professional of joker 作:たいたい35
バターの香ばしい匂いが導火線のように二人を惹きつける。店主の女性の呼び込みのもとへ駆け寄った。焼き目美しいパンたちが並ぶ店頭と、奥に垣間見える釜戸。この熱気は奥の高温の釜戸からか、それともパンに並ぶ客のものか、それとも店主のものか。通りかかったら最後、その匂いと熱気の魔力に思わず買い食いしてしまうようなパン屋だった。
「おすすめのパン、ありますか?」
「お、こりゃべっぴんさんが来たねえ。隣の彼はフィアンセかい?」
「ち、違うわよ!まだそんな関係じゃ……」
店主のジョークにまんまと乗せられ熱気を帯びるリーヤ。ユーリにまあまあとなだめられている。当のフィアンセは冷静だった。リーヤは僕にはもったいないくらいです、そう苦笑いしている。それを聞いた店主は大笑いした後、エプロンを数回はたいて、店主は鼻高々に一つのパンを指差した。
「もちろんウチの名物はこれ、もちもちとろける塩パンだよ!人気ナンバーワン、ぜひ買っていっておくれ」
「じゃあそれ二つ!」
超高温の釜戸に入れられて、熱で塩がパンに溶け込み、バターと調和する。美味以外の感想が出ないのは、食べる前から分かった。ユウリは唾を飲み込んで、塩パンを二つ包んでもらった。
「ところでお兄ちゃん、スライムを連れてるってことは、モンスターマスターなのかい?」
「いや、今日の試験でモンスターマスターになるためにやってきたんだ。スラっちはもう長い付き合いだもんね!」
「ど、どういうことだい。まさか、野生をそのまま放し飼いしてるってことかい!」
大声をあげていたさっきの店主はもういない。顔は引きつり、怯えていた。目の前の華奢であどけないスライムを親の仇のごとく睨んでいる。まるで、これからこの子に襲われるかのように。
「ちょっと待って、スラっちとはリングを通して友達になったわけじゃないけど、絆は確かなんだ!人を襲ったりしない!」
「会話もできないくせに何を言ってるんだい!そんな危険な魔物を連れてるなんて信じられない!はやく私の前から消えてちょうだい、まったく、こんなのを野放しなんて、協会は何をやっているんだい」
店主の冷たい目つきだけでなく、周りの視線も痛かった。「あいつ、リングを持ってないのに使役しているらしいぞ」、「嘘、はやく逃げましょ、襲われたら死んじゃうわ」そんな心ない耳打ちまではっきりと聞こえてきた。
「そんな、スラっちは……」
「行きましょ、こんな場所に用はないわ。ほーら、いじいじしないで!スラっちのことはあんたが一番知ってるんだからもっと自信持ちなさいよ!リングを手に入れてしまえば周りの見方も変わるわ、だからくじけちゃダメ!」
折れかけた心と身体をリーヤが必死で支える。人目のつかない街の外まで移動して、渡されたハンカチで涙を拭うユウリ。周囲から隔絶の言葉を浴びせられた彼にとって、自分を信じてくれる人間は彼女だけだった。逆に、信じられるのも彼女しかいなかった。
「どう、落ち着いた?」
「うん、リーヤ、ありがと……。やっぱり僕にはリーヤが必要だよぉ」
「ま、また泣いてどうすんのよ!スラっちも見てるんだからみっともない姿見せないで!」
「ピキーッ!」
強がってはいるが、リーヤは心底嬉しそうだった。少し歩くことにして、たどり着いたのは狭い草原。芝が風に乗って踊っている。その中心で腰を下ろして、ユウリは塩パンを袋から取り出した。
「はい、リーヤの分」
「ありがと。いただきます。むっ、これ意外といけるじゃない!あんなこと言ったくせに味は一丁前なのね」
「最初は優しかったのにね。リングを持たないことがそんなに拒絶されるなんて。僕信じられないよ。スラっちはどう思う?はい、塩パン」
塩パンのちぎったかけらをスラっちに与えた。相変わらず元気にピキーと鳴くだけだったが、ユウリにとっては今はそれが心地よかった。あんなに怯えられたというのに、そんなの意に介さずで無垢に鳴くスラっちの様子がなんだかかわいらしくておかしくて、思わず笑いがこみ上げてきた。
「あはは、そうだよね、おかしいよね!やっぱりそうだよ、スラっちも言ってるもん!」
「二人はそうやって笑ってないとね、私もやりずらいじゃない。さ、もう少し休憩したら行きましょ、時間がなくなっちゃうわ」
街の人々に嘲られても、正午の日光は彼らに眩しいほど降り注いでいた。