呪い、呪われ、覚り、覚られ   作:謎の通行人 δ

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邪悪

翌日。

覚中は高専にて落ち着かない様子で過ごしていた。

昨日の調()()()()によって見つけた物。

どう考えても関連づけられないという方がおかしいものだ。

吉野家(よしのけ。よしのやじゃない)の机の上に会った呪物は、何を隠そう宿儺の指。そんな物が何の前兆も無しに一般家庭にポップするわけがない。

そして、あの周辺にいたと思われる野良の動物達を探り、記憶を覗いて何か手がかりが無いか探していたのだ。

 

…見つかったのは、一匹の野良猫の記憶から。

映像記憶は基本そこまで鮮明に映らなく、精々厚い擦りガラス越しに見ている感じになるのだが、「連想されて想起された思考」ではなく「記憶そのもの」を覗くことではっきりとした像を見ることもできるのだ。ただし前準備がかなり必要なためそんな急にできるものじゃない。20分くらい拘束してしまったその野良猫にはチュールをあげた。

まあそれはともかく。

ツギハギの呪霊があの家に侵入し、出ていったのが確認できたのだ。そしてその呪霊は侵入する前に手に何かを持っており、出ていく時は何も持っていなかった。その上闇に溶けるように急に消えたのだ。

 

七海が交戦したと報告していたツギハギの呪霊。

人の形を取り、人が人を恐れることで産まれた呪霊。

漏醐の仲間で、徒党を組んでいる特級呪霊が一、真人。その名前が頭を掠める。

というかここまで出ればほぼ確定だろう。

 

「(性質までは分からないにしても七海君と悠仁君に務まる任務じゃない…だからといって、下手に刺激するわけにも行かない。相手には知能があるし、下手すると余計に()()()ことにされる可能性もある……念のために悠仁君に連絡先を渡してるし、いざとなれば姿を隠匿しながら飛んでいけるから…何事も無いと良いけど)」

緊急の場合は二回電話にコールさせて切って、と言っている。位置情報はアンロックさせているため、そこから場所は割り出せる。

思考をめぐらしながら授業のカリキュラムを組み、虎杖への遅れた分の特別授業の構成も考えていた。

 

だが、そこまで証拠が揃った時点で何事も無い、なんて事は無かった。

 

ヴーーーーッ、ヴーーブッ

 

「!!2コール…!」

緊急の用事。すぐに用意していた荷物を掴み、窓から飛ぶ。

飛びながら、呪文を唱える。

 

「闇よりいでて闇より暗く、その穢れを禊祓え…!」

一般人に、中にいる存在を知覚させないようにする帳。動かせるようにしているため、自分の周りを帳で囲んだまま、携帯の発信位置まで飛んでいったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってとある中学校。

そこの体育館では、読書感想文コンクールの表彰式が行われていた。

最優秀賞として呼ばれたのは、伊藤翔太という少年。

…だが、彼は賞状を貰ったあと一人の男子生徒に近づいていった。

 

「適当に書けっつったろ、最優秀賞なんか取らせやがって。死ぬか?」

「…っ!」

その感想文は彼が書いたものではなく、その男子生徒に書かせた物だったのだ。

彼はそういうことに使うための人間を用途に分けて何人も持っていた。

 

そんな時。

体育館のドアが開け放たれた。

 

 

─────澱月

 

 

その声と同時に、入口にいた少年の背中にクラゲのような形をした式神が現れ、体育館内部に弱い毒が散布される。

少年……吉野順平はそのまま足音を立ててゆっくりと踏み込んでいく。

頭の中に流れるのは今朝の記憶。

 

 

『この頃、順平の家の周りをウロウロする呪詛師と思われる奴がいるっぽいんだよね。ほら、これ』

よく会う師匠のような、彼にとって不思議な恩人である真人という彼と会うことが日課のようになっていた順平は、今朝彼から損なことを言われた。

取り出されたのは四枚の写真。いずれも同じような背丈をした、黒いローブを纏った人が写っている。

 

『毎度毎度証拠を取ってから接触しようとしてるんだけど逃げ足が早いのかさっさと見つかってすぐ逃げられるんだ。…あの危機管理能力とあの呪力量からして、多分かなりの()()()だ。警戒した方がいい』

いつにもなく真剣な声色の真人の声に、順平も自然と背筋が伸びた。

 

『順平なら大丈夫だろうと思うけど…君のお母さんはそうも行かないだろう。もしかしたら君のいない間に襲われる可能性もある』

 

『そん、な…!何で…』

 

『意外と呪詛師って多いんだよ、呪術師崩れみたいなものだからね。金さえ払えば証拠を残さずに事を済ます、なんてやつも少なくない。表向きは呪術のことを秘密にしていても、例えば…『殺したい奴、嫌いな奴、嫌がらせをしたい奴大歓迎!』みたいなキャッチフレーズでもつけておいて、金さえ払えば好きな相手に多岐にわたった嫌がらせを、なんてことを考えるやつもいるんだ』

順平の目が見開かれる。

彼は今は呪術師として問題ない呪力を所持し、術式も持っているため応戦はできる。等級は推定二級はあるだろう。

 

なら、母親は?

