の傍ら、同じベッドですぴすぴと眠る幼女の顔を見ながら、そう呟いた。

 

 ただの偶然というには、ライナがあまりにモングレルモングレル連呼してたっぽいんだよな……。

 だとしたら、若干あのおっさんが可哀想になってきた。嘘。あんなにかわいい嫁(ライナ)をもらっておきながら自分だけさっさと逃げて一人でライナを死なせた上に、こんなにかわいい娘を引き取り拒否しやがったからなあいつ。少しも憐れむ気にならん。

 さっさと野垂れ死ね。実際、あの年で職も家も家族も失ったら普通に早晩食い詰めて死ぬだろうけど。

 この世界、医療機関ショボいしな……。村だと更に。

 うん、おっさんの確定した未来の不幸にモナが巻き込まれなくて良かったと思っておこう。

 

「……ぅー……」

 

 その時、小声のつもりだったがさっきまでの独り言で起こしてしまったのか、モナが小さく呻いてもぞもぞと起きそうな気配を見せ、ぎくりとする。

 まだ日が昇るかどうかの早朝だから、もう少し寝せておいてやりたいとこだが……。

 

 固唾を呑んで見守れば、モナはごろごろし、もぞもぞし、ちみこい手を自分の口元に持って行って、ちいちゃな親指をあむり。

 そのままちゅくちゅくと指しゃぶりをしているうちに、モナの呼吸はすー、すー、と、眠っている人間特有の、リラックスしたものに変わっていった。

 

 この年頃の子どもって、まだ指しゃぶりしていて良いんだっけか……? 確か、歯の発達に悪かったような気がするが……。

 なんて、親らしいことを一瞬考えたが、これはこの子が失ってしまった母の代わりかもと思ったら俺は到底やめさせる気にならない。

 そうだよな。寂しいし、つらいよな。それで心が落ち着くなら、いくらでもすればいい。

 モナの子どもの歯が抜ける頃にまだ続いていたらその時考える、くらいのつもりでいよう。

 

 ……その頃までには、泣けて笑えるように、この子はなっているだろうか。

 俺がこの子に会ってから、ずっとモナは無表情を貫いているのだが、元同じ村の村人(クソおやじではない)曰く、村では普通に泣いて笑っていたそうだ。

 母を、おじを、祖父母を、村を失い、父親と思っていただろうアレに拒絶されたこの子の心の傷は、どれほどのものか。

 支えてやらねば、と、強く思う。これ以上、この子につらい思いなんて少しもさせたくない。

 

「……そういや、お姫(ひい)さんは、俺の手料理をご所望だったな」

 

 この子の望みを、一つ思い出した。

 ちょうど、モナは眠りの世界に戻ったが、俺はすっかり目が覚めてしまったところだ。

 ここで幼女の寝顔を見ていても仕方がないし、朝食を作ることにするか。

 簡単なものになるだろうけど。まあでも、ここの宿で普通に出てくる物よりは多少うまくできるはずだ。宿の厨房を貸してもらおう。

 

 そっと、そーっと、どんな魔物の相手をする時だってここまで気を張って動いたことはないというくらい慎重にベッドを抜け出て、そろりそろりと部屋を出る。

 軋まないでくれと床に願い、鳴らないでくれとドアノブと鍵に請い、空気にすらあまり動かないでくれるなと祈りながら、どうにかモナを起こさないままの脱出に、成功した。

 

 ほっと息を吐いて、階下にむかう。寝巻だけどまあいい。今あの部屋で着替える度胸はない。

 幼子が寝ていると思うと、普段は気にもかけない宿の他の客の気配や、女将さんたちが早くも仕事を始めているっぽい音すら気になってくるな、これ。

 昨日はとりあえずで定宿に戻ってきたが、いくら幼女でもこのままシングルベッドで俺といっしょってのもかわいそうだし、住むところのことも考えないとな……。

 

 なんでも、アルテミスのクランハウスには、ライナの部屋と荷物がそのままにしてあるんだそうだ。ライナは処分を願って費用を置いていったようなんだが、いつでも帰って来れるようにってな。軽く掃除だけしてくれているらしい。

 そこにモナと越してこいとの誘いを、昨日受けた。

 そこまであいつらの好意に甘えるつもりはないと断ったが、奴らずいぶんモナに興味があったようだし(ウルリカなんて、昨日解散する時には当たり前みたいにモナを抱き上げてさらっと持って帰ろうとしていた)、モナだけでもあちらに住まわせてもらう、とか、検討すべきか?

