professional of joker 作:たいたい35
「戻りました、あ、フューンさん」
白衣の汚れが壁掛けランタンの明かりを吸収している。ずっとここで暮らしているはずのフューンは、眩しそうに目をパチパチさせていた。
「簡単だったか。迎えの必要もなかったな。こっちも準備は済ませてある、部屋まで来てくれ」
寝起きなのか生来なのか、ぶっきらぼうな態度で研究室に案内した。この夥しいほどの書物とレポートの量、ファスリアンの小屋と似ている。どの道でも、プロフェッショナルというものはどこまでも、自室は私物で足の踏み場がなくなるようだ。年季の入った椅子に腰掛けたフューンは、ニヤリと口角を上げた。
「さて、ここからは俺の専門分野だ。平たく言えば、『配合』とはオスとメスのモンスターによって、新しい生命を生み出す行為のことになる。倫理がどうとか言う奴もいるが、別に無理やり生殖させてるわけでもなければ、双方に身体的、及び精神的な苦痛を与えているわけでもない。ただ、生まれてきたモンスターはこちらが責任を持って育てる義務はあるが、そこだけだろう。というかそもそも、交尾とは全く違う仕組みの、もっと高次元のシステムだ」
ユウリが町にやってきてから幾度となく耳にした単語、『配合』。ソレアのロビンも、フューンのモンスター研究の賜物であり結実だった。キラーマシンですら懐かせるソレアのスカウトリングを間近で見てきた彼女にとって、配合否定派の意見はどうにも受け入れられないらしい。人間の子を産むのとは訳が違うのだと豪語した。
「深い話をしてもいいが、聡明なリーヤはともかく、ユウリは耳が痛いか。だからともかく、だ。配合は両親の『種』が大事だということを念頭に置いておいてほしい。例を挙げるなら、スラっちでも他のスライムでも、種族は同じだから配合の結果は変わらないって点だな。だが、同種でも経験を積み熟達したモンスターの方が生まれてくる子もハイスペックになることはよく知られている」
全く同じ顔は存在しないし、人によって肌の色さえ違う人間を、一口に「ヒト」と説明づけるのは苦しいが、モンスターは種において、個体識別を可能にするほどの遺伝子の差はない。つまり、同種ならばそれは、全く同じ構造の生き物ということである。むしろそれが好都合で、配合はそれを利用していた。フューンが説明するには、メタルスライムとメタルスライムの配合なら、その種類を問わずはぐれメタルが生まれるとのことだった。しかし、両親のスペックに子どもが寄ることはあるらしく、同種であれば個体差はないとした現在の配合理論ではまだ研究が進んでいない部分らしい。ユウリはとっくに理解を諦めていたが、隣の彼女は違った。ユウリのサポートのため配合理論も独学で習得していたリーヤには、一つ心配事があったのだ。
「配合を手伝ってくれた子たちは、野生に帰ってしまうと聞きました」
「その通り、生まれてきた命が人間に懐くために、両親の抑えられた凶暴性を引き継がせる必要がある。その過程で両親が自身の凶暴性を強く意識し、取り戻すことがある。ゆえに配合を終えた後の両親は野生に戻すことになっているわけだ。どこか遠い土地に、な。だからと言っていいのかは分からないが、慎重に両親は選んだ方がいい」
それが何を意味するか、途端にユウリの表情が曇った。彼の中で矛盾する二つの思いが渦巻いている。配合の可能性によって新しいモンスターと出会える喜びの陰で、家族同然の仲間を野に突き返してしまう非情な自分と、それを何としても止めようとする自分。二者択一で、妥協はできない。息が苦しかった。毎回こんな苦しい選択をするくらいなら、いっそこんなものに頼ってはいけない。ユウリがぎゅっと拳を握ってようやく口を開こうとしたその時、フューンが言葉を捲し立てた。まるで、分かっていましたと言わんばかりに。
「皆は家族、別れるなんてできない。そう思っただろ。だがそれなら、だ。ユウリ、アンタは配合なしで他のマスターと戦うつもりか。そのちっぽけな魔物を三体引き連れて颯爽と登場し、華麗に敵を薙ぎ倒し、その剣を天下のグラスターに突きつける――――。そんなことができるとでも?へへへっ、夢物語だな」
