でも結局は難産です。
結局初特訓はあの後、呪力での感覚強化のコツとかそういうのをやって終わった。
まあでも割と感覚頼りなんだよねぇあれ…血流に呪力を混ぜて、目から脳にかけて呪力を纏うんだけど…できてみないと難しいんだよね、とくるくると頭の中を回しながら、パソコンに訓練内容を書き込んでこれからの指針を立て、特訓方法を組み立てていく。
と、その横で携帯が震えた。
「…七海君?」
なかなか珍しい人から電話がかかってきた。後輩であり、呪術界の中で覚中が「まともな人」と認定している数少ない人であり、呪術界において通常トップとされる一級術師、
「もしもし」
『もしもし、七海です』
電話口から聞こえるのは、渋い声。
どこか少し息が荒いようにも聴こえる。
「うん。私に電話なんて珍しいね、何かあった?」
『…はい。先程…特級と思われる呪霊と会敵しました』
「っ…!」
小さく浮かべていた笑顔が消え、息を呑んだ。
特級呪霊。
呪術師としてトップレベルの実力を持つ一級術師でもそう簡単に相手取れるものではない呪霊だ。
ふと、この間の火山呪霊…漏醐が思い浮かんだ。
「大丈夫なの?」
『心配ありません。少し手は負わされましたが、逃げることはできましたのでこれから高専に戻って家入さんに治療してもらいます。そこでですが…その件の調査を五条さんか夏油さんにお願いしたく。あいにく二人共電話が通じなかったものでして…覚中さんなら連絡を取っていただけるのではと思い』
それを聞いて、覚中はあちゃー、と顔を手で覆う。
「特級案件かぁ…残念ながら二人共今県外だ。憂太君も今全国飛び回ってるし、私が行くよ。調査だけならできるだろうし」
『…すみません、お願いします』
「気をつけてね。…一応聞くけど、負った怪我ってどれくらい…?」
一度話を纏めて改めて聞いてみる。
家入の治療を要するような怪我ではあれど、まあ電話をかけてきているくらいだからそこまで深くはないだろうと予測を立てていたのだが。
『脇腹をそれなりにザックリと』
「メールで現在位置送って。今すぐそっち行くからあまり動かないように」
ノータイムでの返答で、七海からの答えを待つことなく電話を切る覚中。そして職員室を出ながら入れ替わりで電話番号を入力する。
「すみません夜蛾先生、今日の一年生と二年生の合同体術訓練、見ていてもらえませんか?少し急用ができてしまいまして…はい、……はい、ありがとうございます」
夜蛾に連絡をすると、「分かった、深くは聞かんが気をつけろ」との返答をもらって監督者を代わることに成功。
駐車場に着いた所でちょうど送られてきた位置情報元にバイクを走らせる。
場所は商店街らしき所の一角。トイレに逃げ隠れていたそうだが流石に男子トイレに入るわけにいかないので身を隠しながら待ってもらうことに。
「…いた!」
その中の路地の影に七海を発見し、覚中は近づいていく。
「覚中さん」
「ほんとに抉られてるじゃない、応急処置はしたみたいだけど、もう少し身を大切に」
見てみると右脇腹がそれなりの深さ抉られており、血もかなり出ていた。止血処置は一応取ったようだが止まってはいない。
そう言いながら、覚中は七海の体に反転術式を施していく。
「…ありがとうございます、助かりました」
「どういたしまして。それで…どんな呪霊と?」
「ツギハギの呪霊で、人の形を取っていました。この頃多発していた、変形された死体の事件の犯人かと」
あぁ…と顎の下に手を添える。
これも少し聞いていた。いびつな体の形を取った人間の死体が多数出没しているという事件だ。
家入の診断からするに、体を強制的に変えられたことによるショック死、というのが実情らしい。
「分かった、ありがとう」
「虎杖くんも同じ件で動いていましたが、おそらく今は伊地知さんと怪しい人を調べているところでしょう」
「呪詛師が付いてる可能性ありってこと?」
再びあの記憶。
漏醐、真人、陀艮、花御、荘士という五人の集団。
が、そちらとはどうやら違うらしく…
