professional of joker 作:たいたい35
「お母さん、お父さん、行ってきます!」
藍色の布を纏う少年、ユウリの声は、遠い山々まで反響していった。期待に身体を震わせて、少年は一歩を踏み出す。十年近く、毎日歩いたこの獣道が、今はレッドカーペットのように感じた。「大丈夫?お金は持った?地図はある?図鑑は絶対忘れちゃダメよ?」母親の心配さえ心地よさそうだ。年季の入ったバッグを何度も確認して、坂を下っていく。
彼の目的は、モンスターと心を通わせるモンスターマスターになること。そのための第一歩として、この辺りでも有数の賑わいを見せる大都市、『アルカン』へ向かおうとしていた。さあ、いざ出発だ、ふうと一息ついて土を踏みつけると、彼の両親が経営している牧場から鮮やかな影がやってきた。
「ピキーッ!」
それはユウリの足元を一回転して、ブーツに擦り寄る。
「スラっち、おはよ。いよいよ今日、僕たちはモンスターマスターになるんだ!」
一般的なスライムよりも鮮やかな青を持つそのスライムは、晴天を取り込んでさらにその色を輝かせる。牧場の仲間たちと共に爽やかな光を浴び、広大な敷地を日夜走り回っているスラっちは、今日もユウリのテンションに負けない飛びつきを見せた。ユウリが取り出したエサにかぶりつくその姿がこの上なく愛おしいので、彼はそのひんやりした頭を撫でてやった。
「ねえ、いつまで待たせるの!もう出発しないと日が暮れちゃうじゃない!」
下り坂の先で腕を組むのは、彼の親戚の家で暮らすリーヤだった。指をピシッと突きつけた反動でポニーテールが蛇のようにうねった。あまり髪をまとめることのない彼女がこうしているのも、冒険のために動きやすくするためだろう。長い髪が視界を覆う度に首を振っているのでは鬱陶しいことこの上ない。
「ごめんリーヤ、いざ出発ってなるとウキウキしちゃって」
「まあ別にいいわよ、さ、行きましょ。お父さんお母さん、行ってきますね」
両親への挨拶をさっさと済ませて、彼女は行ってしまった。ユウリは急いでスラっちを抱え、小走りでその後を追っていったのだった。
「やっぱり大事なのは焼き加減なのかなー」
「それよりも、見つけた木の実は何でも拾うクセを直した方がいいんじゃない」
「でも適当に拾った木の実のソテーでもリーヤはおいしいって言ってくれるじゃん。リーヤとスラっちが笑顔で食べてくれるのを見ると、僕とっても嬉しいんだ!」
「そ、そういうことなら、何も言わないけど……!」
リーヤの速度が上がった。さっさっさっ。二人の足音が等間隔でメロディを奏でる。スラっちは彼の腕の中で寝息を立てていた。ここではモンスターマスターという職業は珍しくない。彼らはモンスターと共に行動し、助け合いながら生活する。しかし、モンスターは人間とは比べ物にならないような物理的な力量差がある。それゆえ、単純に魔物を従えるだけではその者の恣意的な欲求がいとも簡単に通ってしまう。一度魔物が牙を剥けば、甚大で、凄惨な被害がもたらされる。極端な話、国家転覆も難しくはない。そこで、モンスターに関する一切を統治する「バトルGP協会」が発足された。モンスターの生態系保護や種の把握、さらに、モンスターマスターとして活動する者の管理は、バトルGP協会を通じて行われるようになった。モンスターマスターを志す者は協会へ申請し、試験を合格することでようやく、名乗ることを許される。モンスターを仲間として扱うのを許されるのだ。ユウリは今、モンスターマスターとして活動するため、バトルGP協会の本部が設置されている都市、アルカンへ歩を進めていた。
「大丈夫大丈夫、毒味はしてるから絶対当たらないよ!僕は頭脳はそこそこだけど、舌のセンサーは敏感なんだ。なにより、リーヤとスラっちがおいしいって食べてくれるのが嬉しいんだ!」
「だったらなおさら変なの拾わないでよ、全く……」
悪態をつくリーヤの顔は、夕日のない青空の下でも朱に染まって見えた。その後しばらく歩いて、この調子だとアルカンに着くのは夕方になるだろうという見通しが立つと、休憩も兼ねて二人は昼食をとることにした。小さいながらも、軽く丈夫で熱伝導に優れた鍋を取り出し、水を入れ、焚き木の下に吊り下げた。長い間自然と触れ合っていた彼にとって、火を起こすなど造作もない。慣れた手つきで火口をつくり、美しい三角形状に組まれた木の枝へと引火していく様は、まるでサーカスのようだった。瞬く間に燃え盛る火炎となった火種をリーヤが眺めている。スラっちは切り株にちょこんと身体を乗せて、骨つき肉を食らっていた。
「お昼は簡単なスープでもいいかな」
「何でもいいわよ」
「じゃあ野いちごも付けちゃうね」
頭上に音符を浮かべながら折りたたみナイフを操るユウリを、リーヤはのろけたように見つめていた。簡単なと言いながら、手頃な食材で出汁を調達するし、スラっちに頼んで新鮮な川魚を捕獲してもらっている。新しいおもちゃを与えられた子どものように幸福な表情で料理をする彼を眺めるのが、同い年であるリーヤの一つの幸せだった。
「ごめん、こだわってたら遅くなっちゃった。お腹空いたよね、ほんとごめん!」
「別にいいわ、退屈じゃなかったし。それに、おいしいのは分かりきってるしね」
「あれ、リーヤちょっと楽しそう?」
「そんなことない!」
濃厚なスープが駆け巡った身体には、野いちごの淡い酸味と甘味が快かった。
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