professional of joker 作:たいたい35
「お客さん、ほんとにこんな砂漠でいいのかい。食いモンもなければ水もない、ましてまともな休憩所なんてありゃしないよ」
「ふん、いいんです!」
「いいってんなら止めはしねぇが、命は投げ捨てるもんじゃねえでよ、魔物にも気温にも最大限気をつけるこった」
業者の注意喚起も程々に、駄賃を渡してユウリは馬車から飛び降りた。リーヤの手を引く紳士さも忘れてはいない。着地と同時に飛び込んできたのは見渡す限りの黄金だった。キメラが灼熱の太陽を背に羽ばたき、蜃気楼と重なるのはさそりアーマーの眩い躍動。どこまでも続いていく新天地に、心を躍らせるしかなかった。
「ああ、暑いわ、身体が痒いわ、こんなのお肌に悪いに決まってるわ……」
灼熱の日差しに全身を巡る汗と限界が来ていたリーヤはスラっちを冷えピタ代わりにしていた。スラっちを氷か何かと思ってない?ユウリの素直な疑問はともかく、何もない砂丘をひたすらに進んでいく。時折吹きつける風で砂粒が水のようにうねって鬱陶しかった。
「あそこ、何だろう、キメラの群れみたいだけど、一匹変なのがいるよ。ああ、キャタピラーが食べられちゃった」
「あれはムーンキメラよ。キメラの突然変異で、十体に一体くらいの確率で産まれてくるみたい。リーダーとして群れを率いていることも多くて、噂では月の方角に向かって飛んでいるとか。なんだかひまわりみたいね。あっちは太陽だけど」
「確かに!スカウトしてみたいなあ」
解説を聞いている間にその群れはどこか遠くへ行ってしまった。ムーンなのに白昼堂々キャタピラーを捕食しているというのもおかしな話だけれど、ユウリはムーンキメラに夢中で気づくことはない。
「スカウトしないと、行くよみんな!」
「待って待って、待ってよユウリ。まずは安全な場所を探しましょ、この暑さじゃ数時間と持たないわ……」
あ、確かに……。スラっち達はすっかりバテてしまっていた。ユウリの汗も尋常ではなく、閃光のような日差しを正面から受けているはずなのにこの溌剌さ、リーヤは息を呑むしかない。
「でも一面砂ばっかりで、人工物なんて無さそうだよ。はいこれ、お水」
自分用の水を躊躇なく彼女に渡している。大丈夫なのだろうか、今の様子を見る限り、そのタフネスは計り知れない。いくら砂漠だからといって立ち往生しているわけにもいかず、とにかく進んでみることにした。ユウリの実力を考えてフューンがセッティングしてくれた舞台ということもあって、出会う魔物はランクも低く凶暴ではない。相変わらず手持ちの図鑑を照らし合わせながらノートに記録を進めるリーヤ。彼のサポートのため、これだけは欠かさない。
「そういえば、タイラントワームはどうしたんだろう。ソレアさんは大丈夫だって言ってたけど、本当に気配すら無いなんて」
ユウリが再び森を訪れた時、タイラントワームの影はどこにも見当たらなかった。偶然というにはあまりにも静かで、まるでその存在自体が抹消されてしまったような違和感が残っていたのだ。あれほどの巨体を野放しにしていたのなら被害は計り知れないが、それでも一か八かスカウトの野心を心奥に秘めていた彼にとってはどこか寂しさが残るものとなった。這いずった跡が獣道として残るような巨躯の持ち主の気配を全く感じないことなんてあるのだろうか、そんな疑問と共に脳裏によぎるのはソレアの姿。まさか彼女が、そう思ってしまうのも無理はないくらい綺麗に辻褄が合う。「大丈夫」、彼女のその言葉を信じて疑わなかったが、もしその真意がユウリの想像と大きく異なっていたとしたら。ああ、考えたくもない、ブンブン頭を振って邪な考えを振り払った。
「ユウリ、顔色が悪いわ。もしかして熱中症じゃ、ほら、あそこにオアシスが見えるわ、そこで休憩しましょう……!」