「そうとも取れます。が、どちらかと言えばあのツギハギ呪霊に誑かされている可能性がある、というのが正しいかもしれませんね。高校1年生、
どうやら普通の学生が誑かされているだけのようで、件の呪詛師とはまた違うようだ。
…いや、その時点で全く
喋ることができ、人を裏で操れるほどの知能を持つ上に七海を圧倒できる実力。特級は確実、厄介極まりない相手になりそうだ。
やれやれ…と思いながら情報を少しずつ分けてもらう。
映画館での変死事件や改造人間の特徴から、地下水路での交戦まで。
「そこまで場所は離れてないっぽいね。探知してみよう」
読心操術は、基本目で見た相手に対して特に効果を発揮する術式だ。
だが、呪力を拡散することで術式の効果範囲を広げることもできる。そして、広げれば広げるほど思考は読めなくなるが感知能力は変わらない。
目の前の一人に使えば姿形から何を考えているか、何を企んでいるのかまですべて丸裸、50m圏内程度ならまあある程度、これからしようとしている事などの軽い考えが読める程度になり、1キロ地点まで離れれば思考を読む能力はよほど強い感情を抱いていない限り作用しない。が、姿形やそこにどんな者がいるか、はどの使い方をしてもはっきりと分かる。
「…器用ですね、覚中さん。何故そこまでできて領域が展開できないのか不思議です」
「私も同感。まあ正直、領域展開できても一人に対する効果が領域内の全員に付与できるってだけだろうし、殺傷能力皆無なんだけどね」
サァ、と赤くなる目を見ながら七海が言うと少し苦笑いしながら覚中も答える。
領域は必殺必中の呪術の極地、だが必殺が消えればただの心の読める結界が出来上がるだけだ。
それなら普段とさして変わらない。領域内に五人も十人も呪霊や呪詛師が入るような事はまず無いだろうし。
手で数えられる程度なら術式を使うより、視た方が楽だったりするのだ。あまり思考が多いと逆に頭が疲れる。
「さて、と…どうやらもう地下水路内にはいないみたいだね。人と変わらない形らしいから出てこられると識別できないし…」
が、地下水路内にそれらしい痕跡はなく。
有効範囲外に逃げられたか、もしくはもう人混みに紛れて移動しているかだろうとのこと。
「高専でも色々探してみるよ」
「ありがとうございます」
送っていく?と聞くと必要ありません、と返されたため律儀な後輩と別れ、思考を巡らせる。
喋ることができるような知性の持ち主で、特級レベル。
術式の内容は深くは分からないにしても人の形に干渉することができる術式なのは分かった。そしてそれが人間かその呪霊自身にしか使用されていないことも。
候補として頭に浮かんだのは、漏醐の頭から読み取った五人組のうちの一体、人が人を憎み恐れた事によって生まれた呪霊、「真人」。
可能性はある。大地への恐怖から生まれた漏醐が火山のような体と術式を使っていたのだ、人への恐れから生まれた呪霊なら人の形を取って肉体に干渉する術式を持っていてもおかしくない。
「…特級、か」
この頃多いな、と思う。
少年院の呪霊、漏醐、そしてその徒党を組んだ呪霊たち。
特別にもうけられた階級だから特級の筈なのだが、ここまでポンポンと出てこられると特別感が薄れる。
ただ、どちらにせよ何か異常事態が起こっていることに変わりはない。
「くそ…」
その何か、が引っかかる。
人為的に特級呪霊を生成する方法なんてあるわけがないし、だからといって自然にそんな量の特級呪霊が一気に生まれるとはあまり考えられない。
駄目だ、思考がこんがらがる、と無意識的にくしゃくしゃと髪を乱して、意識的に手で梳いて直す。
「…呪霊ね…」
あの日の…覚中が高専に行くきっかけとなった、あの夏油の言葉は今でも残っている。
『術師の力が、何もしない非術師のせいで浪費されている』
何故か、心の中にふと浮かんできた。
「やれやれ」
頭を振って余計なことを叩き出す。
今はそれどころじゃない。それは後でゆっくり考えられるが、この件は今やるべき案件だと思い直して思考を巡らせることにした。