 いや、手のかからない子ではあるが、それでも多少面倒を見る場面はあるし、それはかえってあっちの負担になるな。

 なにより、かっこいいお兄さんと見た目綺麗なお姉さんが風呂だお菓子だかわいい小物だを挙げどれほど誘惑しても一切なびかず、頑なに『もんぐれるとかえる』と言ってくれた、ああも俺に懐いてくれているモナがかわいそうだ。

 一方的にあちらの負担にはならない形で、どうにか折り合いがつ

 

 ビョ~~~~……

 

 その笛の音が聞こえた瞬間、あれこれ考えていたことも、もう良いだろうになんとなくそっとそっと歩いていたことなんかも忘れ、駆け出していた。

 笛だ。犬の笛。俺がライナにやった、あの間抜けな音の。

 何年たったって忘れるわけがない、あの

 

「ライナっ……!」

 

 バン、とけ破る勢いであけたドアのむこう。

 よく見れば宿の俺の部屋だなここ。

 

「あ、もんぐれる」

 

 そこには、ライナによく似たちみこい幼女が、ベッドの上に座り込んで、あまりに見覚えのある薄桃色のアクセサリーを手にしていた。

 

「……ああ。そっか。モナか。起きたか」

 

 ライナじゃなかった。ライナがいるわけがなかった。

 そんな落胆を見せないように気を張って、できる限り軽くそう言えば、モナは相変わらずの無表情で、こくりとうなずく。

 

「うん。おきたら、もんぐれる、いなかった」

 

「すまん。飯作ろうと思ってさ。不安にさせちまったかな。モナにとっては知らない場所だもんな。俺がいなきゃ、困るよな。え、ところでモナ、前からそんなの持ってたか?」

 

 静かに、けれどしっかりと苦情を申し立ててきたモナに頭を下げ、それから彼女に尋ねた。

 

 問われたモナは、ずっと首から下げていた、寝るときは危ないからやめようなと言い聞かせたらしばしの抵抗を見せたものの枕元に置くことでなんとか妥協してくれた、小さな巾着袋をずいとこちらに示す。

 なんだろうとは思っていたものの、モナに訊いたら『おまもり』と言っていたから中身を検めることはしなかった巾着だ。

 前世の感覚でついそうしたが、別に神社仏閣のおまもりじゃないんだから、普通に見てもよかったのにな。

 そうか、この笛は紐を通したままだとうまく音が鳴らないから、袋に入れてあったのか。

 大人なら紐のつけ外しくらい簡単だけど、このくらいの子どもには無理だしな。

 

「ママがくれたの。ママがいってた。これ、ママのたからもの」

 

 そう言って、本当に大切な宝物にそうするように、そっと雑種犬の顔を撫でるモナに、彼女の母の姿を幻視する。

 小さな子のすることだから、モナのはどこかぎこちない動きなんだけど、誰かがそうするのをよく見てたのかな。

 磨き上げるように、慈しむように、丁寧に丁寧に笛の表面を撫でるモナの頭を、俺もありったけの愛をこめて撫でた。そうせずには、いられなくて。

 

「そうか。……ママの宝物、か」

 

 そこまで高い素材を使ったわけでもない、俺の手製の品を、ライナは宝物だと言ってくれていたんだってさ。村にまで持って帰って、わが子にまで受け継がせるほどに。……ああ、つれえな。

 らしくもない感傷に浸っている俺の手を撥ね退ける勢いでぱっと顔を上げ、モナはどこか誇らしげに返す。

 

「いちばんはモナだけどね! ママがいってた。モナはママの、いっちばんのたからもの。いちばんだいじのかわいいちゃん。だからこれは、ママのだいじだいじのモナがもってて。そう、ママが、いってたの」

 

 あいつ、ずいぶん立派に母親してたんだなあ。

 きっと、自分よりもわが子の所に助けがほしいと、わが子の身を守ってほしいと、ライナは願ったんだろう。

 その願いを託された俺手製の笛が、なんだか俺にも特別な宝物に見えてくる。

 

「それ、すごい笛なんだぜ」

 

 だから、ベッドの上、モナの隣に腰掛けて、ちょいとどや顔で言ってやった。

 けれどモナは、そんなことはとっくに知っているとばかりの当たり前みたいな顔で、当たり前みたいに頷く。

 

