professional of joker 作:たいたい35
「じゃああたしたちはそろそろ出発するよ。ファスリアンのおかげでみーんな快調だ。本当に感謝してるよ、いつもありがとう」
「そんな、いいんです!ボクも、預けてもらった子たちが元気に旅立っていくのが嬉しいですから……!」
何かを感じたソレアがぐいと彼女に顔を近づける。まじまじと見つめた後、くくっと笑った。
「いいねいいね、良い顔だ。その空より澄んだ綺麗な瞳、何か吹っ切れたかな?」
「はい、おかげさまで。ソレアさんもまた優秀な人材をスカウトしましたね」
「まあね、ユウリクンには本当に期待しているよ、もちろんキミにも、ね」
ソレアのウィンクにぎこちないウィンクで返すファスリアン。あははっ、いいねいいね、彼女は腹を抱えて笑っていた。
「あ、そうだ、リーヤちゃん!」
ちょこちょことリーヤに駆け寄り、耳打ちをした。その声を聞いた途端、彼女は、顔を鼻から耳の先に至るまでフラミンゴのように真っ赤に染まって反論した。
「だ、だめよそれは!絶対に!それにそんな関係じゃ……!」
「えへへ、冗談です。ちょっとだけですけど」
「二人とも、何の話をしてるの?」
頬を膨らませるリーヤをよそに、馬車がのんびりやってきた。馬の上で小鳥が陽気に鳴いている。
「もうすぐバトルGPが始まる。もし本戦にドラキッドのメンバーが参戦したら、ぜひ応援に来てくれると嬉しいよ」
「もちろんです。ソレアさんの時は感動しました!ボクの周りも言ってますよ、会長に勝てるならソレアさんだって!」
「いやいや照れちゃうなあ。ユウリクン、リーヤクン、今の言葉聞いたかい?ああファスリアン、何度でも言っていいんだよ!」
「行きますよソレアさん、御者の方が待ちくたびれてます」
ユウリは走る馬車から顔を覗かせ、ファスリアンが見えなくなるまで手を振っていた。強風に飛ばされた竹箒を持ち直し、よしと気合いを入れ直して業務に戻ろうとしたその時だった。
「あっ、バット君の巣……」
バットが牧場で作りかけていた巣を見つけてしまった。
ここに卵はもちろんのこと、宝石やら指輪やら輝く物を置いておこうとしたのだろうか。ヘルコンドルはそこそこの大きさであるため、巣も当然大きい。まだ一割にも満たない制作状況だったため、壊すのは容易だった。
「次来た時に無かったら、寂しいですよね」
ファスリアンはまだ小さな巣の中心に百合を一輪置いて、その場を去るのだった。
アルカンの広場に大衆が押し寄せる。肉のバーゲンセールなどではなく、熱狂を呼ぶイベントだ。闘技場の方から歓声が聞こえる。バトルGP開幕を告げる鐘の音が、結界のように街を覆い響き渡った。
「相変わらずの盛況だね。やっぱり祭りはこうでなくちゃ」
「これを祭りと形容するのはリーダーだけだ。せっかく外に出てみりゃまさか開催宣言と被っちまうなんて、ついてない」
「くくっ、狙ってたくせによく言うよ。ほら、ユウリクン、あそこを見てごらん」
民衆に埋もれる視界の中でようやくソレアの指先を捉えた彼が見たのは、広場から大仰な階段をずっと登った先、協会本部の目の前で杖を掲げるグラスターの姿だった。闘技場の時以来、その冷たい眼光を忘れちゃいない。
「十秒で衆を沸かせよう」
何か言っている、しかし聞こえない、喧騒にかき消されてしまう。次の瞬間だった。
「今ここに、第十回バトルGPの開催を宣言する!」
怒号のような銅鑼の鳴き声が広場を襲った。けたたましい歓声が一斉に沸き立ち、民衆は顔を赤くして叫んでいる。初めての経験だった二人はその活気に打ちのめされそうになっていた。
「バトルGPって、こんなに熱狂的なイベントなの!?」
リーヤの振り絞るような感想も尤もだ。しかしソレアもフューンも待ってましたと群衆に塗れ笑っている。
「来たか、クソガキ」
グラスターは一瞬、ユウリの方を見た気がした。いや、確信した。上がってこい、その小さな足で協会の巨大な階段を一歩一歩踏み締め、上がってこい。貴公が我が眼前に辿り着いた時、私が全てを壊してやろう。とっくに姿は消えていたのに、ユウリは睨み返していた。