ヒートアップは止まらない。足を組み、周囲の本を燃やし尽くす勢いで彼女は続けた。
「配合は進化の可能性だ。一回の配合は何十、何百年の魔物の進化を一瞬にして可能にする。本来数百年かけて進化するはずの魔物が、一瞬にして耐性を身につけ、身体を強固にし、現れる。魔物の能力を飛躍的に向上させるんだ。これをアンタが否定するなら、一生ママゴトをやってればいい、叶うはずのない、な」
配合は、いわば遺伝子組み換えのようなものだった。火山の魔物が何世代もの命を紡いでいく中でやっと得られる熱耐性を、一瞬にして後世に付与できる。健康で都合の良い魔物を生み出すことができるのだ。そんな魔物を引き連れたマスターに、ユウリの仲間たちが敵うはずがなかった。ああ、僕をそんな目で見ないで。キャロル、スラっち、バッド。僕は君たちを失いたくない、けど、だからといってそのまま勝ち目のない戦いに向かわせるなんてもってのほかだよ。でも、それでも一緒に強くなりたい。僕は、どうすれば――。凍りついた思考を割ったのはフューンの一声だった。
「ユウリ、問答だ。いや違うな、尋問だ」
薄暗い部屋にマヒャドのような一言。ユウリ、お前がソレアに並ぶマスターにふさわしいか、俺がジャッジする。鷹よりも鋭い目つきだった。
「凶暴な魔物でも、人は分かり合えると思うか」
「はい」
思考に詰まっていたはずなのに、即答していた。1+1は2だとつい答えてしまうように、反射的に。今の仲間たちを犠牲にし新しく強い仲間と共に歩むか、現状維持で長く苦しい修羅の道を歩むか決めあぐねていたはずなのに、口が勝手に答えた。フューンは大きなため息をついて、椅子に深く腰を下ろした。
「そうか、結構なプレッシャーをかけたつもりだったのだが。この調子なら、俺が何を言ってもその信念は揺らぐことはないんだろうな。こんなことなら、リーダーみたいに怖い顔の一つでも練習でもすればよかったぜ」
この子はいつ、人間にとって一番難しい覚悟を決めてきたのだろう。相互理解、まして相手は魔物。魔物への理解など、推し進めるどころが、できて当然のように思っているのだろう。彼を形作るのはモンスターへの無常の愛情なのだから、それもそうか。ただ、俺もソレアも、どこかでそんな勇者を待っていたのかもしれないな。子ども相手に柄にもなく熱くなって語る時点で、俺はとっくにユウリに魅せられていたんだ。
「凶暴な魔物と人間が分かり合えるという前提があるのなら、そもそも野生に逃す必要なんてないわけだ。生まれた命の行く末を両親共々一喜一憂しながら見守る、素敵なことだろう。しかし、それを無理だと一刀両断し、配合後の両親を野生へ逃すルールをつくった男がいた」
フューンが指差す彼方には、高くそびえるバトルGP協会の本部があった。部屋に遮られていても、その輪郭は濃くはっきり浮かんでいる。
「ユウリ、アンタで最後にするんだ。大切な家族との別れは辛いだろう。だからこそ、アンタがその苦しみを断ち切るんだ。グラスターを倒し、そんなルールを廃止しろ。実は俺は肯定派だったんだが、ユウリ、アンタの熱意に賭けようと思う」
モンスターとの共存、誰もが魔物と触れ合える世界があるのならこれほど幸せなことはない。ユウリはいつどんな時だって、その漆黒の瞳から希望が消えたことはない。その熱意はソレアだけでなく、フューンの胸もたぎらせた。
「ルールを変える人間がするべきは、まずルールに従うこと。大人の世界の常識だ。悪目立ちは勘弁だからな」
どれだけ気に食わないルールがあったとしても歯を食いしばりながら受け入れること、ユウリは顔をムッとさせながら仕方なく了承した。その流れで彼はある疑問をぶつける。
「肯定派ってことは、グラスターに賛成だったんですか」
「ああ?な、なんだよ、賛成つっても全面的にとはいかなかったわけだし、別に筋は通ってると思ったんだよ、俺は。今は違うんだからいいだろ?」
ソレアと同様、天真爛漫なガキも怒らせるとやっぱり怖いのだと思い知るフューンなのであった。