「しってる。ママがいってたもん。これがあれば、ぜったいだいじょぶ。ふーってすると、ちょーつよいひとがきてくれて、しゅばってたすけてくれる。あのひも、ちゃんときた」

 

「あの日?」

 

「おじちゃんが、ぜったいにおりてくるな、っていったひ」

 

 それは、おそらくはこの子の目の前でモナのおじが死んだ、あの日の。

 このままこの話をさせて大丈夫か。

 一瞬不安になったものの、モナが淡々と続けるのを、彼女の様子を慎重に窺いながら聞く。

 

「きのうえで、おひさまがでるのまって、ふーーーーってした。へんなおとだったけど、おじちゃんがそうしろっていったから、ずーっとふーって。……ほんとは、はんぶんくらいやすんだけど。ふーっ、ふーってしたの。そしたら、おとながわーってきた」

 

 言われてみれば、四歳児がチャージディアが出るような森の樹の上から隣村まで、自力でたどり着けるわけがないよな。

 そうか。ライナのお兄さんが、救助を呼ぶように言い聞かせていたんだな。たぶん、最期の力を、振り絞ってでも。

 そのおかげで、隣村の人か軍人かそれともギルドマンかは知らないが、シルバーウルフ出現で集められたのだろう【強い人】に、モナは見つけてもらうことができたということだろう。

 

「そっか。その笛、役に立ったんだな……」

 

 ライナを助けてやることはできなかったが、まったく役に立たなかったというわけではなかったらしい。

 感慨深く告げた俺の顔をひょこっと見上げ、モナは尋ねる。

 

「ママがいってた。もんぐれる、ちょーつよい。これふくと、もんぐれるも、くる?」

 

「ああ。もちろん。いつだって駆けつけてやる。間違いなく、絶対に行ってやる。もう、間に合わなかったなんてことが無いように。ちょっとでもヤダなって感じがしたらすぐに吹け。遠慮なく吹け。いやもういっそ、気分で吹け。どんな時でも、俺が絶対に駆けつけてやるから」

 

 モナは泣かない。たぶん、泣くことができない。

 そんな彼女が発してくれる笛の音は、きっと彼女の涙の代わりだ。代わりに、なってくれると良い。

 

 それで、子どもなんて、ちょいとしたことで泣くもんだから。

 遠慮なんてせずに、気軽に吹いてくれればいい。

 これ吹いたらマジですーぐモングレル来るやんけ、おもろ。って、遊び半分に吹いたって良い。

 子どもなんて、遊び半分に大人を振り回すくらいでちょうど良いんだ。

 ライナがモナにこの笛を渡す時に言った『ちょーつよいひと』が指しているのは、きっと、いや間違いなく俺なんだから。

 

 ライナ、お前が命に代えても守りたかったお前の一番の宝物は、俺が絶対に守っていくからな。

 

 そんな願いを込めた俺の誓いに、まだ意味がわからないらしい幼女は、ふしぎそうに小首を傾げた。




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 ハーメルン読者の皆様の新鮮な悲鳴のおかげで、こうして予定になかった2話ができあがりました。
 ありがとうございます。

 ライナに膜がなかった理由、あのおっさんにくれてやるくらいならとレゴール出立前に黒靄市場の露天商で買った何かで自らぶち抜いたりしたのかもなんて想像すると、こう、なんともいえない気分になりません?
 なのに、これはどうしても短編内に組み込むことができなかったので、ここに書いておきます。

 さて、賢明なるハーメルン読者の皆様であれば私が言うまでもなくお気づきでしょうが、この短編を読んだ後、みなさんが取るべき行動は決まっております。
 次にライナが本家のバスタード・ソードマンに出てきた際は、私とともに心の底から叫びましょう。血反吐吐くまで叫びましょう。
「抱けえっ!」「はやくしろっ!!!! 間(ま)にあわなくなってもしらんぞーーーー!!!!」「抱けっ!! 抱けーっ!! 抱けーっ!!」と。

 バスタード・ソードマンの正ヒロインは、ライナ!!
 モングレルさんは、さっさとライナをしあわせにしてやれ!!

 そんな風に思ってくれる人が、一人でも増えたら良いな、なんて願いながら書きました。
 あまりに最悪なこのときの作者の気持ちを答えよですね。

 改めまして、ありがとうございました。
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