professional of joker   作:たいたい35

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バトルGP協会会長、グラスター

手錠をつけられたわけでも縄でくくられたわけでもなかったが、深い抵抗もしないで彼の影を踏んで歩く二人。スラっちはシルバーデビルの鋭利な爪でその潤んだゼリーをえぐられるように拘束されていた。激情の表情を向けるユウリを、リーヤの必死の訴えで抑えさせた。ただ、声は出さずに。

 

「到着だ。お前たちが向かうのは試験会場ではなく、審判の間。モンスターを無許可でスカウトすることは重大な規定違反。会長が直々にお前たちの処罰を決定することになるだろう」

 

柱、床、どこを見ても光沢が鬱陶しく光り輝く。天井のシャンデリアも相まってその厳かさが二人の不安を増幅させた。

 

「わ、私たち、どうなっちゃうのよ……」

 

お互い顔を見合わせることはできないが、彼女がすすり泣いていることくらい、ユウリには簡単に分かった。あの男に肩を叩かれてから数分しか経っていないけれど、彼は怒りに震えていた。

 

「大丈夫、僕が絶対、みんなを守る。スラっちにもリーヤにも、もう手は出させない。僕はモンスターマスターになって帰るんだ」

 

彼の怒りに飲まれた温かい両手に、リーヤの左手が包まれた。安心して、そう言わんばかりのユウリの視線に、彼女の頬は急激に朱をまとっていった。

 

「何をしている、さっさと入れ」

 

巨大な黒檀製の扉。その奥ではトップがふんぞりかえっていることは誰が見ても理解できるだろう。ゴクリ、ユウリが唾を飲み込む音が入り口まで響いた気がした。

 

「例の者、連れて参りました。この者はスカウトリングを未所持にも関わらずモンスターを従えて……」

「五秒」

 

低く唸るような声。白銀の顎髭を撫でるように整えた男は、窓を見ていた。二人の身長がまだ成長途上であることを顧みてもその差は大きなもので、恐怖に映った。

 

「貴殿のそのつまらぬ報告で、私は五秒の時間を無駄にした。まさか貴殿は、私がこの者についての概要を知らないとでも?」

 

ユウリを捕らえた時の剛担さはそこにはなく、ただひたすらにうろたえ、辟易していた。二人よりこの男の詰問だったのではと錯覚してしまいそうになる。

 

「十秒。今の質問に貴殿が狼狽した時間だ。イエスノーで答えられる質問に対してすらこの体たらく。甚だ遺憾だ、下がれ。貴様が無駄にした私の十五秒、そのつまらぬ命より重いと知れ」

 

紅き瞳が男の心臓を貫いた。この威厳、有無を言わせぬ気迫。まるで鬼のようだ。男はすっかり抜け殻のようになってしまい、いつのまにかその場から消えていた。

 

「失礼した、聞かされているかもしれないが改めて自己紹介をしよう。バトルGP協会会長のグラスターだ。隣にいるのが、タイムマスター。私の相棒だ」

 

プラスチックのような斧と、有り余る丈が印象的な緑の衣服。極めつけはどこを向いているのかも分からない一つ目がギョロリ。スラっちとは比べ物にならないほどグロテスクだった。タイムマスターと呼ばれる魔物とその使役者であるグラスター。圧倒していた二人は、自己紹介をするのをすっかり失念してしまった。

 

「ほう、ほうほうほうほう。貴殿らはなかなか優秀なようだ。そう、自己紹介などいらない。貴殿らの情報など私の元に届いていないはずが、ないのだからな。貴殿らの自己紹介など、時間の無駄だ」

 

実際は何も言えなかっただけなのだが、グラスターには好印象に映ったようだった。気分を良くしたのか、饒舌に続けた。

 

「そう、そうなのだ。時間の無駄などあってはならない。無駄は人を怠惰に導き、全ての行動力を阻害する。一分一秒に意味があるのなら、人は決して、堕ちてゆくことはない。無駄というつまらぬ余暇から解放されるのだ」

 

白金の杖を天に掲げた。ユウリにはグラスターが何を言いたいのかよく分からなかったが、心に余裕を持たせるには十分な時間稼ぎができた。

 

「ユウリ君、貴殿は何故、スライムを手懐けた。五秒あげよう」

 

部屋の秒針がユウリを責め立てている。一秒目、早く、早くしろ。三秒目、急げ、急げ、グラスターの気が落ち着いているうちに、何でもいいから答えを出せ、と。頭は真っ白だったが、浮かんだ言葉を羅列していくしかなかった。

 

「スラっちが、死んでしまうところだったからです。スライムは決して強い魔物じゃないから、治療したところで野生に戻ってもすぐに怪我してしまう。なので一緒に暮らせばきっと大丈夫だと思いました」

「ふむ、悪くない選択だ。とどのつまり、治療したのち放ってしまったのでは、またやられてしまう。その度に治療を施しているのでは、まさに『時間の無駄』だ。リングを持たぬ者のモンスター捕獲という禁忌を犯してまで無駄を省き続けるその姿勢、感服だ」

 

時間の無駄かどうかなどはユウリにとっては何の問題でもなく、ただ弱ったスライムを放っておけなかった、治療によって息を吹き返したこの子がまた野生で傷つく姿を見たくない、これが本音だ。そして、襲われる直前のスラっちのすがるような涙を見て、放っておくことは彼にはできなかった。グラスターを納得させられたのは安心だったが、ユウリの行動の本質を読み間違えていることに、彼は小さな嫌悪を抱いていた。

 

「僕はただ、スラっちが長く生きれるようにって思っただけです。時間の無駄がどうとか、関係ないです。治療が時間の無駄だったとしても、僕は迷わずしたと思います」

「十秒」

 

黙れ、そう言っているような気がした。途端に彼は豹変し、軽蔑の眼差しを二人にぶつける。

 

「貴殿の都合などどうでもいい。そんなくだらない十秒を無駄にした私の腹の底が貴殿に分かるか?まあ、よい。処罰の話をしよう」

 

グラスターの目つきがさらに鋭くなった。来る、二人は直感で、自分たちが今大きな岐路に立たされていることを理解した。

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