「貴殿はまだ知らない。理想では変えられない世界の真理を。バトルGPの参加も所詮あの女の差金だろう。どこまでも幼稚で下らない」
去り際、背を向けるグラスターは呆れていた。冷めた目で、何者にも期待を向けていない。バトルGPの開催を宣言した男の顔とは到底思われなかった。
開催宣言後、自らの椅子に深く腰掛けたグラスターは、手元の資料を抜け殻のように見つめていた。コンコン、ノックも矢継ぎ早に一人の男が彼を訪ねる。
「グラスター様、先ほど予選の概要を参加者の元へ送り届けました。しかし今年は例年よりもいささか難易度が上昇しているように思います。これでは早い者勝ちどころか、本戦出場の八人すら集まるかどうか」
そうだな、そう呟くと彼は重い腰をようやく上げた。椅子のキィという乾いた音が響き渡る。
「だが、これで私の研究は一つの終着点を迎える。さらに、この程度こなせないようではモンスターマスターとしての格など知れたもの。ネズミが獅子を名乗ることが許されるか?バトルGPとは、そういう称号なのだ」
杖を撫でた後、嫌味らしい趣味の額縁に突きつけた。その中にはウイングタイガーに惨たらしく食われるスライムが映っている。気味が悪いほど写実的に描かれたそれは今にも動き出しそうだった。グラスターは少し笑みを浮かべた後、ゆっくり同席の男に近づく。
「お前は良かったのか」
誰にも聞かせるつもりのない声、自分にすら語りかけていないようなものだった。しかし男ははっきりそれを認識した。耳をピクピク振るわせて返答する。待ってましたと言わんばかりに食い気味に答えた。
「ソレアはいないのでしょう?参加する意味などありません。それに私が相手では本戦出場者がかわいそうだ」
「十一秒、歪んだ男の下らない話を聞かされた」
相変わらず気色の悪い顔だ、そう言い放って椅子へと引き返していった。跪く男の口角は裂けるほど大きく吊り上がっている。目の焦点も合わせず笑っていた。凍土のように荒ぶ室内、気が気でなかった。
「この表情はあなたを真似したのですよ、グラスター様。あぁソレア、どうして君は参加しないのか、どうして私たちは巡り会えないのか。もしかしたらこれも神の示すいたずらな命題なのかもしれません。困難は愛の強さに比例するのだと言っておられるのか。いいや、私が否定してみせましょう!愛は勝つのだと……!」
さらに男の口元が吊り上がる。あの女の話はするべきではなかった、鬱陶しそうに後悔の念をグラスターは走らせる。彼ですら止めるのが億劫なほど男の顔は歪んでいた。これが笑顔だと、笑わせてくれる。
「参加者にユウリというガキがいる。ソレアが特に目をかけていると、風の噂が言っていた」
ピクっ。天を仰いでいた男の動きが止まった。上を見つめたまま動かない。しかし突然、奇声のような大声をあげた。
「ああ、ああああ、そういうことか!そういうことですかソレア……!神が与えたのは命題などではない、たった一つの試練なのデス!私と彼女を妨げるあの不躾な小僧……。お任せくださいグラスター様。ユウリは私が必ず討ち取ってみせましょう。そうだ、もうすぐ彼女の誕生日、小僧の首をソレアにプレゼントしましょう。ああ、仰らなくても分かっておりますとも、もちろん金木犀の香りを足すのです。彼女は言っていました、強い男が好きだと。ああ、ああぁぁ、分かるよソレア、私も君しか見えていないんだ……」
狂ったように笑い続けている。まるで動作不良を起こした人形のように。痺れを切らしたグラスターがため息をつきながら杖でこづいた。
「一体何秒私の時間を無駄にするつもりだ。早く出ていけ、寝言なら部屋でほざいていろ。お前の歌劇に付き合っているほど私は暇ではない」
「ああ、失礼しました。試験内容は確かに全参加者に伝えましたので、それでは」
千鳥足で高らかに出ていった。数分の時間だったが、狂気に満ちたその時間は一時間以上も引き延ばされていた気がする。
「私はとんだイカれ男を捕まえてしまったものだ。あれで途方もなく強いというのだから腹立たしい。だが、少しは面白くなりそうだ」
口角を吊り上げてニヤリと笑った。