「大丈夫、体調が悪いわけじゃないから。えっ、オアシス?行こう行こう!」
大袈裟に取り繕うことで誤魔化し、彼女の腕を引っ張るようにしてオアシスまで走っていく。灼熱の下、慣れない土地で数時間彷徨い続けた疲れがやってきたのか、皆オアシスに佇む大木の陰に座り込んだ。ちょうど、空から偵察していたバットが戻ってきた。
「おかえりバット、どう、村とかあった?」
「ぎゃぅー!」
ほねつきにくを必死に頬張っている様子を見るに、どうやら何か見つけたようだ。早々に食事を終えると、バットは大きく羽ばたいた。
「ついて行けばいいのね」
巨大な蟻地獄に足を取られないように、サンドウェーブの行進に巻き込まれないようにバットの後をついていく。一時間程度歩いたけれど、視界の景色は変わらない。
「バット、本当に村が見えたの?」
ユウリの問いかけに動じることなくバットはひたすら前へと進み続ける。もういくつ超えたか分からない砂丘を乗り越えると、ようやく村らしい建物が見えてきた。
「誰か、誰かぁ!」
岩陰から声が飛んできた。急いで向かうと、そこには巨大なボストロールが商人を襲っていた。傍には損壊の著しい馬車と力なく倒れる馬。凄惨な光景に、呆気にとられたユウリの指示を待つまでもなく、先導していたバットが突撃した。
「早く逃げて!僕たちが食い止めるから、早く!」
「でも荷物が……!」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
ぎゃぅぅう!ボストロールの重い一撃に、バットが鈍い音を立てて吹き飛ばされた。くそっ、こっちに向かってきた。後ろには腰の抜けた商人が倒れている、やばい、逃げられない。考えろ考えろ、僕はどうすればいい――。汗が身体中から噴き出る。距離は数センチ、巨大な棍棒が振り下ろされ、諦めかけた瞬間だった。
「ギガスラッシュ」
閃光が走った。ぽとっ、皿から落ちるイチゴのように、柔らかい音を立てて生首が落下した。それはもちろん、ボストロールのものだった。無味乾燥な砂漠が鮮血で赤く生臭く染まっていく。犯人は静かにその剣を納めた。
「さまようよろい、だわ。まさか今の技って……」
困惑を隠せない一同だったが、さまようよろいのマスターはもう目の前にいた。音もなく、どこからやってきたのかも分からない、けれど確かに目の前にいた。冷たい瞳でユウリを見つめる少女、マスターの側までやってきたさまようよろいは、彼女に忠誠を示すように跪いた。
「何しに来たの」
少女の首にはドラキーのタトゥー。二人はこの少女を知っている。アジトではあまり姿を見せないけれど、確かにその顔立ちはシェラだった。
「えっと、シェラさんだよね。助けてくれてありがとう」
「お、おい何なんだお前は。あの魔物を一瞬で……。化け物だ……!」
脱げた靴もそのままに、商人は情けなく逃げていった。その小さい背中を見つつも、シェラの顔色は変わらない。氷のように冷たい形相で軽く睨んでいる。不快ではあったが、今は状況を整理することで頭がいっぱいだった。
「シェラさんもここに来てたのね。助かっちゃったわ。そうだ、向こうに村があるのよ。せっかくだし一緒に行かない?」
「足手まとい」
そう言い捨てて去っていった。その後ろ姿はどこか寂しいようにも感じる。落ち着いてみるとユウリの中に残ったのは、恩人のはずの彼女を化け物扱いした商人への怒りだった。辺境の砂漠まで行っても、魔物への恐怖は無くならない。彼女にはあしらわれてしまったが、むしろ同情の念さえ感じていた。
「シェラさん、ちょっと悲しそうだったね」
「何かあったのかしら」
「あの人も、シェラさんは僕たちを助けてくれたのにあんな言い方して、酷いよ」
「きっと分かってもらえる日が来るわ。さ、行きましょ」
不安定な飛行ながらも戻ってきたバットの治療を終えて、二人は広大な砂漠を再び歩き始めた。