 

いつも自分の味方でいてくれた母親はどうなる?

 

『いないかい?身近にそういう、嫌がらせのためなら手段を選ばないような人間は』

っ、と息を呑んだ。

確かに、いる。

学校の奴らだ。

あいつらなら、無駄に金をむしり取っているんだから金はあるだろう。そして、本当に嫌がらせに関しては手段を選ばない。あいつらならやりかねない…いや、アイツラに決まっている、とどんどん思考が狭まっていく。

 

『真人さん、僕、行かなきゃ』

 

『…うん、心配ないだろうけど、気をつけなよ』

その言葉を背に、彼はその場から離れていった。

その後ろで、元凶である者が醜悪に満ちた笑顔を浮かべているとも知らずに。

 

 

家には今は仕事で母親はいなかった。本来なら順平も学校へ行っている時間なのだが、彼の良き理解者である母親は、無理に学校に行く必要はないと言ってくれていたからだ。

弱い自身への喪服として母親のクローゼットから黒い服を借り、学校へと向かった。

大切な人を、守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

痛かった。

とてつもなく痛かった。

伊地知の静止を振り切って体育館に突入した虎杖は、順平の呪術師としての姿を見た。

そこから交戦が始まってしまったのだ。

拳を振るう、クラゲ型の式神…澱月に阻まれる、触手が飛んでくる、回避する、その繰り返しだ。

ダメージはそれほどでもない。そもそも虎杖には当たってすらいないのだ。それでも、拳を振るうたびに心が痛んだ。

 

「引っ込んでろよ…呪術師…っ!命の価値を…履き違えるなァっ!」

絞り出すような声で順平が言う。

彼とて、これが正しいことだとは思っていない。だが、間違っていることだとも思えていなかったのだ。

虎杖の視界が、伸びてきた澱月の触手に包まれる。

順平もできるだけ虎杖に傷をつける戦いはしたくなかった。元より彼が標的にしていたのは学校の連中であり、二度と順平自身に、そして彼の母である凪に手を出させないようにする為だったのだ。

 

「霊長ぶっている人間の心は…全て魂の代謝、ただのまやかし…!命を奪いはしない、ただ分からせてやる必要があったんだ。もうすぐに終わるから…そこでじっとしててよ呪術師、僕にはやることがある」

澱月の塊に対してそう言葉を投げかける。

こうして拘束していれば、無闇に傷を付ける必要はないはずだった。

その相手が並のフィジカルしか持ち合わせていなければ、の話だが。

 

「誰に、言い訳してんだよ…!」

ぼこり、と澱月の間から手が伸び、順平の襟首を掴んだ。

ここには、並から逸脱した力を持つものがいた。

触手の間から脱出し、順平に殴りかかった。

順平は澱月を間に挟んでその衝撃を打ち消そうとした…が。

 

「ぅあァッ!!」

虎杖の膂力は澱月の防御力をも貫通し、順平を澱月ごと校舎から落とした。

そして窓から飛び降り、順平を補足する。

空中でも澱月の触手が再び伸び、執拗に虎杖を狙う。虎杖もそれを足場にしながら躱して弾き、着地直後に迫ってきた二本の触手も呪力で強化した拳で叩き落とす。

そして、再び体制を整えて順平の方へ駆けていく。

虎杖の頭の中に、五条の声が響いた。

 

『式神使いは近接特攻に弱い。傑みたいな例外を除いて、自分が戦う必要が少ないからね。だから、式神使いは術師を叩きな』

 

「お前はただ…自分が正しいって思いたいだけだろ…!」

大きく振るったアッパーは順平を捉え、再び校舎の窓を突き破って廊下に身を投げ出させた。

まさか反撃されるとは考えてもいなかった彼はそのまま少し跳ねてゴロゴロと転がり、伏して激しくえずく。

 

「ゲホッ、げほっ…!」

 

「何があったか知らねえけど、人の心がまやかしなんて…あの人の前で言えんのかよ!!」

しっかりと肩をつかんで放った言葉は、確かに彼の心を揺すり動かした。

 

「人に…心なんて、無い…そうでなきゃ…!」

 

「母さんも僕も…人の心に呪われたっていうのか!」

と、その言葉と同時に順平の後方に顕現した澱月が触手を虎杖に向かって放った。

が、虎杖は回避動作を見せず、自分の体で真っ向から受け止めた。

 

「な…!何で、避けないんだよ…!?」

彼も当てるつもりではいたが、隙だらけの攻撃を、あれ程の身体能力を持つ虎杖が躱さない、躱せないとは微塵も思っていなかった。

が、虎杖は触手の棘に肩と脇腹を貫かれたままゆっくりと口を開いた。

 

「…ごめん、何も知らねえのに酷いこと言った。…話してくれよ、何があったか。俺はもう…」

 

 

──順平を呪ったりなんかしない

 

その言葉はすっと心に落ちてきて、順平の思考を、感情を落ち着かせていった。

 

「…実は…」

そこから、少しずつ順平は事のあらましを話し始めた。

…元凶が、近くに潜んでいるとは知らず。

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